2009年04月22日(水)
ぼくは自分の死から生を考える
テーマ:カントク
音楽界からは支援者の坂本龍一さんに続き、魂の友 YANAGIMAN さん(ケツメイシなどの音楽プロデューサー)からも映画『BASURA バスーラ』へのコメントをいただきました。
尊敬するジャーナリストの有田芳生さんはブログに書いてくれました。
まだ試写会が明日で2度目だというのにすごい反響です。
まちがいなく前作『神の子たち』よりすごいことになるでしょう。
たぶんこころある方々は感じているのでしょう。
この地獄のような世界を生きながら、「人間としての理想を考え、真剣に行動しなければこれでおわりになる」とうすうす悟っていられるのでしょう。
人間は必ず死を迎えます。だからその前に、僕は皆さんと悔いのない生き方をしていきましょう。どうかご一緒に歩んで生きましょう。
僕はこれからもどんどん映画『BASURA バスーラ』を観せまくります。
理由は、僕がいつだったか覚えていませんが「残り少ない人生を世界中の子どもたちの死をひとりでもなくすために生きよう」と決めた瞬間があったからです。
僕ら人類が与えられた大きな宿題を、まだほとんど手つかずの宿題を、この四ノ宮さんという監督が、大声で「これ忘れてますけど、この宿題至急解決しないとだめですよ!!」って言っているような気がしました。
人類はこの問題-----お金の問題、教育や医療の問題、子供の問題をそろそろ真剣に考えてゆかねばならないようです。
僕もその一人。
なにが出来るのか分かりませんが、まずはじっくり考えたいと思います。
あるとき『忘れられた子供たち』『神の子たち』を撮影した四ノ宮監督に偶然お会いした。フィリピンのゴミの山(スモーキーマウンテン)で生まれ、育った子供たちをドキュメンタリーで撮影する四ノ宮さんの執念はまさしく尊敬に値する。その新作である『BASURA バスーラ』を見せていただいた。衝撃の内容に愕然としつつ、現実を変えなければならないと深夜の自宅で思ったものだ。日本を変えること。それがフィリピンをはじめとする世界を変えることにつながっている。いま私が板橋の現場で勝負する動機の深くに四ノ宮監督が描いた現実がある。どこかで時間を取ってそう遠くないうちに映画『BASURA バスーラ』について必ず書く。
YANAGIMAN さん、有田芳生さん、感謝です。
映画『BASURA バスーラ』のバスーラとはタガログ語でゴミのことです。
僕は今、毎朝、街に落ちているゴミを拾いながら、人間にとって必要なものは何なのかを考えています。
僕は今、街でホームレスの人を見かけるたびに、シスターや修行僧の生き方とダブって見えるのです。
弥生時代だったと思いましたが、人々は1日4時間ぐらい働き、あとは自由時間で好きなことをしていつも笑って幸せを感じていたと誰かに聞きました。
そんな生き方が日本でどうしてできないのか。
何にコントロールされているのか。
お金や不安や石油でしょうか。
僕もそろそろ自分の食べるものぐらいは自分で作ることをしていかないと、知らないうちにマインドコントロールされてしまうのではと思っています。
だって食べ物が外国から入ってこなければ、人間が3日食べないと無意識に泥棒するのですよ。
そんな世界がこの地球上にたくさんあるのです。
子供が一日3万人死んでいるのです。
みんなで何とかしましょうよ。
尊敬するジャーナリストの有田芳生さんはブログに書いてくれました。
まだ試写会が明日で2度目だというのにすごい反響です。
まちがいなく前作『神の子たち』よりすごいことになるでしょう。
たぶんこころある方々は感じているのでしょう。
この地獄のような世界を生きながら、「人間としての理想を考え、真剣に行動しなければこれでおわりになる」とうすうす悟っていられるのでしょう。
人間は必ず死を迎えます。だからその前に、僕は皆さんと悔いのない生き方をしていきましょう。どうかご一緒に歩んで生きましょう。
僕はこれからもどんどん映画『BASURA バスーラ』を観せまくります。
理由は、僕がいつだったか覚えていませんが「残り少ない人生を世界中の子どもたちの死をひとりでもなくすために生きよう」と決めた瞬間があったからです。
***
僕ら人類が与えられた大きな宿題を、まだほとんど手つかずの宿題を、この四ノ宮さんという監督が、大声で「これ忘れてますけど、この宿題至急解決しないとだめですよ!!」って言っているような気がしました。
人類はこの問題-----お金の問題、教育や医療の問題、子供の問題をそろそろ真剣に考えてゆかねばならないようです。
僕もその一人。
なにが出来るのか分かりませんが、まずはじっくり考えたいと思います。
YANAGIMAN(音楽プロデューサー)
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あるとき『忘れられた子供たち』『神の子たち』を撮影した四ノ宮監督に偶然お会いした。フィリピンのゴミの山(スモーキーマウンテン)で生まれ、育った子供たちをドキュメンタリーで撮影する四ノ宮さんの執念はまさしく尊敬に値する。その新作である『BASURA バスーラ』を見せていただいた。衝撃の内容に愕然としつつ、現実を変えなければならないと深夜の自宅で思ったものだ。日本を変えること。それがフィリピンをはじめとする世界を変えることにつながっている。いま私が板橋の現場で勝負する動機の深くに四ノ宮監督が描いた現実がある。どこかで時間を取ってそう遠くないうちに映画『BASURA バスーラ』について必ず書く。
有田芳生(ジャーナリスト・新党日本副代表)
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YANAGIMAN さん、有田芳生さん、感謝です。
映画『BASURA バスーラ』のバスーラとはタガログ語でゴミのことです。
僕は今、毎朝、街に落ちているゴミを拾いながら、人間にとって必要なものは何なのかを考えています。
僕は今、街でホームレスの人を見かけるたびに、シスターや修行僧の生き方とダブって見えるのです。
弥生時代だったと思いましたが、人々は1日4時間ぐらい働き、あとは自由時間で好きなことをしていつも笑って幸せを感じていたと誰かに聞きました。
そんな生き方が日本でどうしてできないのか。
何にコントロールされているのか。
お金や不安や石油でしょうか。
僕もそろそろ自分の食べるものぐらいは自分で作ることをしていかないと、知らないうちにマインドコントロールされてしまうのではと思っています。
だって食べ物が外国から入ってこなければ、人間が3日食べないと無意識に泥棒するのですよ。
そんな世界がこの地球上にたくさんあるのです。
子供が一日3万人死んでいるのです。
みんなで何とかしましょうよ。
2009年4月21日
映画『BASURA バスーラ』監督 四ノ宮浩
















