10.インドへの道①大雨の格闘、スノウリへ。(ネパール編/2006.9.17-18)

10.インドへの道①大雨の格闘、スノウリへ。
(ネパール編/2006.9.17-18)
再びレイクサイドに戻ってきた。![]()
まっすぐにおととい行った旅行代理店へいき、今夜のスノウリへのバスチケットをもらった。
スノウリからバラナシへのバスチケットはここでは出せないので、スノウリにある「Hotel Plaza」にある旅行代理店でもらってくれという。間違いないですね、と念を押して確認した。
よくこのパターンでインド国境を越えてバラナシにいくときに、スノウリの旅行代理店では「そんな話は聞いていない。新たにチケットを買う必要がある」と二重に払わされるトラブルが多いと聞いていたので、ちょっと慎重になった。![]()
そのあとナラヤンいきつけの食堂で昼飯を食べて、いったんホテルに帰った。もう14時を過ぎていた。このホテルにはポカラに着いた日の1泊しかしていなかったが、ダンプスにトレッキングにいくために自分のバックパックを預かってもらっていた。
チェックアウトしたその日だったら、だいたいどこのホテルやゲストハウスでも預かってくれるが、今回は1泊になってしまった。だけど、快く置いておいてくれた。その親切に対して、ホテルのオーナーに心からお礼をいった。
バスは19:00発、そのバスが出発するバスパルクには1時間前に着けばいいという。そして、ナラヤンもナイトバスでそのままカトマンズに帰るとのこと。17時にこのホテルの前に待ちあわせすることにして、それまでの時間ポカラの街を歩くことにした。
(レイクサイド)
またレイクサイドをぷらぷらと歩いた。やっぱりここはどこかのんびりしていて、気分がいい。途中のフルーツ専門のカフェに寄った。ずっと、飲みたいと思っていたバナナラッシーを頼んだ。70ルピー。
バナナを何個も使っていて味も濃くてとてもおいしかった。疲れが吹き飛んだかんじがした。
ネパール最後の日にポカラの街を楽しんだ。ネパールは人にやさしい国だった。あっという間だったけど、またゆっくり来てみたい。。。そう思った。 ![]()
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再びホテルにもどりバックパックをピックアップしたあと、約束どおり17時にナラヤンと合流した。しばらくそこにいた子どもたちと遊んでいた。子どもたちはネパール語を自分に教えてくれた。30分くらい遊んだあと、バスパルクにはバスで向かった。18時ころバスパルクに到着した。
着いてすぐに雨が降ってきた。
スコールかなーと思っていたら、雷が鳴りすごい大雨になった。
日も落ちるとまわりはいっそう暗くなり景色が一変した。 バスが到着する通りに沿って食堂や雑貨や、果物やが並んでいた。そこでバスが来るまで雨宿りしていた。
その中で一軒の食堂を見つけた。ナラヤンが「モモって食べたことある?」と聞いてきたので、「まだない。」と答えたら、おいしいから食べてみろという。そのお店にはいることにした。
モモは水ギョーザといえばイメージがわかるだろうか。チベット料理のメジャーなメニューのひとつだ。お皿に水ギョーザが7つくらいとスープがシンプルにのっていた。たった、20ルピー、そしてとてもおいしかった。
ただ、また停電になった。お店の電気がすべて消えた。ろうそくをつけての食事になったが、それはそれでとてもおもしろかった。
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外は真っ暗になった。18時半すぎから来たバス
すべてに声をかけて聞いていった。
なんせ、もともと行き先もバスにちゃんとでてないし、そもそも真っ暗で何もわからない。いっしょに待っていたネパリは何を見て自分の乗るバスを見つけているのだろう。不思議だった。
幸い2台目のバスが国境の街、スノウリ行きのバスだった。相変わらず雨がすごかったので車内にすぐ乗り込んだ。そしたら今度は座席のバッティング。
自分と同じ座席番号の人が他にもいたのだ。
だけど、こっちもゆずれない。ここで降りるわけにはもちろんいかない。バスのチケットをチェックしている人にガンガン言って騒いでいたら、その人がその席は相手に譲り、自分には違う席を割り当てて解決した。
自分が席を移ることには納得いかなかったが、とにかく座席に着くことはできた。だけど、今度はバックパックの置き場所の問題が発生。雨がすごい
のでカトマンズからのバスのようにバスの屋根の上に置くわけにもいかない。
まあ、考えても仕方ないや、と自分は窓側に座りそのとなりの席にバックパックを置いた。こういうときはあまり深く考えてもしょうがない。。なんとかなるさ。となりの人がきたら考えよう。。とアバウトに思った。
だけど、このバスの旅はこれからが大変な旅になることに、そのときはまだ気づいていなかった。![]()
そして、ここでナラヤンとはお別れだ。たった3日間だったが、楽しかった。ナラヤンからひとりでは得ることのできないネパールの話をいろいろ聞くことができた。人間的にも正直でいいヤツだった。丁寧にお礼をいってがっちり握手して別れた。
「いつの日かまた会おう」と。。。
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バスは定刻どおり19時に出発した。ずっと雨は降り続いていた。
ここで新たなトラブルに気づいてしまった。通常は2枚で一組になっているバスの窓の1枚がないっ!!
雨はその開いている窓からすごい勢いで入ってくる。その1枚を自分のほうに引っ張ってたぐり寄せてみた。
「ふーー、助かった。。」と思ったら、前の座席のインド人がまたその窓の1枚を引っ張ってしまい、今度はこちらがまた雨ざらし。。。
30分くらいの間、前のインド人と暗黙の格闘をしていたが、いいかげん疲れてやめた。バックパックの中からユニクロで買った500円のレインコートをだして羽織った。
日本中のどこのバスに外が雨だからってバスの中でレインコートを着ることがあるだろうか。。。
だけど、それもほとんど効果がなかった。
「なんとかなんないかな。。。」としばらく考えていたが、ひとついい案が浮かんだ。
「そうだっ!、さっき保留にしていたバックパック!!」
となりに置いてあったバックパックに雨よけようのカバーをはめて、それをそのまま自分の膝に乗せて空いている窓に押し込んだ。ちょうどバックパックの上半分が窓にすっぽりはまり、ちょうどいい雨よけになった。
我ながら名案。
自分がこんな機転がきいたことに、なんかとてもうれしくて、思わずにやける。![]()
途中のバス亭で人が乗ってきて、自分のとなりに座ることになった。この窓のおかげでバックパックの置き場所が解決したのはちょうどよかったが、ただ膝の上にバックパックがずっと乗っかっているので圧迫感がするのはいなめなかった。
だけど、雨に濡れ続けるよりは100倍マシだった。
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「とんだ旅になったな。。。
」
そう思ったが、それにも慣れてしまうと日本ではありえない旅であることには逆にワクワクもしている自分に気づいた。
想定してないことが起きる。そのときはバタバタして大変なことにになるが、結果としてそういう思い出のほうが心に強く残る。だから、旅っておもしろい。![]()
深夜になり、すこし寒くなった。1枚だけもってきている長袖のシャツをだして、レインコートの下に着ることにした。これがいま自分にできるいちばんの厚着だった。
22時を過ぎて疲れていたせいか、ウトウトと眠り込んでしまった。途中、何回か休憩でバスが止まったが、1回トイレのため外にでただけで、あとはバックパックで身動きがとれにくいもあり、ずっとバスの中で寝ていた。
外は真っ暗だったこともあり、どんな景色が広がっているのかまったくわからなかった。![]()
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2時頃、ちかくに座ってた人に起こされた。
「どうしたの?」 と聞くと、ここでバスを乗り換えると言う。バスの乗客が全員降りた。回りを見渡すとどこかの小さなバスパルクのようだった。寝起きでちょっと寝ぼけていたこともあったが、「まあみんな一緒だしなんとかなるか。。。」と隣りに止めてあったバスに疑いもせずそのまま乗り換えた。
「ここで窓なしバスとはおさらばだ。。。
」
だけど、雨はすでに上がっていたのだった。。
悲
少し寝れたこともあり、目がさえてしまった。窓から外を見渡してみる。ほとんど真っ暗なのだが、ところどころ明かりが見える。
村かなにかだろうか。
途中、交差点の真ん中で「パーンっ!
」と、ものすごい音がした。左から来たトラックの左の前輪がパンクしたらしい。住民と思われる人もでてきて、深夜というのにすごい人だかりができた。自分が乗ったバスはそのまま通りすぎたが、みんなであれやこれやと議論をしながらパンクを直しているようだった。
5時半ころ、バスはバイラワのバスパルクに到着した。
えっ?バイラワ?? ![]()
スノウリじゃないの?
(⇒次回に続く)
(長文乱筆で失礼しました。最後までお読みいただきありがとうございます。m(_ _)m)
(参考)
1ルピー:約1.6円
- 沢木 耕太郎
- 深夜特急〈3〉インド・ネパール
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