今から遡ること15年ほど前、【SAEKO】という映画があった。
主人公、私立探偵“冴子”役に常盤貴子。
内容をよく知らないまま、当時のパートナーと一緒に鑑賞した。

普通に驚いた。
もうごくごく普通に。

「はぁ?」だった。
「ぇ?」だった。
「嘘だろ」だった。
「マジで?」だった。(誰か止めて)
「ウソー!ヤダー!マージで!」だった。(もうええやろ)


常盤貴子さんのイメージから連想できないアクション映画で、なぜ常盤貴子なのか、そのキャスティングに「?」。

ずっとずっと「?」のまま、最後まで見てしまった。

ストーリーは殆ど覚えていないが。

こういったアクション映画は通常、主役の顔が見えていなければ不自然に見えてしまうシーンでは「攻撃を避ける」程度の動きしかなく、肝心の攻めの技術において通常の女優さんは劣るため、その殆どをスタントが賄う。

こと、“魅せるための攻撃”は、投げ技が最も派手だが難しく、寝技が最も地味で適さない。
常々思うことだが、格闘の形を作る際、拳を作って腕を伸ばせばそれは「正拳突き」となり(見え)、片脚を上げて伸ばせばそれは蹴りとなる(見える)。
一人でも形を作る練習が出来るのが打撃技である。
したがって上達も早い。
相手がいなければ成り立たない投げ技が最も形になりにくいと言える。

アクションシーンで多用される投げ技のひとつに浮き落としがある。

相手の片腕を両手でつかみ、自分の右足はそのままの位置、左足を大きく後方に引いて、左肩を反時計回りに回し、体を開いて、顔を後方に向け、両手を振り落とす。
この一連の動作を瞬時に行い、顔の向きが投げる前と投げ終わったあとでは180°異なるため、スムーズに行えばそれは“投げ”に見える。
もちろんその際に、プロのアクション俳優が綺麗に弧を描いて宙を舞い、安全かつ完璧な、アクションシーン独特の受け身をとってくれるから成り立つ投げ技である。

したがって実戦向きの投げではなく、浮き落としとは言ったが形が似ているだけで、それは真の浮き落としとは異なる。
なぜこの浮き落としが多用されるのかは、身体の密着がないこと、動作が比較的単純であることが挙げられる。

余談だが、高島礼子さんの「傷だらけの女」にて多用された得意技は、腕がらみに似た原理の関節技であった。
アクションといえばブルース・リーのごとく、スピードのある蹴りとパンチによって成り立つ概念を崩し、あくまでも“相手の動きを封じる”護身術や逮捕術の所作によって、高島礼子さん扮するボディガード役に説得力をもたらした「傷だらけの女」スタッフのセンスが素晴らしい。

では【SAEKO】における常盤貴子扮する冴子は何を以って必殺技としたのか。

それは掌底打ちだった。

掌底とは読んで字の如く、手のひらの底、手首に近い部分を指す。

ここで相手の顔面付近を打撃することで成り立つ技が掌底打ちである。

当時、人を殴打する、というイメージの中に掌底打ちは無い時代だった。
拳で打つか、せいぜい手刀打ちの2種類であり、一般人には掌底打ちの概念がないため、通常は「なぜ手のひらで打つのか」「なぜ拳で打たないのか」と考えるところではあるが、シンプルな動きであるがゆえ、掌底による打撃そのものが珍しく新鮮に感じ、逆に魅力があったように思える。

細く、華奢な冴子が仮に拳で大男を倒しても「映画だからな」で終わってしまう。
手刀打ちはそれに輪をかけて説得力がない。

人は「見たことのないもの」に神秘性を感じる。

そういう点において掌底打ちは最適であった。

動作は至ってシンプル。
正拳突きの拳を開いて手のひらにし、手首を直角に曲げて固定し、いわゆるジャンケンのパーではなく四指を閉じて鼻や顎を打つ。

特筆すべきは冴子のそれはスピードがあった。
正面の敵を掌底打ち、返す刀で振り向きざまに後方の敵を掌底打ち。
徹底した一個の技で倒していくその様子には、研ぎ澄まされた技の感覚があった。

また、右の掌底を打つ際に常に左腕は肘を直角に曲げ、拳を作って後方へ引きながら脇を閉める。
この残心の動作が、より右掌底打ちに“威力”を感じさせた。

メリケンサックなどの武器を使わず、掌底打ちで充分、そんな強さを画面から感じた。
おそらく武器を使用した時点で陳腐で滑稽にみえるアクションになってしまうと思う。
(当時も一部の人は【SAEKO】に対して嘲笑したが。)

常盤貴子さんに短期間でハイキックをマスターさせるのは酷な話。
考えぬかれた掌底打ちの選択は正解だったと思う。

現代においては、見事にハイキックを放つ女優もいる。
武田梨奈さんは別格として、柴咲コウさんがそうではないだろうか。
自分の目で見ていないので言い切れないが。

ストーリーは全く頭から消えてしまった【SAEKO】ではあるが、後出の作品に多大なヒントを与えた陰の立役者的映画といえる。

プロレスラー藤原喜明氏が出演していたことで、より鮮明に記憶に残る【SAEKO】の存在感。

だがしかし、驚きの連続だった【SAEKO】出演を、よく常盤貴子さんが承諾したなと。
それが最も驚いたことである。

この辺りの感覚は、時代やその当時の立場や位置関係を把握して観ていなかった私に要因があるのかも知れない。






            BARAN_KOIZUMI