関東に住む姪が歴史おたくで、ずいぶん前になりますが、帰省した折に連れて行ってほしいところはどこだと尋ねたら、「関ヶ原だ」と答えました。少し驚きました。


 さて、昨年の2月に関ヶ原で関ヶ原古戦場をどうやって人気スポットに変えていくかというシンポジウムがあって、これに参加しました。静岡大学の小和田教授、歴ドルの小日向えりさん、DJのクリスグレンさんが出ていました。小日向さんのブログ



 とても面白い話が聞けました。2点ご紹介します。



1.小和田教授のご講演

 家康が杭瀬川の合戦後に西進する動きを見せたのは、武田信玄が家康の浜松城をスルーして西進したのを追いかけて、自身が三方が原で惨敗した経験があるからこそ生まれた作戦なのではないか。



2.パネルディスカッションでの小日向さんの提案

 関ヶ原合戦には、その時代に生きた名だたる武将がほぼ全員何らかの形でかかわっている。そういう武将たちには、それぞれの参戦の理由や事情があるのでこれを物語ふうに分かりやすく解説してあげると関ヶ原ファンがもっと増えるのではないか。



 どちらの意見にも賛成です。

 ただ役所は、小和田先生の説であったり、小日向さんがいう物語を執筆して印刷物や看板に書き込むにはある程度の踏ん切りが必要です。それは史実から推測しうるフィクションの入り込む余地が多い説明でしかないからです。そういうものと断って説明してくれればつっこまないから是非書いてほしいというのが私の願いです。


 

 自分は合戦史のある山城登りが好きですが、訪れる前に知りたいのは、攻防があったのは大手道?搦め手?それ以外?退路はどこ?などです。物語の説明書きが実現した暁には、物語をある程度理解してやってくる人向きに、武将の行軍ルートを示してもらえれば歩く人が増えると思います。



 蛇足ですが、どなたかが参戦武将の銅像を立てたらどうかという提案をしたのですが、これには反対です。史跡はなるべく自然のままがよく、説明板以外には人工構造物を築かないでほしいというふうに私は思います。