12.インドへの道③灼熱のインドバス、バラナシへ。(インド編/2006.9.18)

12.インドへの道③灼熱のインドバス、バラナシへ。
(インド編/2006.9.18)
迎えにきたBABAさんのバイクに乗り、バラナシ行きのバスが止まるバスストップまで向かった。5分ほどでそこに到着した。ちょうどバラナシ行きのバスが来ていて、このバスに乗れとBABAさんが教えてくれた。
自分がそのバスへいちばん乗りだった。
バスの運転手のところまでいって、バラナシ行きで間違いないか確認すると、その運転席の真後ろの3人席をとった。このバスはガバメントバスということもあり、地元の人が使うバスのようで3人席と2人席が横に並びそれが後ろまで12列くらい並んでいた。
ベンチシートだが、昨日懲りた窓なし雨漏りバスより100倍いい。
出発するまで、バスの中に乗り込んで水やおかしや果物を売り込んでくるインド人たちの攻撃をかわしながら、外を眺めていた。
ここはいろんなところからバスが止まるターミナルらしく、降りたバスからは大きな荷物をもったインド人やネパール人たちがでてきて、リキシャーマンたちが客取り合戦をしていた。半分くらいの人は自分が今来た国境に向かって歩いていった。
バスは定刻の7:30に出発した。窓を全開に開けたら、朝の心地よい風が飛び込んできた。320kmのバスの旅、きょうはいい旅ができそうだな。。。そう思ったが、それもあとで裏切られることになる。。
バスは、国境のスノウリの街を20分ほどで抜けると、あとは村や畑道を交互に進んでいく。
バスはすごいスピードで進んでいく。たとえ2車線あったとしても、向こうから車が来ないとその真ん中をどうどうと爆走する。そして対向からバスや車がくるとお互いクラクションを鳴らす。
傍から見ると「おまえの方ががどけーーっ!
」というチキンレースをしているようだ。やっぱり大きいバスやダンプ、トラックに分があるようだった。
インドのバスはとにかくクラクションがすごかった。街中なんかはずっと鳴らしっぱなしといっていいくらい。ネパールでもクラクションは鳴らしていたが、インドのバスは使い方が特に乱暴だった。
注意を促すということでは日本と比べてもある意味いっしょかもしれないが、ここのクラクションは相手の車や歩いている人をどかすために使われているようだ。
自分がのったそのバスも結局、バラナシに着くまで1日中クラクションをけたたましく鳴らし続けていた。
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走り出してから、2時間がたった。
はじめは自分の乗ったバスを楽しんでいたが、次第に気温が上がってくる
と大変なことになった。
なんせエアコンなんぞはまったくなく、頼りは窓からはいってくる風のみ。それも走っているときはいいが、ターミナルや渋滞なんかでもバスが長く止まったりするとジワジワと汗が噴きだしてくる。。水を少しずつ飲みながら、それに耐えた。![]()
バスの運転手は初めは16時ころにはバラナシに着くよ、と言っていたのだが16時を過ぎてもなかなか着かなかった。
あとで聞いたのだが、それはツーリストバスといった直行バスでの時間のようで、このガバメントバスはあちこち停車するのでとてもそんな時間で着かないことがあとでわかった。ただ、そのときは16時に着くといわれてなかなか着かず、疲れが倍増した。![]()
⇒ちなみに、右側から2台目の青いバスが自分が乗っていたバスです。
バスは「ゴーラクプル」といった大きな街のバスターミナルから、5箇所くらい小さな街のターミナルを経由して、やっとやっと「Varanasi(バラナシ)」のバスターミナルに到着した。もう19時近くになって、日も落ち薄暗くなってきていた。
昨日のバスとあわせて約22時間、さすがにくたくただった。
こんなバスの旅はもう二度とないと思う。大変な旅だった。
(バラナシのバスターミナル。別な日に撮った写真を使っているため、この写真はまだ明るい。)
とにかくシャワーを浴びたかった。![]()
バラナシのバスターミナルからガンガー(ガンジス川)にでるガートの近くまでは、すこしあるらしい。聞いたら「Dashashwamedh Ghat(ダシャアシュワメード・ガート)」というところに安宿が集まっているとのこと。
近寄ってきたオートリキシャーのオヤジに値段交渉してそこにいくことにした。言い値50ルピーを30ルピーに値切った。
メインストリートから向かったみたいだが、道は車でいっぱいですごい渋滞だった。
「いつもこんな混んでるの?」
と聞いたら、
「いつもこんなかんじだが、コンヤはそれに加えてここバラナシで祭りがある。」
「ふーん。。」
と答えてなかなか動かないオートリキシャーから街の中を眺めていた。
結局、そのガートの近くまで30分近くかかった。しかもオートリキシャーは奥まで入れないらしく、途中の交差点で降ろされた。ここからは自分で歩いてむかわないといけなくなった。
いちおう簡単な地図と磁石で方向だけ間違いないように歩いていったが、もう回りは真っ暗で、ところどころまだやっているお店の明かりを頼りに歩いていたがさすがにわかりにくく、どこを歩いているのか分からなくなって何度も迷ってしまった。
また、ホテルの客引きに何度もからまれて、最後は
「ええいっ!うるさいっ!」 ![]()
とどなってしまった。普段どんなしつこい客引きにあってもそんなことは言わないのに、きょうは疲れがピークでちょっとイライラしていたのかもしれない。
バラナシは小道が入り組んでいて、メインストリートからちょっとわき道にはいると、その道の狭さと両脇の建物の高さにすぐいまの場所を見失ってしまう。
20分くらい歩いて探したが、安いいいゲストハウスも見つからず、さすがに疲れてしまい、たまたまあった雑貨やでスプライトを買って飲みながら休んでいたら、学生らしいインド人
が声をかけてきた。
「どこにいくんだ?」
「安いゲストハウスを探している」
「いきたいゲストハウスはあるのか?」
「決まってはいないが、安いところでガンガーが見えるところがいい」
といったら、「付いてこい」という。「ええい、なるようになれっ」、とその青年についていくことにした。ただし、「金は払わないぞ!」と念は押してから。
そのインド青年
は入り組んだ小道をどんどん進み、10分くらいであるゲストハウスに着いた。そこは「Baba Guest House」という韓国人系のゲストハウスだった。入り口に宿代の一覧表が載っていたので見てみたら、そんなに高くない。
その青年
は親切に教えてくれたようだ。。素直にお礼をいったら、「このあとどうするんだ?」と聞いてきた。「来たなー」と思った。バラナシに来たばっかりならこれから案内してくれるという。たぶん、どこかのみやげ屋かなんかを案内してマージンをとるのかも知れない。
期待には添えないよ。
「コンヤはこのまま寝るからいい。」
そう答えると、その青年
は渋々去っていった。
ゲストハウスの入り口を通り、フロントにいた青年に部屋が空いているか訪ねた。いくつか空いているとのことだったので、部屋を見せてくれるよう頼んだ。
このゲストハウスは1階がフロント兼オーナーの住まいがあり、2階より上を貸しているらしい。
部屋はすべてトイレ・シャワー共同でエアコンありなしと窓からガンガーが見れるかで値段が分かれていた。
まず、エアコンがあり、しかも窓からガンガーが見える部屋に案内された。確かにいい部屋だけど、1泊300ルピーもするとのこと。
「もっと安い部屋はないの?」と聞いたら、ファンのみ窓からガンガーは見えない部屋に案内された。エアコンはいらない、ファンで十分だ。しかもガンガーは屋上に出れば見れるということを聞いて、ここに決めることにした。
1泊150ルピー。だけど、言い値では引き下がらない。3泊泊まることを条件に120ルピーまでディスカウントしてもらった。
値段交渉が済むとすぐにチェックインの手続きをして、3泊分360ルピーをキャッシュで支払った。
いつもはこの先がまだ未確定なのに先に金を払うことはほとんどないが、「ほんとに3泊泊まるんですよねーー」と何度も念を押すので全部先に払ってやった。ただ、あとからシラを切られないようにレシートはちゃんと書かせてチェックアウトするときまで取っておいた。
そして、やっとシャワーを浴びることができた。![]()
昨日から2日間汗をかき続けていたので
、最高にキモチよかった。生き返った。![]()
水シャワーだったがそんなのまったく問題ではなかった。
体がさっぱりすると、貯まっていた服を洗濯することにした。宿には洗濯板もちゃんと置いてあってとても重宝した。3日分くらいの洗濯物をせっせと洗っていった。
それを部屋に干してやっと一段落できた。もう22時近くになっていたが、やっぱり街にでてみたくなった。小銭だけもって外にでてみることにした。来た小道を戻って「ダシャアシュワメード・ガート」がある方へ歩いていった。
来るときは、疲れていて、しかもちょっと焦っていたこともあって周りが見えていなかったが、小道とはいえ両脇にはあらゆるお店が並んでいた。雑貨屋、みやげ物屋、揚げ物屋、インターネット屋、おかし屋、そしてチャイハネ(チャイをだしている店)、ありとあらゆる店だ。
店を見るのに集中しすぎて道に迷わないように慎重に歩いていった。
そして、5分くらいですこし大きな通りにでた。
歩いている人に聞いて、東南の方向に少し進むとガンガーがあるガートが見えてきた。暗くてガンガーそのものはよく見えなかったが、とにかくガンガーに来ることができた。あしたゆっくり見に来ようと、あんまり長居はせずに来た道を引き返した。
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そのまま少し道を歩いている「ダシャアシュワメード・ロード」というメインロードに出た。
すると、反対側から台車に大きなスピーカとアンプをつけてインド人が集団で歩いてきた。その台車の前のほうにはヒンドゥーの神様らしきものがくくりつけられ、そのスピーカからはインド人の民族音楽のようなものが大きな音で流れていた。
そしてその後ろにインド人が踊りながら後を付いてきていた。
なにがなんだが意味がさっぱり分からなかったが、「ははぁ。。これがさっき言ってたお祭りだなーー」と気づいて、道の脇によって見てみることにした。
その台車はあとからあとから何台も続いていて、決まってその後ろに踊っているインド人たちが付いてきていた。インド人の女性はいなくてすべて男のみ。踊っているというだけだと言葉足らず、「踊り狂っている
」というほうがその状況を的確にあらわしていると思う。
一人で踊ってるならともかく、男2人でからみあいながら踊っていて、しまいには地面で狂ったように転げまわっているヤツもいた。また、中には男同士で仲良く踊っているかと思ったら、途中何が原因か知らないが急にケンカになって殴りあいをはじめるヤツまでいた。
そして、爆竹もバンバンなっていた。それが日本で売っているようなチンケなものではなく、近くで鳴ろうものなら、耳への衝撃的な爆音と風圧が伝わってくるほど強力なものだった。自分はそれが爆発するたび反応していたが、インド人たちはキャッキャ、キャッキャ飛び跳ねて喜んでいた。
「理解できない。。。
」
いま起こってることの状況ががまったく把握できず、だからこそ見逃さないよう興味深くその不思議な
光景を見つめていた。
しばらく見とれていると、途中であるチャイハネが目に入った。
5歳くらいの少年が店番をしている。興味をもって眺めていたらその少年と目が合った。ここに座れと目配りしている。その誘いにのって、チャイを1杯飲むことにした。
1杯2ルピー。ガラスのグラスに7割りほどチャイを注いでくれた。そのチャイはほどよく甘く、そして生姜がすこし入っていてとても飲みやすくておいしかった。
このチャイで体の心からほっとすることができた。
そして、このチャイハネとその少年は、それから自分がバラナシを出るまでの3日間、自分のひとつの居場所になった。
インドに来た。ガンガーがすぐ近くにある。バラナシに来た。
とうとうインドに来たんだ。。。。![]()
このチャイのおかげで、それをやっと実感することができた。
(長文乱筆で失礼しました。最後までお読みいただきありがとうございます。m(_ _)m)
(参考)
1インドルピー:約2.5円
- 沢木 耕太郎
- 深夜特急〈3〉インド・ネパール
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