第13話 衝動

テーマ:

不動洋介は英国を愛してた。


日本の不良はダサイ。


そこには音楽がない。


たとえ存在しても気持ち悪いR&Bだの、ジャパニーズロックだのだ。


英国人として生まれたかった。


これからどれだけ日本がお洒落な国になったとしても、


千葉生まれとリバプール生まれでは何かが圧倒的に異なる。


リバプールで生まれたかった。


ただそれだけなのに。


なぜ千葉で生まれたのだ。


人口では勝ってるかもしれないが、そこには音楽は無い。


父親も母親も千葉生まれの千葉育ち。


不動は小学5年まで千葉県柏市で育った。


餃子屋くらいしか誇れるものがない。


餃子は美味い。


駅前が中途半端に栄えてる。


きっとリバプールより栄えてる。


なんだこのジレンマ。


不動はそんな誰にも説明できないフラストレーションを発散させるかのように喧嘩にあけくれた。


英国パンクが負けちゃいけない。


不動の対戦成績は37戦21勝16敗。


こないだの安岡とかいうつまらない男も含めてだ。


西小ではナンバー3の男とかいうからどんなもんかと思ったが大したことなかった。


ま、ラッキーパンチがあたったのが大きいんだけどな。


不動はニヤリと笑った。


今、数学の宿題をしている。


そう、不動は意外と頭がいい。


東小ではナンバー3に入るインテリだった。


しかも狂犬。


文武両道とはこういうことを言うのだろう。


俺の勝率は・・・・56.756...%


計算機なんていらない。


低い?


ほとんどが身体が発達する前の小学校時代の戦績だ。


しかも相手は中学生だの高校生だの、中には社会人だっていた。


そんな人間とばかり喧嘩してたから同い年の奴に負けるはずがない。


喧嘩は骨に響く。


骨を叩く音は音楽だ。


皮膚という膜はあるが、喧嘩は骨と骨をぶつけあう原始音楽だ。


へへへ。


不動は考える。


1学期の間に1年の全員をしめよう。


そして2学期から2年と3年に攻撃をしかけよう。


度肝を抜いてやる。


後輩ができたとか調子に乗ってる2年と3年をぶったたいてやる。


2年のキングと3年の堀部、中嶋の名前くらいは知ってる。


その名前を思い浮かべただけで武者震いがしてきた。


あ、武者震いといえばクラスメイトに変な奴がいた。


なんだか震えていたな。


地震がくるとか言ってなかったっけ?


ま、あんな気象予報オタクはどうでもいいか。


まず一年をしめて、精鋭部隊をこしらえなくてはならない。


不動はステレオのボリュームを大にまわした。


大好きな英国の若手バンドの曲がかかる。


タイトルは覚えてない。


タイトルも歌詞の意味もよく分からないが、最高にカッコイイことだけは分かるんだ。


明日は2年のキングを偵察してやる。


偵察


そう、俺はけっこう用心深い。

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第12話 記号

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下校時間


部活動紹介で「喧嘩部」が紹介されなかったことに思いのほかがっかりしながら、いやそんなことは最初から分かっていたのだけど、でも心のどこかヒダ的なところに淡い期待をはさんでいたわけで・・・・・などとくどくど言う必要もないか、というわけでがっかりしながら家路を急いだ。


ワンワンワン


ドーベルマンが一匹ついてくる。


うん?


ワンワンワン


あ、こいつは元ボスだ。


なぜ分かったって?


質問してない?


あ、そ。


でも構わずに言うけど、それは右片方の耳がちぎれているからだ。


あとゴールドの首輪をしている。


ま、ボスだと認識した理由なんて認識した今となってはどっちが先だったのかなんて分からない。


それが普通だと思う。


ドーベルマンは封建時代の良妻のように僕の三歩後ろを謙虚についてくる。


面倒なのでこいつに名前をつけよう。


名前をつけるということは他の何かと識別するためであり、識別するということはその対象物を誰かに説明するときの労力を減らすことと同じベクトルにある。


とりあえず名前を言っとけば、言われた相手はなんとなくその対象物を理解した気になる。


名前なんて単なる記号なのにもかかわらずにだ。


意味なんてない。


さらに犬にとっては自分の名前を本人が、ここは本犬というべきか、自覚してるかどうかも怪しい。


ま、いいや。


おそらく部下となる他の14匹の犬と区別するために名前をつけてやろう。


ということで僕はこのドーベルマンに以下の名前をつけてやった。


ドッグ


ああ、そのままさ。


命名というものは本来は輪っかを小さくする作業だが、今回はドーベルマンという犬種より輪を広げてみた。


画期的な知的実験だと思う。


僕は得意気になって帰宅した。


ドッグはうちの庭でお座りをしている。


今夜の夕食の唐揚げを一つあげた。


ものすごくがっついていた。


さて、そろそろ僕も喧嘩をしなければならない。


じゃないと僕の物語を誰も読まなくなってしまう。


死んだ後に僕の自伝に誰も興味を示さないなんて辛すぎるじゃないか。


ドッグに里芋をあげた。


以外にもがっついた。


ドッグにキュウリをあげた。


見向きもしない。


父がドッグに気づいた。


キュウリに蜂蜜を縫ってドッグに食わせようとしてる。


見向きもしない。


父は何か大きな勘違いをしてるようだ。


こういうときは自分の父親を殴ってもいいのだろうか。

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第11話 空想

テーマ:

地震はこなかった。


かいつまんで言えば、地震はこなかった。


結局こなかったのだから、かいつまんでも、かいつままなくても同じだ。


不動の目に僕がどのように写ったのかは知らない。


もうどうでもいい。


いやどうでもよくはない。


いや喧嘩師となるのだから他人の目など気にして入られない。


「ハロー、エブリバディ」


地震はこなかったが時間割どおり英語教師はやってきた。


僕の苦手なラテンのノリをした35歳の男性教諭だった。


ま、そんなことはどうでもいい。


退屈だ。


今まで黙っていたが、というかそんな前置きがいるほど語ってないが、僕は英語が得意なのだ。


いまさらアルファベットだの筆記体だの、be動詞など真顔で習いたいたくはない。


で、そんなことは僕の喧嘩道に関係ないので割愛して、


カツアイ


初めて使う言葉だ。


勝つ 愛


やっぱり愛が勝つ


昔、そんな歌が流行したらしい


じゃ、負けるのは何だ


勝つものがいたら負けるものがいるのが必然


人生なんて負けるものの方が多いらしい


8割は負組だ


愛が勝つなら、そのとき負けるのはお金だろうか。


愛の反対語に金をもってくるなんてステレオタイプにもほどがある。


愛の反対語は実はもっと違うものなのかもしれない。


ステンレスとか。


株主総会


えーと、とにかく今日に限っては特に何も起こらなかった。


不動とあの負けた奴、なんだっけ、ま、とにかくそいつの喧嘩をみて、僕はちょっと怖くなった。


ま、そんな一日だった。

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第10話 恐怖

テーマ:

バキッ


バキッ


ドガッ


馬乗りになって下の男を殴り続ける。


バキッ

バキッ

ドガッ


フッ


この瞬間、男が気絶した。


バキッ

バキッ

ドガッ


ここでやっと殴るのを止める。


もしレフェリーがいたら最後の3発は止められていただろう。


男は完全に白目をむいている。


反復運動の中断。


無表情のまま起き上がる。


ジロリと周囲を睨みつける。


集まったギャラリーは全員目をそむけた。男子、女子合わせて20人ほどだろうか。


「安岡!大丈夫か!」


「安岡君!」


「ヤスッッチ!」


倒れている男は安岡という名前らしい。小学校からの知り合いだろうか、数人の生徒がそいつを助け起こしている。


戦意喪失


安岡の目からすでに戦意は飛び去った。


魂を根っこごと引き抜かれた顔をしていた。


「おい」


僕は声をかけた。


「おい」


「うん?」


倉岡が振り返る。


「ちょっといい?」


と言って倉岡の肩に手をかけて教室の中に入った。


「何だよ、今いいところなのに」


周囲を気にしてか、抑え目な声で怒りを表現する倉岡。


「もう終わったじゃん」


「ま、そうだけど」


「で負けたほうは安岡で、勝ったほうは誰?」


「知らないのかよ。あいつはうちのクラスメートだよ」


「本当?」


「不動だよ。東小出身で危ない奴だよ」


「ふーん」


「どうしたんだよ、喧嘩とか興味無いだろ?いつもカチャカチャやってたじゃん」


怪訝な表情をする倉岡。彼とは小学校からの友達だ。


南ヶ丘小学校


僕たちの輝ける母校。


3つの小学校の中ではもっとも平和な校風だといわれている。


必然的に不良は少ない。


モテるのはギャグが面白い奴と野球が上手い奴だ。


あとルービックキューブが上手い奴もそこそこステイタスが高かった。


他の2校だと許されなかっただろう。


「どうしたんだよ、古田」


「いや、なんでもないよ」


僕は自分の机に座った。午後イチは英語の授業だ。


ガクガクガクガク


ガクガクガクガク


震えがきた。


マジかよ。


喧嘩ってあんな怖いのかよ。


「おい」


「…」


「おい」


右後ろを振り返る。


目を疑った。というか疑いたかった。


さきほどの不動の席は僕の斜め後ろじゃないか。


「おい」


「何?」


卑屈になるのは嫌だったので、何の感情も込めない奇跡的な抑揚で返事した。


僕は君に攻撃的な感情は何も抱いてません。


「お前、震えてる?」


「…」


「どうしたの、なんで震えてるの?」


「くる」


「何が?」


「くるね、この震え」


「何がだよ」


「地震がくる。これだと震度4以上だ」


「???」


唖然とする不動。


こい地震。


地震よこい。

第9話 友情

テーマ:

「なあ、鈴木。お前はどうなんだよ」


「うん?」


「だからさ、例のことだけどよ」


「ずいぶん漠然とした質問だな」


「とぼけんなよ。本当は分かってんだろ?」


「何のことだよ」


工藤の苛立ちがビリビリ伝わってくる、気がする。


鈴木は疑心暗鬼になる。


ひょっとしてバレてるのか?


鈴木は工藤に対して重大な秘密をもっている。


そう、2週間前から宮本久美と付き合っているのだ。


女子バレー部のアイドル


ぬけがけ。


しかも向こうから告白された。


工藤が宮本のことをこの学校で2番目に好きなことは知っている。


2番目?何故そんなこと知ってるかって?説明するのも脱力するが、こういうことだ。


眠れる獅子の異名を持ち他の体育会系の奴らからも一目おかれている工藤だが、こいつはその風貌に似合わず可愛い女のコランキングを作るという頭のおかしい趣味を持っているのだ。


ご丁寧にエクセルデータで作成しそれを毎月更新してプリントアウトする。


工藤は常に最新のランキング表を胸ポケットにしのばせている。


肌身離さずとはこういうことだ、と感心するほどだ。


そして毎月女子部員がその場にいないのをみはからって部室でランキングを公表するのだ。


ある意味男子部員の儀式になっている。


当然そんな面白すぎるイベントなので他の部からも噂を聞きつけて何人か見学にくる。


今のところ先生や女子にバレてないところをみると、男子の結束の固さは賞賛すべきものである。


そして宮本久美はそのイベントの中でもしばしば話題にのぼっている赤丸急上昇中のアイドルだった。


目があって照れた姿が可愛い。


しかも俺は何度も目が合っている。


ひょっとして俺に気があるんじゃないか。


工藤は遠い目をして語っていた。


本当はよく隣に立っている鈴木と目が合っていたのだが。


嗚呼、面倒なことになったな。


「おい!何黙ってんだよ」


「あ、ああ。で何だっけ?」


「古田のことだよ」


「うん?」


古田?そんなコいたか?


「一年の古田だよ」


「ランキング入りするほどか?一年ってお前チェック早いな」


「わけわかんねーこと言うなよ。お前が勧誘に失敗した一年だよ」


あ、ああ。鈴木は思い出した。そうだ、そうだよな。ホッと胸を撫で下ろす。


「古田は、あれだよ。喧嘩部に入るとかなんとかで、ま、あきらめたほうがいいんじゃないかな」


「喧嘩部か献花部かもまだ分かってないだろ?」


「献花部はないだろ?華道部と間違えたのかもしれないけど、でもなぁ」


「喧嘩部のほうがありえないだろ。そんな部ねーし。あっても学校から部費が下りるはずねーし」


「ちょっと前の映画だけどファイトクラブ的なものじゃねーか?ほらカチッと枠にはまった格闘じゃなくて皆で輪になってその中で殴りあうって感じの。なんか憧れるやついそうじゃん、俺は苦手だけど」


ホッとしたからかいつもより鈴木は饒舌になっていた。


工藤が誰よりもルービックキュー部のことを愛しているの知っている。


いちばん古田の加入に胸を膨らませていたのも工藤だった。


工藤は基本的にインテリ小林の5倍以上の時間をかけてルービックキューブを完成させる。


でも真剣にカチャカチャやっている。


完成しないことも多々ある。


鈴木はなんだか罪悪感を抱いた。


宮本久美に関しては何もできないが、せめて一年生の勧誘くらいは頑張ってみようかと思った。


「やっぱ納得いかないよな」


「おい、工藤」


「うん?」


「俺、古田をもう一度口説いてみようと思う」


「鈴木」


「なんだよ」


「その言葉を待っていたぜ。放課後、一緒に行こうぜ」


「おお」


キャーーーーー


ギャーーーーー


ちょっと熱い友情ドラマを繰り広げていた2人の耳にとつぜん悲鳴がとびこんできた。


「な、何だ」


「1年の教室があるほうじゃねーか?」


キャーーーーーーー


ギャーーーーーーー

第8話 約束

テーマ:

「こんばんは!」


……


「こんばんは!」


……


「こんばんは!」


来るのは予想していた。というか今夜来るって前回はっきりと宣言していたから。


しかし何故こんな非常識な時間にやってくるのだろう。


深夜3時


ドアが勢いよく開かれ、しかも妙に大きなゴミ袋のようなものを持ってガサゴソしていたので、目は覚めていた。


「寝てるのかな・・・・」


……


「おばんでがす!」


「うるさいよ!」


「あ、良かった目が覚めたようだね。なかなか起きないから足の指をひねるところだったよ」


「危険な起こし方しないでよ。というかドアから入ってきたときすでに目が覚めたよ」


「そうか」


「というか妖精なんでしょ、あなた?」


「そうだよ」


「どうしてドアから入ってくるのさ。すり抜けろとは言わないけど窓から入ってくればいいじゃん」


「それはあれさ。方位とかあるじゃないか」


「方位?」


「なんというか鬼門とか、そのあれだ。このドアから入ってくるのが妖精としては正しいんだよ」


「もういいよ」


「何がだ?」


「もういいよ、父さん」


「な・・・・」


前回は寝ボケていて脳がうまく働いてなかったが、妖精なんているはずがない。これは全身タイツに特注のルービックキューブ型の被りモノを被ってる父さんだ。他の選択肢がない


「待て。声が全然違うだろ」


「ヘリウムじゃん」


「……」


「もういいよ。なんでこんな馬鹿なマネするのさ。お金だってかかってるし、睡眠時間だって削ってるし」


「母さんよ」


「嘘つけ!」


「なんだか最後の悪あがきのようでカッコ悪かったな。自分でもそう思う」


「そうだね」


「でもこれだけは分かって欲しい。お前の将来の為を思ってしたんだ」


「父親が全身タイツで妖精だと言い張ることが子供の情操教育に良いって本を読んだんだね」


「皮肉屋だな。もっと真っ直ぐ育って欲しい」


「この父親から真っ直ぐ育つってのは奇跡だと思うよ」


「じゃ、殺人犯にはならないで欲しい」


「ならないよ。ぐっとハードル下げてきたね」


「じゃ、東京大学に入学して欲しい」


「そういうのいいからその被り物とって話してよ。ヘリウムの声だけでも不愉快だし」


「俺はお前にルービックキューブをやめて欲しくないんだ」


「……」


「お前は世界で10本の指に入るルービックキューブの使い手なんだぞ」


「ま、たしかに僕より早く完成させる人って会ったことないけど」


「つまりお前の10本の指は世界で100本の指に入るってことだ」


「なんかその計算はいらないよ。分かりにくいし」


「素直な気持ちを言うと、メジャーリーグに入って親孝行して欲しい。ガッポリ稼いで欲しい」


「ストレートだなぁ」


「年間契約のVIPルームでお前の試合を観戦したい。高級シャンパンを飲みながら」


「ないからね」


「あ?」


「ルービックキューブのメジャーリーグって無いからね」


「そんなわけないだろう」


「物心ついたときからずっとルービックキューブをやらされてきたけど、オリンピックの競技種目にもなかったからね」


「ちょっと待て。なんか混乱してるから今夜はやめよう」


「混乱することでもないよ」


「情報が錯綜してるからしばらく日数をおこう」


「錯綜してないし。事実をありのままに言ってるだけだし」


明らかに動揺している父。へリウムガスの効果が消えたのか普通の声になっていた。


「じゃ、おやすみ。早く寝ろよ!」


「よくこの状況でそのフレーズ使えるね」


嗚呼、今夜も眠りを妨げられてしまった。


苛立ちがつのる。


しかし僕には部下がいる。


そう考えると心がウキウキした。

15人の不良と15匹のドーベルマン。


チーム名を何にしようか。


そう考えながら眠りについた。


明日は学校で何かアクションを起こそう。

第7話 破壊

テーマ:

ワンワンワンッ


唯一鎖につながれていないドーベルマンの一匹がこちらに駆けてきた。


くっ、たしかに犬と喧嘩しようと思ってはいたが、これは想像していたのと違う。


マルチーズ


そう僕が喧嘩したいのはマルチーズだ。


チェンジって言ったら交代してくれるのかな。


ワンワンワンッ


そんな馬鹿なことを考えている隙に牙を剥きだした凶暴なドーベルマンが僕のわずか1メートル先に迫っている。


「お座り!」


僕はとっさに叫んだ。


無駄だと分かっていたがとにかく叫んだ


「お座り!」


スタッ。


意外にもあっさりお座りするドーベルマン。


15人の不良達と残り14匹のドーベルマンがざわついた。


ざわざわ


ざわざわ


「し、信じられない」


「絶対に人になつかないあいつが」


「トップブリーダーでも裸足で逃げ出すあいつを」


「15匹のドーベルマンの中でも特別なボス的存在なのに」


「てゆーか俺達のボスでもあるし」


「ボスがやられた」


「ボスが手玉にとられた」


なんだか明らかに戦意を喪失してる不良グループとドーベルマン共。


僕はここでダメ押しとばかり大声で叫んだ。


「負け犬が!!」


「犬畜生が!!」


「ヘッ!こんな犬コロがボスだって笑わせるぜ」


「まるでお犬様じゃねーか!」


苦悶の表情を浮かべる不良達。


「お前ら全員揃って徳川綱吉かよ!」


すると突然、不良15人が一斉に反応した。


「違うぞ!」


「あ?」


「俺達は徳川なんとかじゃないぞ!」


「あ、ああ」


「人違いだぞ!」


「たしかに俺達は負けたけど、全然知らない奴に間違われたくないぞ!」


「人違いするな!」


「親にもらった大事な名前があるんだぞ!」


「徳川もいないし、徳永も徳山も徳田もこの中にはいないぞ!」


なんだか険悪というか、よく分からない雰囲気になったので僕は撤収することにした。これほど自分達の苗字に特別なプライドを持ってる若者も珍しい。


「人違いするな!」


「あ、ごめん。僕が知ってる徳川君に顔が似てたから・・・・」


いちおう謝っておいた。


すると不良たちの張り詰めた空気が弛緩した。


僕はその隙にさっとその場を後にすることにした。悠然とした態度を保ちながらかつ早歩きで。


ここで競歩、いわゆるおかま競歩を披露するのがもっとも危険だ。


「おい!待てよ!」


不良グループの輪の中から一番背が低い男が僕を追いかけるようについてきた。


競歩でついてきた。


競歩で逃げる僕。


「なんだよ。もういいだろ」


「よくねーよ」


「謝ったじゃないか」


「似てるって全員がか?」


「あ?」


「その徳川君と俺達15人、全員が似てるってか?」


「いや雰囲気がだよ」


まだ競歩で逃げる僕。


競歩でついてくるチビ。


14人の不良達もなぜか競歩でついてくる。


「腑に落ちないね」


「もういいじゃん、それは」


「ま、いいけど」


「あ、いいんだ。じゃ、また」


「待ってくれよボス」


「うん?」


「ボスを屈服させたからあんたがボスだよ」


なんだかよく分からない展開になってきた。たとえ危険が迫っていたとしても軽々しく犬にお座りさせるのも考えものだ。


「うるさいよ」


「ボス!」


「いいよ、もう行くよ」


「ボス!」


「うるさいなー」


「ボス、待ってくださいよ!」


「お座り!」


驚愕の表情を浮かべる男。しかし数秒の間のあと、そいつはお座りをしてみせた。


「へへへ、ボスの命令は絶対だからな」


「お座り!」


僕は精一杯の大声を張り上げた。


スタッ


スタッ

スタッ

スタッ

スタッ

スタッ

圧巻だった。


15匹の犬と競歩でついてきた残り14人のいかにも悪そうな不良がお座りした。


喧嘩師としての自分の人生になんだか一筋の光が射した気がした。


僕はそのまま競歩で家路についた。

第6話 危険

テーマ:

はたして僕は強いんだろうか?


喧嘩師になるにあたってあきれるほど当然な疑問が浮かんだので周囲がふわふわと無重力状態になった。


無重力パンチ


こういうのは自由に言っていいと思っている。


今まで生きてきて喧嘩らしい喧嘩をしたことがない。


喧嘩らしくない喧嘩はといえばおそらくそっちのほうが難しいのでしたことがない。


僕は生涯いじめっこでもいじめられっこでもなかった。つまりは傍観者というポジションを死守してきたというわけだ。


なんだか性質が悪いと自分でも思う。


傍観者キック


ものすごく卑劣なイメージがする。


思考が退屈から逃避するように跳躍する。空間を錯綜する。


だが空にかかった薄い膜は突き破れない。現実に引き戻される。


ため息


あと数十年間もの時間をこの大気圏の下で過ごさなくてはいけないのだ。


暗記、計算、記入、会話、登校、下校、食事、風呂、掃除、恋愛、失恋、受験、


脳の約1割で表面的にさっと考えただけで憂鬱な気持ちになる。


面接、就職、経費、接待、報告書、先輩、同僚、部下、年金、


そこらへんはよく分からないがさらに面倒なものが待ち構えている予感がする。


喧嘩師。


なんて魅力的な響きだろう。


僕はこの閉塞した社会から脱出したくて、壁を拳で殴り壊したくて、喧嘩師を目指しているのだ。


多分


早く誰かと喧嘩しなくてはならない。


まずは弱そうな相手と。


それでいいのだ。ヒーローの条件を満たす必要などないのだ。


それでいいのだ。


犬か猫。


犬か猫でいい。


トカゲでもいい。


「おいッ!そこのお前!」


己の貧弱さと下劣さを世間に向かって吐露してる間、凶悪な不良グループに僕は囲まれていた。


まるで漫画みたいだ。


驚くべきことに不良たちは全員ドーベルマンを連れている。


一人一匹連れている。


15人と15匹


僕は恐怖に陥った。


万が一この不良チーム名に「狂犬」「クレイジードッグ」などと犬に関する記号が含まれてなかったらどうしよう。


別にどうもしない。


ただ、この状況はどうしよう。

第5話 妖精

テーマ:

目を覚ますと時計の針は深夜2時をさしていた。


うーん。


パーソナリティのテンションがやたら高いことで有名な某ラジオ番組を聴きながら眠りについたのはたしか23時頃だったと思う。まだ3時間しか経ってない。いつもより早く寝たのがマズかったのかもしれない。


入学早々リズムが狂ってしまった。後悔しながら夢の世界へ戻ろうともがいた。


眠れない。


15分ほどがんばったが眠れない。


こんなときはウイスキーをストレートでぐいっとあおって、て。僕はまだ中一だ。いい加減早く寝ないとヤバイ。


バタン!


そんなとき突然、部屋のドアが勢いよく開いた。


「うわ!」


「だ、誰だ!」


「こんばんは!」


僕は自分の目を疑った。父かと一瞬思ったが、目の前に立ってるのはなんというか四角い顔した不気味な、いやいや、なんだコレは。ぼんやりした脳が危機に備えてクリアになる。


「こんばんは!」


なんだこのフレーズは。当たり前のようでこの状況ではもっとも異次元のフレーズに感じる。


「こんばんは!」


「こ、こんばんは」


返事をかえしたからだろうか。不気味な顔が四角い生物はニコッと笑った、ような気がする。


「えーと俺は君が捨てたルービックキューブの精だ。よろしく!というか今回は説教しにきたんだけどな。これだけ長い付き合いなのにいきなりトイレに流されて驚いたよ。とりあえず謝ってくれ」


「は、はい。的確に説明されたんであなたの正体とここに現れた理由は理解できました。ではとりあえず謝ります。ごめんなさい。トレイに流そうとして本当に申しわけありません」


「なかなかやるな」


「何がですか」


「未知の物事に直面したとき迷いなく即座に対応できる柔軟な脳を持ってるってことさ。やはり君はこの星のルービックキューブ界の未来をしょって立つ選ばれた人間なんだよ」


「この星って大袈裟な」


「君は10年に1度開催される銀河系一を決めるルービックキューブ・ギャラクシー大会に出場するために・・・・」


「あ、そういうのいいです」


「なんだと?」


「面倒だし。そっち方面を膨らまされても困るし」


「膨らませるってどういうことだ」


「いや、今、喧嘩師としてやっていくんで、なんというかそっち方面の話はNGというか、無益というか」


「そう?」


「ええ」


「じゃ、帰る」


「父に似てますね」


「うん?顔が四角いの?色もカラフルなの?」


「いや性格が」


「ふーん。じゃ、とにかく帰るよ。あ、やっぱ明日の夜も来る」


「来なくていいですよ」


「いや来るよ」


「うーん」


というわけでこの日は寝坊してしまった。で、遅刻した。担任からはキツメに怒られたけど殴られはしなかった。ま、当然か。

第4話 親子

テーマ:

「健一!お前、何やってんだ!」


「いきなり何だよ、父さん」


「何だよじゃないよ!お前一体どうしたんだ!」


「何がだよ」


「まだとぼけるつもりか!ちゃんと胸に手を当てて思い出してみろ」


「ったくうるさいなぁ。何怒ってんだよ」


「胸に手を当てるんだ!こんなふうに!」


胸に手をあてる父。まるで国歌斉唱のときのロナウジーニョのようだ。


「なんで顔を斜め上にすんだよ!わざとだろ。そういうのムカつくから出て行けよ!」


「お前、ルービックキューブをトイレに流しただろ」


「……」


「何故そんなマネした!当たり前だけどちゃんと流れてなかったぞ」


「ルービックキューブからは足を洗ったんだよ。10年間やってきたけど全然未練なんかないよ」


「お前」


「もっと大事なもの見つけたんだ」


「ま、それについてはとやかくいわん」


「……」


「とにかくトイレに流す発想が許せんのだ。あれは燃えないゴミだろ」


「そっちに怒ってんだね」


「資源ゴミかもしれない」


「ま、どっちかだろうね。ごめんなさい。反省するよ」


「今度から気をつけろよ」


父は部屋から出て行こうとした。なんだかものすごく拍子抜けした。


寝ても覚めてもこの10年間ルービックキューブを延々とやり続けてきた息子を見てきたはずなのに。


突然、この僕がルービックキューブ訣別宣言をしたのだ。もう少しなにか反応してくれてもいいのではないだろうか。


「ち、ちょっと待ってよ父さん」


「なんだ健一。好きなコでもできたか?超出っ歯の」


「違うよ。というか何で僕が超出っ歯を好きにならなきゃいけないんだよ」


「チリビーンズが苦手で困ってるのか?」


基本的に僕くらいの年齢の少年の悩みは「出っ歯の女のコを好きになってしまった」or「チリビーンズが苦手」のどちらかである・・・わけがない。父はこうやって複雑な世の中を強引にシンプルにしないと生きていけないんだ。


「黙ってるとこみるとやはりそうか。給食のときが大変だからなぁ」


「でないよ!チリビーンズはウチの食卓にも給食でも基本的にでないよ!」


「じゃ、悩むことないじゃないか」


「これで親子の会話が成立してるって考えは間違ってるからね」


「ずいぶんな言い方だな。じゃ、その夢ってのは何なんだ?」


「言う気が失せたよ」


「そうか。じゃ、また今度な」


父はとてもあっさりしてる。父はきっと会社ではものすごく仕事ができるか、できないかのどっちかだろう。決して普通じゃないと思う。