自分が一体何をしているのか、分からなくなる瞬間がある。
そんなとき、貴方が傍にいてくれたらどんなに良いだろうって思うけれど、貴方はもう、ここにはいない。
分かっているのに貴方を探してしまうのは、きっと私が今でも、貴方を愛しているからだろう。

何もいらないと言ったら、嘘になる。
満足していると言っても、正しくはない。
幸せでも、不幸せでもない。
私はただ息をして、貴方の面影を探して、今も尚、彷徨っているだけ。
生きながらに死んでいる。
そういうことかもしれない。

そろそろ、貴方のところに行きたいな、と思った。
貴方に、会いたいと思う。
思い残すことがあるとすれば、そう、あの日貴方と食べたお団子を、もう一度食べたいということ。
満月の夜、ふたりで食べたお団子は、何よりもおいしかったね。

同じ満月の下。
同じでない、満月の夜。
私は貴方を想いながら、死んでいくでしょう。
でもそれは、哀しいことではないよ。
私が、望むことよ。
だから心配しないで。
貴方はそこで、待っていて。

月の光は、今夜も明るく私を照らしてくれるだろう。




お題配布元:星を水葬


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僕には、小さな妹がいた。
僕とは父親の違う、歳の離れた妹だ。
母が再婚するまで、僕と母はふたりきりだった。
若くして僕を産んだ母と僕は、まるで姉弟みたいに仲が良かった。
そこに新しい父が来て、妹が出来て。
父と、何か問題があったわけじゃない。
母の関心が妹だけに向かってしまうことが、悔しかったわけでもない。
ただ僕には、3人の笑顔がまぶしすぎただけで。
僕は大学進学を機に、慣れ親しんだ地元を出て、独り新しい生活を始めた。

今でもこんなことが起こるなんて、おかしいと思ってる。
ありえないと思ってるよ。
あっちゃいけないことだって、分かってはいるけれど。
僕には、止められなかった。
僕だけじゃない。
彼女だって。
「里志くん」と彼女が呼んだ。
そして仔猫のように、僕にやさしくじゃれ付いてくる。
「里志くん」
彼女は決して、僕のことを「お兄ちゃん」と呼びはしない。
僕の顔を物欲しそうに覗き込んでくる大きな瞳は、若い頃の母の瞳にそっくりで。
僕は彼女の細い身体を、こちらにぎゅっと引き寄せた。
「初恋は、里志くんだったの。初めて会ったときからあたし、里志くんが大好きなの」
そう言って、突然飛び込んできた、父は違えど実の妹。
10数年のブランクは、僕も彼女も変えてしまった。
幼かったかわいい妹は、知らないうちに、僕の理性を吹き飛ばしてしまうほど、きれいな女性になっていた。
「深雪、どうしたの? 【神さまのいないところ】に行きたいの?」
おでこにキスして呟くと、彼女は小さく頷いた。
僕はわざとらしく「大きくなったね」と言いながら、彼女の身体を抱き上げた。
「じゃ、行こうか。【神さまのいないところ】へ」

もし本当に、そんな場所があるのなら。
僕らはきっと、今ある全てを捨ててでも、その場所を探すだろう。
ずっとふたり一緒にいられるのなら、僕らは神をも裏切れる。
「里志くん」
彼女の震える声をかき消すように、僕は彼女にキスをした。
いつまでも、僕らの時間が続くように、願いながら。



お題配布元:オペラアリス


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どうして貴方があたしを選んでしまったのか、あたしには分かっていた。
あたしが、貴方のような人を望んだから。
貴方のような人が傍にいてくれることを、強く強く望んだから。
だから貴方は振り切れなかったの。
あたしの視線を。
あたしの想いを。
あたしという、醜い女を。

貴方には、かわいらしい奥さんと三人の小さな子ども。
あたしには、冷え切った狭い狭い部屋と、ただ温かさに飢えた空っぽの心。
あたしは、ずっと独りだった。
周りにどんなにたくさんの人がいても、あたしは独りでしかなかった。
それが当たり前なのだと分かっていたのに、それでも諦められなかった。
そんな時、貴方に出会ったの。
小さな街の、古ぼけたオフィス。
まっすぐな瞳があたしを見つめたとき、あたしは貴方を好きになると思った。
貴方もあたしを好きになるって、分かった。
貴方は一瞬で、あたしの空っぽの心を見抜いてしまったから。

けれども、貴方には、守るべき者があった。
学生の頃に結ばれた、大切な人。
それなのに貴方は、幼子のように泣きじゃくるあたしを、後ろから抱きしめてくれたね。
それがとても嬉しくて、もう離れられないと思った。
いくら奥さんがいても、貴方が少しでもあたしを望んでくれるなら、それで良い。
そう思ったのに、あたしはなんて我侭で酷い女。
いつの間にか、貴方を帰したくなくなってしまっていた。

だから言うわ。
今日、奥さんに言うわ。
もう貴方を帰したくないって。
貴方の優しい大きな手も、貴方の素朴な笑顔も、何も返さないって。
悪いのはあたし。
あたしだけ憎んで。
貴方にも、この愛が始まることにも罪はなかったって。

そう、伝えるわ。




お題配布元:オペラアリス


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自分を、殺してしまおうと思った。
誰の役にも立たない、ちっぽけな自分は、この世に存在してはいけないんだって。
でも、誰かが僕に言ったんだ。

「愛する人のために生きなさい」

愛する人?
そんな人、どこにいる?
僕には、愛する人すらいないんだ。
それを知ってて言うのなら、あなたはなんて残酷な人だろう。
愛することだけじゃなく、愛されることすら知らない僕に、これ以上どうやって生きろと言うの。

僕は煌く夜景を見ながら、いつの間にか流れていた涙を拭うと、最初で最後の大いなる一歩を踏み出した。
いつか、人を愛せるように。
いつか、誰かに愛してもらえるように。
いつか、自分を愛せる日のために。




お題配布元:オペラアリス




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変わらない痛み

数年ぶりに、君に出会った。

君は、あたしの知らない彼女を連れて、あたしは、君の知らない彼氏を連れて。

同じ街に住んでいながら、今まで会わないのが不思議だった。

こんな狭い街なのに、あたしたちは手を離したあの日から、ずっとずっとすれ違って、違う世界を生きてきた。

それが今、嘘みたいに一致した。

手の届く距離に、君がいる。

「久しぶり」

たっぷりな時間見つめ合って、やっと君の唇が動いた。

「うん、久しぶり」

やっとのことで、あたしも答えた。

今まで経験したこともない空気が、あたしたちの間を流れる。

君と彼女の間。

あたしと彼氏の間。

そして、君とあたしの間に。

あたしたちは、それ以上言葉を交わすこともなく、でも瞳だけは逸らせずに、ずっと見つめ合っていた。

ふたりの時間が、甦ったみたいだった。

あたしたちが、昔のあたしたちのところに、タイムスリップしたみたいに。

手を繋ぐだけで、頬を染めたあの頃。

やさしく触れた君の唇。

震える指先が触れた乳房も、愛を知った痛みも、全部全部、君があたしにくれた幸せ。

あの頃と何も変わらないんだと、君の瞳が呟いた。

うん、あたしも。

あたしも何も変わらない。

あたしたちは、それぞれに歩き出した。

訝しげな顔をする、パートナーを連れたまま。

あたしたちは、思い出していた。

あの時最後に交わした約束を。

「あの、小さな町のホテルで」

あたしたちは今夜、ふたりで行った小さな町で、新たな旅路につくだろう。

心から愛する人と、永遠に離れないと誓って。




お題配布元:中途半端な言葉

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