神戸加納町「BAR志賀」と昼の顔(中毒性日記Blog版)

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近頃のトピックと言えば、中国の大窃盗団が捕まってその名も「ピンクパンダ」だという報道にズッコケたくらいの変わらない日常だったのだが、土曜日は嬉しく「少し違う」日になった。

 

 

そもそもは宣伝も営業もしない店。

 

家のような店だから当たり前なんだけど、住所も電話番号も掲載しないことを条件にそれでもぜひにとアプローチがあり、雑誌やテレビに何度か出させていただいたことがある。

 

無論、それで行列などできない。誰もココへはたどり着かないし、取材してくれたメディアの方々のメリットなんてあったのかなと考えてしまうくらい、つまりそれで何かが変わることなどないのだが(それらを見たお客さんが言ってくれるくらいで)、僕には書いて欲しい編集者や、お客さんであるタレントやプロデューサーがいたので安心だったのだ。信頼関係でしか承諾できないし、然るべくアプローチならいつだって受ける。

 

 

そんな中、土曜のまだ早い夜、ある店から電話が入る。

そちらに行きたいというお客さんがいるのだが、紹介しても大丈夫ですか?と恐る恐るの知人からの願いだった。

 

その店は僕の店をヒントにしたという女性が暗証番号で入る酒場を営んでいて、取り組む姿勢は似ているものだからその願いは受け入れることにした。家のような店だから知らない人は少々怖いが、104の番号案内には載っていない僕の店の番号を、その方々にお知らせしてくださいと電話を切った。

 

 

何度も電話がある。店に辿り着くには、土地勘のある人でも判りにくい場所にある弊店だから仕方がない。目印を説明して、やっと来てくれた男性お二人は神戸の人ではなかった。

 

 

「今日実はここで7件目なんです」

 

東京から大阪に出張中だそうで、わざわざ神戸三宮に来た。何と6件目の店で手掛かりがなかったら大阪に戻ろうと思ってたそうだ。毎回大阪への出張時に神戸に足を伸ばし、ココを探し続けていたらしい。なぜ、僕の店をご存知だったのですか?

 

 

その方が、あるファイルを出すとそこには…。

 

 

およそ20年前に雑誌に載った記事と僕の写真。

どこで調べても、地図にない店。20年の時は経過し、僕なら気持ちは薄らぐであろうはずの思いがこの日実ったと涙を見せた。

 

 

嬉しさも勿論ある。しかし何より、見つかるかどうか分からない僕の店の記事を、ずっと持ち続けていてくれたことに驚いた。

 

 

23年目の店ではあるが、いまだ認められた感触が少ない。

しかしながらこの日にその人が言った。

 

「あの記事のイメージ通りの店、人でした」

 

 

店を始めた時と変わっていない。そんないい確認ができた。

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土曜日。来週には記録的寒波が来るらしい。

しかしまだ、穏やかな週末である。

 

3年と少し前、10歳の男の子を連れてきた父親がいた。(2014年8月1日の日記参照 >>>【10歳の紳士と子供な大人】 )その時と同じく、営業時間より前に、10歳になった娘を連れて「加納町志賀デビュー」させたいと言ってきた。息子と同じくして、二分の一成人式である。無論受け入れることにした。

 

土曜、いつもより早くスタンバイする。違うオープニングになぜか普段よりも緊張をしながら親子を待っていた。ほどなくやって来た二人はいつかの息子くんと同様、まさに地に足をつけないまま、おそらくは彼らのお家にあるそのどれよりも高さのある、大きめの椅子のカウンター席に座った。

 

地に足がついていないソワソワ感が、あの日の息子くんと同じかと思えば、女子は子供でも大人でもいつだって堂々としているものだ。最初こそ、暗く誰もいないカウンターに座った不思議に戸惑いを見せたが、すぐに色々興味を持った様子である。

 

「趣味とか楽しいことってあるの?」

 

ここに受け入れている以上子供扱いは違うし、お父さんとのやり取りを観て、僕が思う10歳(ほぼ自分に重ねているんだけど)とは違った振る舞いに敬意を表して聞いてみた。

 

「ハマってるとかそういうのではないけど『お揃いグッズ』っていうのをやってる。お友達とたまたま一緒のものを持ってて、それからじゃあこれもお揃いで持とうかって増えていって…」

 

これは女の子らしいなと思った。よくよく考えてみれば、大人になった女性にもそういう人がいたりする。二分の一成人式は10歳の男の子とは違い、確実に女性の方が成人への上段にいる。

 

気持ちもほぐれたのか、彼女は父に聞いた。

 

「カードキーで入ったけどなぜお父さんはそれを持ってるの?」

 

お父さんは少々説明に困っていたので、僕がその答えを話す。

 

「◯◯ちゃんはお友達と『お揃いグッズ』をやってるでしょ。でも、クラスの女子全員とお揃いじゃないよね?仲のいい友達だから、お揃いが嬉しいはず。だから僕も、みんなにばら撒いて配ってるわけじゃなくて、僕のお家のような店にまた来て欲しいと思えるお友達になった人に、それを渡してるんだよ」

 

女子は理解が早い。あっという間にスペシャルなドリンクを飲み干して、また興味の湧いた奥のソファエリアを覗きに行った。

 

自分の10歳の頃はと考えてみても、今はそんなことは比べようもない時代でもあり、おそらくはこれから先にも現代の子供に驚かされる日々は続くのだろう。ただしマチの酒場に立つ者が、その場に辿り着いた人々と交わし伝えることに時代など関係ない。

 

将来、彼女が断片的に覚えていることと言えば、出入りした暗い大人の空間で少し甘めのジュースを飲んだことと、普段知り得ない自分の親の姿と時間を共有したことくらいだろうけど。

 

ただ、父と子の時間の記憶に少しだけ僕がいれば、

彼女のお揃いグッズの一つになれたようで嬉しい。

 

 

 

 

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本格的に寒くなったかと思えば、日中はそうでもなく、なんだか肩すかしの12月である。そんな師走もあと10日だ。

 

今年の一文字と言えば「難」だったのかも知れない。

夏に店のエアコンがぶっ壊れて、それだけであたふたとしたんだけど、実は12月に入って、業務用冷蔵庫と冷凍庫もダメになった。まぁつまりは、今にも増して働こうと思ったわけである。

 

そんな最悪の事態にも収穫はあった。そもそも「最悪」なんて言えるうちはさほどそうでもなくて、それは例えば人の繋がりに助けられたり、思いもよらないレイアウトに収まったりと、イレギュラーが訪れないと知り得なかった情報に気づくことも多い。それは最悪の事態と言うよりは、改革の自体とも取れる。

 

ルーティンワークと言えば聞こえはいいが、何十年も繰り返されてきたマンネリズムに変化や危機感を持たないようになれば、おそらくその人や場所は、経年劣化で精度を落とす。壊れて本来の性質に立ち返れば、意外にシンプルなリスタートもできる。

 

去年もそうだったが、今年も近しい関係性の知人が逝った。人がこの世にいなくなることを「壊れた」とは言わないが、動かなくなったと捉えれば、それは悲しい事象の反面、残されたものの気づきにも繋がるのだから相当に意味がある。

 

親戚筋にも不幸があって、だからというのも何だが、いつもの年末にお送りする店からのハガキは年が明けてから取り掛かることにした。思いの外、12月は昼夜仕事に奔走しているのもあるが、2018年、平成30年という年がなんとなく「動き出す」一年になる予感がしていて、勝手ながらそうさせていただく。

 

店のハガキを新春に送るのも、23年目にして初。

 

来週に入れ替わる業務用冷蔵庫と共に動き出したい。

 

 

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いよいよ冬到来か。本格的に寒くなりそうである。

日曜月曜と人生初の、二日続けてお通夜に行った。

 

日曜は淡路島にて親戚筋、お祖母さん90歳超えの大往生。

そこで身内の姉妹に、SNS上に写る知人の子供二人が

本当に愛らしくいい表情をしているからと、

その幾つかの動画や画像を見せて互いに笑い合う。

大往生を送り出す宴会は、終始笑いに包まれていた。

 

翌朝、その可愛い子供達の母親が旅立ったと連絡があった。

まだ40代を少し過ぎた年齢、早すぎる死である。

大阪で仕事が終日あったため、一度垂水の自宅に戻り

日曜のまだ片付けていない一式を身に纏い芦屋へと向かう。

 

体調のことはそれとなく知ってはいたが

必ず治ると信じて疑わずにいたから

無理に会いに行くこともなく再会の時を待っていた。

会えなくなってからいつも、会っておけばと気付く。

 

突然知らされた弔問客は皆、悲しみにくれていた。

3年の闘病で覚悟した家族は、子供までも気丈だった。

 

その対比は何とも不可思議ではあったが

悲しみや苦しみは強さに変わり、踏み出す一歩は

これまでのどの足跡よりも強いものだと知らされた。

同じにしてはいけないけれど、神戸の震災時

激震地区をその夜に訪ねた日にも近い、人間の強さを感じた。

 

近頃多くなった別れに、涙腺と心の記憶に刻み込む。

 

君たちの両親はよくデートで来てくれたよ…

 

お母さんは君がお腹にいる時にも店に来て、

お父さんと僕の誕生日を祝ってくれたんだ…

 

君が生まれてすぐに、店の早い時間に連れて来て

君は泣きじゃくって店に響き渡ってたんだよ…

 

君たちのお母さんがくれた手紙があるよ…

 

子供達がいつかまたココに来れば、

お母さんの話をたくさんしてあげようと思う。

 

 

店を続ける理由、またひとつ貰った。

 

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何やろね。嬉しいわな。

 

加納町 志賀です。
知ってる人はよぉ知ってるけど、
知らない人は全く知らない志賀勝みたいなもんです。

 

京都に生まれ育ち、1992年に仕事の都合で神戸に移り住み
95年にあの震災があって、いつか京都でやろうと思ってた

酒場を、その夏8月に加納町で始めた経緯があります。
まぁ「あんな場所」で「あのスタイル」で
続くわけなどないとチラホラ言われたもんです。

 

もうすぐ22年を迎えるわけですが、
それにしても未だ神戸に認められている気がしない。

 

日々覗いてくれるお客さんはもちろん嬉しい限りです。
そうは言っても、神戸三宮に於ける足跡が

どのように映っているのか、最近会ってないあの人は

もうこの酒場も僕も必要なくなったのかと
枕を涙で濡らすかの如く、遠い目で考え込んで…

 

…まぁそれは僕にはないですね。
何せ提案はしても営業はしないのが信条なので。

 

僕もそうですから。
店なんて今その方が行きたいところに行くし
一人なのか、仲間なのか、その他諸々の人となのか
都度選ぶのはお客さんなので、その場所がただそこに在る、
在り続けていればいつかまた会える、そんなサイクルを
期待せずに(ここ大事)淡々といつもの空気で迎え入れる。
それが街の、待ちの仕事を選んだ責任なのだと。

 

だから店の時間が静かに過ぎるのなら、
自分に魅力、努力、チカラがない。シンプルな答えです。
不景気でも、街に賑わいがなくても
その場所に行きたい人々は、結構いるものです。
店に立つ者の「潔さ」、

そこに人は惹きつけられるのかも知れません。

 

話が長くなりましたが、今は少しだけ
神戸に微笑んでもらえた気持ちになってます。

 

この夏の終わり、微力ながら
とある場所のお手伝いしようと決めました。

 

ありがとう。神戸に生まれ育った先輩たち。

 

 

 

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