2009-05-11 01:15:26
続・デルマーク
テーマ:ブログ
先日は、ジュニア・ウェルズのデルマーク盤“フードゥー・マン・ブルース”を紹介させていただきました。同じ、デルマーク・レーベルから発売されたマジック・サムの“ウエスト・サイド・ソウル”も凄いアルバムです。
A面1曲目の“ザッツ・オール・アイ・ニード”に始まり、B面はロバート・ジョンソンの大定番曲“スイートホーム・シカゴ”から、最後のJBレノアの“ママ、トーク・ツゥ・ユア・ドーター”まで、全て素晴らしいです。中でも“ルッキング・グッド”のブギーのリズムにノっていると、腰をとられてしまいます。こんなブギー・ビートを生み出すマジック・サムは、まさしく天才でした。しかし、時代的に彼はブルース・サークルの中でしか活躍できませんでした。夭逝しなければ、きっとブルースを変革していただろうと思います。
70年代後半、日本でもブルースバンドのブームがありました。当時の定番曲は、“スイートホーム・シカゴ”と“ストーミー・マンデー”でした。こんなところにも、マジック・サムの影響があったはずです。
現在進行形の、リアルタイムのブルースを発表したデルマーク・レーベルが果たした役割は、現在でも大いに評価されるものです。生きている音楽を紹介し、発売してきた先駆者に敬意を表したいと思います。
A面1曲目の“ザッツ・オール・アイ・ニード”に始まり、B面はロバート・ジョンソンの大定番曲“スイートホーム・シカゴ”から、最後のJBレノアの“ママ、トーク・ツゥ・ユア・ドーター”まで、全て素晴らしいです。中でも“ルッキング・グッド”のブギーのリズムにノっていると、腰をとられてしまいます。こんなブギー・ビートを生み出すマジック・サムは、まさしく天才でした。しかし、時代的に彼はブルース・サークルの中でしか活躍できませんでした。夭逝しなければ、きっとブルースを変革していただろうと思います。
70年代後半、日本でもブルースバンドのブームがありました。当時の定番曲は、“スイートホーム・シカゴ”と“ストーミー・マンデー”でした。こんなところにも、マジック・サムの影響があったはずです。
現在進行形の、リアルタイムのブルースを発表したデルマーク・レーベルが果たした役割は、現在でも大いに評価されるものです。生きている音楽を紹介し、発売してきた先駆者に敬意を表したいと思います。










