母について
テーマ:ブログ前回の更新から 1か月以上が経ってたんですね・・・
その間の 私の経過を書きたいと思います。
大分 長くなりますが よろしければ
おつきあい下さい。
以前に更新した 2月25日の
「全てが ケ・セラ・セラ状態です」の時
「肺に影があるから詳しく検査しなさい」と整形外科の
先生に言われたと 私の母に聞かされた頃でした。
その頃 母は持病の股関節を 人工関節に
入れ替える手術をするために 整形外科に
入院中でした。そして 無事手術も終え リハビリも
すすみ いつ退院しようかと言うときに 今回の
手術前に 念のために撮ったレントゲンに影あり・・・
肺機能の検査も人の 3分の1程度・・・と言われた
そうなのに 今頃になって 思い出したように
「先生に言われた」と呑気に話す母でした。
医療機関に勤めている私は そんな母の話でも
「あぁ~肺がんだな。でも手術すれば治る。しばらくは
心配が続くだろうけど治る。」と 確信していました。
実際 私の周りの患者さんは大多数の確率で
完治しています。癌は昔ほど 怖くないのです。
まさしく ケ・セラ・セラ状態・・・そのはずでした・・・
2月28日 今までの整形外科を退院し その足で
私の勤める病院へ転院させ 翌日から精査が
3日間始まりました。
私は なんの因果かこの病院で 外科に
所属しており 母の主治医も 私が毎日お世話になっている
外科の先生です。
なので 母が入院時に持参した フィルムの画像を
私は先生と二人で見ました。とても大きな腫瘍・・・
影どころか 上葉部を大部分占めるほどの大きな腫瘍。
フィルムを見た途端 先生の顔色が変わったのが
分かりました。
私 「やっぱり 肺がん?」
先生 「うん・・・」
私 「手術できる?」
先生 「・・・(無言)」
私 「先生のその顔でわかるよ・・・相当悪い?
ステージは?」
先生 「・・・(無言)・・・・ステージ4」
4段階のうちの4です。
手術ができないほど進行しており 末期です。
このまま 何も治療せず 余命3ヵ月。
抗癌剤の加療をしても 治すための抗癌剤ではなく
命を少し伸ばすための抗癌剤治療だと言われました。
そんな話を 一気にされ 私は他人事のように
聞くしかありませんでした。
でも ここで最初に悩んだのは告知です。
もう少し さかのぼって お話しすると・・・
母は 今回 手術をした 股関節が 昨年の11月頃
から痛くて 殆ど動かないように2カ月ほど 過ごして
きました。そのせいか 肺癌本来の息切れや
咳き込むといった症状が 全くなく
「どこも どぅもない」と自覚症状に気付いていないのです。
そんな母に 「肺がんよ・・・余命3ヵ月・・・」なんて
言える筈もなく かといって何も言わずに やりたい
ことも出来ずに 終わるのも、納得いかず。
父親 私たち姉妹 母の姉 と話し合いましたが
私以外は みんな 告知しないと言い出しました。
母にショックを与えたくないのは 私も同じ
気持ちですが でも 何も知らずに 終わっていくのは
どうしても不本意な気がして。
交通事故や 不慮の死にあうのなら 仕方ないと
思えたとしても 命の期限が分かったのなら
残りの期限をどうしたいか 考えたいはず。
母には 3日間の精査の結果で 「肺がんか 否か」と
答えをだしてあげなくてはいけません。
少ない時間 家族みんなで いろんな思いを
話し合いましたが 家族も 考えれば考えるほど
答えを出せず「おねーちゃんに任せるよ」と 私任せ・・・
最近の告知は 患者さんにもすることが
主流になってきています。抗癌剤などの治療に
患者さん自身が納得していないと治療自体が
うまく運んでいきません。
しかし さすがの私もすべてを話す勇気がなく
先生を巻き込んで 2個の嘘をつきました。
*この抗癌剤治療は 癌を治すためにやります
*余命の数字は 言わない
それ以外は 全てはなしてもらいましたが
いまひとつ甘い。先生自体 とても優しい雰囲気の方で
話す内容も 優しすぎて・・・
もっと 癌は怖いもの。
もし治らなかった時のことを考え 今やりたいことをやる。
母には これを感じてほしかったのに
いまいち 癌というものに対して 危機感が感じられず
結局 私の口から 辛口の説教みたいな話をしました。
昔 母は 「雪が溶けたら 何になる?」の質問に対して
「春になる」と 答える 天然です。
「えぇ~ 雪が溶けたら水になるんよ!」という私たちに
「なんで 春でしょう?」と 笑う人です。
そんな母が 先生の話を疑うこともせず 信じ切って
治療を受けようとしました。もちろん 抗癌剤治療は
本人の負担が大きいのでしっかりとした 気持ちを
もって 挑まなければいけません。
頑張ろうとする気持ちを保ちながら もしダメだったら
の時も考えろと私に言われ 母も戸惑ったと思いますが
「おねーちゃんのいう事は分かった。これからのことも
ちゃんと考えながら抗癌剤の治療も頑張るよ」と
母は言ってくれました。
少し長文になってますね すいません
ホントは こんな話をするつもりはありませんでした。
でも この間 久しぶりに訪問した「副サラ」さんの
ブログで亡くなったお父様の話があり 自分のことも
重なり涙が止まらなくなりついコメントをいれて
しまいました。
それから 副サラさんに気にしていただきながら
私もすこしずつ 気持ちが変わってきたのか
自分のブログを更新して 自分よがりの内容になっても
あとで 振り返れる場所を残そうと思いました。
今は 辛くても 振り返れる自分が必ず来ると信じて
その時のために このブログを続けようと 思いました。
副サラさんのコレで 前向きになれました。
↓ ↓ ↓
http://ameblo.jp/sucess-dream/entry-10861614827.html
(副サラさん 勝手に載せてごめんなさい)
何回かに分けて 少しずつ更新していきます。
お涙頂戴で 面倒くさい内容になるかもしれませんが
しばらく お許しください。









