「世界株式会社」、シナジーは幻?(NewsEdge)


2006/07/31, 日経産業新聞



 米ゼネラル・モーターズ(GM)と日産自動車・仏ルノー連合の提携交渉に世界の自動車業界が注目する中、独ダイムラークライスラーが四―六月期決算を発表した。一九九八年、「世紀の合併」で誕生したが、業績に規模拡大の成果は見当たらない。かつて三菱自動車を含む「世界株式会社」(ユルゲン・シュレンプ前社長)を目指したダイムラーの停滞は、自動車産業で相乗効果(シナジー)実現がいかに難しいかを示している。
 「メルセデスとクライスラーの両部門のノウハウを交換し、双方に利益をもたらすアイデアは山ほどある」。これは九八年五月の合併発表会見での言葉ではない。それから八年あまり。ディーター・ツェッチェ社長は二十七日、電話会見でこう語った。
 四―六月期の純利益は前年同期の二・四倍の十八億千万ユーロ。だが、低水準にとどまるうえ、なかなか両部門がそろって好調にならないというダイムラー固有の課題を改めて浮き彫りにした。
 メルセデス部門の営業利益は前年同期の赤字すれすれから八億七百万ユーロに回復し一息ついたが、クライスラー部門は逆に九割減の五千百万ユーロに落ち込んだ。両部門が支え合うのではなく、何とか帳尻を合わせる状態から抜け出せていない。
 これまでの数少ない成果の一つがクライスラー部門が二〇〇三年に発表した上級セダン「300C」の開発だった。米独のエンジニアを交流させ、メルセデス部門のノウハウを詰め込んだ。「メルセデスそっくり」との陰口もあったが、クライスラー部門の浮揚につながるヒットとなった。
 ただ、それもダイムラー・ベンツに吸収合併された旧メルセデス・ベンツ直系とされるツェッチェ氏だからこそできた離れ業といえる。
 クライスラー部門の急速な業績低迷を受け、ツェッチェ氏は二〇〇〇年に部門トップとして渡米。ドイツでは考えられない工場閉鎖と人員削減を断行した。膨大なリストラ費用で、ダイムラーは二〇〇一年に合併後初めて最終赤字に転落した。ここまでの危機感があって初めて協力が一歩進んだ。両部門の垣根はそれほど高かった。
 二〇〇〇年には三菱自動車に資本参加、一時は小型車の車台共通化やエンジンの共同開発にも乗り出し、日米欧にまたがる世界株式会社が一瞬でも動き出すかに見えた。だが、リコール(回収・無償修理)隠しによる三菱自の業績不振で一気に暗転。提携強化にこだわるシュレンプ氏は取締役会で孤立し退任に追い込まれた。昨年末までに三菱自の全保有株を売却。事業面の関係も薄れた。
 合併直後に九十ユーロを超えた株価は四十ユーロ前後で推移する。独フランクフルター・アルゲマイネ紙の調査によると、世界企業の時価総額でダイムラーは百二十五位。自動車業界ではトヨタ自動車が十二位と群を抜き、ホンダもダイムラーを上回る。独企業最大の売上高を誇り、ドイツポスト、シーメンスに次ぐ雇用を抱えるダイムラーもグローバルな企業価値で測ればかすんで見える。
 「300C」での成功体験を引っさげ今年一月に社長に就任したツェッチェ氏は「変速機などで部品の共通化を進め、新型車の開発コストの低減につなげる」と強調する。原材料の共同購入などがどれだけコスト低減に効果があるかも「算術的に打ち出せるだけの検討は進んだ」という。
 シュツットガルトのメルセデス部門の主力工場では、今年から米国の生産システムを熟知したクライスラー部門生え抜きの技術者が現場を指揮しているという。「メード・イン・ジャーマニー」の代名詞である高級乗用車の製造ラインも一から見直す方針だ。
 ようやく動き始めた部門間の本格交流。ツェッチェ氏は「合併の成果が出るのはこれからだ」と真顔で語る。だが、リストラの終着点はいまだ見えず、八年の「空白期間」はあまりに長すぎたといえそうだ。
(フランクフルト=後藤未知夫)

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国連総長、戦闘の即時停止求める…レバノン紛争

 【ニューヨーク=白川義和】国連安全保障理事会は30日、イスラエル軍の空爆で民間人多数が死亡するなどレバノン情勢の緊迫化を受け、緊急会合を開いた。

 アナン国連事務総長は空爆を非難し、戦闘の即時停止を求めた。フランスは29日、戦闘の即時停止を求める安保理決議案を各理事国に提示した。

 仏案は戦闘停止後、レバノン南部に緩衝地帯を設置し、レバノン軍と国連レバノン暫定軍(UNIFIL)に戦闘停止を監視するよう求めている。イスラエルとレバノンが持続的停戦で合意した後は、国連憲章7章に基づく国際部隊が展開、レバノン軍を支援し、停戦監視にあたるとしている。また、停戦の条件として、シーア派組織ヒズボラに拘束されたイスラエル兵の解放や、ヒズボラの武装解除を求めている。
(読売新聞) - 7月31日3時3分更新
アンゲラ・メルケル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

アンゲラ・メルケルAngela Dorothea Merkel, 1954年  7月17日 )は、ドイツ の政治家。キリスト教民主同盟 (CDU)党首(2000年 -)。第8代連邦首相 。CDU初の女性党首、ドイツ初の女性の連邦首相である。



略歴

アンゲラ・メルケルは1954年7月17日ハンブルク 生まれ。父がキリスト教・ルーテル協会の牧師であり、東ドイツ の担当となったため、1954年に東ドイツへ移住する。1973年にカールマルクス・ライプツィヒ大学(現ライプツィヒ大学 )に入学、物理学 を専攻し、物理学博士号を取得する。なお、ロシア語 に堪能なのは幼少時代から勉学を重ねていたからで、東ドイツ に滞在経験もありドイツ語 が達者なウラジミール・プーチン ロシア 大統領との関係にも好影響を与えているとみられる。

1989年旧東独崩壊時に《民主主義の出発》の結党メンバーで、同党では報道官を務めた。東ドイツ 最後のデメジエール 政権では副報道官に就任した。統一後はCDUに入党し、1990年より連邦議会議員、1991年から94年まで女性・青少年問題相、94年から98年まで環境相。98年にコール政権が終幕を迎え、CDUが野党に転じると彼女は同党幹事長に就任。

1999年冬に同党のヤミ献金が発覚すると、メルケルはいち早くヘルムート・コール 元首相から距離をとることを党員に訴えた(現在ではコール元首相と和解している)。2000年ヤミ献金問題によるショイブレCDU党首の辞任後に、CDU党首に就任。2000年の時点ではCDU党首とCDU/CSU連邦議会議員団長というショイブレ氏のポストは党首がメルケルに、議員団長がメルツCDU財務担当にと別々に引き継がれたように、旧東独出身のプロテスタント 、女性であり、しかも離婚 歴のあるメルケルはCDUではリベラル派とみなされ、保守 本流からは懐疑の目で見られていた。トップのヤミ献金疑惑にショックを受けたCDUの地方党員・一般党員が、保守本流からは外れるメルケルを党首に押し上げたのである。

実際、州首相の経験もなく、連邦議会議員団長でもなかったメルケルは連邦首相への通例のコースからは外れているし、党内権力基盤も弱かった。《コールのお嬢ちゃん》(Kohls Mädchen)と呼ばれていたのがその証拠の一つで、内閣の旧東独出身者と女性の割合を増やすための数合わせに過ぎないとコール政権時代はなめられていたのである。しかし、メルケルはその後着々と、物理学者らしく常に力の平行四辺形を計算しながら、権力基盤を確実にしていく。2000年の時点では保守本流を代表し、将来の首相候補もと嘱望されていたのは1999年にドイツ社会民主党 (SPD)の強かった《赤い》ヘッセン州 でアイヒェル州首相(シュレーダー内閣財務相、1999~2005)を打ち破ったコッホ州首相であったが、コッホが率いるヘッセン州CDU支部自体が2000年にヤミ献金問題の直撃を受け、全国レベルで保守陣営を代表できるまでには至っていない。また2002年の総選挙では姉妹政党であるCSU のシュトイバー党首兼バイエルン州 首相が保守陣営の首相候補となる。この際に、メルケル党首は首相候補を諦める代わりに、総選挙後に連邦議会議員団長のポストを得るという密約があったといわれている。2002年の総選挙は野党連合の惜敗に終わり、シュトイバー党首のバイエルン初の首相という野望は費えたが、メルケルは選挙後にメルツCDU/CSU連邦議会議員団長からその地位を奪い取る。

SPDと緑の党という国政での連立与党の不人気にも助けられて、州政レベルでCDUはその後確実に政権を奪っていき、2004年のホルスト・ケーラー 連邦大統領の擁立にも成功する。昔のように一般党員、地方党員だけではなく、旧西独出身の保守本流の政治家達も一目置かざるを得ないやり手の政治家に成長したのである。更に2005年に入りシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州 ノルトライン=ヴェストファーレン州 の州議会選挙の勝利により、CDU/CSUの首相候補として2005年の連邦議会選挙を初の女性首相候補、初の東独出身候補として戦うことになった。現在ではかつてのあだ名と引っかけて《鉄のお嬢》(eiserne Mädchen)と呼ばれることもある。無論これには、《鉄の女》と呼ばれたサッチャー元英国首相 に比しての意味合いがあり、二人には科学者出身、保守系、女性政治家という複数の共通項があるためである。


首相就任

2005年 9月18日に行われた総選挙では、CDUの党首として戦った。メルケル率いるCDU/CSU連合は与党のSPD(ドイツ社会民主党 )に4議席差で勝利したものの、改選前より議席を22議席も減らしたために自由民主党 (FDP)と合わせても過半数には届かず、緑の党 との連立協議にも失敗。政権運営についてSPDとの協議が続いた。

10月10日、CDU、CSU、SPDは1960年代のキージンガー 政権以来の大連立を組むことを決定し、11月23日にようやくメルケルが連邦宰相(首相)に就任した。これにより、ドイツ史上初の女性、そして統一後初の東ドイツ出身の連邦宰相が誕生した。

就任当初から積極的な対露・対米外交を展開して高支持率をたたき出し、2006年 3月の3州議会選挙でも勝利して、連立政権はひとまず順調にスタートをきった。しかし、SPDとCDU/CSUの主張する政策は大きく異なっており、財務大臣などの重要な閣僚ポストをSPDへ譲ったこともあって、とりわけ先送りされている健康保険 制度改革や法人税 率改革などの内政面の課題に関して、政権の先行きは不透明な状態が続いている。

レバノン空爆、子ども37人含む54人死亡

 【ベイルート=柳沢亨之】レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラとの戦闘を続けているイスラエル軍は30日未明、レバノン南部ティール近郊カナを空爆し、子ども37人を含む計54人が死亡した。12日の戦闘開始以来、一回の攻撃の死者としては最多で、犠牲者の大半は周辺の村から避難してきた民間人だった。ヒズボラの報復攻撃が激化するのは必至だ。

 攻撃を受けたのは、避難民約60人が暮らしていた建物で、空爆当時、ほぼ全員が就寝中だった。現地からの情報によると、がれきと化した建物の下には依然、遺体が残されている模様だ。

 イスラエルのオルメルト首相は30日、攻撃が「ロケット弾を発射する者たちの聖域」に対するものだったと強調、民間人を事実上の「人間の盾」として利用するヒズボラの戦術に原因があるとの考えを示した。
(読売新聞) - 7月30日23時24分更新

AIR DRIVE

テーマ:

'03年 3月に初の音源をN-OLD MIND として、maxi single「yourself"夢を生き願う"」をHEADLINEからリリース。大阪のストリートBANDシーンでは、人気・実力共に定評のあった彼らは、'03.4月心斎橋ミューズホールで行われた、"yourself"発売記念ワンマンライブで超満員!!の(観客動員350人を前に)ツアーファイナルを成功させた。その後、7月にバンドネームを新たにAIR DRIVE とし、プロデューサーに、あの佐久間 正英氏を迎え『風のゆくえ』を充実した環境で完成させた。まだまだ大阪のいちインディーズBANDではある彼らが、AIR DRIVEとして発信する一枚目の音源から、佐久間氏を動かした事は、まぎれもない事実であり、そこに恐ろしい可能性を感じる。私達が体験したことのある風景、キレイな夕暮れの空、木漏れ日、そんなシーンに偶然出会い、すり減っていた気持ちが忘れていた何かを取り戻す。AIR DRIVEのサウンドから伝わるものは、そんな心をリセットする情景を目にした感覚に似ています。

Daniel Powter' Bad Day


Where is the moment we needed the most
You kick up the leaves and the magic is lost
They tell me your blue skies fade to grey
They tell me your passion's gone away
And I don't need no carryin' on

You stand in the line just to hit a new low
You're faking a smile with the coffee to go
You tell me your life's been way off line
You're falling to pieces everytime
And I don't need no carryin' on

Cause you had a bad day
You're taking one down
You sing a sad song just to turn it around
You say you don't know
You tell me don't lie
You work at a smile and you go for a ride
You had a bad day
The camera don't lie
You're coming back down and you really don't mind
You had a bad day
You had a bad day

Well you need a blue sky holiday
The point is they laugh at what you say
And I don't need no carryin' on

You had a bad day
You're taking one down
You sing a sad song just to turn it around
You say you don't know
You tell me don't lie
You work at a smile and you go for a ride
You had a bad day
The camera don't lie
You're coming back down and you really don't mind
You had a bad day

(Oh.. Holiday..)

Sometimes the system goes on the blink
And the whole thing turns out wrong
You might not make it back and you know
That you could be well oh that strong
And I'm not wrong

So where is the passion when you need it the most
Oh you and I
You kick up the leaves and the magic is lost

Cause you had a bad day
You're taking one down
You sing a sad song just to turn it around
You say you don't know
You tell me don't lie
You work at a smile and you go for a ride
You had a bad day
You've seen what you like
And how does it feel for one more time
You had a bad day
You had a bad day

Had a bad day
Had a bad day
Had a bad day
Had a bad day
Had a bad day

井手氏がJR西子会社に 脱線事故後「天下り」10人

 乗客106人が死亡した尼崎JR脱線事故で退任したJR西日本の井手正敬前相談役が、子会社の顧問に就任していたことが28日、分かった。ほかに当時の役員6人が子会社の幹部になっており、既に判明した3人と合わせ、「天下り」は計10人に上った。
 JR西は、事故の遺族や負傷者を対象に29、30日に開く説明会で理解を求める予定だが、遺族からは強い反発の声が出ている。
 井手氏は国鉄分割民営化を推進し、民営化後はJR西の社長、会長を歴任。JR西を高収益企業に育てる一方、安全関連への投資が遅れ、それが遠因となって脱線事故を招いたとの批判もある。
(共同通信) - 7月28日11時57分更新
【金子勝の天下の逆襲】
2006年7月25日 掲載

「規制緩和」を叫び、規制緩和で儲けるオリックス宮内会長は許されるのか


 小泉政権のこの5年間、「官から民へ」という言葉をメディアから聞かない日はなかった。しかし、政官財の癒着を断ち切ることが目的だった「規制緩和」や「民営化」政策が、逆に新しい利権政治を生み出している。
 この間、ホリエモンや村上ファンド、日銀の福井総裁が槍玉に挙げられてきたが、その大元締は、オリックスの宮内義彦会長だろう。彼は「規制改革小委員会」の委員長を90年代半ばから務め、01年には「総合規制改革会議」の議長になり、現在でも「規制改革・民間開放推進会議」の議長に就いている。この10年間「規制緩和」と「民営化」を推し進めてきた張本人だ。
 宮内会長が主導する規制緩和が実施されるたびに、オリックスはそこに投資をし、新会社を立ち上げてきた。まず、村上ファンドとの関係でいうと、98年の投資信託法の改正で私募ファンドの設立が認められるや、翌99年には村上世彰が通産省(現経産省)を退官。宮内会長はオリックス傘下の休眠法人を村上世彰に与え、同時にM&Aコンサルタントに45%の出資をした。00年末の投資信託法改正で「REIT(不動産投信)」が解禁された時も、オリックスは翌01年にはREITの運営会社オリックス・アセットマネジメントを設立している。
 また宮内会長が主張する、病院の株式会社の解禁、混合診療の解禁、高度先進医療の規制緩和の分野では、06年6月末、横浜の構造改革特区において日本初の株式会社病院「バイオマスター社」にオリックスが投資して、再生医療など高度先進医療をやらせている。さらにタクシーの規制緩和では、タクシーの増車が可能になり、オリックスレンタリースが稼いでいる……とキリがない。
 問題は、レフェリーがプレーヤーを兼ねていることにある。実際、宮内会長は内閣府の「総合規制改革会議」議長という政策決定の重要なポストに就きながら、その規制緩和で儲かる会社の代表取締役会長を同時に兼ねている。規制改革の結果、庶民が泣いているのに自分はボロ儲けでは、誰もその政策をフェアなものとは思わないだろう。
 自民党の政官財の癒着政治があまりに酷かったために、規制緩和はそれをなくすための“特効薬”だと、国民は信じ込まされてきた。しかし米国に見られるように、規制緩和は新しい利権政治を生む。規制緩和を推進すれば誰かが儲かって、誰かが損をするのだ。当然だろう。みんな騙されてはいけない。【金子勝・慶大教授】



オリックス宮内!


個人株主の気持ちを


考えたことあるのか!


2006年 7月27日(木) 15時48分

ショートカバーというより実需買い?

 日経平均は大幅反発。295.71円高の15179.78円(出来高概算16億5700万株)となり、終値ベースでは抵抗線として意識されていた25日移動平均線を突破している。前日の終値水準からのスタートとなった日経平均は、一時14839.49円まで下げる場面もみられた。しかし、昨日四半期決算発表と同時に株式分割を発表したアドバンテストが堅調に推移しているほか、一旦は下げに転じていたソフトバンクが再びプラスに転じるなど下値の堅さが意識された。また、エプソン、KOAなどポジティブな四半期決算を発表した企業への再評価の動きも目立っている。そのほか、売りが先行していた海運株などもプラスに転じている。この流れにより日経平均は前引けにかけて15000円を回復している。
 後場に入ると先物市場でショートカバーというよりは年金などの実需の買いが入ったとみられ、これに伴うインデックス買いにより日経平均はじりじと上げ幅を広げた。このインデックス買いにより、東京エレクトロンがプラスに転じるなど、ファナック、TDK、京セラといった指数インパクトの大きい値がさ株が軒並み上昇している。また、四半期決算が本格化する中、ポジティブな決算を発表した銘柄には再評価の流れが強まった。この再評価の流れが徐々に広がりをみせており、今後決算を控えている企業などへの先回り的な物色にもつながっている。
 新興市場では、好調な四半期決算を発表したDeNAが買い気配スタート後に上げ幅を縮める場面もみられたが、マイナスに転じることなく再び切り返す動きなど、不安感がくすぶる新興市場の中で買い安心感につながっている。そのほか、楽天などネット関連が切り返した影響も大きかったようだ。ただし、先行き不透明感は完全に払拭されているわけではなく、25日線などの節目では上値を抑えられる動きも目立っている。そのため、マザーズ、ヘラクレス指数ともにプラスを維持しているが、それぞれ前場の終値は下回った。また、ジャスダック平均は年初来安値を更新している。東証1部では値上がり1205に対して値下がり395、変わらず91と、値上がり数が全体の7割を占めた。
【株式会社フィスコ】



みんなが、

金利上昇でびびってる、

不動産セクター

しかないよ。

(^v^)

新興市場の下げ

新興市場の下げがきびしい。代表的な指標であるマザーズ指数は1月10日の高値から-60%、ヘラクレス指数は-53.3%である。わづか6ヵ月余の間の下げである。

新興市場は個人投資家が支配する市場であるだけに信用取引の投げが相場の下げを加速させる。信用取引も貸借取引ではないので大半の銘柄はカラ売りができない。したがって昨今のような地合いでは「投げが投げを呼ぶ」という現象がでる。カラ売りの買戻しという需要がないだけに一方通行になってしまう。

これまで新興市場のスター的な存在であったインターネット株の崩れが市場全体の人気に大きな影響を与えている。高値からの下落率をみるとヤフー(4689)が-51.4%、楽天(4755・JQ)が-61%、ACCESS(4813・マ)が-47%である。きっかけはウォール街でのネット株からの人気の離散である。世界のネット株をリードするグーグル(GOOG)は好決算を発表したが売られた。ITバブルの崩壊局面を想起させるが、本質的には異なる。インターネットには「Web2.0」という新しい革命が始ったところである。ハイテク分野ではもっとも成長が期待できる分野だけに、新興市場がテクニカル要因で下げているのはチャンスであると思う。世紀の投資家ビル・ミラーは「価値のある株の下げは、その株の投資価値が上がることを意味する」と語る。

東京市場でもそのような銘柄が続出してきた。








楽天(4755・JQ)が-61%

あらためてすごい!

どうなる?新興?