BAR14Nの憂鬱なラテアート

エスプレッソやラテアート、コーヒーの話


テーマ:
ATAGOから発売されているコーヒー用のTDS計を購入した。
http://www.atago.net/product/?l=ja&f=pop_pal-coffee.html
TDSというのは、総溶解固形分(total dissolved solids)。水に溶けている成分の量のことで、つまり、液体の濃さが分かる。購入したのは、パーセント表示なので、1%だと、水100g中に何らかの成分(例えば、コーヒーの成分)が1g溶けている計算になるのかな。"BREWING CONTROL CHART"というのがあって、SCAAやSCAEといった団体によって若干違いがあるものの、1.3%あたりが理想的と考えられてるようです。

Brewing -- the American Standard:
http://www.mountaincity.com/brewing-1.html

まずは試してみよう!ということで、フレンチプレスで中煎りのコーヒーを淹れて、ショットグラスに計測分を取り分けて計ってみたのだけど、1%に満たない貧弱な結果に。16gのコーヒー豆を使って、抽出には270gのお湯を使ったのだけど、VST社のCoffeeToolsというiPhoneアプリで抽出収量(Extraction Yield)を計算すると16.87%で、抽出不足な結果に。
抽出収量というのは、コーヒーの成分がどれくらい抽出されているかの数値。これは、理想的なのは、18%から22%とされています。なので、18%未満は、抽出不足…。
※抽出収量の計算方法は、浸漬法と透過法で異なります。抽出収量については、またそのうち機会があれば、その時に。



これって本当に正しく計れているのかな?と思って、カタログを見てみると、どうやらフレンチプレスの場合は、オイルがあると安定した数値になりにくいようだ。

PAL-COFFEEのカタログ
http://www.atago.net/japanese/images/jpcatalog/pal-coffee_ja.pdf

あと、どういう風に計測しているのか、実際の動画を探してみると、Matt PergerがVST社のTDS計を使ってる動画があった。Matt Pergerは、World Brewers Cupの2012年チャンピオン。

http://youtu.be/fL7vNbEcsxk

しっかり撹拌しないといけないようだし、サンプルはフィルターを通して注射器でカップに注がれているようだ。そして、アルコールで、TDS計のプリズム面はきれいに拭かれている。

フレンチプレスで抽出したコーヒーは、ペーパーフィルターを通して微粉とオイルを取り除いて計ることにした。
初めにTDSを計ったものとは違うコーヒーだけど、コーヒー豆16gと270gのお湯を使って1.23%という、だいぶ普通の値に。



感覚的に、コーヒーが濃いとか、薄いとかいうのは、分かると思うけど、それが数値となって分かることは、やはり大きいと思う。自分の体調、口内環境によって、コーヒーの印象は変わるだろうから、それに引きずられる部分はあるだろう。自分で味わって濃さを判断している限り、本当に濃いと思っているものが濃いとは限らない。

TDSが測定できたとしても、コーヒーの美味しさが分かるわけじゃない。あくまでコーヒーの濃度を調整するための指標として使った方が良いだろうし、抽出収量も同様に、調整の指標としたほうが良いだろう。濃度を調整するのは、簡単だ。使うコーヒー豆の量を変えれば良い。また、多くの成分を抽出したいのなら、グラインダーの挽き目の目盛りを細かいほうに回してあげると良い。それだけで、数値上は理想的なコーヒーに近づくことができる。

TDSが分かることで、どうすればTDSが上がるか、下がるか、客観的な判断を下せるようになるのは、とても大きいことだと思う。同じコーヒー豆の量を使って、どうすればより多くの成分を抽出できるのか。挽き目を変えるとどうなるか、お湯の温度を変えるとどうなるか、撹拌するとどうなるのか。その客観化は、コーヒーの味わいのコントロールへと、続いて行くものだと思う。
ひとまず、当分はTDSを計り続けようと思うのでした。
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『ことばは味を超える』(瀬戸堅一 編著/海鳴社)という本を読んだ。
例えば、飲んだコーヒーをことばにする時、「おいしかった」「おいしくなかった」というような味覚評価の言葉があって、他にも、「酸っぱかった」とか「苦かった」というような味覚表現が真っ先に思いつくだろう。でも、それでは飲んだコーヒーのことを表現するのには十分ではない気がする。どんな味なのか伝わらない。
味をことばにする時、それってことばにすることに慣れていないと、できないようにも思う。コーヒーを飲んで、ラズベリーみたいな酸を感じるとか、シロップみたいな舌触りだとか、チョコレートの香りだとか、そう言う人ってかなり限られているように思う。ぼくは、美味しいものに出会ったとき、そんな味の表現とか考えることもなく、無条件に「おいしい!」と思ってしまう。その後に、フレーバーがどうこうとか甘さがどうこうとかっていう表現を考えている気がする。

そもそも「考えている」っていうのが違うのかもしれない。コーヒーを飲んで、そのコーヒーに本当に存在している味わいを言わなくちゃ意味がない。存在しているものだったら考えなくても言えるんじゃない?って思われるかもしれないけど、考えないとことばにできない。だって、コーヒーはコーヒーなのだもの。チョコレートにだって、ラズベリーのような酸を感じさせるものはあるだろうし、バナナみたいな印象を持つものもあるだろう。でも、チョコレートはチョコレートなのだし。そういうコーヒーはコーヒーだという前提は前提として置いておいて、感じた味わいを伝えるべく、ぼくは、ことばにする。
感性を総動員して感じた味を人に伝えようとするときには、どのようにするのだろうか。「一緒に食べよう」と、同じ味を共有するのが一番手っ取り早い方法である。味を共有する幸せを感じたいために、家族や恋人たちは同じ食卓を囲むのではないか。
それがかなわないとき、人は味をことばで伝えようとする。おいしかったのか、まずかったのか。どんな味だったのか、どんな雰囲気の店だったのか、ことばを尽くす。尽くすたびに、伝えきれないものかしさも感じるが、それでも、ことばが味を超える一瞬を夢見て、表現にさまざまな工夫を凝らし、ことばを積み上げてゆく。(『ことばは味を超える』P60-61)

時に、表現は味覚以外の感覚から借りる。「きれいな酸」、これは視覚。「香水のような香り」、これは嗅覚か。「なめらかな舌触り」、これは触覚。コーヒーの味わいは香りの比重が高いから、味覚表現だけでは圧倒的に足りない。そして、液体が口内の舌などと触れ合うのだから、触覚とも密接な関係がある。
時に、自分の思い出と絡めて、味を表現することもあるだろう。「なんだか懐かしい味」とか、もしかするとそれは、むかしよく食べた駄菓子の味かもしれない。なんとなく、聞いた人も共感できるような何かが、そこにあったとしたら、そのことばを共有する人同士は、親しい関係にあるんだろうと思う。
そして、時に人に例える。「男臭い味」とか「優しい味わい」とか「生き生きした酸」とか。このあたりは、『ことばは味を超える』の「一の皿 味のことばとことばの味」、「二の皿 味ことばを調理する」、「三の皿 五感で味わう」あたりの章に書かれてある。

コーヒーのカッピング(テイスティング)をしているとき、コーヒーについてのコメントを述べることがあると思う。酸や甘さ、質感、フレーバー。でも、誰もが最初はことばにできない。でも、選択肢があれば、そこから探すことはできる。あるカッピングセミナーを受けたとき、コメントが思いつかなかったという受講者に対して、ことばを引き出そうとし、フルーツを感じたかどうかなどと聞いていたことがあった。そうすると受講者は、フルーツを感じたとか、感じなかったとか答えられた。フルーツを感じたとしたら、どんなフルーツを感じたの?そこから枝分かれして行くんだろう。

著者が、有名な作家の味エッセーに対してこんなことを書いている箇所がある。
中身を読むと意外にも淡白なのである。たしかに、気合いは漲っているが、味のことばは思いのほか端麗薄味である。趣味の問題かもしれないが、たぶんに高級料亭の味に偏っているせいでもある。荒々しい味や、下々の食に対する喜びがない。(『ことばは味を超える』P6)

大作家であっても、こんな言われようなのだ。ぼくたちの表現が拙いとしてもおかしくはない。表現しないと伝わらない。美味しかった!っていう感動を伝えるため(その逆でもいいけど)、一緒に食べたり飲んだりがかなわないなら、言葉にして、伝えなくちゃ。
自分が感じたものなら、自信を持って言葉にしよう。そこには、自分なりの根拠があるはず。逆に感じていないものを言葉にする必要はない。

と、本を読んだのを機会に、日頃ぼくが思ってることも交えて文章を書いたのでした。
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BAR14Nの憂鬱なラテアート-イノカフェカード

12月1日、イノカフェ chapter 2を行い、29名もの方に来て頂きました。ありがとうございます!
今回は、ワイン好きの方や、お茶好きの方にも来て頂けて、不手際はありましたが、楽しい4時間を過ごせました。来て頂いた方も楽しんでもらえたなら、とても嬉しいです。

↓ワインバーですので、キナッセの古賀さんが日曜日の午後にぴったりのワインを選んでくださっていました。
BAR14Nの憂鬱なラテアート-グラスワインリスト

今回は、コスタリカのコーヒーを4種類用意し、3カップ用のケメックスで抽出しました。
ロースター名、農園(マイクロミル)名、抽出に使ったコーヒー豆の量とお湯の量、ぼくが感じたコーヒーの印象を紹介します。

☆カフェ・シュクレ セロアルト
コーヒー豆21g
湯量300ml
コーヒーの印象:レモンの酸、キャラメルの甘さ。

☆横井珈琲 エルサル・デ・サルセロ
コーヒー豆20g
湯量300ml
コーヒーの印象:クランベリー、ブラウンシュガーの甘さ。

☆KOPPI モンテ・コペイ
コーヒー豆20g
湯量300ml
コーヒーの印象:レッドベリー、ほのかにモルトの香り。

☆ホノ・ローステリア プロスペリダ
コーヒー豆21g
湯量300ml
コーヒーの印象:ビターチョコ、フローラル。

BAR14Nの憂鬱なラテアート-コーヒー豆たち

横井珈琲とKOPPIのコスタリカは、あっさりめに2分45秒程度の抽出時間。カフェ・シュクレとホノ・ローステリアは、もうちょっとしっかりめに、3分程度の抽出時間を目安にコーヒーを淹れました。
焙煎度合いは、あくまで目安ですが、KOPPIが浅煎り。横井珈琲が中煎りで、もうちょっと深めよりでシュクレ。ホノがchapter 2では一番の深煎りでした。

飲み比べしたいと思ってくださる方が多かったのですが、一杯分を260ml程度で出していたので、明らかに飲み比べを意識していない量の多さ。友だち同士でシェアして、3人で3種類飲んで頂いたり、というのはありました。飲み比べのご要望にどうやって応えていこうかなというのは、考えようと思います。

何はともあれ、気楽に楽しんでもらえたら良いなと思ってます。
ぼくはイベント開始前、chapter 1の時と同じように緊張していたのですが、イベントが始まってからは、すっかり緊張していたことさえ忘れてしまいました。2台のケメックスを使っての同時抽出なんて、事前に想定して家でやってはみましたが、実際に忙しい中でやってみると、秒数や重量で測りながらの抽出よりも、コーヒーとのリズム重視の抽出になっていました。

BAR14Nの憂鬱なラテアート-カウンターから

音楽についても簡単に…。
4時間分の音楽は、ぼくが選んでキナッセでかけてもらいました。ダブルクォーテーションで括ってあるのはアルバム名です。
Buddy Rich "Roar Of 74"から何曲か。
Minnie Riperton "Her Chess Years"から何曲か。
Buddy Rich And Sweets Edison "Buddy and Sweets"から何曲か。
Dani & Debora Gurgel Quarteto "Um"から何曲か。
ステファン・グラッペリ "It's Only a Paper Moon (Live)"から何曲か。
Cymbals "Missile & Chocolate"
Airdrop "雪の街"
サウンドトラック"High Fidelity"

chapter 2に来てくださったみなさん、美味しいコーヒーを焙煎してくれたロースターのみなさん、応援してくれた方々、本当にありがとうございます。
イノカフェ chapter 3は春の香りがする頃を予定しています。
次回もお会いできるのを楽しみにしてます!
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2013年4月にChapter 1 をやってから7ヶ月くらい経ちました。
次はいつやろうかなーと考えていたのですが、12月にChapter 2を開催します。
ぼくがコーヒーを抽出し、来て頂いた方にコーヒーを楽しんでもらえたら良いなーというイベントです。

イノカフェ Chapter 2.
日時:2013年12月1日 13時から17時まで
場所:キナッセ (東京都渋谷区幡ヶ谷1-3-1 幡ヶ谷ゴールデンセンターB1)
コーヒー代:500円


キナッセの場所は、食べログを見てもらえると分かるかな、と思います。
http://tabelog.com/tokyo/A1318/A131807/13092174/

今回は、コスタリカのコーヒーを4種類くらい用意しようと思っています。
抽出器具は、ケメックスの3カップ用。
メニューは、ホットのブラックコーヒーのみです。
コーヒーの提供は紙コップのみになりますが、テイクアウトは考えていないので紙コップのリッド(蓋)は用意していません。
ご自分のマグカップやタンブラーを持って来て頂くことは構いません!そのカップにコーヒー注ぎますね。
今回も、コーヒースタンドみたいな感じでやっていきます。

$BAR14Nの憂鬱なラテアート

ケメックスは、ぼくがハンドドリップを始めるきっかけになった抽出器具です。
インテリジェンシアの動画を見て、かっこいい!と思い、それまで電気使うコーヒーメーカーだったのをやめて、ケメックスで淹れるようになりました。
動画へのリンクをはっておきます。
Intelligentsia Chemex Brewing Guide
http://vimeo.com/6161817

そして、キナッセも、ぼくがワインを飲むきっかけになったお店です。
もちろんそれまでにもワインを飲んでいたけれども、どういう作り手がワインを作っていてとか、興味を持ち始めたのがキナッセでワインを飲んでから。キナッセでワインを飲む前までは、ぼくの地元、北海道でワインを作ってることさえ知りませんでした。

今回のイノカフェの舞台はワインバーですので、別会計となりますが、ワイン飲んで頂くこともできます。コーヒーとワインと楽しんでもらえたら嬉しいです!
前回と同様、今回も食べ物はないので、ご了承ください。

2013.12.01追記
ぼくからのフードの用意はないのですが、キナッセの古賀さんがサンドイッチを作ってくれます。天気も良いですし、散歩ついでの遅めの昼食にでもいらしてください!
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このブログってコーヒーのブログで、コーヒーのことしか基本的には書かないのだけど、たまには違うことを書いてみようかな。
料理通信のとあるコラムを読んで、色々考えたりしたことがあるので、頭の中を整理する意味で、ちょっと書いてみようと思う。そして、文章にできる限りまとめてみる。

コラムは、こちら。
『料理通信』2013年9月号「小さなキッチンでつくる、本格スイーツ」 表紙撮影秘話
http://r-tsushin.com/magazine/column_201309.html

「私の姿を見て、『ここまでしなければ一人前のパティシエになれないのか』と思うのでしょう、なかなかスタッフが続かなくて……。この店を辞めた後、パティシエの道をあきらめてしまう子もいます。はたして、私がやっていることは正しいんだろうか、間違っているんじゃないかと思えてしまうのです」

パティシエってすごく体力が必要だってことは前に聞いたことがあって、そして、体力以外の面でも相当大変っていうことも。問題はきっと人それぞれに抱えていて、人によって全然違うんだと思うけど、きっと辛くなって、パティシエをやめたくなることなんて多々あることなんだろうなって想像する。

でも、パティシエになりたい、続けたいという強い気持ちがあって、やめずに続けて行く人は、きっとたくさんいるんだろう。で、そういうパティシエにもきっと憧れの存在がいて、それは今のお店の師匠的存在の人だったり、料理通信のような雑誌に載ってる人だったりするんだろうと思う。

このコラムは、表紙の裏話であって、意図する読み方をぼくはしていないのかもしれないけど、きっとこのコラムを読んだ「一人前でないパティシエ」は、気付くだろう。憧れのあの人(もしくは師匠だったり…)も相当苦しんでるんだな、って。
苦しさを共有することって、どうなのかなと思うけど、何かそういう共有みたいなものをきっかけに、今まで気付かなかったことが急に見えてくるかもしれない。
きれいだなー、手にとりたいって思った表紙。それだけでは、撮影の背後にあった物語を語りはしないのだけど、その物語を背景としたものは、はっきりと目に見える。表紙に魅力を感じたら、きっとその魅力って、背景にあった物語があってこそのものかもしれない。そして、その魅力に気付くのは、プロだからってわけじゃない。

ちょっと表紙を見てみて!
http://r-tsushin.com/magazine/2013/09/
もうちょっと大きいほうが良いかもしれない。雑誌を手にとってみて!

私はこの時、「小さいことの尊さ」を必死に語っていました。
小さいから見えてくるものがある。
小さいから極められる質がある。
しかし、石井さんから返ってきた答えは、「小さくていいとはこれっぽちも思っていない」「今のサイズに全然満足していない」というものでした。
あぁ、石井さんって、そういうメンタリティで仕事してたんだ……。
これは説得できないかもしれない……。
近藤さん、小倉さん、ごめん。せっかく一緒に来てもらったけど、無理かも。


こういう引用した部分は表紙だけでは分からない。記事にするとしても、マイナスのメンタルの部分って取り上げにくいものだと思う。でも、良いことばかりじゃないんだって知ることって大切だよね。良いところだけだったら、人によっては憧れるばかりになってしまう。悪いところも知ることができると、「誰か」に憧れている人たちは、実はその「誰か」も自分たちと同じ問題に直面してるってことに気付くかもしれない。
誌面って限られたものだし、雑誌側が伝えたいメッセージもある。表に出て来ない(例えば、取材する側、される側の)想い、ドラマは当然のようにあるだろう。でも、そういうものがあることを、このコラムを読んだ人たちは知ってしまったよね。物語はきっと、表紙だけじゃなくて、誌面全てに隠されている。
もしかすると、雑誌を読んで、このお店に行きたいなって思うのは、何か物語が隠れているせいかもしれない。

あるよね、また来たいなってお店。雑誌に載ることのないお店でも。それって何か隠されている物語の存在があって、思うことなのかも。売ってる(例えば)小さいお菓子ひとつひとつに、きっと物語はあるんじゃないかな。お菓子だったら食べられるよね。物語なんて気付かなくても、美味しいかどうかはわかる(笑)でもその美味しさの裏には、隠れている物語があるのかも。
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