神戸加納町「BAR志賀」と昼の顔(中毒性日記Blog版)

www.bar-shiga.comからの日記 & ここだけ画像公開中!


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水曜、また寒くなった神戸である。店が終わった帰り際、表通りの客待ちタクシーも「静かやなぁ」と嘆く。僕は「そうかな?」と思いながらも「寒いですからね」と返す。客足が遠のくのは、気候や不景気が理由だとは限らない。

 

店の近く僕らの台所大衆中華、皇君菜館の数10m西、山手幹線沿いに建設中のマンションがある。ずっと駐車場だったところだが、それなりにコストをかけた面構えの住居である。僕の店にとってのメリットなど特にないのだが、景観を損なわないものが街並みを作るならそれも悪くはない。

 

あるタクシーのオヤジが「志賀さん、アソコにイタリアンレストランができるみたいやで」と得意げに言ってきた。自宅のマンションにもいるのだが、いち早く情報を言いたがるタチの人なのだろう。それも、リッツカールトンに入ってる店だと言う。確かにタワーマンションには低層階に飲食店や専門店が入ることもある。しかしながらここは加納町、規模が違う。

 

「あそこにですか?どれくらいのスペースなんでしょうね?」僕はまるで信用できないまま聞き返すと「せいぜい2〜30人くらいやろなぁ でも有名人、芸能人が一杯来るでぇ〜」と、タクシーとしては美味しい竣工を今か今かと待ちわびるオヤジであった。気になったので完成に近いエントランスを見に行く。

 

「Splendido KOBE KITANO」

 

入り口の低い場所にそうある。確かにイタリア語だが、照明の点いたロビーはどう見てもマンションそのものである。スプレンディード…リッツカールトンにあるレストランと同じではあるが、これはやはりマンション名でしかない。路上で客待ちするオヤジに報告。「あれはマンションの名前ですね 誰が、あそこにイタリアンレストランができるって言ってたんですか?」と聞くと、スマホで自分で調べたらその店が出たそうだ。それを鵜呑みにしたんだな。「でっ…でも、店の名前使ってもええんやろか?」と矛先を変え聞いてくるが、商標も取れないであろう形容詞など問題はない。「ワンダフル加納町」みたいなものだ。おそらくオヤジは喜んで多方面に話したはずだが、間違った情報はすべて自分に返ってくるから気をつけた方がいい…とは言わずに、また何かわかったら教えてくれと僕は帰路に就いた。

 

こうして噂は断定的に広がるものだ。そう言えば僕の店もSMバーだと言われたり、僕がゲイであるとか聞いた過去がある。僕はゴリゴリの女性好きだし(わざわざ言うことでもないが)、まぁサディスティックに振る舞うことも多いがSMバーではない。

 

噂や思い込みとはいい加減なものである。イタリアンで思い出したが、数年前「志賀さん、イタリアンレストランも経営してるんですか?」と聞かれた。シーガ・シーガ(Si! gassiga)という名の店のことだった。僕はそこまで器用ではない。

 

良くも悪くも噂になるのは良し。

 

加納町 志賀は

 

カラオケ導入して第三土曜日カラオケナイト開催中…

水槽にクラゲを泳がせている店に変わった…

独りで行ったら、女性も男性も志賀にチョメチョメされる…

 

と噂しなさい。

 

 

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火曜日。寒波が来そうな週末らしい。
 
松山英樹プロがまた勝った。
貫禄すら感じさせる24歳は、勝つべくして勝った。
そう言えば、丸山茂樹氏があるインタビューで話してた。
 
「僕らの時代はまずパーシモン(柿の木)のドライバーで、後にメタルウッド全盛、チタン素材ができて、今の460cc最大容量のクラブになった。都度、打ち方やスイングを変えて今があるんだけど、最近の若い選手は生まれた時から最新を使うから、回り道しなくていい。だから爆発力のある選手が増えた」
 
それに加えて言えば、おそらく彼らは
しごかれてそんな選手になったんじゃない。
 
ラグビーボールは以前「皮」でできていて、下級生の仕事は練習までにピカピカにボールを磨くことだった(現在のボールは合成皮革で手入れは簡単)。併せて先輩による「しごき」があったり、今では誰もやらないうさぎ跳びをさせられたり、水も飲めない練習時間を過ごしたものだ。確かに今や笑い話にできるし、それは料理人の修行・下積みにも似ていて、そうした過程が忍耐強さやその後の「あの時の辛さに比べたら」と頑張れた日々も尊いものとなった。よく平尾さんが言ってた「理不尽」というものに打ち勝つことも大切だとは思う。しかしできるならそういうものは飛び越えて、やらされるよりもやりたいと思える環境こそが、平成のスポーツを支えている現状がある。
 
そうした理不尽や不条理に耐えたり先輩の背中を見て覚えたという時代と、ある程度のステージ(良い道具や環境)に年功序列はあるにせよ、立つことのできる現代の若者とは確実に違うものだと思った方がいい。彼らと同じ目線を持つことで共有し、教えてあげることも、少々面倒でも必要になってくる。実際のところ若い世代はそつなくこなす。ただし、教えてないことへの反応はすこぶる潔く「教えてもらってないことはできません」「やることはやっている」と胸を張り訴えてくる。無論、そういう若者ばかりじゃないが、いたるところでそんな若者に会うことが多い。つまりは「やる気」はあまり感じられないケースだ。
 
飲食店やコンビニで、就業時間中に見かける私語にもそれは感じられるし、レジや接客はちゃんとしてますよと言わんばかりに自信満々だ。20代そこそこの若い子と行動すると、それはそれはよく気の利く子は多いがどこか冷めている印象もある。イレギュラーに無関心と言うか、テリトリーのガードが固いと言うべきか。テクニカルにやり過ごす術も知っている。ただ、もてなしの本質はマニュアルとは違い、目の前の人間にどう対処すべきか、していいことといけないことの分別ができているかにあるので、その部分には対応できない人も多いのだ。所謂、決め事にはない「アドリブ」というものはあまり無い。
 
そんな中、若者の中にはグローバルに通用する人がいる。スポーツは解りやすく、松山英樹、テニス錦織圭、先のオリンピックに表れたメダルの数々に見る若い世代のアスリートの台頭は目を見張るばかりだ。つまりはその能力の引出し(多方面から得る知識)は昔よりも多く、問題はコーチングによるその引出し方(導き)と、自ら「やりたい」と思ってその競技に関わったプロセスこそが重要なんだと思う。
 
いずれにしても、生まれた時からコンビニやファーストフード、そしてパソコンのある世代に、こちらの理屈や過去の体験だけで物申すことは危険だ。確かに僕らはやらされた。それは誇れる部分もあるけれど、無駄な遠回りもあったのかも知れない。
 
だから切実に思う。
 
つまりもし僕が現代に生まれ落ちたなら、
もっとゴルフが上手くなっているに違いない。
 
 
 
 
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10月21日の夜、大阪放送局の担当から電話があって、
なぜかラグビー日本協会の関係者から僕を紹介されたと言う。
僕が知ってる何かを話すなんておこがましくて、
もっと適任がいると思い、僕の知る限りの方々を紹介したのだが、
すぐに神戸局のディレクターが店に行ってもいいかと連絡があった。

 

どうせいわゆる興味本位のネタ探しだと思い
やはり僕に話すことなど何もないと答えたけれど
彼は3時間ほど店にいて、僕が接客中も待ちながら
いろいろ質問を投げかけたり「平尾誠二」を知ろうとした。
僕の書いたブログやSNSをチェックしたらしいのだが
それでも僕は全てを話すつもりもなく、その日はお帰りを願った。

 

二日後、彼から電話が入り、僕が教えた
平尾さんが最も心を開いて付き合っていたバーの店主、
その店に行った帰りだそうでまた僕の店に寄りたいとやってきた。
今度は一緒に酒を飲んだ。

 

熱意とか真剣な眼差しとか、簡単にほだされる僕でもないが
僕もそれなりに人を見る目は持っているつもりだ。
まだ若いディレクターの知らないラグビー、そして平尾誠二という人を
彼ならカタチにしてくれるのではないか、そう思うようになってからは
3日まで毎日電話をかけてきた彼を信じることにした。

 

4日19時半から20時。まずは関西地区で放送が決まった。
30分番組で制限はあるだろうが、観られる人はどうかご覧いただきたい。

僕は翌日土曜午前10時55分からの再放送を観る予定です。

http://www4.nhk.or.jp/P2852/x/2016-11-04/21/43376/8207805/

 

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火曜日。今年は相当枝豆の出来がよくて、仲良くしている塩屋の住民におすそ分け。そのまま自宅で仕事をするよりどうせならと、いつもより早くマチに出る。南京町を抜け、葉巻を仕入れに杉本酒店を覗き、少し社長と話す。

 

「平尾さん、モンテクリストNo.2を買いに来てくれてました」E・ヘミングウェイが好んだ葉巻だと教えてくれたのは平尾さんだったが、こんな場所であの人の足跡をなぞることになった。神戸のマチの其処此処に、あの人の記憶が染みついている。

 

少し雨が降り出した。スターバックスでPCを開いて仕事を始める。近頃はMacのディスプレイを開けることが少し恥ずかしくもある。それはまるで、偶然通ったポケモンスポットでスマホを見てしまった時の後悔にも似て、最近のMacユーザーへの移行動機「カフェでMac触ってるって、ナンかカッコイイじゃないですか」という風潮に、僕は30年ほど前からやってるぞ(無論ラップトップが出てからだけど)SNSか音楽しか聞かないお前らと一緒にすんなと、マイノリティを気取りたくなる。

 

思えば昔から、いつも対極に居心地を求めていた。願望じゃない。大多数を見るたびに疑いを持ち、皆がいいと思うモノに不安を感じ、無理だとか難しいとかいう言葉は僕の中のWikipediaにないと思ってた。それは「あの人」の影響も多大にある。

 

今もそれは同じで、例えば知り合った早々に「みんな私のことミキティって呼んでるんで」と言われたとしても、相当その人のことを知らない限りはあだ名など呼ぶこともなく、むしろオリジナルでミキプルーン、少しひねってみき竹城などと呼び名をつける方が楽である。それも他の人がまず言わないモノがスペシャルだと思うが、周りにはどうでもいい話だ。

 

そんな性格のせいか、原型を留めた名字の方がシンプルだと思っているし、差し向かいで深く話したことがない人から「志賀チャン」などと言われるのは苦手で、そういうことの裏返しからか、レディシガガと言ったりシガスカオと自らすることで(あとダジャレー男爵)適当で誰にでも使いやすいあだ名で言われないよう壁を作るのかも知れない。

実際のところ、SNSのコメントなどで「志賀チャン、また行くねぇ〜」と入れる人の中には、その人となりをよく解っていない人もあり、不思議なコミュニケーションのその人に、分かる人には分かる、つまりは「この人って誰にもこういうアプローチで仲良しを気取るよね」と、大半にバレてることに気付かない人に多い傾向を垣間見ることがある。これも時代の利器に浮き彫りに現れるキャラクターなのだろう。

 

ただし、「志賀チャン」が心地いい人はもちろんいて、その一人が昨夜前触れもなく突然やって来たのには驚いた。その人は、生田神社の近くのとても判りにくいビルの地下、それも奥にひっそりと、来年で30周年を迎えるMY BARの片山さんだった。

 

平尾さんの神戸の足跡、その最も濃いソクセキが残っている場所と言っていい。27、8年前、MY BARに連れて行ってくれたのは平尾さんだった。その後、最後に辿り着く場所、待ち合わせと言えば片山さんのところになった。震災を機に店を始めるまでそこに通い、自分のやってたラグビーでは雲の上の人「平尾(有名人は呼び捨てにされるもの)」から、平尾さんと素直に呼べる関係性がつくられた店、人だった。

 

同業だから互いの店に行くことはほとんどないが、店を早めに閉めて一人来てくれた。「今日来たのはなぁ志賀チャン、自分の意思で半分、あと半分は『誠チャン』に押されたんやと思うわ」『誠チャン』とは、片山さんが呼ぶ平尾誠二さんのことだ。この突然の訪問はたいそう嬉しくて、先に偶然いた、片山さんを知る濃い仲間のしょう太くんやかれんチャンともいろいろ話したあと、僕たち二人の写真を撮る気遣いを見せ、片山さんを一人残し彼らは帰ったのだった。

 

「志賀チャン、隣に座りぃな」誰もいないカウンターで男同士、並び酌み交わす。「全部言わんでも、僕らは『誠チャン』のこと見てきたやん。ナンか、志賀チャンと一緒に飲みたなってなぁ」片山さんは目から汗が出ると言って何度もハンカチで拭うが、僕が涙を見せそうになったら片山さんはすぐトイレに席を立つ。今夜は僕じゃなく、片山さんが心から泣ける日なんだなと思った。その場所に選んでくれた幸せに泣いた。

 

僕が知るだけでも、平尾さんのことを『誠チャン』と言う人がいるけれど、本人との関係性がどこまで親密なのかはさっぱり判らない。薄っぺらい出会いや、本人を目の前にして、そう言える人が何人いるのかも知らない。

 

ただこれだけは言える。『誠チャン』と呼ばれて、あの眩しいくらいの高笑いで応えていた平尾さんの姿は、片山さんの前でしか見たことがない。そしてそれは、もう見ることのない僕の永遠の記憶に刻まれたものだ。

 

「志賀チャン、遅うまで店開けさしてごめんなぁ これからも、よろしくなぁ ボチボチやろうなぁ」そう言って握手されると、僕がボロボロ出る「汗」を拭う前に、片山さんは出て行った。

 

………

 

「志賀、お前もめちゃくちゃたくさんの人に会うはずや そら、全部覚えられるわけがない でもな、その中でナンでか分からんけど、やたらちゃんと覚えてる人がおるねん それはお前にとって必要な人なんやで」

 

平尾さんの言葉を思い出していた。

 

片山さんには及ばないけど、僕もあの人を忘れない。

 

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台風の状況がきになる日曜日。

お客さんの投稿から画像を拝借。

自宅マンションのすぐ隣の中学では
金曜曇天の中、運動会が行われていた。
そこでは、男子生徒による「ハカ」が
マオリの言葉で忠実に披露されていたそうだ。

元々はニュージーランドマオリ族戦士の踊り・ハカ。
広く知れ渡るようになったのは、NZラグビー
オールブラックスが試合前に披露してからであろう。

その舞いは少し意味合いが違って、
オールブラックスはこの対戦を受け入れ
その戦いを望んでくれたチームに対し
敬意を表する意が込められている。

あの迫力は威嚇のように思われているけれど
それは相手に敬意を表した上で、自らを鼓舞するものだ。
以前、店をラグビー選手の貸切にした夜に
酔いも手伝ってか、元オールブラックスの選手達が先導し
自然と皆がハカを踊り出したのをカウンター越しに見た。
鳥肌を通り越して僕は、震えに近い感動を覚えた。
まぁ店が壊れるかと思ったけど。

そんな南半球種族の舞いが、日本の中学生に広まっている
ちゃんとその意義を伝える先生もいるらしい。
画像にはないが、この中学では高さのある組体操もする。
危険だという理由で棒倒しや騎馬戦までもなくなる一方で
マスゲームに現れる意思統一、組織、団体行動など
日本の伝統を受け継ぎながら意義を伝える学校もまだ存在した。

なんかええよな。

2019年日本開催ラグビーワールドカップに繋がれば尚いい。

 

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