早川久美子  

かわいい!!

おめでとう!!


1971年1月18日生まれ(葛飾区立石)

摩耶幼稚園卒
葛飾区立梅田小学校卒
葛飾区立立石中学校卒
共栄学園高等学校卒
カルフォルニア州立大学サクラメント校経済学部卒
米国にて通信社勤務後、帰国。外資系企業を経て、地元玩具メーカーに営業として勤務。
2001年葛飾区議会議員選挙にて3079票(22位)で初当選させて頂きました。
2005年葛飾区議会議員選挙にて6668票でトップ当選させて頂きました。

2007年6月民主党東京第17区総支部長就任。
次期衆議院議員選挙公認内定候補として活動中。





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『詐欺まがいUNHCR 国連難民高等弁務官事務所駐日事務所 ダイレクトメールの巻き~』





http://ameblo.jp/adidas-1972/entry-10721863121.html

(被害者を増やさないために、上記ブログより反映)


~~~~~~~~~~~~~~ 



こんばんはぁ~


今日、我が家の豪邸に一通のダイレクトメールが届きました。


おいおい、

日本ユニセフかぁー(怒)っと思い、

封筒の送り先見たら「『詐欺まがいUNHCR 国連難民高等弁務官事務所駐日事務所』 」


「この封筒の秘密は何でしよう?答えは中に・・・」

↓封筒に書かれてましてた。

  メッチャつまんないクイズ出してくるなぁー(怒)



☆Yoichi 日記☆



↓中身見たらこの様な事が書かれてました。



☆Yoichi 日記☆



↓さらに作り話しなのは解かってます。

 くだらないネタで読む気も無くなりました。


悪いけど同情など一切しませんからねぇー。



☆Yoichi 日記☆


振り込み用紙が入ってました。


3000円だと毛布10枚

5000円だとマット2枚

1万円だと車イス1台

3万円だとテント2張


もちろん振り込み拒否!!


さらに、

クレジットカードでも募金受付って書かれてまして、

クレジットカードで募金するバカ何処にいるんだぁー

クレジットカードで募金初めて見たよ!!

まるで詐欺と一緒だよ。



☆Yoichi 日記☆


↓最後に訳わからん封筒が入ってました。



☆Yoichi 日記☆


この国連UNHCRのマークって、

日本ユニセフのマークと似てるじゃん、

姉妹店ですかぁー


ボッタくりだし、

やっている事一緒だしね!!


このダイレクトメール、

ごみ箱行き決定!!!!!



みなさんのお家にこの様なダイレクトメール届いたらどうしますかぁ?

この様な事に騙されないようご注意下さい。



今回ダイレクトメールについてお送りしちゃいました。


東京大田を行く(1)国境越えるOTAの技(ものづくり現場発)
2011/10/14 日経産業新聞



町工場が連携 サムスン注目 タイ進出決断、飛躍つかむ
 町工場が軒を連ねる東京都大田区。金属加工を中心に日本のものづくりを支えてきたが、ご多分に漏れず、円高による取引先の海外シフトに悩んでいる。「このままではジリ貧」と危機感を強めたものづくり企業は、2つの道を探り始めた。一つは地縁を生かした技術の補完で、より高度な仕事をこなし、グローバル競争に備えること。もう一つは、大田に本社を残しながら積極的に海外展開に乗り出すことだ。日本の大田から、世界のOTAへ――。生き残りをかけた挑戦が続く。(関連記事17面に)
 「おもしろいことをやっているね」
 声の主は韓国サムスン電子の崔炳碩(チェ・ビョンソク)副社長。今年9月、自ら大田区に足を運んだ。お目当ては、地縁を生かした町工場グループの技術力だ。
 「大田区の匠(たくみ)がいる工場を見学させてもらえないか」――。大田区の製品を扱っている商社、栄商金属の佐山行宏社長がサムスン側からそんな打診を受けたのは6月のことだった。佐山社長は自ら参加する「お~ing!ニッポン」のメンバーなどを紹介した。
 「お~ing!ニッポン」には、旋盤や板金などの専門技術を持つ町工場が名を連ねる。1社では受けられない仕事を手際よく分担。仲間内ならではの柔軟さで“超特急仕上げ”にも対応する。
 崔副社長は来日時、サムスンの部品を手がける韓国系列メーカーのトップを引き連れてきた。協力企業の技術力を日本の町工場との連携でさらに引き出したいという思惑から、大田区に急接近を図っている。
 世界企業からの突然のラブコール。技術流出の不安もあるが絶好のチャンスであることは間違いない。サムスンの日本拠点で今月末開かれる展示会については、大田区の企業40社に声がかかっている。
 国内でも指折りの町工場集積地である大田区には約4000工場がひしめいているが、これはピーク時の半分以下だ。
 バブル経済の崩壊をきっかけにした内需の低迷や発注元である大企業の海外シフト、後継者不足などで廃業を余儀なくされた町工場は少なくない。そこに直近の超円高がのしかかる。自らの技術をテコにグローバル展開に乗り出す企業も出てきた。
 バンコクから東へ車で1時間。タイ最大のアマタ・ナコーン工業団地の一角に、ひとつ屋根の下で各社が肩を寄せ合うような集合工場がある。大田区が2006年に立ち上げた「オオタ・テクノ・パーク」だ。洪水被害は今のところない。
 「進出してなかったら、どうなっていたことか」。黙々と工作機械を操作する若い従業員に声を掛けながら、南武のタイ現地法人社長、吉富英明氏が振り返る。
 自動車などのアルミ部品の鋳造用金型に装着、アルミ注入後に引き抜いて複雑な形状を成型する油圧シリンダーの有力メーカー。技術力を自負し、かつては日本からの輸出で対応してきた。
 「そろそろ出てこないと厳しいよ」と納入先に背中を押され、02年に東南アジアのモノづくり集積地タイに進出。06年にテクノ・パーク開設を聞きつけ、入居第1号として工場を構えた。
 それが飛躍の転機になった。タイでの取引先から本業の金型用以外の仕事を受注する。地の利を生かし、東南アジア他国やインドへ輸出も開始。事業拡大で工場は手狭になり、来春には車で5分離れた場所に3億円で新工場を建設。テクノ・パークを“卒業”する。
 南武の背中を追うように、テクノ・パークには現在6社が進出。その中の1社、デジタルカメラなどに使われる精密プレス部品の西居製作所は07年に操業開始した。
 「絶対に失敗するな」。実兄の西居徳和社長からそう言って送り出されたタイ現法の西居広和社長は「進出してよかったかはまだこれから。生き残るには他に道がなかった」と打ち明ける。
 当初、プレス機6台で稼働したタイ工場は、今では12台に増やした。従業員は30人と、すでに20人の日本をしのぐ。現工場の隣接スペースを借り、近く金型生産も始める。
 新規投資負担は重く、累積黒字化にはまだ時間がかかるが「量が伸びるタイで新規納入先を開拓し、日本での仕事につなげられれば」と話す。
 日本のものづくりを底辺から支えた町工場。悩みながら変化を続ける大田区の町工場の姿は、製造業の空洞化に悩む日本のものづくりの縮図でもある。
(宇野沢晋一郎、
バンコク=高橋徹)
9社が連携 
仕事を分担
 「おおたグループネットワーク」は大田区の金属加工事業者中心の9社のグループ。リーマン・ショックで仕事量が激減した2008年末に営業力や技術を補完しあうため、2代目世代を主力に集まった。旋盤、フライス、研磨など、得意技術でとってきた仕事を分担して加工する。
 各社には職歴50年を超えるベテランの技が健在。匠(たくみ)の技がヨコにつながり、新たな加工の仕事にもつながっている。月に1度は情報交換もする。ベテランと2代目が融合した企業グループの進化形だ。
【表】“技”で世界に挑む、大田区に本拠を置くものづくり企業      
   大崎金属   特殊金属使うメッキ。手作業1品生産で航空機向けにも   
   上島熱処理工業所   セ氏1250度からマイナス196度まで幅広い温度範囲の金属加工   
   小松ばね工業   受注生産であらゆるバネを製作。インドネシアに工場進出   
   岩  崎   プラスチック加工。食堂向けなどのフードサンプル国内最大手   
   三  輝   工業製品から消費者向けに進出。区内に1億円投じ新工場   
   三信精機   化粧品生産設備製造の大手。爪研ぎ機など消費者向けも   
   三力工業   アルミニウム加工。暴漢抑える「さすまた」などアイデア製品も   
   シ  ン  シ   アクリル板加工。国内水族館の透明アクリル板の6割を製造   
   日進精機   精密プレス加工、金型製造。中国・タイ・フィリピンに工場進出   
   西尾硝子鏡工業所   ガラスの特殊加工。テナントのショーケースなど   
   フィーサ   ホットランナ成形装置製造、中国、タイに拠点   
   iMott〓(アイモット)   成膜技術に強い東工大発ベンチャー   
   堀内電機製作所   プリント基板実装、レーザーはんだ付けロボット   
   太洋塗料   遮熱や高反射などのハイテク塗料   
   イービーエム   心臓バイパス手術のシミュレーション器具を開発、製造   
   トキ・コーポレーション   装飾照明機器の製造。ラスベガスなどにも納入   
   ヱビナ電化工業   研究開発用の特殊メッキに特化   
   モステック   円筒研削。医療やオーディオ機器部品の精密加工が強み 
東京大田を行く――工場数、ピークの半分、08年末(ものづくり現場発)
2011/10/14 日経産業新聞



羽田に近く、再評価も
 国内でも指折りの町工場集積地である東京都大田区だが、取り巻く環境は厳しい。区内の工場数は、ピークの1983年末時点の9190から2008年末には4362となり、半分以下に減った。従業員数も3分の1まで縮小。大田区役所は「減少傾向がどこまで続くかはまだ分からない」(伊東博巳・産業経済部長)としている。(1面参照)
 減少が続く背景には、いくつかの要因がある。まずは仕事の発注元である国内メーカーが、バブル期を境に工場を地方や海外に移転する動きが本格化したことだ。そこに円高が加わり、大田区の中小企業そのものも海外移転も加速させている。実際、区内企業の海外進出は約140社に上り、「従業員20人以上」の企業の約4割に達している。
 大田区産業振興協会は「中小企業の海外進出は90年代前半と00年代初めにブームがあった。現在は昨年夏くらいから3度目の波が来ている」(上原正樹企業支援グループ海外事業担当リーダー)と話す。
 もう一つが後継者不足だ。08年時点で全体の半分に当たる2182工場が「従業員1~3人」の零細企業。しかも高度経済成長期に事業を立ち上げた経営者の高齢化が著しく、廃業に歯止めがかからない。
 しかし明るい兆しもある。バブル期には「3K」(きつい・汚い・危険)と敬遠された町工場だが、ここにきて、その価値が再認識されつつある。若者が大田区の中小企業に就職したり、大田区で起業したりするケースも徐々に増えているのだ。
 大田区は20年をめどに羽田空港の沖合拡張に伴って生じた土地を国から取得し、国際展示場を建設する構想を持つ。06年に大田区で創業した医療機器開発ベンチャーのイービーエムの朴栄光社長は「羽田空港に近いという地の利もあり、区の支援施策も的を射ている」と評価する。
 明るい兆しを本格的な反転攻勢につなげることができるのか――。官民挙げての取り組みが、大田区の未来を左右しそうだ。
(漆間泰志)

急拡大するスマートシティ、賢い都市が新産業を生む

復興ニッポン 1月19日(木)14時57分配信

急拡大するスマートシティ、賢い都市が新産業を生む
柏の葉で構築するAEMSのイメージ。住居棟や商業棟ごとのエネルギー需給を見える化する
 ITでイノベーションを起こし、「ジャパンシンドローム」を乗り越えるための方策を示す特集の第二回。今回のテーマは「スマートシティ」だ。ジャパンシンドロームに歯止めをかけるには、新産業の創出が不可欠。スマートシティはその有力候補になる。IT業界だけでなく、不動産や家電など波及効果が大きく、多くのイノベーションを生む土壌にもなる。既存社会インフラの維持や更新でも、ITの役割は増すばかり。まずは、急拡大するスマートシティ市場の最前線を見てみよう。

【詳細画像または表】

 2011年7月、千葉県柏市で「スマートシティ」が本格的に動き出した。三井不動産が主導する「柏の葉キャンパスシティ」だ。

 国内ではこれまで、期限付きの実証実験が多かったが、柏の葉では実際に人が暮らす街をITを使って賢く進化させ、段階的に機能を拡張していくのが特徴だ。現時点で既に3500人が暮らしているが、「2014年に1万人が住むスマートシティを作りたい」と三井不動産で柏の葉プロジェクトを推進する橋本隆仁氏は力を込める。

 スマートシティの「頭脳」となるのが、新たに構築する「AEMS(エリアエネルギー管理システム)」である。

 柏の葉では250戸の住宅に加えて、商業施設やオフィスなどに通信機能付きの電力計「スマートメーター」を既に設置している。さらに、太陽光パネルや大型の蓄電池も地区で運用する。AEMSは複数の機器を一元管理し、地域全体の消費電力量や発電量、受電量を最適化するシステムだ。

 現時点では、AEMSは電力需給を「見える化」する仕組みに止まっている。だが将来的には、電力供給が切迫することが予想される際に、AEMSが家庭などに設置された電機設備を制御することも想定している。「今後はヘルスケアや電気自動車の充電システムなどをAEMSに組み込みたい。ITを使えば、街全体の価値を高められる」と橋本氏は語る。

■各業界のトップ企業が参集

 震災以降、国内ではスマートシティへの見方が大きく変わった。原発事故が電力不安を招き、自然エネルギーを賢く利用することが、国家的な課題になった。さらに東日本大震災の被災地では、街を新たに作り直す必要もある。

 そこではITを無視できない。不動産会社や自治体が街作りを構想する時、先進的なITインフラを整備することは前提条件だ。ITなしには新産業は創造できず、地域の活性化もできないからだ。

 そう考えるからこそ、柏の葉には多くの企業が参集した。JX日鉱日石エネルギーや清水建設など、各業界の有力企業18社が名を連ねる。いずれも、スマートシティ構築の過程で得られるIT活用ノウハウを、自らのビジネスに生かせると考えているからだ。

 そしてそこには、イノベーションの芽が多く埋め込まれている。エネルギーとITを組み合わせ、建設や電機産業でITを活用するビジネスが生まれる。これこそが、IT業界がスマートシティに熱視線を送る理由である。

 IDC Japanは、国内スマートシティ関連IT市場が2011年の2845億円から、2015年には6043億円に急拡大すると見込む。全世界では2030年までの累計で、市場規模が3000兆円を超えるとの予測もある。

■二つの大きなチャンス

 スマートシティでは、ITは二つの側面で不可欠な存在となる。

 まずは、自然エネルギーを安定的に運用することだ。スマートシティを構築する主な目的は、太陽光発電や風力発電などを社会インフラに組み込むことだ。だがこれらは、気象状況で発電量が大きく変動する。既存の電力網に接続する際には発電量を予測しておかないと、電圧が急変動しかねない。

 伊藤忠テクノソリューションズはITによる気象予測をビジネスにする。気象庁のデータに、過去の実績データを組み合わせて、風向きや強さをシミュレーションするシステムを開発。これを基に東北電力管内の風力発電の合計発電量を予測するシステムを構築し、同社に対してサービス提供を始めた。風力発電の出力を予測することで、火力発電所の稼働率を制御でき、燃料費を節約できる。

 将来、太陽光パネルが各家庭に普及すると、電力制御はさらに複雑さを増す。ITにより各家庭の電力消費量をリアルタイムで分析し、需給をバランスさせる機能が求められるのは確実だ。

 スマートシティでは、社会インフラを構成する個別システムを、ITを使って相互接続する必要がある。ITにとってもう一つの可能性はここにある。

 東芝スマートコミュニティ事業統括部の篠原哲哉 統括技師長はこう話す。「水と電力のシステムを組み合わせれば、下水処理のエネルギー利用効率を向上させることも可能になる」。都市を賢く進化させるには、現在は独立しているシステムを、ITを使って連携させる必要があるとの考えだ。

 柏の葉でAEMSを構築する日立製作所も、この領域に大きなビジネスが潜むと見る。「ITで培った知恵を加えて、交通や電力などの制御システムを賢くすることで、都市全体を快適にコントロールできるようになる」。同社スマートシティ事業統括本部の戸辺昭彦 担当本部長はこう説明する。

 例えば、ある道路の人間と自動車の通行量をITを使って分析し、時間帯に応じて信号の制御を変えるといった具合だ。今後は、他のスマートシティ構築プロジェクトにノウハウを応用する考えだ。

 スマートシティで求められるITは、旧来の情報システムとは異なる。必要なのは「ビッグデータ」を扱う能力だ。「様々なセンサーから情報を収集し、リアルタイムに分析する必要がある。情報をデータベースに蓄積して一気に処理する、旧来の情報システムの方法論では通用しない」と野村総合研究所の古明地正俊 上級研究員は指摘する。

■家の電力消費もITで賢く

 スマートシティを構成するのは、交通や水のような社会インフラだけではない。同じぐらい重要な要素である「家」を賢くする取り組みも活発化している。ITを活用して家電機器をコントロールし、「スマートハウス」を実現できれば、省エネに直結する。好例が2011年5月、三菱電機が神奈川県鎌倉市に建設した「大船スマートハウス」である。

 その心臓部に位置するのが「HEMS(ホームエネルギー管理システム)」だ。HEMSは太陽光パネルや蓄電池などの発電・蓄電設備と家電機器を接続し、住宅内のエネルギー需給を管理する。

 これにより「節電と快適な生活の二つを両立させる」と三菱電機住環境研究開発センターの久代紀之システムエンジニアリング部長は狙いを示す。エアコンや床暖房は、起動時に最も電力消費量が高まる。そのため冬は、家族が一斉に起床する朝に、電力使用のピークを迎える。HEMSを使えば、家族が起きる少し前にエアコンを起動するようプログラムできる。不便さを感じることなく、ピークシフトを実現できるという。

 住宅メーカーもIT活用を進めている。積水化学工業は4月から、NEC製のHEMSを組み込んだ住宅の販売を始めた。

 異業種からの参入も盛んだ。日産自動車は2011年8月、電気自動車「リーフ」の駆動用バッテリーから一般住宅へ電力供給するシステムを公開した。同社IT&ITS開発部の下松龍太氏は「2012年からはリーフの充放電制御システムをHEMSと連携させる実験を始める」と意気込む。

 スマートシティは、IT業界に限らず、多くの企業にイノベーションと新規ビジネスのチャンスをもたらす。だが、課題は多い。

 最大の問題は電力料金の仕組みだ。国内では昼間の電気料金は契約ごとに一定で、ピーク時に高い料金を課金する「ダイナミックプライシング」の仕組みが原則として存在しない。企業や消費者がピークシフトを実現しても、金銭的なメリットは限定される。

 「ITを使うインセンティブを欠いている結果、電力需要をコントロールするシステムについては、日本で進歩させづらい。海外の先進的な事例と比較すると、大きく後れを取っている」と日本IBMの川井秀之スマートエネルギー ソリューション部長は指摘する。同社が参画する北九州市のスマートシティ実証実験では、ダイナミックプライシングを導入する計画が進んでいる。まずは、限定した地域でノウハウを蓄積することを日本IBMは狙う。

■インフラ維持も成長産業に

 スマートシティは、社会インフラとITの「接点」で生まれた新たなビジネスチャンスだ。その接点では、もう一つの巨大ビジネスが生まれようとしている。既存の社会インフラの維持管理に、ITを活用することだ。

 水道や電気、道路といった社会インフラの維持コストを削減することは、日本全体が直面している課題であり危機ともいえる。だがこの分野でイノベーションを起こせれば、危機をチャンスに変え、成長産業の育成につなげられる。

 そこでは、ITが大きな役割を果たす。効果は日本だけに止まらない。この技術やノウハウは、同じく社会インフラの維持に悩む海外諸国にも売れる可能性がある。

 内閣府の試算では、日本の社会インフラのストックは、2003年時点で約700兆円にも達する。海外でも社会インフラの維持は大きな課題だが、日本の問題の深刻さは群を抜いている。1964年の東京オリンピック前後から、高度経済成長期を経て一気にインフラ整備が進んだため、老朽化による設備の更新時期が今後20年間に集中するのだ。

 老朽化するインフラを放置し続ければ、一部損壊や全壊するインフラが相次ぐ恐れもある。実際に日本でも、老朽化した橋が突然崩落した事例は出始めている。

 急速に進む人口構造の変化も、問題に拍車をかける。「人口減によるインフラ需要の減少」「生産年齢人口の縮小による財源の担い手の減少」「老齢人口増加によるニーズの変化」という三つの変化に対応しながら、厳しい財政事情の中で社会インフラを維持・更新、統廃合していく必要がある。

 「現在は人手で老朽化の検知に対処できても、いずれ追い付かなくなる。今から対策に乗り出さないと手遅れになる」と、社会インフラ問題の専門家である東洋大学経済学部の根本祐二教授は警鐘を鳴らす。同氏によると現在の日本では、建設から30年が経過した建造物は床面積ベースで約50%に上る。20年後には、損壊の危険性が高まる築50年の建造物が半分を占めるようになる。

 これらの問題を避けるには、各種センサーやクラウドコンピューティング、スマートフォンなどのITを駆使して、社会インフラを効率的に維持したり、ニーズに合わせて統廃合したりする必要がある。そのノウハウはそのまま新しい産業創出の種になり、輸出産業にもなり得る。実際に、ITを活用してインフラ維持に挑む自治体が日本各地で出始めている。

■Googleマップで水道管理

 兵庫県の中央部に位置する多可町。人口2万3000人程度の小さな町が、2011年4月、先進的な上下水道の管理システムを導入した。浄水場やマンホールといった水に関連する設備の状況を、米グーグルの地図サービス「Googleマップ」上に表示する仕組みだ。

 島根県松江市のベンチャー企業、小松電機産業が開発・販売するクラウドサービス「やくも水神Gシリーズ」をベースに構築した。Googleマップやクラウド、スマートフォンなどを駆使し実用レベルで上下水道を一元管理する例は世界的にも珍しい。

 多可町には下水マンホールや下水処理場、浄水場など上下水道の関連設備が100カ所以上存在する。Googleマップ上で管理する設備をクリックすると、そこでの水質や水位、ポンプの状態などが数値とグラフで瞬時に一覧表示される。現在はPCとスマートフォンで同システムを利用しているが、2012年度にはiPadも追加する計画だ。

 施設に設置したセンサーが取得する情報は、携帯電話のデータ通信網を通じて、クラウドサービスのデータセンターに集約。水質や水量などで異常を検知すると、町職員に自動的に通報する。

 このシステムを活用することで、端末とネット環境さえあればどこからでも町の水道設備の状況を一元管理できるようになった。トラブル対応を早めるとともに職員の業務も効率化。「水道関連設備の管理コストを大幅に減らせる」と、多可町上下水道課の岩田通宏副課長は説明する。これまで年間1000万円近くかかっていた管理コストを500万円以下にまで半減できる見込み。コスト削減分は設備の補修や更新に振り向けていく。

■50年先までシミュレーション

 ITを活用して賢くインフラを維持していくには、まず、「いつからインフラが老朽化し更新する必要があるのか」「どの程度の財源が必要になるのか」などを知る必要がある。その先進事例となるのが、新潟市の取り組みだ。

 新潟市はGIS(地理情報システム)を使って、2060年までの市内の地区ごとの人口推移を地図上でシミュレーションした。「結果は、あまりにも衝撃的だった」と、新潟市都市政策部GISセンターの長谷川普一主査は話す。新潟市が所有する約100カ所の公共施設をそのまま維持・更新したとすると、2060年までの財源不足額が累計で330億~500億円に上ることが判明したからだ。

 市民のコスト負担を増やさないためには、既存の施設更新を一切行わず、老朽化とともに廃止(撤去)していくしか方法はない。この削減分を残った施設の更新に回したとしても、床面積ベースで既存設備の6~14%程度しか維持できないことも判明した。財源や需要の変化に合わせた、公共施設の統廃合と再配置は避けられない。そこで新潟市は、人口集中地区の変化に合わせた公共施設の再配置や都市計画の検討を始めた。

 新潟市以外でも、ITを活用して社会インフラの維持コストを削減したり、コストに見合った計画に修正したりする自治体は増えている。青森県は橋梁管理システムを導入し、橋の維持や更新に向けた予算計画を作成。岩手県は橋梁の安全性を管理するシステムを一部で導入した。

 さいたま市は2012年3月をめどに、公共施設の維持や再編計画を作るための資産管理システムを構築する。公共施設の中長期管理計画の策定も2011年度から始めた。きっかけは、インフラ維持コストのシミュレーションだ。2011年から2030年までの間は年間平均757億円(2008年実績の2.6倍)が必要になることが分かったからだ。予算を増やさなかった場合は、全体の4割しか設備を維持できない。「今すぐ行動を起こさなければならないと改めて思った」と、さいたま市行財政改革推進本部の西尾真治副理事は話す。

 世界的に見ても先進事例となる自治体の取り組みと、それを支援するITベンダーがタッグを組み、インフラ維持のシステムやノウハウを輸出産業に育て上げる施策も必要になりそうだ。

[日経コンピュータ2011年10月13日号の記事を基に再構成]


IBMの黎明期

初期においてIBMはコンピューティング・タビュレーティング・レコーディング・カンパニー(C-T-R社)として知られていた。IBMの発展を知るためには、C-T-R社が形成されるに至った3つの会社の成り立ちをたどってみる必要がある。

タビュレーティング・マシーン・カンパニー

統計機械の必要性が最初に起こったのは19 世紀末。1880年、米国の国勢調査の完成に7 年の歳月を要したため、増大する人口の統計表を編集するのに効果的な方法が必要とされていた。

その間に、統計学者のハーマン・ホレリスがパンチ・カードにデータを入れて加算、集計を行なう電気式機械を発明。ホレリス式機械は、1890年の国勢調査を3年弱で完成させた。
1896年、ホレリス博士は、タビュレーティング・マシーン・カンパニーを設立、ワシントンに工場を持った。コンピューティング・スケール・カンパ ニー最初の秤は、1885年、ジュリアス・E・ピットラットが特許を取得した。彼の特許は、オハイオ州デイトンに住む実業家、エドワード・キャンビィとオーレンジ・O・オージアスによって買い取られ、1891年にコンピューティング・スケール・カンパニーの前身が創立。1901年に正式に発足した。

インターナショナル・タイム・レコーディング・カンパ ニー

1888年、ニューヨークの宝 石商ウィラード・ブンディがタイム・レコーダーを発明。翌年、彼の兄弟がブンディ・マニュファクチャリング・カンパニーを組織し、タイム・レコーダーの生産に乗り出した。1900年に会社をニューヨーク州エンディコットに移し、インターナショナル・タイム・レコーディング・カンパニーと改名した。

上記の3社が金融業者チャールズ・R・フリントの提案によって1911年に合併し、ニューヨーク州に秤や計算機、タイムレコーダーを主な事業とするC-T-Rカンパニーを設立。この年をIBMの創立の年としてい る。1914年、T.J.ワトソン・シニアが初代社長に就任。1924年には、IBM(International Business Machines)と社名を変更。現在に至る。




IBM機器の日本への設置

1923年(大正12 年)の秋、当時、日本陶器の製造担当重役だった加藤理三郎が、
アメリカからの膨大な受注の事務処理を機械により合理化する相 談 のために、
ニューヨークの森 村ブラザース・インコーポレーテッド社(以下、森村ブラザース社)を訪問。

森村ブラザース社は、森村組の系列会社、森村商事の100%出資するアメリカ法人で、
同じく森村組の系列である日本陶器の陶磁器をアメリカで販 売することを主業務としていた。
当時、“ノリタケ・チャイナ”のブランドでアメリカ市場で高い評価を受けていた日本陶器の製品は、激増したアメリカからの受 注をさばくために生産に大車輪をかけていたが、事務処理が受注のペースに追いつかず、生産の大きなネックとなっていたため、機械による事務の合理化を検討。

森村ブラザース社では、加藤を助けるために2 名の社員を指名。その1 人が、日本IBMの事実
上の創立者であり、副社長、社長、会長を歴任した水品浩である。彼らは折から開かれていたビ
ジネスショウで、C-T-R社の穿孔カード式計算機の能力に驚嘆し、採用を決定。ところが日本で
はサービスができないから迷惑を掛けるという理 由で 、日本 陶 器 へ の 貸 出しが 断られてしまった。

そこで水品浩はC-T-R社のサービス技術を習得することを申し出て、約半年間エンディコット工場
で教育を受けることによって、この問題を解決した。水品の帰国間近、森村ブラザース社とIBM
(1924年にC-T-R社から社名変更)の間で極東における代理店権に関する契約を締結。1925
年(大正14 年)、森村組がIBMの日本代理店権を獲得。IBM統計機が海を渡り、日本陶器の
名古屋本社に設置された。

1937年(昭和12 年)、日本ワトソン統計会計機械株式会社が設立され、この年を日本IBMの
創立の年としている。第2次世界大戦中は一時業務を中断していたが、1950年に日本インター
ナショナル・ビジネス・マシーンズ 株 式 会 社として 正 式 に 業 務を再開した。

中国に最大規模の工場を建設ダイキン工業が狙う成長戦略

ダイヤモンド・オンライン 1月16日(月)7時0分配信

中国に最大規模の工場を建設ダイキン工業が狙う成長戦略
中国の量販店での様子。ダイキン工業は中国ばかりでなく、インドやブラジルにも生産拠点を築き、周辺の新興国にも目配りしている
 歴史的な円高で苦しむメーカーが多いなかで、空調総合メーカーのダイキン工業が、勝負に打って出ようとしている。中国の江蘇省蘇州に、家庭用を中心としたエアコンの新工場を立ち上げるのだ。

 投資額は約150億円で、年間の生産能力は約150万台。蘇州には、すでに業務用大型エアコンの工場があり、その敷地内に同社が持つ工場のなかでも最大規模となる家庭用小型エアコンと店舗用小型エアコンの工場を建設する。

 蘇州の新工場は、年間約140万台の家庭用小型エアコンを生産するタイの工場を上回る。工事が始まったのは2011年7月で、今年4月には省エネルギー性能に優れたインバーター機の生産を開始する。ダイキン工業は、蘇州をアジア展開の新拠点と位置づけて、生産設備の集約を進める構えだ。これまで、業務用エアコンと家庭用エアコンの両方を扱っていた上海の工場は、業務用の高機能エアコンに特化する。

 近年、中国における空調市場は、地方都市を中心にして急速に成長を続けている。ダイキン工業の調査によると、10年の市場規模は約1.9兆円で、米国に次いで世界第2位となる。同社の空調部門の中国における売上高は1900億円(10年度)で、3年後には2800億円にまで引き上げる計画を立てている。今回は、その具体策として一歩踏み込んだ格好だ。

 ダイキン工業にとっては、近い将来の中国における生産能力の拡張は既定路線だった。そのなかで、中国当局による“金融引き締め”に端を発した中国経済の減速懸念の行方を見守りながら、建設機械などの動きを見て、新工場を稼働させるタイミングを計っていた。

 たとえば、ある国で土地の開発が進むと、建機の稼働が活発化し、次々に建物が建つ。その後、もしくは並行して必要になる機械が、業務用・家庭用のエアコンになるという経験則があるのだ。

 もっとも、建機の前段階である鋼材の輸出でも、建機の輸出でも、過去9ヵ月連続して前年比を下回っている。

 今回の意思決定の背景には、中国の経済発展に伴って低所得層が中間所得層になっていく過程で、ボリュームゾーンである普及価格帯の家庭用エアコンが伸びている状況がある。経済特区である沿岸部に続き、内陸部でも開発が進んで店舗用小型エアコンの需要が生まれることを見越して、いち早く動き出したのである。

 また、中国で生産能力の拡張に乗り出し、アジア域内の新興国需要を視野に入れて、グローバルな生産体制の最適化を目指していることも挙げられる。さらに、将来的に急激な為替変動で業績が左右されにくい機動的な新体制を構築するための布石でもある。

 現在、ダイキン工業の連結売上高は1兆1603億円(10年度)。そのうち国内市場で3646億円、海外市場では6400億円を稼ぎ出す。同社の“静かな浸透作戦”は、吉と出るか凶と出るか。注目の展開である。

 (「週刊ダイヤモンド」編集部 池冨 仁)

円滑化法再延長の裏に潜む金融庁の意外な思惑

ダイヤモンド・オンライン 1月11日(水)8時30分配信

円滑化法再延長の裏に潜む金融庁の意外な思惑
金融庁は、あくまで金融機関の自己判断による不良債権処理を求める意向だPhoto by Toshiaki Usami
 中小企業救済のための中小企業金融円滑化法が再延長される。

 そもそも円滑化法とは、金融機関に、貸し付け条件の変更などに応じるよう努力義務を課した時限立法だ。当初は2011年3月で終わるはずだったが1年間延長。さすがにこれ以上は延ばさないだろうとの観測をよそに、11年12月末ぎりぎりになって「最終」と銘打った再延長が決まった。

 その理由について金融庁は、総合的な“出口戦略”を講じるため、つまり中小企業に対する支援の軸足を単なる「資金繰り」から「事業再生」へと円滑に移すためだと説明する。特に円高や東日本大震災の影響があるなかで「急に終わらせてしまっては、中小企業に不安が広がる」(金融庁)恐れもあるとしている。

 しかし、金融機関には「終わらせたほうがいいと思っていた人も多かった」(地方銀行関係者)という。というのも、「条件変更の新規申し出は一巡している」「条件変更しても業績が回復する企業はなかなかない」という現実があるからだ。

 それでも金融庁が再延長を決めたのは、一つには不良債権予備軍が一気に顕在化するリスクが高かったためだとされる。「円滑化法の終了を境に中小企業の倒産が一気に増えたら、同法を終わらせた金融庁のせいにされかねない」(地銀幹部)ため、それを避けようとしたというのだ。

 しかし、経済環境の好転が望めないなかでは、その事業再生への効果には疑問符が付く。結局、時間稼ぎの意味合いが強いとの見方がもっぱらだ。

 金融庁は11年4月、監督指針を改定して不良債権処理の先送り路線からの決別を示したが、実際には「貸倒引当金を積み増していないところが多いのをよく知っている」(メガバンク幹部)。そのため、金融機関の経営が悪化しないよう、1年かけて貸し倒れに向けた積み増しを促すだろうというのだ。

 中小企業救済が趣旨だった円滑化法。それが、金融機関救済へとかたちを変えた再延長だといえそうだ。

 (「週刊ダイヤモンド」編集部 新井美江子)

業界人間ベム

いま、生活者、消費者との「距離を縮める」ために必要なのは「広告」ではなく「コンテンツ」である。次世代コミュニケーションの潮流を掴め!


『2020年国内大手広告代理店崩壊』 批評・・・。



 この電子書籍のことは業界内では結構話題を呼んでいる。ベムも本来なら誰かのツイートで知るような情報だったが、社内の人間が電通さんの友人に教えてもらったそうで、メールが跳んできて知るに至る。


 さて、全般的に広告業界に対しては、そもそも、あまりいい感情をお持ちでない方のようで、しかもそれは最近そう考えたのではなく、ずいぶん長い期間そうだったように思える。基本は業界外の方が非常に良くお調べになって書かれている。ただそのほとんどのご指摘はほぼ「そのとおりだ」と云える。

ほとんどの業界がビジネスモデル改革を余儀なくされてきた中で、護送船団民放ビジネスにぶら下がった、未だに構造改革しないガラパゴスモデルとしていて、まさにおっしゃるとおりだ・・・。


 何人かで書かれているようだという話も聞いたが、私はそうでもないような気もする。後半のDSPなどの件は、必要以上に詳細に書かれているが、ネット広告の業界内にいるベムからすると、やはり表面的になぞっているだけで、こうしたビジネスの実務とは遠いところにいることが分かる。

 こうしたテクノロジーベースのことが理解されている点で、IT系コンサルの方ではないかという気がする。


 とはいえ、業界の直面していることを、実に良く勉強されている。某社が早期に上場を果たしながら、市場から調達した資金を積極投資していないことを断じているが、それはその通りである。「経営に投資対象を見つけ出す能力がない。」という指摘と解釈できる。


 しかし、この本は全体を通じて、メディアバイイングビジネスを全く付加価値のないビジネスのような書き方をしている。HDYの統合も、「メディアバイイングだけにフォーカスした愚かな統合」としている。

 「メディアバイイングのマージンをとるために、周辺サービスを収斂させて、個々の提供サービスで金を取れなくてもメディア扱いですべてを回収する。」というビジネスモデルが破綻することは間違いのないところで、既に破綻していると言っていい。メディアの扱いだけで高収益をあげることは難しいし、むしろソリューションを真ん中において、しっかりしたサービスを提供して、特化した個々のサービスでそれぞれ稼ぐ必要がある。

 ただメディアレップ型ビジネスが、全くの価値を生まないかというとまるっきりそうでもない。メディアが多様化し、拡散し、従来より「売り手市場」でなくなるのは事実だが、だからと言って、すべてがアドマーケットプレイスで、「買われる」状況となるわけではない。メディア自身のセルサイドに立って考えてみよう。セルサイドには「セルフサービスで買ってもらう」方がいい部分と「自ら売りたい」部分がある。すべてをプルに任せていて、広告販売の最適化は叶わない。メディアを「売る」行為の意味は今後もそれほど変わらないというかむしろ重要になる。メディアが分散化すればするほど、メディアには自ら「売る」ことの意味が大きくもなる。よってそれをレップする価値はある。(ただどの程度あるかだ。)

 そして、もうひとつは、メディアプランニングの価値である。従来のメディアプランニングは掲載する媒体情報が詳細に分かっていれば良かった。媒体とブランドのマッチングがすなわちメディアプランニングだったからだ。しかし今後は、広告主は掲載面を買うのではなく、配信対象を買うモデルにどんどん移行する。この時、メディアプランニングとは、誰を配信対象として選択するかというプランニングである。だから、ここには掲載面の情報は基本的に必要ではなく、ブランド側の情報つまりユーザープロフィールやターゲットプロフィール、コミュニケーションコンセプトの理解が前提となるわけだ。

 こうしたプランニングは、オーディエンスデータを駆使して、DSP上でプランニングされるわけだが、ここにこそ新たな付加価値があり、バイイングオペレーションフィー以上のサービス提供価値を創造する余地はある。


 もちろんこうした新しい価値の創造がなければ、広告代理店は崩壊する。だからそれを理解している当事者は危機感と使命感を抱えて対応しようと努力している。


 博報堂さんも何もメディアバイイングにだけにフォーカスして統合したわけではない。むしろ機能分社することで、ブランディング会社の機能はより脱メディアビジネス、つまりソリューションにフォーカスされる方向に行くんだと思う。


 さて、この本には、直接ベムのことが出てくる。いわく、


「飛躍の鍵か?単なる見せ筋?ADKインタラクティブ」


 以下引用

 ------- そんななかで業界内で注目を浴びる存在がDACと折半の出資(これは間違い。折半ではなく、ADK 8 : DAC 2)で別途設立したADKインタラクティブである。同社の出版によるトリプルマーケティング(←これも間違い。書籍名は「トリプルメディアマーケティング」で、会社で出版したわけではない。)はことごとくごもっともな内容満載でご興味のある方は直接お買い求めいただきたいが、同社社長横山氏はネット上で、広告会社のスキルがデジタルに対応していくには、いったんデジタル領域をど真ん中において再構成していく必要があると指摘している。

 中心をデジタルとして、周辺に従来のスキルと接点にそれぞれ融合することでできる新しい価値づくりに挑戦すべきであると唄っている。筆者もその意見を拝見してまさにその通りであるとうなづく部分が多々ある。しかし、ADKインタラクティブなる会社が提唱するデジタルエージェンシーコンセプトはアサツーディーケイのなかでどのように役に立っているのかについては大きな疑問が残る。

 横山氏がそこまで広告代理店がデジタル領域でどうすべきか理解していて、なぜアサツーディーケイ自身がそれを活かして構造改革に踏み切らず、もっとも旧態依然たる組織運営と売上構造にとどまり続けるのかがとても不思議である。櫂より始めよという言葉があるが、同社もデジタル広告については事業拡大を唄っているわけで、既存メディアの扱い減少から営業収益に喘ぎ、赤字転落の損益分岐点で右往左往するのであればますは自社のBPRから手をつけていただきたいものである。

 アサツーディーケイの経営実態を見る限りなんら先進的なチェンジマネジメントが動いているようには見えず、上場系3社のなかでもっとも特長のない、かつ収益力の低い企業へとなってしまっており、今のところADKインタラクティブがレバレッジとなって業務拡大しているようにも全く見られない。

 ADKインタラクティブは平成の松下村塾であって大手代理店ビジネス崩壊後に逸材が排出されるのだろうか?(←「輩出」でしょうね。)あるいは短なる(「単なる」でしょうね。)見せ筋企業として形骸化した論文をまとめる張子の虎でしかないのか?後者であるとすれば失望感は極めて大きい。


引用終わり

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平成の松下村塾とは、すいぶん持ち上げてくれた感もあるが、(これだと私は処刑されちゃうらしい。)ただ、もしこの筆者が、「真ん中がデジタル」という意味を本当に理解しているなら、「アサツーディーケイに役に立っているか」などとは書かないだろう。


またもし松下村塾であって代理店ビジネス崩壊後に、逸材を輩出(排出とは誤字にしても失礼)することができれば、それはそれで結構な話だ。つまりこの筆者からすればどっちみちアサツーディーケイは崩壊するわけで、逸材が輩出できるか、見せ筋企業で終わるかはオルタナティブになっていない。な~んていうくだらない文句をつけるのは置いといて・・・・、ただ、親会社の経営実態に先進性が感じられないという厳しい指摘は、甘んじて受けねばなるまい。


 ベムとしては「見せ筋企業」だ「張子の虎」だのと言われようと、着実に目指すことをやっていくだけである。むしろ関心をもっていただいていることにびっくりしたくらいで、注目を集めているのであれば、もっと頑張らなきゃいけない。


 「トリプルメディアマーケティング」は考え方を提示したに過ぎない。その中身はこれから創っていく。(一部は出来ているが・・・)我々は3つの円のベン図に提供できるソリューションをプロットしていき、最終的に3つの円の3つとも交わる部分の核心(=インサイトからくる統合シナリオ)を企画できる存在になりたい。ただそれには今まで広告屋が不得意だったテクノロジーについてかなりの知見をもつ必要があり、「テクノロジーの理解をベースにいかにコミュニケーションアイディアが出せるか」が課題である。

 私はビジネスとしての広告代理店業がどうなっていくかについては、はっきり云ってあまり興味がない。マーケティング活動に関するサービスをアウトソースすることは、今後もなくなりはしない。要は新しいスキルを開発、つまり人材育成できるかがすべてである。それは1社だけでできる話でも、業界内だけできる話でもない。広告主企業もメディア会社も含め、オープンな環境で育成されないと出来ない。

 

 ベム自身は、業界内で手を組む壮大な実験をやってみた本人である。しかし、広告業の真ん中はどんどんシュリンクしている。だから、もう業界内のパートナーには意味はない。(それは外資であってもそうだ。)周辺ビジネスのプレイヤーと手を組む時代である。まあ広告ビジネスが真ん中にあるような思い上がりは慎まないといけないが・・・。


私は80年代の広告のいい時代も過ごしてきた。しかし、またあんな時代が再来したらいいとも思わない。広告会社が立ち行かなくなったら、立ち行くように再編するだけだ。今まさにそれをやっているつもりだが、今のトライがすべてではない。全く違う挑戦も頭のなかにはある。そんなこれからが楽しみで仕方ない。








仕事内容

製薬企業の経営企画・IR業務です。


【経営戦略】


(1)経営戦略の立案・経営方針の策定
(2)経営情報収集・分析
(3)新規事業の調査・企画
(4)資本政策
(5)業務提携
(6)資金調達
(7)中長期経営計画の立案・実行
(8)開発プロジェクトの予算マネジメント
(9)オフサイトミーティング・戦略会議の運営

【IR/PR】


(1)株主との窓口
(2)プレスリリース/各種ディスクロージャー資料の作成・プロセスのコントロール
(3)会社案内・ポスター・パンフレット・ホームページ等企画制作・運用

応募資格

(1)経験
・中長期経営計画/戦略の策定
・IR/PR
・株主対応
・英語による交渉

(2)知識
・経営管理に関する知識
・財務に関する知識

(3)語学
 英語力上級(TOEIC800点以上、英語でのコミュニケーションに不自由がないレベル)

製薬業界での経験者は尚可。