あなたを覚醒させる▲スピリチュアルメッセージ

自我が単なるプログラム(条件反射)の一種だと気がついたら、それはすでに悟りの一歩です。条件反射で自我の働きが出て来としても、ただ観察して受け入れれば良いのです。それ以上関わらないことです。決して罪悪感を感じたり、それについて思考を始めないでください。

  

心が傷ついていたら、赦す意外に方法はありません。

赦すということは忘れることでも、なかったことにすることでもありません。


ちゃんとその原因を見極める必要があります。


犯罪被害者たちが犯人を許せないと思う気持ちは誰にでも理解できるでしょう。


しかし、憎しみを手放して許さない限り、その苦しみから逃れることができません。

かといって、赦しとは忘れることではありません。
その罪をなかったことにするのではありません。

法的な裁きは裁きとして受けてもらいます。



なぜ、どうして私たちに、こんな事件が起きたのかという理由をを知りたいと犯罪被害者の人たちは思うのでしょう。


赦しの過程において、真実を確認することが必要だということを本能的に分かっているのではないでしょうか。


赦しとは別に和解ではありません。
真実を理解してゆるしたからといって、仲良くしましょうということではありません。


赦しとは心の傷を直す行為であって、赦す相手との関係は問題ではありません。


犯罪者ではなくても、許せないと思う人はいると思います。


傷つけあってしまった友人など・・・


心の傷がある以上、許さなければなりません。


許しは別に仲直りではないので、赦しのあとに付き合ってゆくか行かないかは事情によります。


一番大切なことは心が癒されることです。


自分が受けた傷について、傷つけた当事者に今の感情を素直に伝えましょう。

もしかしたら、誤解であることが分かるかもしれません。

もしかして、自分が心を開いたことで相手も心を開いてくれるかもしれません。
そして真実がわかり、お互いが癒されるかもしれません。

相手も苦しんでいるかもわかりません。


とにかく、ゆるしとは忘れることでも問題から逃げることでもありません。


ニューエイジやスピリチュアルでワンネス理論などでごまかすことはまったく解決策になっていません。


一時しのぎにはなる思い込みのスキルだとは思いますが、それはごまかしや逃避を助長する考え方です。


まず自分自身をよく見つめること、自分の考え方の間違いや、捉え方の間違えがあったのかもしれません。

そして、相手のことは他人ですからよく話を効かない限り分かりません。

もし、いろいろ自分を見つめてどうしても原因が相手と思えるときには、それを相手にぶつけてゆくべきです。

相手のどういう行為で、自分がどんな感情になっているのかを伝えるべきです。

相手に自分をどうこう思わせようとしないで、苦しんでいるなら、苦しんでいる。怒っているならいかっている自分を見せることです。

今自分の心の中で起こっている感情のすべてを伝えてください。

そのように心を開いてぶつかってゆけば相手も心を開いてくれ分かち合いができるとおもいます。


本当は同じ人間ですからね。

聖職者たちでも赦しという行為が本当に難しいらしいです。

ジャン・モンブルケットさんという方が書いている「ゆるしのステップ」という本は、ステップを踏んでゆるしのために起こしてゆく行動が書いてあります。
ニューエイジやスピリチュアルな考えを超えていておすすめです。


楽天ブックスでは売れ切れのようです。他を探してみてください。







私たちは攻撃を受けていると感じると怒りの感情を持ちます。

これは反撃や抵抗するためのエネルギーとしての感情です。

人間は感情が起こると行動します。

頭だけで考えて感情がともなわないと、どうしても行動に移すことができません。


逆に感情が起こっても行動しないことは問題が残ります。


感情を露わに出すことは勇気が要ります。

だから、人間は怒りの感情を押さえ込んでしまいます。

押さえ込んで忘れ去ってしまった怒りの感情があとになって、心の問題を引き起こします。


顕在意識で忘れ去ってしまっても、潜在意識にとっては問題としていつまでも残っているわけです。

そのわだかまりの種子は、掘り起こして感情として表現してあげなければ浄化することはありません。

潜在意識は顕在意識に気づいて欲しくていろんな問題を起こしてきます。


ちゃんと怒るときには怒って欲しいわけです。
攻撃をされたら、反撃したり抵抗したりするのが本能だからです。


顕在意識においては忘れることによって解決済みの問題も、潜在意識にとってはいつまでも未解決の問題として残ります。


潜在意識は識別が苦手なので、過去に自分に傷を負わせた相手を特定することができません。


しかし、その時に受けたいくつかの刺激を覚えていて、それと似た刺激を受けた時に反応します。

潜在意識は同一視が得意です。
自他の区別も付きません。

過去に受けた刺激と同じ臭いを発するものを同じ対象として認識してしまい、反応します。


顕在意識は、なぜ自分がそういう行動をとってしまうのか分かりません。


しかし、顕在意識が気づかない限り、その傷は癒されることがありません。


心の傷、それは怒りの感情です。

とにかく、感情を正直に表現してゆくことをくりかえすことで、気づきがうまれるのではないでしょうか。

怒こるときには怒っていいのです。
それが本能で自然なことです。

社会では悪いこととされていますが、善悪をどうじにもっているのが人間です。

それ以外のものになろうとしても苦しむだけです。

怒りも抑えてしまえば恨みとなり、単に潜在化しただけでなく、心身に大きな影響を与えることになります。

もしあなたが、心身になんらかの異常をもっているとしたら、それは抑圧された怒りの感情がもとで起こった病気かもしれません。


これらの浄化には赦しとか愛も必要になってくるように感じています。

愛や赦しについてはまたの機会に書こうと思っています。










突然ですが・・・

意識は記憶だと思うのです。
記憶の働きがあるから意識が起こるのだと思います。

意識が朦朧とした状態は、何も思い出せない状態ではないでしょうか。
記憶喪失の人でも意識があるとあなたは言うかもしれません。

記憶喪失してると言っても短期記憶や感覚記憶の働きは残っています。

でなければ物事を意識することができませんし、
自分が記憶を喪失しているということもわかりません。


人間の記憶には三つの種類があるそうです。

感覚記憶
短期記憶
そして長期記憶です。


感覚記憶はほんの短い記憶ですが、これがないと今自分がやっている事が認識できません。

無意識に鍵を閉めたりしますが、あとで考え直すと本当に閉めただろうかと心配になったりします。

一瞬一瞬忘れていってしまう記憶です。

そのように一瞬一瞬無意識にやっている行動を物語風に記憶すると、しばらくの間覚えていることができます。
だいたい人間はエピソードとして記憶するようです。
ですから、あまりに感動的なことですと、一瞬でも長期の記憶に残ることもあります。

しかし、ほとんどは短期の記憶で時間とともに忘れてゆきます。
何ども繰り返し行なっていることは長期記憶となり覚えてしまいます。
これは学習するときには大切なことですね。


人間は長期記憶に定着させない限り、次から次へと忘れてゆくのが普通です。
たとえ長期記憶に記憶されたとしても、長い間使わないでいると、薄れてきます。

常に刺激されて使っている記憶は強化されてゆきます。

また歳をとり、好奇心をなくしてくると、ぼけてきます。記憶が取り出せないので、頭も働かないので、いろんなことが思い出せなくなってしまいます。

あの世に行ったら必要なくなるので、全部忘れても問題ないのかもしれません。

でも、いつまでも若々しく生きたいと思ったら、記憶を保持してゆくことを考えなければなりません。

人間の心の奥にはいろんな情報の記録があります。

それが刺激を受け思考することによって引き出され意識されます。

ネガティブな思考をすればネガティブなものが引きだされ、
ポジティブな思考をすればポジティブなものが引き出されます。


今自分が意識で感じていることは、自分が思考によって引き出している過去に自分の中に蓄えられた情報の一部であって、それを現実として感じているわけです。

そして現実として感じた自分の過去の記憶を刺激としてもう一度受け入れることによって信念を強めているわけです。

ネガティブな人はネガティブな信念を
ポジティブな人はポジティブな信念を・・・

私たちの目の前で起こっていることは、元々は意味も価値もなく、それに意味付けをし、価値をあたえているのは私たちの意識であり思考です。

ですから思考や意識を変えることによって現実を変えることができるのです。


継続は力と言います。

継続することによって、短期記憶が長期記憶になります。

いくら何を学んでも短期記憶で終わってしまえば夢など成就する訳がありません。


夢を叶えるためには、その分野分野の必要な情報があります。
それを徹底的に覚え繰り返し、潜在意識にインストールすることによって、潜在意識がかってに夢を追いかけるようになります。


人間は忘れてゆく生き物です。
何もしなければ、どんどん忘れてゆきます。

繰り返し覚えることをしなければ、どんどん忘れてゆきます。


どんな良い考えも繰り返し繰り返し反芻していないと忘れてしまいます。


壁に目標などを書いてはったり、カードや手帳を持ち歩いて、常に意識に登らせることをしていないと、ついつい夢を追うことを忘れてしまうのが人間です。

意識は記憶によって成り立っています。


スピリチュアル人々が言う永遠に続く意識が存在したとしても記憶を失ってゆくというのが真実です。

観察することも記憶の蓄積があって出来ることです。

私たちは肉体を与えられたことによって、記憶を持ち、たまたま観察者になっているだけです。


私たちの意識は生じたり消えたりしています。

「今此処」という、全ての瞬間の中で・・
そして、その瞬間は始まりも終もなく永遠の時間でもあります。

そこは私たちの意識の母体でもあります。
誰にも共通のひとつのもの・・・


潜在意識を自動成功装置にしている力。
顕在意識に創造の力を与えているもの・・
それらを成長進化させようとする意思・・

それが本当の私たちかもしれません。

個別の真我はなく、真我は皆んなで一つ。
それは神と良いものかもしれない。

とにかく個別の自我として与えられた個別の意識は、肉体が記憶した情報によって成り立っていること。

目的を持って保持した記憶以外は次第に忘れ去ってゆくような設計になっているようです。


意識とは記憶です。
今感じている感覚は本当に短い記憶保持の繰り返しの感覚記憶によって成り立っています。

自分の夢の実現リテラシーを潜在意識の長期記憶にインストールすれば、潜在意識がかってにそれを実現しようとします。

ポジティブなことでもネガティブなことでも信念としてインストールされれば、それは現実として現れます。

良いにせよ、悪いにせよ潜在意識は自動成功装置ということです。

成功とは考えているこた叶うということです。
恐怖を感じていれば現実の恐怖に出会うということです。

逆に夢を実現するためには、必要な考え方や知識を確実にインストールすることです。

つまり、長期記憶としてしっかりと根づかせることです。

そうすると、勉強の繰り返し、その継続しかありませんね。

そして失敗や挫折という選択肢をなくすことです。夢は必ず叶えると決断し、信じることです。

どうやら、夢がなかなか実現しないのは覚悟ができていないのが原因のようですよね。

今日は価値ある情報を長期記憶化させることの大切さについて書いてみました。


記憶という働きがなければ、意識という働きもないということです。

ですから意識と魂はちょっと違うようですね。


お久しぶりでした。


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