一年前の地震当日は金曜日でした
仕事上15時頃まではデスクにいることが多いです、揺れが大きくなるにつれて「これはマズいぞ!」と思い色んな器機が入ってる棚と書類の入ったキャビネットを咄嗟に押さえたことを思い出します。
その後携帯ワンセグで東北各地の映像が流れるのを見て「日本はこれで終わってしまうんじゃないだろうか」と思ったほどショックを受けました。
一年が過ぎて産業界は生産停止などの壁を乗り越えて平常近くに戻っており、また僕たちは普通に食事をして普通に遊びに行き、普通に消費を繰り返しています。
被災地の方々以外の僕たちは。。。
震災当日、大きな揺れが少なくなってきた17時半頃、歩いて自宅まで帰ろうとコートを羽織り職場を出る瞬間に会社の内線が鳴り待機命令がでました。
椅子で寝ようとしたためロクな睡眠はできず疲れ果てた夜を過ごしましたが次の朝には一部の電車が動き出し普段の倍以上の時間をかけ通勤ラッシュなんか比にならない混み様の電車に乗り自宅へ帰ることができました。
それ以来、時々思うことがありました
あの時に歩いて家まで帰ったら、どんな気持ちでどんな道を通りどれほどの疲労を味わって帰ることになったのだろう・・・と。
震災から一年を期に昨日実行に移してみました。
本当は金曜日に仕事が終わってそのまま歩こうかとも思っていましたが関東地方の天気は一晩中雨の予想で、実際昨日の昼過ぎまで冷たい雨が降っていたため「こりゃダメだな、またの機会にやってみよう」と思っていました。
昨日昼過ぎに雨が上がりかけた時、「やっぱりやらなきゃ」と思い立ち、いそいそと用意をして14時頃自宅を出発して職場のある大田区久が原に向かいました。

久が原駅に着き歩数計をセットして第一歩目を踏み出したのが既に15時30分頃になっていました。
一時間経って着いたのが旗の台駅、普通に電車に乗れば10分程度で行ける駅です。「まぁ徒歩で来たんだからこんなものかな?」と更に歩きます。
約二時間で場所をチェックするとそこは高輪消防署でした。古くに建造された建物っぽくとても趣のある建造物でした。

この頃から急に陽が暮れ始めて三田あたりでライトアップされた東京タワー(このあとすぐにライトアップは消されてLEDによるKIZUNA NIPPONの文字が表示されたようです)に「ガンバレ」と励まされ浜松町方面に進んでいきます。

約三時間半経った19時に銀座松屋前を通過、この頃にはふくらはぎとできかけの足の裏のマメが相当痛くなってきておりペースは約2割ほどダウンしていました。
ただこの地点でだいぶ家に近づいてきてるな、と安心感も出てきましたよ。

しばらくして日本橋を通過

ハラヘリになってきたのでコンビニで仕入れたおにぎりをほおばりながら気をゆるめたのが間違い!!
ルートを外れてしばらく歩いたため約30分のタイムロス
そのまま修正して家の方向に歩いてもよかったのですが、
どうしても浅草に寄りたかったので方向転換して携帯の示す地図アプリの正規のルートに戻りました。
こんな状態での道の間違いは精神的にかなりダメージを受けましたよ。
浅草の交差点の角にある「神谷バー」です。電気ブランっていうカクテル(?)が生まれたのがここです。

そこから1分も歩けば雷門に到着

そして浅草寺の境内へ

少ない賽銭を箱に投げ入れ
被災地のみなさんの心が一日も早く落ち着くことができますように・・・
とお願いしてきました。
ボランティアに行くことはできないし東北産の物を買って貢献することにも限りがあり、こういう風に気持ちで応援することしかできないんだなぁって
自分の無力さを感じました。
浅草寺をあとにして自宅方向へ歩いていくと完成したばかりの東京スカイツリーが近づいてきます。
復興を祈念してライトアップされていました。

最寄り駅からも見えるこのスカイツリー!ここまで来たら家までもう少し・・・と思ったものの、一番ツライのはここからでした。
両足の裏は痛いしふくらはぎはパンパン、更には次に目標にするような場所もなく暗めの道をひたすら歩くのみ。
目の不自由な人のためのポツポツのタイルあるでしょ?あれを踏む度に足の裏が痛いのなんのって。。。
普通なら家まであと10分ぐらいのところまでは来たんだけど、そこで缶コーヒー片手にしばらくへたり込んでしまいました。
なんとか立ちあがりナンダカンダで家までたどりつきました。

道中、ミクシィやフェイスブックで遊んでくれた皆様、どうもありがとうございました。おかげでくじけて途中から電車に乗ることなく最後まで歩くことができました。
東京23区の一番左下の大田区から一番右上の葛飾区まで約28キロ、歩数にして88500歩、7時間20分かけて完歩しました。
歩き終わって思ったことは
この距離が今の自分の体力で歩ける限界ギリギリであること、実際有事が起こった場合歩いて帰るのは不可能であること(実際は反対側からも同じ境遇の人が大勢きたらこんなに思うルートなんか歩けない)、東京って意外に急な坂道が少なく平坦な場所が多いなぁ(歩きやすいのいいんだけれど東北で起きた津波がきたらすぐに水浸しなんじゃないかな?)ってことです。
大震災から丸一年、その時思っていた事がだんだん心の隅に追いやられてきています。
折しも首都圏では近い将来に大きな地震が来るのではないかと言われています。
今日は3月11日、そんな隅に追いやられた気持ちをもう一度心の真ん中に引き戻して思いなおす日ではないのでしょうか?
ねぇ、みなさん。