今日は休日で、今の季節にしては暖かく過ごしやすい。
今年も映画の祭典である「アカデミー賞」の授賞式が今月二月二十六日に開催される。楽しみである。
さて、映画との自分自身の関わり合いの記憶を辿るとどうなのかなと考えて見た。一番古い記憶では、半世紀も前の事で、小学生低学年の頃、自分の千葉県いすみ市の実家に女優の青山京子さん、と言っても最近の若い世代には、御存知ないかも知れない。団塊の世代以前の人だと、ああ、そう言えばそんな女優さんの名前知っていると答える人は多いのではないだろうか? そう、日活の俳優で、歌手でも有る小林旭の奥さんである。1935年生まれで現在、76才である。その青山京子さんが若くて、映画女優で活躍していた頃、私の生家にスケジュールの合間に、丁度自分が夏休みの時、お忍びで避暑に一週間程、滞在したのである。当時の私の生家は、今は建て替えてしまったが、茅葺屋根の風情の有る大きな木造家屋であったので、そういった雰囲気で有るのと現在と異なり、殆んど知られていない場所だったのが避暑地として最適と選ばれたのであろう。青山京子さんとの繋がりは大手某銀行に勤務していた東京の親戚の叔父さんの紹介である。当時、ご本人とお母さんスタッフ総勢15名位だと、記憶している。今で言う、専属のスタイリスト、メイクさん、料理人、カメラマンなどなど、田舎者にとっては、眩しい程珍しく未知の世界の人達であった。生家は海岸が目の前に有り、付近には地元の漁師、海女さん以外には殆んど誰もおらず、当時は自動車など一日に数える程しか走っていなかったので、そんな田舎町の為、身を隠すのに最適だったのであろう。到着後、生家の五右衛門風呂にご本人が大変気に入りスタッフが私にお風呂を沸かすように
話を持って来た。青山京子さんは現役の有名女優さんで有り、大変、綺麗な方だったので、私は張り切ってマキを割り、沸かしたものである。心臓をドキドキさせながら、、、間もなくご本人がバスタオルを巻いてビーチサンダルを履いて登場した時、有難うと声を掛けられ振り返り、女優さんを見た時、余りの艶やかさと何とも言えない甘い香りに私の心臓は爆発寸前であった。私が今も、オーデコロンが好きなのはこの原体験が有るからに違いない。家の妻は何故か私のオーデコロン好きに理解が無い、、これは余談であるが、、、そういった記憶がカメラ、女優、写真、映画というジャンルに興味を持ち、好きになった原点である。いすみ市の大原には大原館と言う映画館に良く通った。高校の頃、大多喜にボロくて田舎の味わいの有る映画館に良く通った。上映途中に良くフィルムが切れたのを覚えている。早くして!おじさんなどと野次った淡い青春の記憶がある。それから、大学生になり、花の大東京に行ったものだから、自ずと想像がつくが、新宿、池袋、飯田橋、渋谷などの名画座が数多く有る。映画館通いが始まった。大学より名画座の方が恐らく多く通ったと思う。三本立てで年間300本以上は見ています。後は喫茶店で仲間と映画談義、大学時代は映画とアルバイトに費やす時間の方が長かった。今振り返るとそんな気がします。
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