神戸加納町「BAR志賀」と昼の顔(中毒性日記Blog版)

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大袈裟だけど、僕は驚愕した話。

 

過日、ゴルフメーカーCallaway好きの石本さんから、キャロウェイゴルフの副社長がビリヤードが上手かったという話を聞いて、その名がヘルムステッターだと知った時、身震いするくらいの驚きと感動を覚えた。

 

 

僕が本格的にビリヤードを始めたのは19歳で、最初に買ったキューがISHIGAKI(画像上)という今は無き日本メーカーのもの。学生バイトの僕には高価な6万円で手に入れた。その後、ちょっと上手くなって10万以上のキューをそろそろ使いなさいと関西トップアマに諭され、そこで出会ったのがADAM Helmstetterモデル(画像下)だった。

 

25歳、A級に手が届きそうな頃、当時9ボールチャンピオンだったマイク・シーゲルが使用するJoss(画像中)に浮気してからは忘れていた過去だ。何せADAMの5倍以上した代物である。ゴージャス過ぎて片時も手離せなかった。

 

 

ADAM Helmstetterはどちらかというと直線的で打感は硬く、

接地面であるキュー先(タップ)に厚く吸い付くというよりは、インパクトを重視する僕に合っていた。ゴルフで言えばパターやショットに、フォロースルーを大きく取らないタチなので、まだ若かった僕からすれば玉撞きの「入れ」に関しては、ADAM Helmstetterの方が入っていたのかも知れない。

 

つまりゴルフにも多分に影響と恩恵を受けている。

 

今更ながらありがとう、ヘルムステッター様である。

 

 

以下、Wikipediaより引用

 

↓↓↓↓↓

 

リチャード ヘルムステッター

Richard C. Helmstetter

 

キャロウェイゴルフ副社長 1942年生まれ 出生地 ウィスコンシン州マディソン 学歴ウィスコンシン州立大学卒

 

大学時代はビリヤードの選手として活躍し、全米学生選手権で準優勝。在学中にキューを作る会社を起業。1968年日本メーカーのデザイン模倣に抗議するため来日するが、粗末な機械で見事な製品を作る職人技に感心したことから、経営に加わる。’69年同メーカーが倒産したため、浦和市(現・さいたま市)で自ら新メーカーのアダムを起こし、世界シェア6割の会社に育て上げる。’85年休暇で帰国した際に知り合ったゴルフクラブメーカー最大手のキャロウェイゴルフ創業者に請われ、’86年アダムを創業時からの従業員に無償で譲渡してキャロウェイに移る。一時は社長も務め、’93年副社長に就任。この間、ゴルフクラブの開発責任者として、既成の形、材質、製法にこだわらない新しい商品を次々に開発。1万本でヒットとされる業界で150万本を売り上げた「オデッセイ2ボールパター」などのヒット作を生み出し、“ゴルフ界のエジソン”の異名を取った。日本での経験を生かし、日本向け商品も開発。著書に「ゴルフの楽しみ方」がある。

 

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20日。まずは、同期のジャーナリストに電話で話したあと送った文面。(名前を「あの人」に変えて)

 

………

 

さっきはありがとう。
 

「あの人」って、カッコ悪いところや辛いとこ
そういう部分は見せない人やったもんねぇ。
27年前、大阪に住んでる頃から仲良くしてもらってて
互いの家にも行き来したりしてたくらいだったけど
本当の心の中は理解できていなかった。

 

「あの人」からもらったスーツやシャツは
もうすっかりトレンドを過ぎたけど
捨てられずにずっと持ってるのはやっぱり
今も憧れの人だったんだな。亡くして余計にそう思うよ。

 

震災の年に店を始めるときも、
看板がなくカードキーで入る店を「それ、おもろいやん」
って言ってくれたのは「あの人」ぐらいだった。
件の震災でぐちゃぐちゃだったマチだったから
みんなそのやり方は反対したもんね。

 

「カードキーのナンバー選んでええか?」

って言って、まだ始めたてで一桁だってあるのに
わざわざ「217」という番号のキーを手に取った。
聞けば「合わせて、ゼロになるやろ」と笑ってた。

 

あとで、電話番号も泊まったりするホテルの部屋までも
できる限りそういう数字にこだわってると教えてくれた。
あれだけ何でも手にしてきた人に見えたけど
たいそう深く、慎重な人なんだなと思った。

 

……

 

そう。「あの人」が逝った。
ちょうど1年くらい前から今回の話は聞いてもいた。
2019年日本開催のために、もっとも前に出て欲しい人だった。

 

僕なんかより近しい人はたくさんあるだろうし

こんな風に知ったふりして書くのはどうかなと思ったけど

僕の知る「あの人」の思い出を刻んでおきたい。

 

 

「あの人」がまだ現役を退いて間もない頃だ。

僕の家にあったベンチプレスに寝転んで

「お前、こんな重いのんでやってんのかっ」と

ちゃんと上がらず悲鳴を上げていたのに驚いた。

後にも先にも、僕が勝ったと思えたのはそのときだけだった。

 

ある日、赤ワインのボトルを無造作に持ち店にやって来た。

どうやら直前まで、所謂タニマチみたいな人と飲んでて

帰りに渡された代物らしい。1986年のロマネコンティ。

そのヴィンテージは豊作とは言えないかも知れないが、

気軽に口にするものではないことは周知の事実。
 

「持って帰ってもしゃーないし、ここで飲もうや」と、気がつけば二人で空けた。ホテルに勤務していた過去のおかげで数回テイスティングをしているので、なんだか頼りない味に感じてたけど、何せこの相手が持ってきた赤だ。他愛のない話で美味そうに僕は飲み干した。で、「あの人」が言った。

 

「あんまり、旨ないなぁ」

 

彼を知る人ならわかるあの声で、店に高笑いが響いた。
 

 

話し方がよく似ていると言われる。

とは言え、何をどれだけ上手く伝えられるのかわからない。

ただ「あの人」の想いを少しだけ知ってる僕だから
ラグビーの未来を
語り続けることを止めないでいたい。

だから落ち込んでる場合じゃない。

これからを、あの高笑いに重ねて生きたい。

 

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昨日52歳になった。

金曜の店はバタバタしたが、誕生日だと知って来ていた人はこの日のお客さん総数の、…6分の1。少なっ。

これは、僕の店の歴史が詰まってる現象だ。

もちろん「おめでとう」を直接くれた方は本当に嬉しい。しかし、来たお客さんみんなが誕生日を祝ってる雰囲気や「マスターも良かったら一杯」で溢れる店はナンか違う。(金曜も一緒に飲めた方はもちろんいたけれど)

イベントで稼ぐ…

これは綺麗な女性がいたり男前のいる店にお任せした方がいい。


そしてもちろん、メッセージをいただいたことは嬉しい。SNSは本当に至便で、使い方によっては広がりを見せる。ただ人はちゃんと向き合って話さないと何も解らずそんな言葉を交わしたことのない人ほどに時代の利器に対し「上手い」使い方をするから厄介なものだ。

顔の見える関係性というものは、ENTERや送信ボタンとは無縁で、それは会った回数でもなければ、たくさん売上をくれた方でもない。

何を話し、何を交わし、何を心に残したか。

僕の場合、また会いたいと思う人はそういうところにしかないし
それは、イベントではほぼ築き難い関係だった。

つまりは、店に来てくれたら僕のソレが解るはずなのだ。

営業かっ。
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土曜の店からの帰り午前4時。

信号待ちで隣に停車した車はなぜか動いたり止まったり。
運転席を見ると60歳くらいのオヤジがハンドルに前のめり。
何だかフラフラしている感じにも見える。
そして青に変わる前に急発進した。


これはもしかして、酔ってるのか、居眠りか、
脱法ハーブか薬物か、それとも急病なのか…嫌な予感。

案の定、次の交差点ではナンと信号無視をする。
僕はその交差点に停車、先の信号赤で止まるその車を確認した。

これは何とかしないとっ!
お節介な正義感が顔を出す。
とにかくまた次の信号で追いついて声を掛けよう。

走り出す。まだ遠くの車。

すると突然、先の車が数人の警察官に止められた。
よしっ、信号無視をちゃんと見てたんだ。
日本の警察やるじゃんっ。

僕はいよいよその車に追いつくタイミングで
パッシングを何度かしながら窓を開け
「その車、運転手さんちょっと危ない状況かも…」
と言い切るまでに、前の車はなぜか無罪放免
「ハイハイ、わかったわかった。左に寄せてくれるかなぁ」
と馴れ馴れしく、僕が彼らの対象だったと気づかされる。


一応経緯を話したけど、それはアナタのやることじゃない
なぜ110番しなかったの?追いかけてどうするつもり?
アナタにその権利はないですねぇ…
などと数人の警官に諭される始末。うぅっ、腹立たしい。

あの車が、どこかで悲惨な事故を起こしてないことを願うが
あぁキツいスピード違反切符。国家権力のバカーっ!

皆さん、来週店にどどッと来てください。慰めてよ。マジで。

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10月も中頃になると寒い夜である。店で現役ラグビー選手と熱い話をすれば、もう気持ちは寒さなど忘れるトーンになる。今はブームだが、それが文化になって各処で語られるストーリーになって、痛いこと、身体を張ることを厭わないラグビーというものが広がればいい。今の社会に必要だと思う。

あるお客さんと話していると「志賀さんは、ほぼカートに乗りませんよね」と言われる。誰も、僕がヘルメットかぶりジムカーナやスラローム競技に出ていることを想像しないだろう。そう、ゴルフの話である。谷や池越えの長い橋を渡らないといけないとか、高低差のある山岳コースだとかで仕方なくカートに乗ることはあるが、大抵僕は乗らない。元々、夏に熱痙攣の経験もあるし、ラグビーの後遺症で右膝や足首の靭帯もやっている。職業病下肢静脈瘤の傾向もあって、ある程度動かしておきたい。そんな理由だ。

そしてもう一つは、自分がどれだけ走れるか、
その姿は情けなくないかなど確認するためでもある。

年をとればとるほど、男は足が細くなる。上半身はなんとなく鍛えやすいが、下半身はみんなやらない。そうなると、いくら昔スポーツをやっていたとは言っても、大腿部(つまりモモ)は弱くなる。体で最も大きな筋肉なのに大腿四頭筋を鍛えない。必然的に足は上がりにくくなる。意外に語られないが、腿を上げるのには腹筋も必要で、ますますやらないトレーニングの部類になる。そして、イメージとは裏腹な格好の悪い走り方になる。断言していい。女性で言うところの「年齢は首に出る」級に、男は走り方に出る。

ラグビーワールドカップのニュースでご覧になった方も多くいらっしゃるだろう。今回の日本代表は「走り方」が美しかったように思う。出来うる限り身体はゴールラインに正対する。無論体幹は必要だが、足を止めないように腿を上げることで、常に前に出ようとする。戦えないチームは、得てしてゴールラインとは違う方向に身体が動く。組織論で言えば、全員がゴールを目指していない、ベクトルが向いていないように映るのだ。

そもそも軽いランニングはしても、全力で走るなんてことはほぼない。大学の頃は100m12秒フラットが最高だったと思う。今は何秒で走れるのか。とは言え、51歳が三宮で走れば頭がおかしくなったと思われる。今更、どこかのクラブチームでラグビーを、なんて気持ちも起こらない。その昔、神戸製鋼の現役と灘浜のグラウンドで練習に参加したことがある。選手が驚いていたくらい動けたが、15分で肉離れの苦い経験がトラウマだ。

僕はみすぼらしい努力も、痛々しい見栄も持ち合わせていない。
しかし小走りでも、格好悪いと言われるのは怖いから少しの抗いはある。
適度に持続できる範囲のトレーニングは続けたい。

全速力は、加納町の店や昼のデザインの仕事で表現しようと決めている。


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