「何にも覚えてないから。悪いけど」
「嘘!」
「嘘なんて、今更言っても仕方ねーだろ。覚えてないんだ、本当だよ」

「待ってよ!」
育が叫んだところで、もう届かない。毅は育をおいて、ひとりさっさと改札を抜けて行ってしまった。育は益々、自分が今日何のためにここまで来たのか、分からなくなった。
(ただ、約束を守って欲しかった。それだけなのに)
男の子というのは、あんなに大切な約束を簡単に忘れてしまえるものなのだろうか。育には、理解できなかった。自分が何年も大切にあたためてきた約束を、「覚えていない」なんて一言で、あっさり片付けてしまえる毅のことが。
育には、とても大切な約束だったのだ。考えるだけで眠れなくなるほど、とても大事な。
「あの日、絶対守るって言ってくれたのに」
10年前、育が生まれ育ったこの街を離れなくてはならなくなった日。
どうしても泣き止まなかった育に、幼馴染の毅が約束してくれたのだ。「10年後の今日、デートしてやる」と。「絶対ここまで会いに来い」と。
「だからあたし、会いに来たのに」
涙が止まらなかった。
自分にとって、その約束がどれだけ大きなものだったか。それがどれだけ、育を支えてきてくれたか。毅との約束があったからこそ、育は10年間頑張ってこられた。そのお礼を、毅に言いたかった。
「毅のバカ」

定期を使って、別の改札から表に出た。
そっと、近くのベンチに腰掛けた。ハンカチで顔をしきりに押さえる育の姿が見える。
約束は、覚えていた。忘れられるわけがなかった。今日が近付くたび、毅は自分がどうしたらいいのか、分からなくなった。生まれて初めて、好きな女の子をデートに誘ったのだから。
毅は、素直になれない自分が悔しかった。本当に、はるばる何万キロも離れたところから自分に会いに来てくれた育。幼い頃の約束を、ずっと大切にしてくれた育。
「ごめんな、育」
泣き続ける育の、背中が小さく見えた。

「もしもし」
「もしもし、毅?」
「うん、俺。・・・育、今日はごめんな」
耳元で、声が響いた。
「ううん、もういいんだ。10年も前の約束、覚えてる方がおかしいよね。こっちこそ、ごめん」
小さく、胸が痛んだ。
「今度は10年後、俺が会いに行くから。育のとこに、俺が行くから」
「本当?」
「本当。今度は、絶対だ」




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孤独な奇跡

私は、大切な人を失ってしまった。
ただひとり、私を理解しようとしてくれる人だった。
我侭な私に嫌な顔ひとつせず、接してくれる人だった。
この世でただひとり、私が愛した人だった。
「どうして、死んでしまったの? 私だけ、残していかないで」
幸せな時間も想いも、すべて貴方が持っていってしまった。
ここに残されたのは、貴方のいない貴方の亡骸と、貴方を失った何もない私。
私は本当に、ひとりぼっちになってしまった。
責めたって、貴方は帰ってこない。
泣いたって、貴方は私を抱きしめてはくれない。
私は、孤独だった。
気持ちのやり場も自分の置き場も、どこにもなかった。
生きることさえ、無意味なものになってしまった。
貴方の亡骸にすがって、ただ、生きていた。
腐敗していく貴方と一緒に、私も腐っていけばいいと思った。
一緒に腐って、また貴方に会えればいいと思った。
貴方に、会いたかった。
貴方がいてくれたら、私はそれだけで良かった。
「今までありがと。愛してるよ」
亡骸を抱きしめ、目を閉じた。
貴方がきっと迎えに来てくれる。
そう、信じていた。



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廃墟に吹く風

一緒に廃れていくことが怖くて、村を飛び出した。
小さな、田舎町だった。
地図には地名すら載らない、あるのかないのか分からない、そんな場所だった。
若者たちはみんな、村を捨てて都会に出て行く。
残された老人たちはみな、自分たちを捨てた若者を批難し、そしていつの日か訪れる死を、ただひたすらに待ち続けるのだった。
私は、そんな場所にいたくはなかった。
自分が周りにいる老人のように、何の目的もなく死を待つだけで、行き続けるのが嫌だった。
だけど―――

「鏡子」
呼ばれて振り返ると、夫は苦笑いをして私を見ていた。
「村のこと、考えているの?」
私は、小さく笑った。
「おかしいよね、もう20年も前に捨てた場所なのに、今更気になるなんて」
窓の外には大きなビルが立ち並び、ネオンが瞬いている。
こんな風景を、父は、母は、一度だって見たことがあっただろうか。
この歳になって、そんなことを思ってしまうのは、きっと歳をとった証拠なのだ。
「朝子は、僕たちが村を捨てたのと同じ歳になったね」
隣に並んで、夫が言った。
17のときに一緒に村を捨て、私たちはそのまま夫婦になった。手探りの生活の中、誰に問うことも出来ずに育てた娘も、いつの間にか、そんな年頃になっていた。
「朝子は僕たちを捨てたりしないよ。きっと大丈夫だ」
「うん」
私たちは肩を寄せ合って、久々に一緒に眠った。

そして次の日の朝、私たちが捨てた村がとうとう壊滅したという記事が、新聞の片隅に、とても小さく載っていた。



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