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2012年03月31日

北欧のマリー

テーマ:マイ フェイヴァリット MUZI~K

1981年12月。

俺は、本物のレゲエやラスタに出会うために

ロンドンからジャメイカのキングストンにやってきた。


バザラスからのアジアン紀行

片道切符で来た為にイミグレで入国拒否にあい、

その場で空港内の航空会社で帰りのチケットを

ノーマルで買わされ、やっと入国できた。


イミグレのスタッフは、泊まる宿まで予約してくれた。

バザラスからのアジアン紀行

ノーマル・チケットは貧乏旅行の俺には高すぎた。

パリでアルバイトして貯めた金が2/3も無くなってしまった。

バザラスからのアジアン紀行

到着は夜で、歩道に馬鹿でかく、うず高く積まれた

スピーカーから、ヘビーでドス黒いレゲエのリディムが

ガンガンと流れていた。


バザラスからのアジアン紀行

俺の鼓動もドクドクとそのサウンドに共鳴していた。



バザラスからのアジアン紀行

ミッド・タウンのゲストハウスに行くと、肥えたブラックのおばさんが

愛想良く「イミグレの紹介だし日本からのお客さんだから良い部屋を用意したよ」。

確かに、ゲスト・ハウスにしては良い部屋だった。

バザラスからのアジアン紀行

翌日、ボブ・マーレイが育った極貧のゲットーに徒歩で向った。


他国でもスラムは良く行ったが、殆どが街の中心部から外れた

郊外近くにあるが、ジャマイカのスラムであるゲットーは、メインストリート

の脇から始まっており、一歩入るとゲットーの住人が大勢出てきて

「帰れ!お前が来ると必ずトラブル・メーカーになる!それで困るのは

俺達なんだ!ポリスの締め付けが益々きつくなる!帰れ!!」

と言われて、もと来た道を引き返すも、別の道からゲットーに入った。



とその瞬間、2人組みの強盗に襲われて、パスポートやカメラ、全財産の

入ったセカンドバックを奪われてしまった。


情けないことにゲットーの人達の言うとおりになった。

それで約一ヶ月間、主にゲスト・ハウスの裏庭にある

マンゴーの木に登ってはマンゴーを食う生活が

始まった(笑)。

バザラスからのアジアン紀行

2週間の滞在を許されたジャメイカだったが、

ラッキーなことにパスポートの再発行で一ヵ月半

も滞在できた(苦笑)


お金は最初に日本大使館に宿代だけ借り、一ヵ月後には日本の友人や

親戚から送金をして貰って凌いだ。


バザラスからのアジアン紀行

所持金が無いと聞くや、ゲスト・ハウスの強欲なおばちゃん支配人は、

俺の部屋を裏庭の物置小屋のようなボロ部屋に換えた。


部屋中にはオンボロなシングル・ベッド。そしてシーツ一枚。

それ以外は何も無く、ベッドの他には人が一人やっと通れる

スペースだけ。


寝ている間に蚊の大群に襲われて、毎晩シーツが赤く血に染まる。


トイレもシャワーも庭。


腹は減る。金は無い。あるのは持参したギター。


俺はがむしゃらに作詞作曲を始めた。



バザラスからのアジアン紀行

なぜか隣の物置小屋にスエーデンのマリーと言う

同年輩の娘が滞在するようになった。

*写真は本文とは無関係。借り物画像です。


彼女も貧乏旅行をしていた。

少しずつ仲良くなってくると、

夜、寝巻き姿で俺の部屋を訪ねてくるように

なった。


若い俺はドギマギした。


若くて綺麗な北欧娘をものにする絶好のチャンス!(笑)


しかし、腹が減って肝心の息子がその気にならない(笑)。


チャンスは度々あった。


マリーは、時々食料や果物を差し入れてくれた。


それでも息子はその気にならない。


女に恵んで貰っていることにプライドが許さないのだ(苦笑)。


武士は食わねど高楊枝ってやつだ。


今、思い返せば一生の不覚だった(笑)。



バザラスからのアジアン紀行

マリーは時々葉っぱを持ってきて

俺を誘って庭で一服つけた。


スエーデンの話、日本の話、音楽の話、旅の話・・・・。


夜空が紫色に染まって、音楽の音に

色彩がついて、二人で夢幻の旅を

共有した。


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2012年03月30日

3/25(日)奥多摩と小澤酒造 その2

テーマ:自然

ここは奥多摩 沢井。

バザラスからのアジアン紀行

小澤酒造が経営する懐石料理「ままごとや」。

バザラスからのアジアン紀行

お昼なので軽く「花コース」。

豆腐懐石です。

バザラスからのアジアン紀行

お酒は勿論「澤乃井」。

小澤社長にお任せです。


初めは、純米吟醸「蒼天」。


次は、大吟醸の「梵」。


二つともクセが無くすっきりとした味わいで

昼間からグイグイと盃が傾きます。

バザラスからのアジアン紀行

あ、酒に卑しいので写真撮る前に食った。(笑)

おぼろ豆腐。

まるでクリーミーなプリンみたいです。

バザラスからのアジアン紀行

うの花も美味い!


ここ澤乃井では、水が大変に美味しいので

美味しい酒と美味しい豆腐を作られています。

バザラスからのアジアン紀行


雪花菜しゅうまい。

バザラスからのアジアン紀行

小澤社長も交えて皆で盛り上がっています。

バザラスからのアジアン紀行

酒もグビグビ。


話も盛り上がり、写真を撮るのを忘れた料理も

あります。

バザラスからのアジアン紀行

あ!!

ああああ!!!

肝心のメイン料理「ままごと盛」を取り忘れたぁ~!!

(苦笑)

バザラスからのアジアン紀行

失礼しました!

バザラスからのアジアン紀行

〆の酒は「朝懸けの酒」。無濾過・無調整。

アルコール度は20度前後。

この時期だけの限定販売品です。


もう皆さんほろ酔い気分を超えています(笑)。

バザラスからのアジアン紀行

デザートは、豆乳レアチーズ。


軽めにと思って「花」を注文したけれど

すごいボリュームでした。


さあ、料理とお酒を堪能したところで、

これから歩いて「寒山寺」「かんざし美術館」「玉堂美術館」

を回ります。


皆、酔ってるけど出発だ!

うぃっと!!(笑)





2012年03月29日

3/25(日)奥多摩と小澤酒造 その1

テーマ:自然
ここは奥多摩の沢井駅。

バザラスからのアジアン紀行

駅前の空き地で八百屋さんが露店を開店してました。

バザラスからのアジアン紀行

USAトマトにイスラエルの柿!!

こんな東京の奥座敷にまで外国産の野菜と果物が襲来しているとは!

まだTPPは締結されてないぞ!!(笑)

バザラスからのアジアン紀行

沢井駅からこの坂道を下ると

左手の塀の中が小澤酒造です。

バザラスからのアジアン紀行

銘柄は「澤乃井」。

東京を代表する蔵元のひとつです。

バザラスからのアジアン紀行

小澤社長の住まわれる茅葺屋根の家。


以前、一度だけお呼ばれして中で酒豚しゃぶ鍋(笑)

をご馳走になりました。



バザラスからのアジアン紀行

ここは懐石料理「ままごとや」です。

バザラスからのアジアン紀行

今日は仲間達とここで会食です。

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個室に案内されると色々な置物に眼を奪われます。


バザラスからのアジアン紀行

風情があります。

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多摩川沿いの個室から美しい景色が堪能できます。

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東京にいるのを忘れます。

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ここ、東京なんですけど!!(笑)


つづく。


2012年03月28日

春と日本酒

テーマ:SAKE
もう春。
バザラスからのアジアン紀行
まだ寒い日があるが、

バザラスからのアジアン紀行
空気の肌触りや香りが春めいてきた。

バザラスからのアジアン紀行

能の稽古場の入り口にある飾り物。


バザラスからのアジアン紀行

能の稽古もいよいよ5年目に突入。

今は「女郎花」(おみなめし:能ではこう読む)の謡を稽古中。

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高円寺にある、大好きな焼き鳥と日本酒の店「串兵衛」。

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梅の花が盛りだ。


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御近所の公園。
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花見て一献。

バザラスからのアジアン紀行
いよいよ日暮れだね。

バザラスからのアジアン紀行
もう少ししたら、

バザラスからのアジアン紀行
グビグビと(笑)。

バザラスからのアジアン紀行
先ずは、石川県加賀市は鹿野酒造「常きげん」。

バザラスからのアジアン紀行
現代の名工である農口杜氏が魂を込めて造った酒。

バザラスからのアジアン紀行
春までは原酒がフレッシュで良いね。

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石川県中能登町 御祖酒造の「遊穂」。

バザラスからのアジアン紀行
藤田美穂社長が造る酒は、女性らしい繊細な味わい。

バザラスからのアジアン紀行
フルーティーで美味しい。

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3年間続けて新酒を頂いている。

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富山県富山市 富美菊酒造「羽根屋」。

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女将さんは、ここのブロガーでもあります。

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女性杜氏も増えた昨今。

女子利き酒師も多い。

日本酒は女性が支えていくのだろう。

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北陸の酒、万歳です!
2012年03月27日

氷川丸

テーマ:マイ フェイヴァリット MUZI~K
ここは横浜駅。
バザラスからのアジアン紀行
仕事で来て、ちょっとぶらぶら。

バザラスからのアジアン紀行

地下道に地元小学生の絵が飾ってあった。

壮絶な歴史を持つ氷川丸。


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戦前は北太平洋航路で活躍した国際貨客船。

バザラスからのアジアン紀行

戦争末期は、南方アジアで負傷したり病気に罹った日本帝国軍人を

収容し帰国させる為の病院船。

バザラスからのアジアン紀行

私の敬愛する不滅のロッカー PANTAのお母さんは

この氷川丸に乗って看護婦として活躍された。


PANTAは「氷川丸」という名曲を作った。

バザラスからのアジアン紀行

「氷川丸」 作詞・作曲 PANTA


さざ波立つ海原

船は港を目指し

赤い十字を空に

映し命を運ぶ

メスだ、鉗子だ、重体だ

輸血だ、麻酔だ、それ急げ

海は何処までも 静かで

記憶も何もかも呑みこんでしまう。

バザラスからのアジアン紀行

ペナンからシンガポール

ジャワにルソン 高雄行き

手が無い奴は足を踏め

足が無い奴は手を叩け


そこのけ そこのけ 病院船だ

この赤十字 手出し御無用

そこの飛行服で泳いでる

青い眼をした兵隊さん

ちょっと乗りませんか?

バザラスからのアジアン紀行

機関室まで溢れた

重傷 軽傷 マラリア患者

デッキに染みる 海ゆかば

明日はおまえか それともオレか



バザラスからのアジアン紀行


イルカの群れと戯れる水雷

そんなにそばに来なくてもいい

海はどこまでも 碧深く

古い未来から新しい過去へ


バザラスからのアジアン紀行

山下公園に係留されている「氷川丸」。


バザラスからのアジアン紀行
敬愛するロッカー PANTA。



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