2012年02月24日

アフリカン・レゲエ

テーマ:マイ フェイヴァリット MUZI~K

私は、1981年から82年の間の半年間、フランス・パリで

不法就労しながら旅費を稼いでいた。


1970年代にジャメイカで生まれたレゲエが、

ジワジワと海外のマニアックなファンから、一般の

若者に広がり出した時代だ。


バザラスからのアジアン紀行


私が初めてアフリカのレゲエを聴いたのは、

西アフリカはセネガルのTOURE KUNDAの

このアルバムだ。

バザラスからのアジアン紀行

それから8年後にセネガルを旅した。

バザラスからのアジアン紀行

アフリカのポピュラー音楽は、先祖が奴隷として連行された南北アメリカやカリブ音楽の

の影響が強い。

バザラスからのアジアン紀行


それは、アフリカ音楽と奴隷国家である欧米の音楽との

融合化が進んだ形態が多い。


その中でも、奴隷制度の残滓が形を変えて今のシステムに

巧みに組み込まれている現実を暴き、貧困、政治腐敗、権力による

暴力、西洋文明の反人間的側面などを告発するレゲエは

同じような現実を持つアフリカンに自然と支持されていった。


バザラスからのアジアン紀行

アルファ・ブロンディ(Alpha Blondy、1953年1月1日生) は、コートジボワール

出身でアフリカで一番有名なレゲエ・シンガーだ。


バザラスからのアジアン紀行

今ではアフリカ中で多くのレゲエ・ミュージシャンが

活躍しているだろう。

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