あの頃のお母さん

あの頃に戻ってお喋りしたいよ♥


認知症

残酷な病気・・・意地悪な病気

お母さんが認知症になるなんて、想像もしていなかったから

初めて認知症の症状が出た時には

驚いて、戸惑って、泣いてばかりいました。

受け止められなくて、信じたくなくて

でも、そんな事言っている間に病は進んでしまいます。

今は、今目の前にあるこの時を大切に生きています。


大変で、凹んで、怒って、泣いて、時々笑って

それでも、大好きな母だから頑張れる

阪神大震災の時に私達娘を必死で助けようとしてくれた母

辛い時、いつも傍で励ましてくれた母


ドタバタだけど、一緒に頑張ろう♥



  • 12 Dec
    • 認知症の母♥ミトンの手(入院41日目)

                            : photo by tubasa 今日はとても寒い日でした。 ブログ更新が出来ていないのは、付き添いを毎日していて 1日6時間欠かさずしていたら、夜は流石に疲れてしまって 書けていませんでした。 この数日で色んな事があったのですが、 詳しい事を書くと長くなってしまうので 今夜は書きません。 少し、気持ちに余裕がある時に書く事にします。 実は、ブログタイトルも変更しようかとも思っています。 さて、今日も母の付き添いです。 85歳の父も、寒い中をほぼ毎日通っています。 愛です愛。背中が曲がってしまった父が一生懸命。 母は幸せ者です。 父の付き添いの後、午前中に家事をして父の付き添い弁当を作り 午後から夜までは私が母の付き添い交代をしています。 午前にあった事や変化を病室で父から報告を受けて はい、交代。 まるで、看護師の申送りの様です。 母が入院してからというもの、交代制の看護師さんより 私長く病院に居ますから(^^ゞ 土日もですから。 休み無しですから。 最近の母は、相変わらずの経管栄養と 留置カテーテルで、最近意識がはっきりしてきているので その身体を自由にできない、管たちが煩わしくて仕方がない様子です。 私が、付き添っている時には その煩わしさの1つである ミトン(手の拘束) を外してあげます。経管と留置カテーテルだけは何もしてあげられませんから。 せめて少しだけの開放感を。 でも、やっぱり自然に足に伝っている管に手が行くし 鼻の管に手が行くので、絶対抜かない様に見ていなくてはいけません。 抜いたら大変で、もう一度鼻から胃へ管を通しなおすという苦痛と 留置カテーテルを抜いてしまうと膀胱を傷つけてしまうから。 母には、ブログにいつも登場する TUBASAスペシャルコースをやってあげていますが 今日は、目薬をさす時に看護師さんの痛い治療か何かと 間違えて、とっても怒ってました。 目やにがどうしても毎日出てしまい、目がくっついて 開けられなくなるから抗菌目薬は欠かせないのに 怒られた後、 ふと私が悲しい目をして母を見つめたら・・・(´;ω;`)   注:ブログ内では大盛りアプリです(^^ゞ  ・・・・・・・・・母からそっとのびた手が私の頭をなでなで・・・・・・・・・・・・。 手の自由がきかない、医療用の拘束の手袋 ミトンの手で 私の頭を撫でてくれるんです。 認知症になっても、拘束されている手で ふと見せる母の愛情です。 本人は一番辛いだろうに、私をなぐさめようとした母の手は 拘束手袋の ミトンの手でした。 もう、その時点で 涙が出てしまい・・・。 カーテンの閉じられた小さなスペースで 娘を思う母の愛情に涙が出ました。 認知症になって、どんどん我儘になって 理解できない事も増えて、言葉も出ないけれど ふと見せる、こんな母の愛には・・・・・ やっぱり、泣けてきます。   そう、認知症になっても やっぱり母は母なんです♥ 

      NEW!

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  • 06 Dec
    • 認知症の母♥失禁してください!!

       今晩わ。今日も寒い日でしたね。 昨夜は夜中12時過ぎ起きていたのですが 長野県で震度4があったそうで、驚きました。 その地域の方が見てくださっているかわからないのですが? 大丈夫でしたか?阪神大震災をまっただ中で体験しているので もう、地震とテレビで聞いただけで 心臓がバクバクしてしまいます。 トラウマです。 .♥♥♥♥ ところで、介護をしていると失禁などの事で悩まれる事があると思います。 望まぬ失禁の方が多いですよね。 しかし、私は失禁をこんなに望む夜は生まれて初めてです。  きっと、今夜母がオムツに失禁をしてくれたら 私は大泣きして喜んで、母によくやったと言って抱きしめる事でしょう。  もう漏らしちゃってください大量に!! 母、今回2回目の入院生活がもう1ヶ月と3日になってしまい 慢性硬膜下血腫再発の手術後、ICUで数回はオムツに失禁をしたのですが そこから、一般病棟に移っておしっこが自力で出せなくなってしまったのです。 私と父は、環境の変化が大きく影響を与えていると思い(母繊細なんです) ポータブルでもいいからして欲しいとトライして2回ほど少しだけ 出す事が出来ていました。しかし、尿意はあるものの ポータブルでもしなくなり、溜め込んでいて 看護師さんが、こんなに尿が出ないのはよく無いとそこから 1日5~6回、数時間おきにカテーテルをする様になって おしっこ出さなくなりました。。。。。 おしっこが出ないと言う事は大変な事なのです。  お通じも自力で出せてないけど お通じに関しては、下剤でオムツに出せていました。  そして、その1日何回もあるカテーテルが 母にとってとても辛そうだと看護師さんからお話があり 確かにとも思い、留置カテーテルに変更になりました。  泌尿器科の先生もお薬で膀胱、尿意を刺激することにトライして くれたのですが出なく、もう自力では無理だろうとの話しになり 在宅でも留置カテーテルかな・・・・と不安に思ってました。  今も入院生活ですが、留置カテーテルで過ごしていて母は 足元の管が煩わしそうで、足をごそごそごそごそ動かしています。 そんな入院生活での母を見ていて 私と父は、母の尿閉は精神的なものにあると感じ、なかなか 自力排尿を諦める事ができないでいます。 きっと、家に帰ると出せる様になるんじゃないか。と。 退院した時に、家で抜去にトライしてみたいとも看護師さんや 先生に伝えてみたものの、訪問看護で外してみて 試すことは看護師をずっと着いて様子を見る事は 難しいと言われ不可能の様子。 家族に看護師が居たら別ですが・・・と言われました。 我が家に看護師は居ないし 諦めるしかないのかな。と心がザワザワしながら帰宅しました。  確かに、私達家族の意向を聞いて久しぶりに留置カテーテルを外して 今日は、自力排尿をトライしている所なのですが 朝から、オムツにおしっこをする事はなく、結局朝から4、5時間おきに 出ないですね・・と看護師さんがカテーテルを持参して 尿を出す行為をしてくれています。 付き添いでは、母が穏やかに過ごしていたのに カテーテルを持ってきた3名の看護師さんに囲まれて 押さえつけられて導尿されるのが、辛くて辛くて 「いや~やめて~いたい~」と叫んでいました。 その声を聞いているのが怖い。まして様子なんてとてもじゃないけど 見れないので、休憩室に私は待機しています。 終わった痕、母の元へ行き 疲れきった母を見ると、母のためと思い排尿トライをしているけど 果たしてこんな辛い思いをしているのは母のためなのか そう思って母の寝顔を見て涙が出ました。  明日の朝までの排尿トライになるのですが そこで、私と父の思いが、今日のタイトルになったのです。 そう!私の思いは、今夜寝ている間にオムツの中にしっかり 大量の失禁でもしてほしい!!!そういう思いです!! そうじゃなきゃ退院してからも足元に煩わしい管をつけたまま ずっと生きて行かなきゃいけないと決定してしまうから。 明日は、その結果をもって退院に向けてのカンファレンスが初めてあります。 父と私。他にもケアマネ、ケースワーカー、介護用品のレンタル会社の方 看護師、訪問看護事業所、口腔ケアリハビリ担当者、泌尿器科の医師など 7.8名になる様です。 しっかり思いを話せる様に、今夜はなんだか緊張していますが 母がカテーテルに縛られて在宅生活になるのか カテーテルから開放されてなのか瀬戸際。。。。 今夜の失禁にかかっています。     因みに、今日アザだらけになった母の足に可愛い靴下を買って 履かせてあげました。 せめて可愛いものを身に付けて、痛々しい姿を和らげてあげたくて。 明日のカンファレンスで、しっかり私と父の思いを伝えられる様に したいと思います!!!頑張るぞ~!!!! お母さん!!今夜、頑張ってオムツにおしっこ出してください!!

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  • 05 Dec
    • 認知症の母♥退院の目処は・・・?

       寒いです・・・。 ほんと寒い。 景色もここらは雪は降ってないけど   頬に当たる風は 冷たく痛い感じ 身を縮めて歩いてました。 病室で1ヶ月と2日過ごす母には季節感がないようで 増して認知症の母には、「お母さん冬なんだよ。もう大掃除も しなきゃいけないし、年賀状も買わなきゃだし、お正月の事も・・・」 そう話しかけながら伝え、 心の中では出来るのか?今年そんな準備 出来るのか?と思うのでした。 我が家の癒しのコザクラインコさんには、とても苦手な季節です。 母の事が大好き♥コザクラインコさんなので 母が入院してから、なんだか 放鳥した時に あれ?と首を 傾げているのです。鳥と言えど、本当になんでもわかってますから。  父も私も付き添いだし、お留守番ばかりで 1羽飼いだから、とっても寂しがっています。 コザクラインコさんと言うのはラブバードとも呼ばれる様に 2羽飼いからスタートすると、とっても仲良く 2羽くっついている。だから海外では結婚のお祝いに 仲良くと言うのでプレゼントしたりするそうです。 なのに、うちの子、1羽飼いなので家族とべったりになるのです。 自分を人間で家族の一員と思っているから 私達が食事を始めると必ず「出して!」とちゃんと言葉にして 一緒にテーブルで食べるんですよ♥母が大好きで 認知症になってからも、母が口の横に食べたご飯なんか くっつけているとそれを食べたりしてます(#^.^#) 母の食べこぼしも、役に立ってますよ。冬モコのこの△なモコモコのお家で寝起きをしてケージのおもちゃで色んな面白い事をやって遊びます。鳥であって鳥でない様な動きで、家族に笑いをくれます。私達が笑うとそれも嬉しい様で、首を上下にピコピコと動かすポーズをします。これコザクラインコが嬉しい時の動作。ごめんね。今はあまり相手できないけど 家族みんなで頑張ろうね~と声をかけて病院へ行きます。その間も、寂しいのかこの△のお家に入っている事も多い子です(#^.^#)さて、母の付き添い。あちゃ~・・・・その足の内出血、なんだか増えたよね(~_~;) 両足・・・・。お見苦しいですね(~_~;)認知症の母は、ベッド上で看護師さんが、検温、血圧、点滴、経鼻栄養着替え、清拭、シーツとカバー替え、リハビリシャンプー・・・etc少し前までは、1日5回の導尿作業をしていたので嫌、嫌~痛い~と足をばたつかせて抵抗をしてしまいます。だから着替えだって、バタバタばた~いや~って。理解を出来たら、痛いけど治療の為踏ん張るかって決意できるのに、理解できないから痛い事に母の必死の抵抗をしてしまい足も抑えられちゃう。多分それで複数内出血していると思います。増えてくのが(~_~;)なんだか可哀想。きっとインコさんが、その様子を見たら 看護師さん達が母をいじめていると勘違いして、必死で噛みに行くと思います(^^ゞそこを癒すのが娘のこの私の役目なんだけど最近では、私が保湿クリームを塗ったり足のマッサージをしてあげること目やにが出るのを取ってあげることも私が、さぁ~と立ち上がって母の顔を覗きこむと自然と「びくっ!」と身体が縮こまる母です。大丈夫だよ~痛くないよ~気持ちいいからね~と言っても、無理だよね。一応、ここは家ではないと言う事はしっかりわかっているのだから。実は、先日、医師からCTの血腫の事を説明されました。3回目の血腫増加があった時もう、これは・・・開頭手術の方がいいだろうとの医師の見解がありました。でも、父も私も84歳になる母が2度、頭に穴をあけて血腫を出す手術をした後に流石に次は開頭しましょう。ああそうですか仕方ないですね。なんてなかなか言えない気持ちで、泣いてしまいました。悩んで悩んで、じゃあどうすりゃいいの・・・。もう1度、CTを日をあけてから撮ってくださいそれで、増えていたら仕方ないですが・・・。と話していました。でも、母は高齢で1回目の手術では普通に歩けて帰宅できて、食事も出来て、トイレも出来たのに2回目後は一気に食事も食べられず、トイレも出なくなり長い入院生活で足腰も弱っているのに、その上認知症なのに、更に頭を・・・。なんて家族ならショックで腹決められないです。なかなか。。そこで、10日の期間を置いてCTを撮りましたどきどきどきどき・・・。私一人で医師から話を聞きました。すると、血腫増えていないね。あるのはあるけど、少し小さくなっている位です。これなら、手術を今直ぐにとは言えないから一旦退院を視野に入れて、退院後の通院でCTをして検診していいんじゃないかと思うとの話。完治はしていません、血腫はまだあります。でも、私は嬉しかった。駄目な所を見つめているより、少しでも小さな希望でもあれば前向きに受け止めて、前向きに取り組もう。そう決めました。だから、小さな山?大きな山の1つを越えあと2つ3つある山をこれから越えていきます。つまり母の機能をどこまで回復させて退院し、在宅介護を可能するまで。それが次のステップです。7日、病院のケースワーカーさん。看護師やケアマネージャー、介護用具のレンタル会社社員えん下リハビリ担当者、訪問看護事業所そして私と父で退院準備に向け話し合いをする事になっています。母をどこまで回復出来るのか。現在の状況から回復の可能性。そして、回復させる為の必要な医療とリハビリ介護サービス、介護用具などの提案を頂きます。凄いでしょ。これだけの方が担当として話し合うのです。在宅介護でやると決めていたらそれだけ準備と心構えがいります。在宅だからこそ出来る事も母の笑顔も増えることを期待しつつやっていきます。現実は厳しいけど、まずは1歩1歩で少しだけ先の事も考えつつ行動も必要です。今までの在宅介護の形とは、ガラッと変わる為に想像が追いつかず、そういう為にこういう話し合いで介護のプロの方からアドバイスをもらいます。こちらの意向を話して、現実を見ていかに意向に近づける事が出来るか。無理な所は勿論ありますが、各部門の意見を出し合って決めていくことになります。高齢の親を介護して5年目に入りました。あっと言う間でした。毎日がドタバタであれよあれよと日々が過ぎます。しかし、起きる事は突拍子もない事が、心臓がドキドキと音を響かせるくらいの驚く出来事があります。きっと私の寿命縮まっていると思います。今回の母のこの病気もそうでしたし術後の母の機能の落ち方にも驚かされ血腫が再再発している事を聞いた時にもですから。よく年齢がいくんだから、いろんな事が起きるし病気だってあるよ。その年齢まで生きていたらしょうがないんじゃないとか言う人も居ますが目の前で、愛する家族が苦しむ姿を見たり辛い姿を見たら、そんな簡単に仕方ないか歳だから、諦めるか・・・なんてならないですよ。ならないならない絶対ならない。どうにかして、なんとかして助けたい!が家族の心情です。母が入院生活の苦痛の中でも、少しだけ笑顔を浮かべてくれたりすると。。。笑った!笑った!と感動して泣けてくるんです。この笑顔が見たかった!とその笑顔にこちらが勇気づけられたり辛さの中に小さな希望を感じたりします。でも、こうして付き添いをしていると同室の方の家族模様が知れます。何気ないお話の中から、4人部屋の母の向い側には同じ市内在住の方で娘さん夫婦が横浜に住んでいて付き添いやお見舞はよっぽどでないと来れない。母の右隣の方は、隣の市在住で息子さんが2人お二人ともご結婚されていてお一人は遠方ずまい。お一人は二世帯住宅で一緒の住まいの息子さん夫婦ででも、息子は駄目。あなたみたいな娘さんと違って気がきかないのと私に言ってこられました。たまにこられているのですがやっぱり男性ですね、細やかな事まではできないでしょうでもね、男性はいざという時力を発揮するのではないのかな。医師など説明を聞く時や、質問をする時など鋭いところをついて聞いたり、社会性があるので上手く話をする事もできる。そして、多分医師側も男性だと女性とよりしっかり話そうと姿勢が違う気もします。。。?違うかな。だからね、時々 ああ、結婚していれば良かったとこういう時に思います。ただし、近所住みでないとなかなか旦那様も一緒に聞いてなんてできないのですけど。ほぼ、母のキーパーソンは私ですから父と言っても85歳の父にはあまり担当医師も話さないのですよね。だから、何事も決めるのは私です。私の肩に母の残りの人生がかかっているのですぅ~ふぅ。今日は、そんな母もなんとなく眉間に皺を寄せず目もぱちくりと開けていて、穏やかな方でした。点滴はまた、漏れていたのが可哀想でこれまた明日刺し直しか・・と気分がどんよりしました。明日は、ずっと着けていたバルーンカテーテルを1度外して排尿できるかを見てみるとの看護師さんからお話がありました。ん~・・・・なかなか難しいだろうけどオムツに漏らしてください!お母さん!もうおしっこが出るのなら、オムツで失禁!大歓迎!失禁大歓迎!きっと私、失禁出来たら泣くよ!拍手するよ!抱きしめるよ!お母さん!どっさり出しちゃえ~~~♥

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  • 01 Dec
    • 認知症の母♥上がったり下がったり(入院中)

      今日も、せっせと病院通い 母の付き添い11時には到着して午後3時半まで。夜は5時半から7時半まで。2時間の中ぬけで家事をやり、父の夕食を作り私の夕食を食べる。付き添い優先になってから昼食はおにぎり1個持参し病室で食べ夕食は4時半という早い時間。。。。。まぁお昼おにぎりだけだからその時間でも充分食べられるんですけど(^^ゞなんだかリズムがおかしいんだけどこれも毎日同じ事をやってるとリズム正しいとなるのでしょうか?11時病室に到着したら・・・母が、寝てばかりになって体幹がふらふらになっているけど、ベッド上のリハビリが始まっていました。PTさんといつもの研修学生さんとのペア。このお二人、母のリズムに合うし上手く対応をしてくれます。リハビリと言っても、ふらふらなので ベッド上で足の曲げ伸ばしを数回固まってきている手の平を拡げるリハビリそして、ベッド上に座る。それだけなのですが、これって大事です。到着した途端、母笑ってる~♥貴重です貴重!思わずスマホで撮りました。左の方が、いいキャラで優しい笑顔が福福しい研修学生さん※前髪変ですね、私が母の寝ている隙に入院中切ったんです。母ごめん※おお!笑顔のお母さん♥頑張って自力で座ってる!今日は10分座れた。嬉しい。母の笑顔が嬉しい。思わず私も笑顔になり、あああ~笑ってる~!と言ってしまいました。PTさんもとてもいい方で、なんとも言えない優しい話し方で〇〇さ~ん~、笑ってるね~。おお、座ってるよ~。凄い~。と褒められて、優しいお兄さんと福福しい(#^.^#)研修学生さんの笑顔に囲まれて更に笑顔。みんながお互いの笑顔に釣られて笑顔。やっぱり笑顔はいいです。つられ笑顔になれます。母も、言葉が出ないのに、有難う。や おはよう。が ちゃんと言えていたから、今日は調子が良さそうでした。母は、こういう感じのPTさんが好きなのね~確かにわかる!在宅が始まっても、来てくださる方もこういう方に頼んでみたいんだけど指名は出来ないのね(^^ゞ付き添いスタートから良い気持ちでスタート出来ました。その後は、少し疲れてウトウトしていた母にさて・・・娘の私からいつものフルコース♪まず、目やにが出やすいから濡れたティッシュで拭き取り唇潤いリップ、お口を潤すスプレー、顔と腕と胸と足にクリーム足のマッサージ、整髪。私が居る間はミトンを外し、つなぎ服の首元を外す。少しでも開放感を与えてあげたいから。点滴OK。ちゃんと落ちてる!気分良くスタートを切り、午後から母の今日のCTの結果を担当医師がら伝えてもらう事になっていたから・・。少しドキドキしていました。慢性硬膜下血腫再発の手術をした後のCTに3回目の血腫が溜まり始めていたから、その経過だった。午後、担当医師から呼ばれて説明を聞くのは私だけ。夫でもいようものなら心強かったんだけどシングル介護は、なんでも自分で聞いて決めて動くもの。だから、時に迷いに迷い悩む事も沢山あります。泣いちゃう事もあります。父が居る時には、父と聞くのですが判断は私質問もほぼ私、医師も高齢の父に話すより娘の私に話す。画像を見せてくれて・・・ドキドキ・・・医師からの言葉が、10日前に撮った画像と比べて変化なく、1度増えたけどそこから増えていない少し減ってきている様子だから、3回目のドレンをしてリスクを下げるのもいいが、これ位なら様子を見ていいと思うと言ってくれました!これは、嬉しかった。ほんと涙でるほど嬉しかった。一時は開頭?またドレン?と悩みに悩んで眠れなくなって泣いて。そんなだったのが、今医師の言葉を聞いて安堵しました。完治ではないけど、直ぐに退院が出来る訳ではないけど増えてなくて少し減ってというのも手術をしないでもいいと言われて本当は飛んで喜びたい所でした。課題は山積だけど、今、1つの山を超えた感じです。父は国立循環器病センターへ10年前の大動脈弁閉鎖不全症の手術後の毎年1回検診の日。朝でかけて、午後4時に帰宅するほど遠いから疲れていたけど、母の吉報を付き添い中ぬけで報告すると凄く喜んでいました。関東に住む妹にも吉報を伝えて、ほっとしていた様子です。沢山の課題はあるけれど、こうして1つ1つ乗り越えていく事が介護をするのに大事な事かもしれないと思います。先を考えると、あれもこれも、もしこうなったらどうしようとか。頭ん中いっぱいになってしまい、介護できな~いってなっちゃうから。(でも、自分の事はどうなるか不安ですが)嬉しい日だと思って、夕方からの付き添いへ行ったら・・・・・。がび~~~ん!!!!!!!お母さん!痛かったよね~!有り得ないんですけど~!!!夕方からの担当看護師さんが、お昼間の担当看護師さんが点滴の状況をしっかり見ていなかったと・・・・・。母の点滴の二の腕を見たら。。。。漏れてる。それも、相当漏れてる。これで何回目だよ~。。。。。漏れすぎだよ~これ!何よ~゚(゚´Д`゚)゚くぁうぁうぃそ~だよ~!!!体重30キロ台になった母、細い腕なのに・・・。二の腕だけ私より太くなるほど液体が漏れてぽちゃぽちゃ音が聞こえてきそうな程。。。こないだも手首上辺りに輸液が溜まっていたし。可哀想すぎる。。。普通の人なら痛いと言えるのに、認知症の母は何も言えないんです。だからこそ、見てほしいんだけど。まめに見てほしいんだけど。こんなになるまで、気づいてくれないなんて。素人の私は、点滴がポトポトと順調に落ちていたら大丈夫なんだと思っていたら・・・そうじゃなかったって事なんです。点滴の辺りまではクリーム塗っていないし気付かなかった。これからは、点滴が落ちていても針の辺りをしっかり見なくては。でも、これって大丈夫なの?何回も何回もとネットで調べてみると・・・壊死とか書いてあるし。見ていられません(´;ω;`)なんだか、上がっていた気分が一気にどよ~ん・・・・。だって、又明日新たな点滴を何処かに刺す訳でしょ?痛いから又、うぁ~ってなっちゃうよね。痛い思いいっぱいするよね。1日の付き添いの間に気持ちが上がったり下がったり大変です。夜になって、帰宅時間☆彡 母はなんだかお昼間うとうとしていたからベッド上で足を上げたり下げたり。私の今日の気分と同じだ(~_~;)では、バタバタしないで、ぐっすり眠ってください♥お母さんこんなクリスマスな景色を見ながら帰路につきました。。明日は、ケアワーカーさんとご相談をして在宅介護に必要なサービスやなんか少しずつ決めていかなくてはいけません。それでは、皆さん今日もお疲れ様でした。おやすみなさい♥

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  • 30 Nov
    • 認知症の母♥入院してても日々違う

       ブログって、順位があるのがなんだかいいのか悪いのか 順位をつけられる事で、こういう内容のブログだと ちょっと複雑に思う。 ファッションとか、趣味とか、shop巡りとか、旅行だとか そういうのだと、ふんふんと思うんだけどね。  なんだか、気にしないでいたいけど 気になるものですね。 でも、いっか私はマイペースでそのまんまの今を 書いてみます。 あ!ただし、私の顔はオバサンなのでアプリの力思いっきり借りて いますけど(^^ゞ・・・・・・。 母の入院中のお話を書いてみても 対して変わりのない日々に思われるのですけど 私にとっては、母の小さな表現も症状もとても大事で 私の人生のひとコマで、大切な日々乗り越えていかなきゃ いけない時なのです。 昨日の母の付き添いでは、なんだか落ち着かない母でした。 落ち着かないと言っても、ずっと寝ている日々なので 昔から行動的な母にとっては、この位の動き位するわよって ものなの? でも、なんだか例の様に認知症の母なので 何かを訴えたいのかと、首を傾げながら母のベッド脇で 様子を見ていた私です。    わからないでしょうね・・・この程度の写真だと 足です。とにかく上に掛けていた 持参の掛け布団も掛けたくない様で 除けてあげて、足をとにかく動かして 上げて、下ろして、あげて、下ろして そして、私に何かを訴えては怒る。。  夕食・・・・いえ、夕食替わりの経鼻栄養の時には 上半身を上げているのですが 自分でどんどん下がってしまうので ベッドをほぼV字にして下がらない様にしないといけない 感じでした。 うん・・・・きっと、留置カテーテルの管が邪魔で 嫌だったみたいで、意識がしっかりしている時には こうして動いて訴えています。 医療に素人の私は、看護師さんがこられた時に このカテーテルが気になるみたいですが ちゃんと落ちてますかぁ? 中のバルーンがなんだか変になってる事ないですか? ずっとずっと何時間も落ち着かず動いているんです。。と 一応看護師さんに母の変化をお伝えして、膀胱から出ている 管がちゃんと落ちているかの確認をしてもらい 多少違和感はあると思うし、意識がしっかりしている時には 動かれる事があるかもしれませんねぇ。との事。 そうだよね。でも、抜去する事は出来ない訳で 一応、不具合?が無いかどうかだけは娘として確認をして あげなくては。。  そのせいか、今日は寝てる~~・・・zzzzz 付き添い中、ほぼ寝てる。 昨日あれだけ動いていたから、疲れているみたいで そんな傾眠中でも、母はまるで人形?の様に 朝から、はい口腔ケアです、はいベッド上だけのリハビリです。  はい清拭です。はい点滴です。はい検温と血圧測定です。 はい、娘来てますよ~!はい、経鼻栄養とお薬です。 はい、お父さん来ましたよ~。 と・・・動かされて、声をかけられているのです。 こうして、今日も1日が過ぎていきます。 しかし、病室は暖房がついているので 毎回、乾燥がとても気になります。 母にはいつもの様に口をあけて寝ているから その隙にシュッシュと潤いお口のスプレーをして  こうして、ベッドの柵に濡らしたタオルを掛けて あげて加湿をします。 これでも、加湿効果はあるんです。 昔、私が若い頃入院をして眠れなかった時 たまたま石鹸をつけて自分で洗ったタオルを 寝ているベッドの頭の近くに干していたんです。 その時の石鹸の香りと加湿でぐっすり眠れた事を 思い出し経験した事からこうしています。 乾燥する高齢の母のお肌にもきっといいと信じて。  その横で、私は自宅から持ってきた 黒ごまを振ったおにぎりを頬張っていました。 これだけなのに・・・何故、昨日の検診で体重が増えているのだ!!(`・ω・´) 娘の私もいい歳だから、代謝が落ちる落ちる。だだ落ちだ! 介護も看病もこれほどハードなのに、30キロ台の母を何回も 抱えているのに食べている量もそれほどではないのに。 こんな疲れは、体重を落とせる運動ではないのね。 悔しい。せめて、体重位理想のスタイルになってくれれば いいのにと思うのです(ー_ー)MO  と、そんな所へ、ご近所の知人が母のお見舞に来てくれて 少しは食べられるのかと思った~と母の故郷、博多へ 行ったお土産を持ってきてくださいました。  お母さん、せっかく持ってきてくれたのに 残念だね。食べられるといいのに。 これは、又、あなたの娘のお腹の中へ 入っていくのですよ。また、太っちゃうじゃないですか(^^ゞ 元気なら、故郷帰りたいよね。 認知症なってからも、よく産まれた佐賀県のこと 育った博多のことを口にしていた母 やっぱり、認知症になったら自分が一番楽しかった時期を 一番思い出すのかな。九州弁だって、ずっと出てなかったのに 認知症になってから出てたよね。私は生まれも育ちも 九州ではないから九州弁は話さないけど。 おかしかったのは、ベッド上だけのリハビリに担当のPTさんが こられた時に、〇〇さ~ん!起きてくださ~い! リハビリしますよ~と声をかけられ、傾眠状態で座らされた時に 「よかっ!」とはっきり断った、あの九州弁には 思わず笑わされたよ。 その「よかっ!」で、リハビリのお兄さんが、え?九州の生まれ?と 聞かれて私がそうですよ。と話が盛り上がりリハビリのお兄さんの 奥様が母と同じ故郷だという事が判明したのです。 脳の中の昔の記憶が引き出されるのです。 こうして、昔の思い出を口に出す事も 思い出す事も 脳にはとても良い事なんですね。つまり脳への刺激は 大事だという事、ただし、それは一方的に刺激を 与えるのではなくて、傾聴し認知症の人の 話しをそっと引き出してあげる事とても大事だと 感じます。  そうそう、この九州のお土産を下さった方には 介護をする私の事も 考えてくださって、このクッションマッサージを買ってくれて 疲れをほぐしてね~と、なんと心遣いのある方でしょう。 これ、毎日毎晩使っています。 肩から足の先までコリコリですから、本当にありがたや~。 今宵も、今日の疲れをこのクッションで癒して眠る事にします♥ 明日も、付き添い頑張ります!

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      テーマ:
  • 28 Nov
    • 認知症の母♥体位変換勉強せねば(入院中)

        今晩わ☆彡  付き添いから夜帰宅しました。  いつの間にか・・・紅葉は終わっていたのでしょうか。 早いです。紅葉大好き、写真大好きだった過去の私も介護が始まってから というもの京都へも行けなくなりました。旅行なんてもう何年もしていません。 その代わり、小さな事を楽しむ工夫だけはしています。 だから近所に落ちていた落ち葉だけ拾って集めて愛を込めて 我が家の癒しコザクラインコさんに見せてあげました♥  ちょちょいとな。   病院からの帰り道の風景がすっかりクリスマスになっていたのを 今気付いた感じ。 戸建の家や、マンションの窓にクリスマスデコされていたのが 綺麗だった。 我が家は、母の入院からすっかり止まってた? 母が2度目の入院をしてから、早27日が過ぎました。 まさか、2度目の入院がこんな長くなると思っていなかったから なんだかな気持ちです。 まだ、退院の目処さえたっていない上、また3回目の手術をしなくては いけないかもしれない。そんな、思いの日々を過ごしているせいです。 歳をとると言う事は大変な事です。私が若いj頃には考えても 見なかった事でしたが、両親が老いて色んな事が起きてくると 生きるって大変だなって思います。  昨日から 母の繋ぎ病衣・・・つまり拘束衣なのですが(ー_ー)。。。 色が変わってました。なんだか、段々拘束される物が増えてくると 人は麻痺しそうになります。繋ぎ病衣でも、前のよりこっちの色の方がましだな。とか 前の黄色のだと足首にゴムが入っていて全身包まれている感があって 窮屈だから、こっちの薄いブルーの繋ぎの方が足首にゴムがないから まだまし。 そう。・・・・まだましだなって思います。 本音は拘束病衣なんて嫌だし、ミトンなんてのも嫌なんです。仕方ないんだけど 仕方ない・・・・と自分に言い聞かせています。 おしっこが出せなくなったのは、脳神経から信号がいかなくなったと泌尿器科の先生から 説明を受けたけど、母の場合、家ではトイレで用を足していた(11月2日まで)ので病院では 認知症の母は、オムツにすることへの抵抗が強かったんです。 増して、ナースコールで呼べないからとオムツにするしか出来ない。 認知症じゃなきゃ、ナースコールを鳴らしてポータブルでも 用を足す事が言えたのに、夜中でも家では2回必ずトイレで用を足したのに ナースコールが出来ない母、意思を伝えられない母はオムツをして そこへどうしてもしなくてはいけない状況になる訳です。 だから、我慢して我慢して我慢して、嫌な場所で困惑して 出なくなった気がして仕方がないんです。 心因性の様な気がして仕方がないんです。 食べなくなったのも、家では普通に食べていたんです(11月1日まで) でも、手術入院の苦に耐えられなくて食欲がガタンと落ちてしまい 食べなくなって、経鼻栄養になってしまった。 高齢の人が、増して、認知症の人は環境に影響されやすいし 特に母の様な、繊細で神経質な人なら更に影響が大きかったと思います。 昔、高齢者が転倒したら寝たきりになると聞いた事がありました。 単純に、骨折して歩けなくなったりするからかな?と思っていました。 でも、今回母の病は慢性硬膜下血腫が引き金となって入院、手術を して・・・食べる事、出す事まで出来なくなるなんて思ってもいませんでした。 いかに、高齢者が入院をする事が影響大かという事です。 病は治せど、入院に依る環境の変化で、身体の機能違う場所に大きな不備が現れる。 転倒=骨折だけではない。 母の場合は頭に血が溜まってしまっていたんです。 それも、この病気はすぐには症状がでないのが怖い 1ヶ月2ヶ月かけて、じわじわと頭の中に血腫がたまるのです。 ずっと気づかないと大変な事にもなりうるのです。 メディアで、慢性硬膜下血腫が原因で認知症の様な症状が出る。 でも、それは認知症ではなく、治る認知症がある!なんてとても 前向きに伝えていたけれど、もう少し深く掘り下げて放送をしてほしかった。 慢性硬膜下血腫というのは、転倒などの打撲をきっかけに頭にじわじわと 血腫が溜まるもので、認知症ではないけれど、それが溜まる事の怖さもある。 だからこそ、転倒に気をつけるべきだと。又、転倒したら病院にかかり 経過を観察するべきだと、そこまで放送をしてくれたら良かった。 放送の仕方には、色々思う所があります。 メディアの認知症の取り上げ方も、まだまだ認知症というものを 深く掘り下げてはいない。在宅介護にしても表面的な事ばかりだと認知症介護をしている 方がたが口々に言っています。 だから、私はメディアが全てではないと当然思っています。 認知症予防の番組も・・・。 それは実際に家族が関わってきたからわかる事。 あれ?話が違う方へ行ってました。。。。 今日は、その繋ぎを着せられた母の体位変換について、え~!と思う事がありました。  母は30k台にまで体重が落ちてしまいました。 でも、私がベッドで母の寝ている位置を変えるとなると とても重い 腰痛の多少ある私は、ううっとなります。 でも、リハビリのお兄さんは上手い。男性でもあり力もあるのですが コツがある様です。 介護の世界でも、コツを使って上手く体位変換されています。 看護師さん、母を一人で抱えるのは大変です。 が、母、経鼻栄養を注入する時には、逆流をしない様に上半身を立てる んですが、何故か自分でどんどん下へ下へ下がってしまう。 だから、私が・・えいや~と抱えて上に移動してみたり 看護師さんが、あらら~と直してくれる事があります。 私は付き添いをずっとしているから、色んな看護師さんの 遣り方や人柄が見えてくるんです。 お世話になっているので、一切文句は言いませんが ええ!と思う事は結構あります。でも、患者って患者家族って どうしても弱者的な所があって、お世話になっているから言えない 増して、母は認知症なので普通の方より、ご迷惑をかけているからと だからこそ、付き添いをしっかりしています。自分の時間は全て 削って。母の為でもあるから。 でも、今日の夜からの担当の看護師さんのあの体位変換はちょっとと思いました。 繋ぎの服の首の後の生地をひっぱり、片方は身体を支えてはいるのですが そのせいで、繋ぎの病衣の首元が母の首をぐ~としめる感じになっちゃって その後も、別に生地を直してくれる訳もなく、上に上がったままで 去っていかれました。。。。。 母が目で私に訴える様にしているから、直ぐに首の所苦しかったね・・・。 大丈夫?と生地を整えて少し下げて、首元にゆとりを持たせました。 繋ぎの下半身の生地も上からの引っ張りで上がってしまって 動きにくいので、そこも下へ下げて整えました。 母が辛い顔をしていたので、頭も撫でながらハグをして 大丈夫だよ~。ほら、楽になったと安心させました。 私が居て良かった♥ 他の看護師さんは、優しい方も沢山おられます。 この方とてもいい感じだなとか、声かけも上手いなとか よく気がつくなとか、患者さんが遠慮しないで相談できるなとか そんな方も沢山います。 お世話になっているのは確かですから。 私も、なんとか体位変換を上手くやりたいのですが・・・。 上手く体位変換をされる看護師さんのを見ながら勉強します。 今夜の方のは参考にはしません(~_~;) また、なんかグッズを探してみます。  今日は、母がずっと寝ていることから褥瘡が気になり 家で使っていた低反発の円座クッションをお尻に敷き 足元には、エアクッションを置いてみました。 母の色んな状況を見ていると、母にとって入院生活が少しでも 楽になる物を購入するので、それはそれはお財布から どんどん さようなら~と出ていくものが大きいです。 老後のお金。要りますよ~!!!!!!! これは両親を見ていて実感です。 あああ~私どうなっちゃうだろう・・・・・。不安です。 では、明日も付き添いのブログですが気がむいたら 読んでくださいね♥    

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  • 27 Nov
    • 認知症の母♥思いが伝わらない(入院中)

       思いが伝わらない・・・・。 認知症になっても、なんにもわからなくなる訳ではないんです。 ちゃんと、その人の思いとか経験とか歴史とか それまでの思い出とか あるんです。 認知症だから、わからないだろう。 何を言っても伝わらないだろうなんてないんです。  認知症になって、返ってその人の心の中を鋭く見抜くことがあるんです。 だから、在宅介護をしていると 私の気持ちを見抜くから、嫌々とかイライラしていると それが母に伝わる、そして不穏になる。 こちらの思いが鏡みたく伝わっている事があります。 母が認知症になるまで、沢山のお友達がいました。 今も居るんですけど、だんだん疎遠になるんです。 でも、家族の本当の思いはそのお友達たちが どんどん母に会って声をかけて 話しかけてほしかったなぁって。思う事があります。 そりゃ、認知症だからわからないし、ちんぷんかんぷんな会話するし その姿を見てショックを受ける事もあるから疎遠になってしまうのも 仕方がないのでしょうが、母は認知症になっても 楽しい頃の思い出とか、昔のこととか私が話してみると 嬉しそうにしています。 だけど、お友達も親戚さえも疎遠になってしまうのが きっと認知症本人には一番寂しいことだと思います。 脳に刺激を与えてあげる為にも、会ってあげて思い出話をしてあげる事 も大切なんですよね。。。 でも、それも難しいのかな。 最初の頃は、本人が認知症だと知られたくないから 無理して疲れてしまう事もあるのかもしれないですが・・。 我が家は認知症の母でも母には変わりがないから 悪い事している訳でもないから、隠したりしません。 結構オープンです。家に来てくれるのも返ってオープンに なっていつでも来て来て、母の為にも来てくださいと ウェルカム状態にしています。 へんてこな事をするかもしれないけど そこは家族がカバーしてあげます。 認知症の母も思いはしっかりあります。 しかし・・・今回、入院中の思いはなかなか通じない。 痛い。やめて。辛い。熱があるかも。点滴が。痒い。取って。トイレに行きたい。 出来ない。動きたい。有難う! そんな思いがなかなか伝えられない。看護師さんも忙しいから そうそうゆっくり・・・なんですか?なんて聞いてもらえないし。 きっとわからない方が多いのでしょう。 母の意思をわかるのは、長く一緒にいる家族が一番だからね。 やっぱり、それで・・付き添いも欠かさず、長い時間になっちゃう。 なんとか、母の思いに添いたい。なんとか、母の思いを伝えたい。 だから、母の様子をよく見ています。 動きをよく見ています。 今日、母の思いが伝えられなかったんだろうな・・と感じたのは 毎回、痛々しく増えていく点滴の失敗の跡の数。 付き添いに行って、今日もいつもの様にクリームを腕にも塗って あげていました。   あれ?これ何? びっくりしました!腕が水の袋みたいにぷくり~と膨れていて 触ってみると、チャポチャポと聞こえてきそうな液体の袋みたくなっていました。 そう・・・・・、また点滴漏れ。 きっと、これだけ漏れていたら痛かったことと思います。 でも、母痛さを伝えられないでいました。 私がさぁ、腕をとめくって気がつきました。 看護師さんに直ぐに伝え、あ~そうですね。 また、明日・・・点滴を刺す事になりますが、いいですか?と。 いいですか?も何もこのまま続ける訳にもいかないので 仕方ないですね。  はぁ~(-_-;)お母さん、また明日痛い目み会いますよ。 可哀想に。 点滴もなんとか医療が進化して痛くない良い方法が生まれないものか。 色々考えてしまいます。 きっと、認知症の母は点滴刺す時に痛くて手を動かしてしまうのかな・・・。 右手の浮腫みも気になる症状だし・・・。  色々、出てくるね・・・(-_-;) どうか、点滴の針がす~と上手く入ってくれますように★ 母の腕をボロボロにならないでください。 でも、今日の母は私が午前中に病室に到着した時から目を開けていて 珍しい。。殆ど寝ている事が多いのに で、私が笑顔で登場すると、あ~という顔をして笑ってくれました。 これはとても嬉しい反応です。そして・・・・  じゃ~ん!!!! 綺麗でしょ~。これ、〇〇さんのおじちゃんが作ってくれたんだよ~ そう、千羽鶴です。これって時間をかけて1つ1つ良くなる様にとの 思いで作られるので本当に心がこもっている素敵なお見舞だと思います。 感謝★ 向かい側の方が、これを見て まぁ~綺麗ね~!と言ってくれました。 本当、母世代の方はこういうのは特に嬉しい様です。 日本人だ~って感じもします。 そして、いつもの おかあさ~ん大好き♥を顔を近づけてハグ これも、大抵、嫌そうにする事の方が多いのですが 今日は笑っていました。 いつもこうならいいな~  そして、1日目を開けている時間も多く リハビリのお兄さんが来てくれた時には、少しイライラも していたのですが、笑ってもいました。 リハビリのお兄さんと学生さんの研修の様で、横で見ていた その学生さんが何ともいいキャラの様で、ふくよか(^^ゞで、まんまる顔で 目が細く、にこ~って笑うとつられて笑う様な、いい相の持ち主の男性で イライラしたりしている母に、その方が笑いかけると (ー_ー)!!→→→→(#^.^#)と変化します。 担当のリハビリのお兄さんもとても良い方ですが 「おまえ、いいキャラしてるな~得やな~」と言っていました。 母もなんだか、この人良い人なんだわと感じ取っていたのでしょう。 看護師さんでも、母の様子が変わりますから。。 母にとって良い看護師さんは認知症だからわからないだろうという扱いをされると 拒否る態度をとります。だって、一方的に進めて怖いんだもんね。 でも、やっぱり抵抗の少ない方は ちゃんと声をかけて母の様子を見て 母が、うん。とか何か反応が薄くても反応を見てから 作業をする感じなのですね。声かけも優しいんです。 私が聞いていても、この方なら信頼できる。 今日はこの看護師さんかぁ・・・と嫌な感じだと娘の私まで不安になってしまいます。 今日の昼間は、私も母にとっても優しく看護してくださる方のペアでしたから 「〇〇さ~ん、今から〇〇しますね~。母の様子や反応を見て  ごめんね。嫌な事ですね。。。もう終わりますよ~。はい終わりました。ありがとう~」 そんなです。近くで聞いている家族も安心で、本人も認知症で怖さもあり 抵抗をするものの小さな抵抗で終わります。 わかっているんです。ほんと。。 (本当に辛い事には、本気の抵抗しますけど(^^ゞ) 言葉が話せない分、理解に苦しむ分 辛い事も表現は大きくなります。 ただ、家族だけはわかってあげたい。それだけ。 その思いだけなのです。 痛みや病院の苦痛、母を癒す為に今日は母の好きな 三橋美智也の黒田節と、美空ひばりの悲しい酒を♪ スマホを耳元に近づけて聴かせてあげました♪  認知症の家族を抱えている皆さん、明日も共に頑張っていきましょ♥ 認知症で入院をしている家族をお持ちの皆さんもね♥

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  • 26 Nov
    • 認知症の母♥痒いところに手が届く(入院中)

       なんだかなぁ~・・・・・。   高齢でもあるせいか、点滴が漏れる事が多すぎて 付き添いに来る度に母の内出血の跡が増えてく 左手にあると思ったら右手にあったり、手首にあったり 足にあったり・・・。  血管ボロボロになっちゃうよ。。 可哀想。 こういう時、娘は内出血の跡をなんとか早く治してあげたいと 調べに調べて、初めは冷やす 後は温める ふんふん・・・。でも、初めはが出来ないです。だって私が居ない時に 点滴位置を変えているんだから間に合わない。 難しや~ 入院中は、母の様子をよく見て ん?痒いのかな? ん?痛いのかな? ん?何か言いたいのかな? あ、ここがあそこが 気になって気になって 今、とても気になるのが つなぎ服 これ、なんだか窮屈そうで 着心地悪そうで、ただでさえ管だらけなのに ミトンを着けて、その上つなぎ・・・どれだけ拘束されてしまうのだろう。。。 治療の為に仕方がないんだけどね。安全の為に仕方ないんだけどね。 母は指があまり自由に動かない上に、留置カテーテルを抜くほどの力もないし ミトンも両手にしているし。どうやって抜くかさえわからないから 普通の上下パジャマを持参して、こっちじゃ駄目ですか? ミトンしている時には大丈夫かと・・・と聞いたけど 安全の為に駄目な様子。 そう言われりゃ仕方がない。 無理にでもと言う訳にもいかないし。 そこで、私がいない間は窮屈な状態でも つなぎとミトンで我慢しているから 付き添いの時だけは、つなぎの鍵ホックを外して、ファスナーをある程度まで下げて 風を通してあげています。 なんだか蒸れそうで、痒そうだし。 ミトンも外していても、特に何をする母でもないし。 しっかり見ていたら大丈夫!  ほら~開放感ない?母もやっぱり、ふぅ~って顔してる。 その間に、痒そうにしている胸元、首、お腹、脇腹、背中は手の届く範囲を 保湿、痒み止めクリームを塗ぬり。 本当は私に力があると、もっと背中まで塗り塗りしてあげたかったんだけど。 保湿って大事なんですよね。 床ずれにも保湿は大事です。 あと、この写真でもわかる様に鼻にチューブが点いてから 口を開けて眠る様になった母。 口がからからになってしまうから感染にも注意したくて 私が居る時には、口にスプレーをしてあげる。  病院は暖房が結構きいていて暑いからね・・。 その上、鼻にチューブが通るとね、潰瘍ができやすくなるのです。 同じ場所にチューブを着けているとそこに当たって 赤くなって潰瘍なんて出来たら大変。でもそれは流石に家族では出来ない 医療行為なので、毎日鼻の穴の様子を見ているだけです。 動けるというのは、有り難い事なんです。 食べられる事は有り難い事なんです。 おしっこなど、排泄が出来る事は有り難い事なんです。 ついでに、大脳皮質基底核変性症の人は失語症状が出るので 母は単語をいくつか、ぽつっと言う事しか出来ません。 お喋りが出来る事も幸せなんですよ。 だから、今私達が当たり前にしている事に感謝しなきゃなと 母を見て思います。 昨夜は、4人部屋で他の3人の方は普通に喋り、普通に食べられるので 病院食にしては珍しい天麩羅が出た様で 看護師さん3人が、同時に3人の方へ 今日は天麩羅ですよ~ 豪華ですね~と言いながら、夕食を運ばれてきたので それをカーテン越しに聞いている私は切なくなってしまいました。 母はいつもの鼻チューブ栄養だもの・・・・゚(゚´Д`゚)゚ 看護師さんも、そこまでの心配りはないですよね。 他の患者さんを盛り上げる為ですからね仕方ないね。 幸い母が半分寝ていて、わかってないから良かったです。。。 娘は、とにかく母にとっては辛い入院生活を少しでも軽くしてあげたく 毎回毎回、痒い所に手が届く看病をしています。  今日は、褥瘡にならない様なグッズをスマホでチェックして お尻に敷くエアクッションを頼みました。 いいものなら、1万超になるのでそれは買えずでごめんなさい。 それから、母の知人からお家にですが千羽鶴を届けて頂きました。 優しいです。思いやりの固まりって感じです。 千羽鶴。 明日、母に病院へ持っていく予定です。 お母さん、みんながお母さんが良くなる事を願っているからね 充分頑張っているから、応援しているよ☆彡  

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  • 24 Nov
    • 認知症の母♥こんなにも母の笑顔が(入院中)

       慢性硬膜下血腫再発術後 認知症の母の機能が、ぐんと落ちて母の姿を見ては 毎日毎日切ない気持ちで 病院付き添いからの寒い夜道をトボトボ帰る事が辛かった。 でも、今日は母の貴重な貴重な微笑がえし♥ 傾眠傾向の母が夕方、ふと薄目を開けて 天井を見つめていました。 これまでも、辛い導尿作業の時やベッド上での簡単なリハビリの時 点滴の注射を刺し治す時なんかに目をぼ~と覚ますけど 苦痛に満ち溢れた表情ばかりの母 だから、今夜の母の笑顔が これほどに美しく  可愛く 貴重に感じた事はありません。 ふと目が覚めた母に笑ってもらいたくて 母の顔の直ぐ側に私の顔を近づけて 思い切り思い切りの笑顔を見せてみたんです。 そして、母を見たら・・・・。 微笑みを返してくれた!  嬉しい! 笑いながら、泣きそうになった! お母さん! もっと笑って。。 お母さん!寒くない?と問いかけてみたら うん。と頷く。こんな反応も貴重で 更に、お母さん!元気になってね。 絶対元気になってね。  に~~~~っ!顔が引き攣るほどの笑顔を母へ♥  ※度々盛りアプリ使用した私の顔  ・・・・地顔なんて載せられたものではありませんのでお許しを※ ※そして、肝心の母の笑顔が撮れてません(^^ゞ※ イメージです!思い切りの笑顔をこんな風に母へ向けて 見ました。 母がまた、私を見て微笑み返しをしてくれました。 貴重なんです。本当に貴重。 思わずスマホで動画に収めました。 これからはどんどん、そんな笑顔を見せてほしい。  母の笑顔がこんなに貴重に感じた事はなかったです。 付き添いからの帰り、寝ている母のおでこにチュ♥して帰りました。 みんな!お母さん、お父さんを大切にしてあげてください。 両親の笑顔は本当に大切で幸せを与えてくれます。  だから、私も更に笑顔になれます。  元気が当たり前ではないから 感謝をしていきます。  この歳になるまで、子供や家族の為に頑張ってきた母 そして、思い切り使ってきた身体も頭も こうして、弱ってしまうけど 私達の為に頑張ってきてくれた事に感謝です。 今日は、可愛い微笑み返しをありがとう♥お母さん。

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    • 認知症の母♥老いる辛さ見る辛さ(入院)

       慢性硬膜下血腫再発入院中 85歳の母であっても、高齢だから仕方ないなんて 割り切れるものではない事、日々痛感しています。 母の慢性硬膜下血腫、再再発の行方は 昨日、担当医師から再発術後2度目のCT結果を聞きました。 父と私、医師からの言葉がどんな言葉が出るのか 心臓の音が聞こえてくるほどドキドキしていました。 医師は、1週間前に撮った術後CTと今回のCTの血腫の状況を見せながら 血腫の大きさについて、1週間前と血腫の量が変わっていないと 話してくれました。その血腫がもしも、ぐんと増えている様なら もう、開頭手術をするしかない所でした。 でも、この状況なら今回も同じドレンを検討してはどうかとのお話。 結局手術ではあるけれど、局所麻酔で済むという。。。 心の中で、はぁあああ~増えてない! 良かった。(完治ではないけれど増えてないという事) 父と少しほっとした気持ちになって、医師からは あまり被爆をしてもよくないので、あと1回10日後にCTを撮って 手術の事を決めましょうとなった。 諦めない。そう言われても消えてくれる事をただひたすら祈る事は 諦めたくない思いで はい と応えた。 それでも、認知症更に普通の認知症ではない国の指定難病の大脳皮質基底核変性症の 認知症の母。この難病は10万人に2人だそうで・・・。 ネットで探しても患者さんのブログを見つけるのも そう簡単ではなくて・・・。 今後どうなっていくのかも不安ばかり増していく現状に 見た目と違って弱い私は、、心が毎日打ちひしがれてく。 その上、今回の入院で入院手術の原因となった慢性硬膜下血腫を治すという事だけでなく 付随して身体の機能までがどんどん失われてく。 大好きな母のそんな変化に、娘の私の心と身体がついていけていない。 それは、高齢の親であろうが・・・。 正しく、自分の子供が目の前で苦しむ姿を見ていられず身を切られる様な思いと同じだと思う。 父も辛いだろう。 男性だから、私ほど辛さやしんどさを見せまいとしているけど 夜の寝言が増えている。。。安眠をしていないみたい。。。 私も、在宅介護で夜中も眠れない事が多く 入院をしている間は眠れるだろうと 思っていたけど、母が家に居るよりは眠れる時間があるというのに 熟睡は出来ないでいる。 今日の付き添いは6時間。 何故それだけ長い時間?と思うかもしれないけど それほど認知症の入院は大変だという事で、看護師さんもすっかり 私が居る事に期待をしているから、明日は何時に来られます? 今日は何時までおられます?とよく聞かれる様になっている。 勿論、母の為、娘は1日たりとも欠かさず行くけれど・・・。 今日は、また、母の身体に新たな管が繋がった。。。。 ほんの夏まで、普通に食べて、普通に歩いて、普通に笑っていた母が どんどんどんどん変わってく。 手には、ずっと点滴があって何回となく輸液が漏れて内出血が痛々しい。 1つ1つの内出血を手の平で撫でて、痛いの痛いのとんでけ~と呪文を唱えた。  私が居る間は、ミトンを外してあげるからね。 鼻の管がずっと繋がれていて、食事もここから流される。 煩わしいだろな、引っこ抜きたいだろな。。。 そして、今日新たについた管。 泌尿器科の医師から昨日、もうおしっこを出す機能が駄目になっていると聞いた。 1ヶ月前には普通に出せていたのに。。。駄目なんですか。。。 もう何回驚かされただろう。母には認知症だと聞いた時、難病だと知った時、慢性硬膜下血腫だと 診断された時、再発したと聞いた時、再再発しそうだと聞いた時 そして、今回の排尿障害。 もう寿命が何十年と縮んだ気がする。。。  もうこれ以上、娘を怖がらせ驚かせないでほしいのに。  看護師さんが、付き添いをしている私に言った、すみません導尿をする所を1度見て みませんか?と・・・。 え?何故ですか?母の辛い声や辛い場面を見るのが今無理です。 私は向こうで待っていますと応えた。どうしてそんな事を聞くのだろう?と思って どうして?ですか?と聞いた。 看護師さんは言う、母が毎回1日5時間おきにする導尿をとても嫌がり、手足もドタバタして 声を出す様子を見て、これからも毎回数時間おきにドレンをするのか もう留置カテーテルをずっと入れておくかを判断させる為だった。 私は、母が認知症でなく自分で覚悟が出来て導尿を出来るのなら数時間おきでも 導尿を入れて出してもらう方が、小さな希望でも自力で排尿を出来る可能性を見いだせれば そちらの方が良いと思っていた。 だけど、母は認知症でその苦痛に耐えられないでいる。 それを見ていると看護師さんから、留置カテーテルを入れてしまってと言われたら 仕方がないです・・・母がそれの方が楽なのならと応えるしかなかった。 娘が二人いても、遠方で結婚をしている妹ではなく 同居でキーパーソンの私が何事も決めていかなくてはいけない重責。 いい歳をしたオバチャンでもやっぱり辛いの。。 見た目より、遥かに か弱いんだから。 でも、決めなきゃならなくて とうとう承知した。 みるみる、その準備が始まり、病衣も変わった。 なんだか、切なく辛い。 自分で抜かない様にされたミトン。 自分で抜かない様にされたつなぎの病医。 認知症の母の自由がどんどん奪われていく。治療だけど奪われていく。  それでも、もう少しなんとかならないのか? 介護用の看護用のつなぎ服の生地や見た目。 伸びない。固い。とても変なデザイン。あまり肌に優しい生地でもないの。 なんだか・・・・・。 母は、傾眠傾向にあっても辛い時には目をさまし唯一の自分の主張を態度で示す。 いいじゃない別に!普段ナースコールも鳴らせない。 自分の意思も話せないんだから、嫌な事をされる時の抵抗や辛さ位 表現をさせてあげてほしい。(してるけど)  そのつなぎを着せられた母。 おしっこの管をつながれた母が、なんだか窮屈そうで辛そうで目をさましてから 夕食後に必死で身体を動かそうとしていて 私の方を見つめる。  言葉が出ないから、母の目を見ると 必死で訴える。お願い!外して!脱がせて!しんどいよ! ・・・・・もう帰りたい。 何も言わなくても はっきりとわかる。 だって、ずっと一緒だった母娘だもん。 その姿を見せてくる母の足をあまり動かさぬ様に、 お母さん、少し我慢して 病気を治す為だよ。 この寝巻きは寒いから繋がっているんだよ。 そう説明するしかなくて   ・・・・ううう・・・つ・ら・す・ぎ・・・・・。 母の辛そうなその目が。。。辛くて、  思わず目を背けてしまった(´;ω;`) 暫く、落ち着かない母の相手をしていたけど 父の夕食をつくらなくてはいけない スーパーでお買い物もして帰らなくてはいけなくて 夜7時半になったら、外していたミトンを着けて帰る。 娘が母の手にミトンを着ける時なんとも言えない気持ちになる。 辛そうにしている母、また来るからねと帰ろうとする私を見つめていて じっと見つめていて・・・・・・。あまりの苦しさに、早足で病室を出た。 後ろ髪をぐいぐい引かれながら、病院を出る。 三日月が出ていた☪  はぁ~・・・・・しんどいな。。。辛いな。。。。また人生で一番辛い時の更新されてしまった。 もう、辛さの更新は要らないのに。  今、家でテレビを見ても、つまらない。 全然つまらない。 何を見てもつまらない。  でも、今ある事から逃げちゃいけないから 明日も頑張るんだろうな♥ やっぱり大好きな母だから、母の心が安心できる方法がないかな♥ 愛してるお母さん♥笑顔になって!

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  • 21 Nov
    • 認知症の母の入院♥看護師さんの言葉の力

       今日も、風が冷たい1日でした。 母の入院付き添い 1度目9月26日~10月6日までの11日間 2度目11月2日~今日に至る20日間・・まだ続くのですが(~_~;) 通算1ヶ月 流石に、気持ちと身体の疲れが出てきました。 85歳の父は、約10年前に大動脈弁閉鎖不全症で大手術をしてから 今に至るのですが、ほんと元気?になってくれて良かったです。 もし、父が居なければ私一人で色んなものを抱えてどうなっていたかわかりません。 お父さん、有難う♥ お父さんがこうして居てくれて娘は嬉しいです♥ 元気と言っても年成りで若者の様な訳には行かないのですが(~_~;) 父も母の付き添いは毎日2時間~3時間ですが 1回目から欠かさずしているので・・・・母の病室でふと見ると・・・・。お疲れ気味。そりゃそうです。でも、ただ夫婦愛で頑張っているのです。どうか、父も元気でいてください。母は・・・・。外は寒いけどお天気なのに、可哀想。この後、辛い辛い導尿作業があるのです。2回目の入院から、何故かおしっこが自力で出せなくなって1日4、5時間ごとにこの(母にとっては)悪夢があるので寝ていても、起こされて「やめて~」「いたい~」と訴える事に。娘はそんな母の声や姿をいつも見るのが辛くて・・・・。声の聞こえない所へ避難しています。お母さん、なんとか自力で出せるといいね。(´;ω;`)娘の私の付き添いは、1回目から7時間~8時間。通算1ヶ月病院に通い続けて、土日祝日も1日も欠かさないでいるからひょっとしてお勤め中の看護師さんよりも長い時間 病院に居るのかも?なんて思ってしまいます。こうして、毎日過ごしていると、母の病気の事だけでも退院の目処も経っていないから、気持ちはどうしてもネガティブな方向へ行きがちです。でも、それでも自分がしっかりしなきゃキーパーソンなんだからと頼りない自分に気合を入れています。母をとにかく守りたい。そんな気合?するとね・・・病院での色んな事が見えてきて特に、気になる事も見聞きしてしまう事があります。というか、看護師さんも隠れていうという事より普通に家族の前でも話しています。。。。色んな方が居て、この方は優しく気がつくなぁ有り難い。と素直に感じとれる方やこの方・・・少し嫌だな。と感じる方がいます。でも、基本的にはお世話になっているので感謝はしているのです。今日は、付き添いに到着した時間の担当看護師さんが母のお薬を経管栄養で流し込んでくださる時に何気ない会話の中で、ありがとうございます。いいえ~、お母さん食べられる様になるといいですね・・。そうなんです。。どうしてこうなっちゃったか。。でも、食事を食べられrなくなってお薬も飲めなかったから今、経管から流し込めて確実にお薬を飲んでもらえる様だからそこは良かったと思いましょう。と・・・。そう言われると、そっか、マイナスな事ばかり見ているけどお薬を注入できるから、それは良かったのか。と少しだけ良い事も見つけました。そして、時間が経過し違う看護師さんに交代となって母のベッドでの病院着を整えてくれていた2人の看護師さん後の椅子で私は座っていたのですが・・・。目の前のお二人のやりとりが、お一人の方が「毎回、導尿か、辛いよね・・。」と母の事を思って言ってくださった事がわかりました。すると、若い看護師さんがこう応えました「そうなんです~蹴ったり叩かれたりして辛いんです」と後に私が座っていたんですが、普通に会話されました。母は、導尿が辛いんです。もう何十回もの導尿がありきっと尿管も傷ついていて痛みがある様なんです。言葉が話せない、ほぼ傾眠傾向にある母で自分の意思を伝えられない母母の唯一の表現が、相当嫌な事がある時には手を叩いてでも足をばたつかせても、嫌という表現をしたいのです。。。。訴えてやめて~と言っているんですが。。。。勿論しなきゃならない医療的措置なのですが母の今の状況では、自分のベッド上ではそういう事にもなっていまいます。きっと、私でも言葉話せなくて、コミュニケーションとれなければ手足をバタバタしてでも痛い~やめて~と訴えて表現すると思います。認知症の人は、言葉が出ない場合や意思表示もできないので苦しい事辛い事をそう表現するしかなかったりします。。。。娘の私は、その看護師さんの何気ない言葉が辛かった・・・。なんだか、気分がどよ~んと落ちてしまいました。毎回、付き添いをして母のポータブルの挑戦の時には私も一緒にやります。母が認知症でご迷惑をかけていないかいつも気になっているから、少しでも看護師さんの手を煩わしても悪いと思うからなのですが・・・・。毎回、有難うございます!お手数おかけしてすみません。を家族は心掛けて母の代わりに毎回言っているのです。申し訳ないと本当に思うから。。。。なんだか、母が可哀想になり、なんだか悲しくなり。認知症患者が入院するという事がとても過酷である事は間違いないのです。今は母以外すっかり総替えの同室患者さんになってしまい他の方は認知症ではない様で、看護師さんと楽しく笑いながらやりとりをしていてその声がカーテン越しで聞いている私の耳に入ると、なんとも切なくなります。お母さんも、認知症じゃなきゃそういう事を一番気を遣い御礼を言う人だったから。看護師さんとも親しく話せる人だったから。それが今、こうしてコミュニケーションも取れなくなって徘徊なんてしないし、他の方に凄く迷惑をかけている訳でもないけれど導尿で嫌がる動きをすると、言われてしまう。家族はそれを聞きながら、謝るしかなくて。心がめげそうになります。看護師さんの何気ない言葉って、患者さん本人や患者さん家族に希望をもたせる力を与えたりどん底の気分にさせてしまったり、本当に影響力が大きいんだなと思います。それだけ、尊いお仕事なのですよね。まさに、今日1日でも感謝したり落ち込んだ日でもありました。付き添いは夜7時半位まで、その夜道も寒くなるとなんだか寂しい気持ちになったり、歩きながらXmas飾りなお家を見てああ、またXmasが来るんだなと思いつつお家へ帰りました。母の夕食は☆彡ね、お母さん、温かいお鍋食べたくない?美味しい夕食食べたいよね。とっても味気ないけど、今は大事な母の栄養源。鼻から繋がった栄養源。これがなきゃ生きてけないから、早く食べるようにならなきゃ。早く、自力でおしっこ出せるようにならなきゃ。早く、再再発 3回目の血腫が消えてくれなきゃ。大好きなお家に帰れないよ。大好きなお父さんと一緒に居れないんだよ♥ 

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  • 19 Nov
    • 認知症の母✿慢性硬膜下血腫入院生活

       認知症の母が初めて慢性硬膜下血腫を発症して 入院したのが1回目9月26日でした。 まだ、この頃は暑い位で、軽装して付き添いが出来ました。  11月1日に退院後の検査の為に通院して 再発の診断が下りて、愕然としてから 11月2日に手術して入院。 11月9日入院中に術後CTで、再再発の新たに血腫が出来始めて いる事を知り、更に愕然として退院できず 食べない母に、経鼻栄養が繋がれ おしっこを出せない母に1日5回の導尿作業をされて 傾眠ばかりして、勿論認知症なので自分で何をされて どうしてこんな辛い目にあっているのかも理解できず 気持ちまで滅入ってしまい、目を開けず もう気力もなくなってしまっている様に見えていまいます。 更に近々、CTを撮って更に増えていたら もう3回目の手術選択をして実施となる事になっています。 1回目の入院生活の付き添いから比べると 行き帰りは寒くて、外も早く暗くなるし歩いて帰る時には なんだか、孤独感~・・・ 紅葉も進んで落ち葉が落ちる時期、早い~介護だけで1年終わる~ ああ・・紅葉でも楽しみたい。うぅ 1年の終わりに近くなって、母はわからないまま入院生活 色んな辛いことをされて(本人の気持ち?) いえ、看護をして頂いていますが(~_~;)(家族の気持ち) 私達家族も、認知症の母の在宅介護から続き 慢性硬膜下血腫の再発、再再発と2ヶ月も経過しない間に 3回目するかも・・・ってこんな日々に 気持ちがついていけないところがあります。 でも、今やる事に一生懸命するしか方法がないので ブログに書いている通り、付き添いを毎日しています。 さて、今日は・・・・・・。 いつもの通り午前中に母の元へ行ったのですが あちゃ~これは・・・・・駄目でしょ。  私は、母が認知症になった当初 母の在宅介護をする事もあって、介護資格の初任者研修の学校へ 行きました。その仲で、人権と尊厳の保持という事を学んだのです。 介護の中では、人間らしく生きる権利を大切にする事など・・・ 他にも細かに言うと沢山あるのですが 思い切り割愛して、認知症患者であっても人間の尊厳というものが あるのです。 母は、入院をして看護師さんには色々やって頂いて 感謝しています。が、時々、今日も、あれ?と 思う事があります。 病室に着いた途端、4人部屋のカーテンは個々に 自分のプライベートスペースとして 締めてあるのですが、母の場合、認知症である上に 言葉が出ない、傾眠傾向、意思が伝えられなく なってしまっているので、看護師さんは医療行為が 終わってもカーテンを閉めずに病室を出ていかれている事が よくあります。 でも、それは母の病状や意思疎通が難しい事から 看護師さんが見えやすい様にしているのだろうと想像し 理解をしていました。 私が行った時には家族が看ているので閉めてあげます。 が、4人の中で他の家族さんが付き添いや お見舞にこられると、他の方はカーテンをしているから 見えないのに、母は傾眠で口を開けっ放しにして眠っている顔を 見られながら通る事になるのです。 それも・・・仕方ないのかな。とまた理解しようと思います。 が!84歳でも女性です。 入院するまで、認知症になる迄、母はお洒落で母を知る人は お洒落な翼さんのお母さんのイメージがついているのです。 認知症だから、わからないからどうでもいいとか 認知症だから・・・言葉が出ないけど 思いはあるのに、その思いを伝えられないし わからないだろうと頭っから思われる扱いはとてもとても悲しい事だと 思います。 1度目の手術の時には、認知症もあり環境が変わり 混乱から不穏になる事がありました。 そうなると看護師さんもお仕事が大変だから おとなしくなるお薬をどうしても使われてしまいます。 母は、朝興奮状態だったのでしょう・・・・・・。 私が付き添いで病院に着くとナースステーションの所で 車椅子に座り、ベルトされて項垂れていました。 あ!と気付くとその項垂れている姿を見ただけで悲しくせつなくなりました。 更にその切ない気持ちを増加させたのは 母の病院着の胸がパカ~っっとはだけたままにされ座っている事でした。 丸見えです。 ナースステーションには沢山の方がいます。 その前には休憩室があって、男性患者さんも居ます。 更には、患者さんの知人、友人、家族が行き来します。 胸がはだけて丸見えになってうなだれている母。。。 悲しい気持ちは倍増です。 慌てて、母の車椅子を誘導して胸のはだけたのを直してあげました。 これも、人間の尊厳だと思います。 認知症でわからない高齢の患者だから、胸が見えていてもいい? そうなのかな?私ならいくら認知症になってもそんなの辛いです。 もし、そこへ母の知人や友人が久しぶりにでもお見舞に来たら? 母を見たら?・・・・絶句です。母はしっかりした母でお洒落なイメージ でした。その友人はきっと、こんなになっちゃったの?とショックを 受けるでしょう。そして、母だって、悲しいです。自分のそんな姿を 見られるのは。誰も好きで認知症になった訳ではないのに。  勿論、看護師さんは病気を治す事に集中されているのかもしれません。 だけど、大事な事なんです。きっと認知症じゃない患者さんで 意思疎通が出来る方にはそんな事をされないでしょう。 どこか気持ちの中に、認知症だから、高齢だから、わからないから いっかという思いがあるのだと思うのです。  で、今日の母は・・・・  4人部屋の母の所だけカーテンを全開でした。 そして、おか~さん!と覗くと・・・。 病院着の下半身は、めくれ上がり紙おむつは丸見え 足は全部出たまま、布団もかけてありませんでした。 人がくれば丸見えです。 そんな母が横たわっているんです。 私は、え~!!!!!と思いました。。。 そして、なんだか悲しい気持ちになりました。  〇〇〇〇〇゚(゚´Д`゚)゚ 家では、私がお洒落だった母の洋服を選んであげて 母ならこうするだろうな、お洒落をして人の前に出たいだろうなと 服を着せてあげています。薄化粧もしてあげます。 認知症でなければ・・・と想像して化粧は絶対するよね。 髪の毛もちゃんと美容室へ行っていた母だったので 回数は減ったものの行ける時には行き、行けない時にも 整髪してあげていました。。。。 だけど、病院はせめて女性として扱ってあげてほしいんです。 例えば、介護の現場でもきっとそうです。 家族にとっては、昔からの母なんです。 大事な親なんです。その人の歴史があるんです。 もし自分がそうなったらと想像を膨らましてほしいと思います。 もし自分の親がそういう扱いをされたらと想像をしてほしいと思います。 今日は、文句を言った訳ではないのですが 担当の看護師さんが来た時には 「びっくりしました。足だしてオムツ丸見えだったから・・」と 言いました。看護師さんは、ドタバタしていたのでとの返答。 忙しくてもきっと、意思疎通のできる認知症じゃない方には しないよね・・・と心で思いました。 看護師さんも日頃は良い方なんです。 だけど、こういう事も大事なんだという事を学んでほしいなと思います。 人間関係の中では、社会の中では、人と人との関わりのある場では 想像力ってとても大切だと思います。 何においても♥ 

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  • 18 Nov
    • 入院17日目✿お母さん譲り

       毎日、まるで通勤するかの様に付き添いに行ってます。 私は、社会人を約25年していました(中年超です(~_~;)) だけど、通勤より辛いかも、付き添いが嫌だからではなくて 大切な母の辛い姿を見なくてはいけない事です。 社会人を長くやっていた頃にも辛い事は結構あったけど やっぱり母が認知症になった事と、母がこうして人生の後半を 痛い事、辛い事、悲しい事で送らなければいけないのが・・・・。 なんとも言えない気持ちです。 若い頃、親が歳を取るイメージってわかなかったんですよ。 そんな事ないですか? 何処か、いつまでも親は強くて いつまでも守っていてくれる存在に思っていました。 だけど、親がどんどん小さくなってく弱くなってく。 今は、守ってあげなくてはいけない存在です。 認知症になった当初、いえ、今もかもしれません。 毎朝、目覚めると・・・夢?夢だよね?夢・・・・じゃないんだ。と 悲しい思いで目覚める日々。 自分の部屋を出る時には、昔の母が「おはよ~」と言いながら 朝食を作って父とリビングで話している姿を想像したりして もしかして、元に少しでも戻っていないか?なんてそう思いながら えいや~っ!と部屋から気合を入れて1日をスタートしてきました。 だから、今は、母が入院をそれも再発で入院をして再再発を迎え様と している事、反応が薄くなって、おしっこも出なくなって 食事も食べていない現実。 また認知症の続きの様にこの病の母の状態を 夢?夢?。。。夢じゃないんだ・・・。と 悲しい思いで目覚めるのです。 夜中にふと目覚める事も多くなりました。 母は、昔から強気な人でした。何に対しても前向きで 何事も真面目に取り組んで、私達を守ってくれて 辛い事があっても私達娘を励ましてくれる人でした。 父は逆?にというか・・・優しく温和でマイペースな父です。 それが案外バランス取れていて今の夫婦仲の良さになっているかもしれません。 私の性格は、母の強気と父ののんびりとそんな所が娘だから 入り雑じっている様な。。でも、妹や周りからは お母さんに似ているね と言われます。 その母が高齢になってくると、それまでには感じなかった 弱い部分を見せる様になりました。 「私は、歳を取ってもきっと独りは寂しいよ」と呟く事がありました。 その頃は認知症ではなかった70代の母で、「どうしたの?何弱気になってんの~」と 一笑した事を思い出します。 でも、考えたら母は強気だけど本当は寂しがり屋でした。 ふととても弱い面を持っていました。 うん・・・・私もそうです。強気強気~!!と気合を入れてる感じ。 だけど、弱い・・・・。お母さん、やっぱりあなたに似たんですね。 今日は、強気で母の付き添いを頑張ろう! なんとか前向きに母の事に取り組もうなんて思っていたのに 家に帰ったら・・・急に悲しくなって、母の弱々しい姿を思い出して 大泣きをしてしまいました。 わぁあああ~゚(゚´Д`゚)゚いい歳をしたオバサンの大泣きの姿です。 夕方1時間、父一人で病院へ顔を見に行った時間 一人で大泣きしていました。 そんな姿を父の前でも見せられないから。 父までが弱気になってしまいそうだから  でも、思い切り泣いたら人間って少し落ち着くものですね。 父の夕食を作って、一緒に食べようと待っていました。 私の付き添いの時には私をわかっているのかいないのか。 毎回、じっと覗き込んで「おかあさん・・・。」と呼びかけるのですが 目をうっすら開けるだけです。 翼だよ~つばさ~(ブログネームです) と言えど反応は薄いのに、父が行くとわかっていた様で 私とは違う反応で我儘ぶりを、ほんの少しだけ見せたそうです。 歳を取ると親娘より、夫婦なのですね♥ 今日は、母が入院をしている病院も風邪の患者さんが多くて 昨夜私も変な悪寒がしたものだから、葛根湯顆粒とビタミンCの飲み物を飲んで マスクをして、マフラーも首に巻いて付き添いをしました。  寝ている母を、覗きこんで。。。。。  「おかあさん・・・・・・・。」  母、ずっと傾眠中・・・。血栓め~大事なお母さんの脳をいじめないでよっ! 認知症と一緒になって、脳をいじめないでよっ!!ばかっ!! それから・・・・・ いつもの翼フルコースを! まずは褥瘡が出来ない様に布団を片側に敷きこんで向きを変えて ミトンを外して、手の平そっとを拡げてあげて拭いて お風呂の桶にお湯を入れて部屋の加湿をして 目やにで固まっている両目を小さなタオルで拭き取って 顔の無駄毛剃って 胸のしっしんにかゆみ止め保湿の塗り薬塗って 濡れタオルと清拭用のホイップクリームで髪を拭いて整えて 足ツボ(特に脳・膀胱を刺激)して かかととふくらはぎのマッサージをして 膀胱よ働け~腸よ動け~と30分お腹をさすって。。。 時折、母は看護師さんに嫌な事、痛い事をされるのか?と思ってしまって 抵抗を見せているのです。 認知症患者にとって病院の入院は大きな環境変化と、 家族と離れ、何をされているか理解できず不穏になってしまいがちです。 母は不穏というより、ほぼ傾眠をしているので やられる事に対しては、えいっ!っと腕を動かして叩く姿をして見せたり 今日は足ツボマッサージで強い刺激をしたせいか 危うく私は胸をキックされそうになりました(~_~;)セーフ・・・。 看護師さんにも、PTさんにも 傾眠をしていても 嫌な事をされる!と思った時には そんな抵抗を見せている母です。 でもね、こんな事までしなくなってしまうと もう自分の主張を訴える唯一の手段まで出来ないという事になるので 理解してあげます。 お母さん、いいよ~これが今の唯一の生命力の見せ所 なのだから。娘は許す。。。 看護師さんとPTさんにはお詫びと御礼を 娘から毎回伝えておきますから安心してね。 しっかし、私、ちょっと酷い娘です。  母を見ると、うううう~髪をやたらと切りたくなるんです。 うずうずうずうず・・・・。 えいっ!!ちょきちょきちょきっとな。  顔を無駄毛もそうそうあるものでもないのに 6時間近く付き添いをしながら母を看ていると こんななっちゃいました(~_~;)眉毛も細くなりすぎて なんだか。 そんなこんなで、もうこれ以上やめておきます。 看護師さんも、前髪が随分短くなりましたね~と 笑いながら言っていたので、何も気づかない母を これ以上つんつるてんにしないようにします。 じゃあ、お母さん、明日も来るから 少しは目を開けて、おしっこもしちゃってください! 明日はもっと寒い日になりそうだから、どうか皆さん 風邪をひかないでくださいね。 看病や介護をしている家族の皆さんも、ご本人も 風邪やインフルエンザには気を付けましょう!!

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  • 17 Nov
    • 入院16日目✿慢性硬膜下血腫再発手術後の様子

       急に寒くなりました。皆さん風邪をひいていませんか? 気を付けなくてはいけませんね。 今日の付き添いの夕暮れ時、母の寝ている横で 少し寒気を感じた私です。  今、絶対私がダウンする事は許されないから 夜は7時30分まで付き添いをする所を7時過ぎに帰る様にしました。 家で待つ、父にも夕飯をつくらなくてはいけないから ドラッグストアで葛根湯の粉末を買って、ぬれマスクも明日から着用して付き添います。 父よ~待っててね。夕飯作るから。 最近の私は、早足ばかりです。 癖になってしまい、急ぐ必要もない時にも早足です。 親の介護をする様になってから、主介護者である長女の私は ずぇったい!!倒れちゃ駄目!ずぇったい!病気しちゃ駄目! そう気合を入れています。  ただ、国民健康保険の私は今年の特定検診を受けそびれていて 介護離職をした私には貴重な唯一の検診なのに 延期、延期と結局ギリギリの予約になってしまいました。 私が検診へ行こうとすると、母が入院手術を繰り返したからですが いえいえ、母のせいにはしないぞ!! 健康って大事です。 母を見ていてそう思いました。 しかしながら、母は80歳まで白内障の手術を受ける為に 1度入院をした経験があっただけだったんです。 健康で、活発で・・・明るくて、しっかり者で。 あ、でも高血圧はありました。 母は80歳で、初めて認知症の決定的な症状が出たのです。 それはそれは、私の方が夢を見ている様で え?いったい何?おか~さんどうしたの?えええええっ! 心臓がドキドキして・・・・まさか・・・・まさか・・・そんな筈は いえ、違うよね。。。。。泣く泣く泣く。困惑困惑。 そんな感じでした。とにかくショッキングでした。 人生でこんなショックな事はありません。 一生の中で一番のショックでした。 在宅介護を初めて4年が過ぎました。 メディアで認知症を紹介する時 早期に見つけるとお薬で進行を遅らせると言うじゃないですか? あれって・・・母が認知症になってからというもの 遅らせる?遅らせるってどの位? 何基準で測ればいいのでしょう? わからないんですよ。 基本、この位でこうなりますっていうのがあって その基本と比べて、進行を比べるというのがあればいいのに さっぱりわからない。家族からしたら、薬を使っても 早いっ!早いよっ!早すぎ!と見る見る間に進行するんです。 中には、意外と進行していないなと思われている方もいるのでしょう。 我が家はそう感じませんでした。下り坂と言うよりも 階段を降りていく様に、今日まではこんな・・次の日には え?え?昨日元気だったじゃない。わかってたじゃない。 言ってたよね?そんな悲しい進行でした。 そこに自分の気持ちを乗せるのが、とても難しくて 置いてけぼりで母だけがどんどん進んでいきました。 認知症介護やその他の介護もそうですが 介護をする家族には、孤独がつきまといます。 だから、私は私なりに家族会にも出ました。 でも、介護の形は100人100通り その家族会は、認知症の奥様を持つ年配の男性ばかりでした。 今、時々思います。シングルで、高齢の両親を看ている人や シングルで認知症の親を介護している人、あ、すみません。 私の場合のシングルとは・・・中年ですけどね(-_-;) そういう似た立場の介護家族が居る所へ参加できるといいなぁと 思ったりします。なので、介護家族会には1度きりの参加になり 色んなサイトを見て、ここではブログを見ては 気持ちを立て直しています。 在宅介護者のささやかな楽しみは、音楽を聴いたり 近くのスイーツshopでたまに美味しいケーキを買って頬張ったり そんな位です。ささやかです本当。 さて、今日の母の様子・・・。 病室に着くと寝てました。 いつもと変わりません。 看護師さんから、母が排尿困難になっている事で泌尿器科の 医師へ話が行き、尿意をもよおすお薬が今日から経鼻栄養のチューブに 注入されているとの事を聞きました。 そうなんですか・・・・それならお薬が功を奏して治ってほしい! でも、お薬が又増えました。 よくなれよくなれ、在宅へ戻れるまで回復をしてほしいです。 さぁ、 私が居る間は両手のミトンを外してあげます。 経鼻栄養になってから口を開けて寝てる事が多い母です。  手が可愛い♥ お布団、派手ですよね(~_~;)これは我が家から薄手のを 寒いだろうと病院の布団の上に追加したものです。 手を開放してあげたら、拡げていいのに あまり自分から手も拡げなくなりました。  暫くすると、何回も手で胸元を掻いている母。 あれ?どうしたの?・・見てみると 胸元に小さな赤い発疹が出ていて、左脇の辺りまでありました。 ああ、これは痒いよね。。。。お薬のせいか確認し 暫く様子を診る事になったのですが、乾燥かもしれないと言われて 早速、ボディークリームを塗ってあげました。 長い時間、この状態だからやっぱり色んな変化が起きます。 母は、4年前に認知症になってから言葉が出ません。 勿論、硬膜下血腫の症状もあり更に・・・ ナースコールもできません。 看護師に自分の意思も伝えられないし、でも、痒いんです。 痒い。動きでわかるんです。 看護師さんは付きっきりになれないから、家族が付き添って変化を見つけます。 意思疎通が難しい患者さんには、やっぱり家族の付き添いを してあげて初めてこういう変化に気づいてあげれます。 私が居なければ痒くて掻いている事も、殆ど気づいてもらえないから。 だから、私も頑張らずにおれません。 たまに、疲れたなんて思っても頭は母の事でいっぱいになってしまいます。 それなら、母の元へ行った方がましなんです。 母の排尿困難もあって、さて、今日からは お腹をさする事にしました。 お腹をゆっくりゆっくりさすってあげます。 膀胱よ目覚めよ~!! 腸よ動け~!!    時計回りに・・・・☆彡 ついでに頭に手をあてて?願いをかけます。 血腫よ消えろ~!! もう、私に出来る事なんでもします! こんな馬鹿みたいな行動でもなんでも。 母の寝ているベッドの上に靴を脱いで乗って カーテンを締めているので、全身マッサージです。 私の方がとんでもない格好になって(~_~;)マッサージをしていると 男性看護師が、〇〇さ~んと突然入ってきて 焦った位な格好でした。 私も思わず「きゃあ~!」と言ってました(~_~;) きっとびっくりした男性看護師さんが あ!いえっ!続けてくださいと言ってましたけど。 4人部屋の病室では、皆さんがしっかりカーテンを締め切って 自分の領域を作っています。昔の光景と違うなぁと思うのは 私も入院の体験があるのですが、意外とオープンにしていて 同室同士で、仲良しになったり情報交換したり そんな感じでした。ん~でも、母にはこれが良かったかもしれません。 だって、4人の中で母1人だけが話せない上、この状態なら この方が良かったんですね。 時代なのでしょうか?プライバシー。 病人にとっては余計な気を使いたくないのもわかります。 院長回診の時以外はカーテンを締めて そのカーテンの中で、看護師さんが顔を出す以外は ベッドサイドの机?みたいな所を毎日整頓して 母の様子を見て、母の身の回りをして、元気にな~れ~と願いを込めたり マッサージをして、時には母の薄目を開けた時に 踊って見せて笑わせてみたり・・・・。6時間の付き添いも結構忙しいものです。 夕方の食事の時間☆彡 看護師さんが他の3名の方の食事を運んでこられます。 さぁ、お食事ですよ~ 今日は、お肉ですね。美味しそう~と 流石にその時は辛いです。 カーテン越しに、聞こえる声と美味しそうな食事の香り 母には経鼻栄養のボトルが運ばれて 〇〇さん、ごはんですよ~・・・・。 寝ている母の鼻から出ているチューブにボトルのチューブが着けられて す~と流れて入る栄養。。。。。 母の寝顔を見て、看護師さんが居なくなってから 泣かないと決めていたのに、涙が出ました。 お母さん、美味しいご飯食べたくないの? お母さんの好きな茄子とか、甘いお菓子でもいいよ・・・。 と小さな声で話しかけてみたけど寝ていました。 認知症になってから、家での食事をボロボロとこぼして お箸を1本持って食べようとしてた母だけど それで充分だよ。食べようとする気持ちがあるという事 食べられる事が素晴らしいんだから。 あの頃に戻って。 母の夕食の経鼻栄養のボトルが空になった頃 暫くベッドの上半身を上げて置いて、もう少し居るつもりでしたが 変な悪寒がして、おかんに遷したら(ごめんなさい、おじさんギャク風で) ( ´∀`)おかんではなくて母に遷してはいけないから 少しだけいつもより早く帰る事にしました。 お母さん、今夜は、いい夢を見て 明日また来るからね☆彡

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  • 15 Nov
    • 傾眠中にやる事沢山✿入院14日目

      今日で、入院14日目慢性硬膜下血腫の再発で手術をして退院と思いきや経過の検査で、あっという間に増加傾向にある新たな血腫母は、退院できず血腫が溜まってきている事による症状 傾眠続き、食事摂れず経鼻栄養、排尿困難に依る1日5回の導尿数々の人間がやるべき基本的な事が出来ないでいます。今日の母・・・寝てますね・・・。何度見ても、前髪短く切りすぎた(#^m^#)毎日、6時間と少し付き添いをしている私もう、社会で起きている事、周りで起きている事は別世界で在宅介護でもそうだけどこうして入院しても付き添いの毎日で世間がXmasな感じになってきていても余所事今は、母の事だけ 頭から離れません。そして、高齢の父の事も気にかけながらすっかりここ4年、自分の事は何もしていない訳でいざ、親が居なくなった時・・・・どうなる?そして、母や父はこうして入院しても娘が来て面倒を見てもらえるんだけどんじゃ?私は?シングルの私は?・・・ふと不安が大きくなりそうなのをいやいやいや、今は目の前の事をこなしてくしかないんだよ。と自分に言い聞かせて毎日をひたすら懸命に送っています。母の様子を見ていたら、医療以外に家族だからこそ出来る事があると気付く!!ひたすら寝ている母の乾燥した部分を拭いてからボディークリームを塗る足裏マッサージ、ふくらはぎマッサージ、太ももマッサージ手の平マッサージ(ただし左手は大脳皮質基底核変性症で固縮してきているので開けない)顔を拭いてクリームを塗る。経鼻栄養のせいか寝ている時にはずっと口を開けているので口がカサカサになり、口臭も気になるのでしゅしゅっとスプレーを3回プッシュ唇も乾燥してひび割れしてきているので、クリームを塗ってあげる歯をみがけないので、口腔ケアに来てない日は寝ている間に出来る範囲を歯磨き粉なしでブラッシング顔の無駄毛を剃り髪を清拭用の流さなくていい泡石鹸で拭いてあげて整髪今の時期、病院は乾燥していてウィルスも発生しやすいので加湿機は置けず、加湿ペーパーのフラワーに水を入れるタオルを濡らし石鹸の香りを着けてベッドサイドに洗濯バサミで留めるこれも、加湿になるし香りで気持ちよく眠れるこれだけは、看護師さんのお仕事以外の事だから家族が行ってやってあげたいのです。認知症の母の入院には、認知症でない方の入院と違って毎日毎日必要な細々とした物が増えていきお金もどんどん飛んでいきます(-_-;)でも、これらのグッズは助かります。だから、寝ている母にやることは沢山あります。足裏で頭に刺激をと思えど寝ている・・・・、よく寝る。これも硬膜下血腫の症状らしいのです。来週もう一度最終のCTの結果を聞いていよいよ血腫が五零散で消えているといいのですがそうじゃなきゃ、2種類の手術の選択をする事になります。1つは頭に穴を既に2つ開けているので、それを利用してドレンを入れて中の血を出す手術(局所)2つ目は開頭。もうかれこれ3回も再発している事から今後もドレンでは再発を続けそうなので決着をつけるべく開頭してしっかり見ながら除去する手術です。85歳の母が9月末近くに1度目、11月2日に2度目そして、又溜まり初めているから3回目を検討中に傾眠、経鼻栄養、排尿困難導尿で入院を続けています。酷ですね。まさか、母が高齢になって認知症の難病になってその上、慢性硬膜下血腫の再発に苦しむなんて思ってもいなかったのです。歳をとったら穏やかに過ごして欲しかった。。。来週火曜日の結果まで、しっかりお天道さまに母の奇跡的完治を願うばかりです☆彡

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  • 13 Nov
    • 入院12日目の母と頑張る★

       認知症の母が、慢性硬膜下血腫の再発で入院をしてから12日が過ぎようとしています。 当初はこんなに長くなるとは思っていませんでした。 1回目と同じく、11日で退院できると思っていたのに3回目をこの短期間で 再再発しそうな兆しがある事から退院の目処がたっていません(´;ω;`) よくテレビで、認知症かと思ったら慢性硬膜下血腫だったと メディアでは、この病があまりにも簡単に取り上げられています。 確かに、手術の方法も簡単になっているし 認知症だと思えば、この病が原因で認知症では無いというのは 良かった~となるのでしょうが この病は病で、大変なものなんだよ~と私達家族も本人も実感をしています。 それは、10人に1人は再発する可能性があるという事。 それも、2度位で完結ならいいんだけど 母の様に、2度ドレナージ術を終えてまだ少ししか経っていないのに 既に新たに血腫が溜まり始めているという事は・・再々発の兆しがあると いう事なのです。 いくらドレナージでの手術が簡単とは言え、高齢で頭の骨に ボコボコと穴をいくつも開ける訳にもいかず やっぱり身体への負担はある訳で・・。 入院を高齢者がするというだけに色んな機能に影響を及ぼす訳です。 母は、認知症の上、本人が理解出来ず色んな処置が苦痛でショックで 普通の人なら覚悟をして治療の為だ、治る為だと気合も入るのに 認知症だと、怖い、不安、何故?みんなでよってたかって 家族もこんな怖い所に私をあずけて、いったいどうなっているの? 痛いっ!助けて~!!!!! でも、話せない。思いを伝えたいのに伝わらない。 看護師さん、私の言いたい事を伝えたいのにやる事だけやって 去っちゃうのぉ・・・。ああ・・・・。 そう、これだけ考えただけでも どれだけ精神的ダメージがあるか想像できますよね。 そこに、動かないで寝たままでいると足の筋肉は若い人と違って あっと言う間にどんどん落ちてきます。 食欲が全然無くなった母は入院をしてから食べなくなりました。 そして、身体の為に経鼻栄養になり トイレ行きたいよ~!!と訴えていたのに オムツでするしか仕方がない、動けないで我慢する様になって ナースコールも鳴らせない、言葉の出ない母は慣れないオムツでは 排泄もできなくて我慢して膀胱に溜め込んで すると、膀胱炎になって高熱でも出たら大変なのでと 導尿の管を1日に何回も入れられて、(仕方ないけど・・)出す様になると 身体は段々と自分で尿意を覚えて、トイレに行きたいという事も わからなくなり、出せなくなってきます。 今、母はその状態で、自分で出すことさえ訴えなくなり失禁さえしなくなり どんどん人としての機能を失っていく・・・。 こんなのを見ている私と父は辛くて仕方がありません。 11月2日まで出来ていた機能が、みるみる駄目になるなんて それも、メディアではとても簡単に取り上げられていた 慢性硬膜下血腫での再発入院が引き金になってしまったんです。  悲しすぎて、どうしよう在宅でずっとギリギリまでやってあげたいのに この機能が低下しまくった母に、なんとか機能を回復してほしいです。 足はリハビリで鍛えると、少しは戻るとして 食べる事は、なんとか母の好きな物を作って でも・・・排泄機能は?リハビリで出る?出せる様になるの? 今になっては、よく介護で失禁をして困りますというのを聞くのですが 私達家族からしたら、それは羨ましい事です。 出せる!羨ましい! きっと、今母がおしっこをしてくれただけで 便をしてくれただけで私は、私と父は泣いてしまうと思います。 それほど感動してしまいます。 私達は当たり前に食べて出すをしていますが、これがどれほど有り難いことか。 何気ない人間の機能が働いている事に感謝をしてください。 私達も感謝していきます。 母は経鼻栄養になってから、傾眠状態の時に口を開けて寝る様になりました。 付き添いで病院につくと大抵口をあけて寝ています。 病院に親が入院をして、看護をしてくれるから安心ですが やっぱり、家族は出来る限り行ってあげたいなと思う事はこんな事です。 看護医療はお任せしても、母の口開けのせいで 唇がカサカサになっている、皮膚もカサカサ 髪は伸びて、眉も伸びて?、うっすらお顔の無駄毛も生えてきていて なんだか~な感じになります。 看護師さんはそこまではしてくれませんので、そこは家族の出来る事を してあげたい。そこで、唇を潤すクリームを買い毎日寝ている母の唇ケアをしてあげます。 口が開いているので、口の中を潤すスプレーをしてあげる。 フェイシャルの無駄毛を剃る電動のシェーバーで口周りを剃って 眉もカットして、形も整えました。 髪も、寝ている母の前髪が長くくちゃくちゃになってなんだか・・・と思っていたので なんと2cm位に切っちゃいました。 昔はお洒落な母も、いまや娘のし放題ですが、小奇麗に清潔にしてあげたいです。 で、こんな仕上がりになりました。。。短っ!!!!許して~昔お洒落だったお母さん!娘が切ったらこんなものよ(~_~;)寝ているので気づいていないです(~_~;)しかし、っここまでやっても、よく寝てばかりです。1回目に困らせた母の方が元気で良かったです。困ったけど、でも元気だったから今はその方がいいです。おか~さ~ん!頑張って~頑張って~!大好きなんだから~♥すっかり、点滴と経鼻栄養と導尿生活になっている母は私達が居ない時には、両手にミトンを着けられてまるで、ぬいぐるみのクマさん(´(ェ)`)さんみたい・・・・。 でも、仕方ないんだよね。不快な経鼻栄養の管をずっと着けられているから 知らない間に取ったら、又不快に挿入される事になるし 点滴まで抜いたら、また刺される痛さもあり・・・。 ナースコールが自分で出来ないから、てんとうむしと言う ぐんと動いた時に、ナースコールが勝手になるやつも着いています。。。 家族も本人も耐えるしかないんです。現実。。。。 これを見ただけでも、生きるって大変です。  父は毎日、付き添いに1日3時間午前中からお昼にかけて行ってくれています。  そして、私も午前から4時間、中2時間程抜けて買物をして帰宅食事を作り 夕方から1時間30分ほどと毎日付き添っています。 母にとって父のパワーは凄いんです。 私の事は、じっと見て うんと頷く程度なのですが 父には、唯一話せる単語を「おと~さん!」と言います。 父の存在は母にとって力になります。パワーです。 だから、父もそれに応える様に毎日3時間でも行きます。 傍から見ていても、いい夫婦だな~と思います。 母と父は80を過ぎてから、手を繋いで二人して背中を丸くして 近所を歩いていました。 我が親としても、とてもいい風景で可愛いです♥ 私はシングルだけど、こんな夫婦になれたら幸せだなと見つめています。 それも、高齢になってからですが・・。  両親が若い頃は、まぁ色々喧嘩もよくしていたのを見ていたんですが 歳を取るにつれ かけがえのない夫婦の絆を強くしていった二人でした。 あの、阪神大震災の時にも住む家を確保する為に父定年後に 両親二人、手を取り合って頑張りました。 安心できる家を又!という思いで必死に働きました。 母もくじける事なく、普通なら定年して買った数千万の家が一瞬で消えたら ど~んとくじけてしまいそうなのに。今の家に戻るまで 3箇所へ引越しを繰り返しました。 震災から、5年後にやっと戻れました。 でも、今も震災の大きな荷物は背負っていますが それでも頑張った証です。 夫婦って凄いですね。他人だった二人が結ばれて色んな事を共に乗り越えて 途中、駄目になりそうになりながらも乗り越えて 今の両親の様な夫婦になるんだなと 付き添いのベッドで眠っている母を見つめる父の背中を見て 思いました。。。素敵な夫婦です。 母が何も話せないのに、眠る事が多いのに うっすら目をあけて、ぼ~と見て・・じ~と見つめて 「おとうさん・・」と唯一の言葉を言うのですから。 うん、こんな夫婦になれる人と出会いたかったな。 さぁ、今夜もお祈りします☆彡 お月様もお星様も自然にも、何にでも祈ります!!! 少し前の元気な母でいいので戻れますように。 さぁ、明日も父母と共に頑張ります!!

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  • 09 Nov
    • これでもか!に何くそ魂で勝って!

      今日、2度目の手術入院を経てCT検査を受けた母 母よ!どうして茨の道を行くの?  CTの結果は思わしく無く また、血腫が溜まってきていた。 これでもか、これでもかって母と家族を苦しめる 父と二人で寝ている母の横で泣いた・・・・。 ケアマネを呼び、母の状態を見て頂いた。 話していても、涙が止まらない。もう、涙隠せない。 来週の火曜日に更に血腫が溜まっているとこんな短期間に3度目の開頭全身麻酔となる。 こんな小さな85歳の母の身体、こんなに痛い目をして大丈夫かな。 母は、ほぼ眠っている。 母は、食べない。 今日、鼻にチューブが入った。そして栄養を注入された。 食事介助が暫く不要になった。 食事介助なんていくらでもしてあげるから口から食べてほしいよ~ 不穏の時みたく顔だって、腕だって引っ掻いていいから、元気になってよ~ かかりつけの脳外科の医師に報告をした。 認知機能が落ちることはあるし、2度も手術をしたから 脳が傾眠の方向へ行くこともあるそうだ・・・。 傾眠しても、痛みや苦しさや辛さから逃れる為ならいい。 でも、ずっとそのままは嫌 鼻にチューブを入れる時と入れた後辛そうだった 手で抜きたいよね。わかる。私だって頭や腕や鼻に色々 付けられたら自然と手で抜きたくなるもん わかるよ。おかあさんの気持ちが痛いほどわかる! ミトンをされて、身体の自由がどんどん失われていく。 硬膜下血腫を治す為に、認知機能や足の機能、食べる事の機能が衰える 仕方ない仕方ない・・自分に言い聞かせる。 85歳、父が男泣きするのを見て、私も涙が止まらないよ。 でも、信じよう。母が治ろうとする力を信じようよ、ね、お父さん!  辛い顔を見せないよう。苦しい心を気づかせてお母さんに心配させないよう。 今日は、母のベッド横で薄目を開けた15分ほど、馬鹿みたいにおどけてみせて 母に踊りを見せたら、頬が緩み、うっすらと笑顔を見せてくれた ああ・・・その笑顔が嬉しい ああ・・・その笑顔が辛い 大好き!大好き!大好きだから! また、お母さんのリハパン履いた、お尻フリフリダンスを見せて笑わせてよ 日本舞踊を見せてよ! お母さんは、頑張り屋だったじゃない!阪神大震災でもお父さんと力合わせて 一生懸命頑張って働いて、買ってすぐに潰れた家だったショックも笑って乗り越えたじゃない! 知らない場所で、元の場所に戻れる迄の10年近く転々としたけど その場所、その場所で新しい友達を作れるパワーを持ち合わせていたじゃない! お母さんは、いつだって苦しい事を大丈夫!って私達に示してくれたじゃない!  これでもか!って襲ってくる、沢山の悔しい病を その何くそ魂!で勝ってみせてよ! 私も泣いてばかりいない様にするから! 大好きだから! 不穏で引っ掻いて怒ってもいいから!そんな元気なお母さんがいいよ。 愛してる愛してる愛してるから!!!

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  • 07 Nov
    • 入院6日目・・食べてくれよ~起きてくれよ~

      父越しの寝ている母です。 母が、慢性硬膜下血腫で再発入院をして6日が経ちました。 悲しいかな1度目と違うのは、ずっと眠ってばかりいて 食事もろくに食べないでいます。 元気になるには、元の様に立てる様になるには 食べなくては駄目なのに。 認知症患者が、それも母の様に何も出来ない 意思はあるけど、言葉も話せない、ナースコールも鳴らせない 意思疎通が難しいという認知症の人の入院は本当に大変で 何が大変って、本人も勿論の事 家族が身体も心も酷使しぱなしになるのです。 母の為と頑張って頑張ってやっているけど 何もかも私がやらなくては駄目で 抱える物が大きすぎます。 こういう時に、ああ、結婚しておけば良かった 男手が欲しかった、心強い味方がもう一人欲しかった。 高齢の父では、力仕事も無理だし判断力も弱るし 頼りには出来ないし。 今夜は・・・とてもとても落ち込みました。 今の病院に前回入院した時にもだけど 色々思う事があって、助けてもらってありがたさより ストレスが上回ってしまいます。 夜の看護師さんの数はとても少なくて 付き添いは1日の間をほぼ病院で過ごすんだけど 夜は、母がトイレをしたいと言えど 私は前回の入院と在宅介護で腰痛を酷くして抱えられないから 仕方なくナースコールでポータブル移乗をお願いすれど 看護師さんも、忙しさ満載の表情で心の声が聞こえてきそうな 勢いあるカーテンの開け閉め。 シャッ~シャッ~!!!! どうしました~!!! あ、はい!母への荒い扱いとポータブル移乗。 母は、その忙しさ満載の動きを怖がり あ~っあ~っ!!声を出していました。 すみません。すみません。と看護をしてくださる事に 謝るしかない。。。。。 なんだかな気持ちです。 忙しい所、トイレと言って申し訳ない。  後は、トイレが終わったら呼びますと言って 私が母の排泄を促して 終わった所で・・・ああ、又あの顔つきで来られるのか・・。 とビクビクしながら、ナースコール。。。(-_-;)す、すみません。 はい!ちゃちゃっと母をベッドへ置いて看護師さんは「あと、紙おむつはお願いします!私は他の方の食事介助がありますので!」と言われて行ってしまった。そりゃ、忙しい時にごめんなさい。。。さて、母を横にゴロんさせてき~っ!!!きゃああ、お母さん!痛い何するの?!そうです。母、食べる気力もないのに、自分では何も出来ないのに介助の抵抗だけは1人前なのです。また・・・・負傷しました。爪きりも抵抗をして長くのびたままでその爪で、私の顔を思い切り引っかきました。おかあさ・・・・ん。痛いよ~やめてよ~、そんな事しないで~゚(゚´Д`゚)゚さて、トイレが終わったから、食事を・・・・あれ?食事来ない。4人の部屋で他の方はもう食べ始めているのにナースステーションの前に取りに行って最後の3食だけ置いてあった。看護師さんに、あの~これ持っていっていいですか?あ、はい。あれ?お薬がない?あれ・・・探します。。。。後で持っていきます・・・。そこから待てどくらせど来ない。あの~他の方もう終わろうとしているのですがまだですか?あ、ちょっとお薬がと探していてあっ!あった!・・・・。・・・・・・・。あ、、、これじゃ持っていきます。とやっと部屋まで自分で運び独り言のように、なんだかだね毎回・・・ここはと部屋で呟いていました。母は寝ている。。。いやいやいや~おかあさん~!!!起きて~~!!!起きて~~!!!!起きない。じゃあと、足のマッサージをして、手のマッサージをして顔を拭いてあげても、ぼ~としていて。ベッドを起こして、少し目を開けた時に、おかあさ~んごはん~!!!無理やり起こして、食べさせても食べない。もう、全然食べないんです。悲しいよ~娘はこんな母を見るのは辛いよ~。4人のお部屋で、なんとも辛かった事があります。それは、他の方も認知症の方の様ですが、ご家族が介助に来ていて本人とお喋りしながら、とても楽しそうな事。喋られる認知症。羨ましいです。本当に羨ましい。ちぐはぐだって、笑いあえるじゃない!幸せだよ。ちぐはぐでもお喋りが出来る事が羨ましくて母の食べてくれない、喋らない、飲み込めない そんな母の介助をしていて涙が出そうになりました。認知症患者と言っても比べてしまうんです。知らず知らずのうちに、あの人達は話せるんだ。笑顔が出るんだ。怒ってばかりじゃないんだ。。。。。。そう、比べてしまうんです。とほほ。。。。。食べてくれない母を見て引っ掻かれた自分の顔を見て同じ病室の認知症のご家族を見て入院を手術を立て続けに2回もしちゃ認知症がドンっ!と進行して食べる事、飲み込む事も忘れちゃったのかなと不安になって今夜は、なんだかとてもとても悲しくなってしまいました。病院からの帰り道、とぼとぼと夜道を歩いて疲れがどっと出てしまいました。お母さん、明日は食べてくれよ~起きててくれよ~笑顔見せてくれよ~♥

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  • 06 Nov
    • 入院すると認知症って悪化する。

       母、硬膜下血腫が再発して入院手術をして 5日目。今日、ICUから一般病棟へ部屋移動をしました。認知症の急性期病院への入院は、認知症を悪化させる事実感しました。。。。この下行からある文章を引用させて頂きます。『認知症高齢者は「チューブ類を抜去しようとする」「立位困難なのに、立ったり、歩いたりなど危険行為をする」など、急性期医療現場でさまざまな対処困難な行動を引き起こしていることが明らかになりました。看護師がこのようなBPSDにうまく対応できず、「どうせわからないから」と患者に説明をせずに勝手に治療や処置を行ったり、話を聞こうとせず無視したり、身体拘束や行動制限を常時行ったりすると、認知症の症状は急激に悪化してしまいます。鈴木氏は、地域の高齢者施設の関係者から、「軽度の認知症があった利用者さんが、(身体的な)病気で急性期病院に入院し、治療を受けて戻ってきたら、この施設では看ることができないくらい認知症の症状がひどくなっていて、専門の施設へ転所になった」という話も聞いていると言います。認知症の専門科を有しない急性期病院。』まだまだ多いと思います。母は今、入院中の病院の中でまさにこの様な扱いをされています。認知症なんだから仕方ないと言われたら終わりです。もう、私の思いはここでは通じない事になってしまいます。悲しいことです。認知症の母が、放置され気味にならない様に、安定剤を乱用されないように食事介助、トイレ介助、、認知症悪化をさせないように私達家族は、必死で付き添いをします。他の用事も出来ません。入院することで付きっきりになるんです。愛する母の為。頑張るけど、悲しい病院生活になってほしくありません。看護の分野でも、認知症患者のBPSDをしっかりの対応など学んでほしいです。そして、認知症を見る家族が病院に付きっきりになるという事は老老介護の場合、80代位の夫や妻が付きっきりで付き添いをしなくてはいけなくなります。認知症の急性期病院での入院に、介護ヘルパーを使える様に介護保険を利用させてほしいんです。そういう所制度を作ってほしいんです。食事介助とトイレ介助だけでもいいから。そう、国に願います★今回の母は、術後寝てばかりで、食べもしない食事・初めてオムツ・を使わされてオムツへ移行してしまいました。明らかに認知症の悪化です。笑顔を見たいです。でも、寝てます。まるで廃人みたいです。30分ほど目をあけた時には、ただ帰りたいと涙を流していました。認知症患者でもちゃんとわかる事はわかるんです。笑顔で声かけてあげてください。笑顔だけは返せるんです。だけど、認知症患者だから・・・とそんなです。悲しいな、この現実。ICUから一般病棟へ向かう時にも車椅子で食事を摂る時にも寝続けている母を見ると、それだけで辛いです。お天道さん母を守ってください★

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  • 04 Nov
    • 頭に2つの穴が開いた

      9月26日、母の頭に1つ目の穴が開いた。11月2日、母の頭に2つ目の穴が開いた。慢性硬膜下血腫の再発・・・・・。血腫の溜まった場所が少し違っていたから少しでも綺麗に取り除く為に今回は、右側少し後方に穴が開いた。11月1日の検診では、まさかの結果に、病院で崩れ落ちそうになった私と父おかあさん。どうして?あなたは頭の病気でばかり苦しまなければならないの?今夜は、お月様がまんまるでした。そのお月様を眺めながら自転車で、ICUの付き添いから帰宅しました。母は、前回と同じでやっぱり術後理解できない怖さ。と痛い思い。そんな不安から不穏になりました。(´;ω;`)だから眠たくなるお薬を何回か注入された今はなんだか、術後目をずっと閉じたままで話しかけに反応したり車椅子に座っても食事をする時にも目を閉じたままでした。おか~さん!目をあけて~〇〇〇だよ~そう声かけても、小さな声で何ぃ?と目を閉じたまま声を聞こえる私の方に顔を向けます。食事も、食べなくなっていました。食事以外手は、両方にミトンを付けて点滴や頭から出ているドレンを外さない為に丸い(´(ェ)`)クマさんのぬいぐるみみたいな手でした。1ヶ月ちょっとの間に、又手術をそれも認知症の母が手術を受けると言うのは過酷なものです。自分で治すという気合も入れられないし治療をしている事も理解できないで痛い思いばかりして家族から離れて、知らない人達に取り囲まれて色んな事をされる・・・・。認知症の人はそういう感覚なのですよね。母を思うと辛いけど、私と父の心にはちょっと複雑な思いがあります。それは・・・・・母の介護をする間は1ヶ月近く、2時間~3時間の睡眠しかとれていませんでした。だけど、母は入院している間は、睡眠がとれるんです。付き添いをしていても、帰宅すれば睡眠がとれる。今の間に、夜は普通の人と同じに睡眠をとっておきます。眠れるという事の幸せを味わいながら母の病の辛さも同時に感じている日々を送っています。

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