2005年12月12日

伊・仏合作

テーマ:MACCHINA

数年前、パリの下町を昼メシを求めてウロついていた時のサプライズ

人通りの少ない下町の裏通りでポツンと
路駐されていたクルマを見かけて驚いた!




マセラティ・カムシンだ!

しかもピッカピカ。ベラ・マッキナとはまさにこの事だ

しばらく舐め回すように眺めていましたが、
オーナーが現れる様子は一向に無い。

ヨーロッパで、しかも人気の少ない裏通りでこんな高級車が
何気に路駐してあるなんてのはあまり見かけない。

30分くらい眺めていたと思いますが、ついにオーナーに出会うことは
ありませんでした。

70年代のスーパーカーらしいウェッジの効いた長いノーズには
初代ギブリ譲りのV8が収まる。

しかも、カムシンの頃のマセラティはシトロエン傘下。

イタリアとフランスの共同作業は、ベルトーネ時代の
ガンディーニが手掛けた美しいボディに、
あのハイドロ油圧システムを詰め込むことになった。

ブレーキやパワステ、リトラクタブル・ヘッド・ライトの昇降まで
ハイドロの油圧で動く。

カムシンは知りませんが、ボーラはパワーウィンドウまで油圧で作動。

極めつけはシトロエン・SM譲りのセルフ・センタリング機能が付いた
パワステで、据え切りで目いっぱい切っても手を離すとハイドロで
自動的に元に戻る。

ステアリングもロックtoロック2回転弱の超クイック。

おまけに後方視界確保の為にリアパネルはガラスで出来ているので
ちょっとオカマでも掘られた日にゃ、とんでもない修理代が掛りそう。

30年も前のこんなクルマを、抜群のコンディションで維持している
オーナーさんに一言声を掛けてあげたかった。。  ご苦労様です

2005年12月09日

La Mia Macchina. Parte. 4

テーマ:GIULIETTA
持ち主との数回にわたるFAXでの交渉の末、
妥当と思える価格で引き取ることが正式に決まり、

年が明けた96年1月、クルマは故郷ミラノへと運び込まれ
作業の準備に取り掛かりました。


1996年、再び訪れたヴェネト州の古都、ヴェローナ。
ここはジュリエッタの車名の由来となった
シェイクスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」の舞台となった所だ。
 
レストアをするにあたって作業は
ミラノのAFRA にお願いする事になりました。
例のSuper CG/11号であの見事なジュリエッタ・スプリントを
手掛けたショップです。

AFRAと言えばアルファロメオの専門店としては総本山的な
ショップで、アルフィスタならミラノを訪れた際には必ず立ち寄ると
言われた名所?でもありました。

AFRAにはAFATIというレストア部門があり
(AFATIはこの直後、業務再編成されATIMARと言う社名に変わった)
過去のアルファロメオの全プロダクション・カーに関する
データとノウハウの蓄積は本社より秀逸と言われていましたが、
私には何より生まれ故郷のミラノで直せると言うことが嬉しかった。

本当は1300のジュリエッタが欲しかったのだけれど。。
とAFRA社長のC・ジョルジェッティ氏に伝えると、氏曰く


君がピニンファリーナのあのデザインが好きなのならば、
より新しいモデルの方が機能的にはベターだよ。


しかし、作業をお願いするにも、最大の問題はその資金でした。
情熱だけでは何も始まらない。度々の詰まりは先立つモノです。。

しかし、直すからには完璧にやりたい。ただのレストアでは無く、
目指すのはコンクール・コンディションだ。
大げさに言えばぺブル・ビーチに出せるぐらいにまで直したい。

まずジョルジェッティ氏に見積もりを出してくれるように伝えました。
「コンクール・コンディションにまで戻したいのです」
「いったい幾ら掛かるんでしょうか?」 (続く)

2005年12月05日

La Mia Macchina. Parte. 3

テーマ:GIULIETTA

1995年の8月末、ミラノへ渡った私は一つの情報を得ていました。
それは前年94年にミッレミリア見学の際に立ち寄った、ブレシアで
知り合ったある人物からの話でした。




94年、ブレシアの街並みをヴィットリオ広場の鐘楼に登って眺める。
想えば出会いはすでに始まっていたのかも知れない。




眼下の広場ではミッレミリアの車検が行われている。
見下ろす広場はまるでオモチャ箱のよう。

ほんの数日前、イモラではアイルトン・セナが逝ってしまった。
そんな頃だ。


知人の話ではレストアをするのなら良いクルマが有ると言う。

聞けばそのクルマはヴェネト州のとある山中にあるらしく、
まあそんなに遠くはなさそうだし、
持ち主に連絡を取ってもらい見に行く事にしました。

借り物のフィアット・ティーポで道に迷いながら
数時間かけて持ち主の所へたどり着き、簡単な挨拶を
済ませた後、案内された林の中にそのクルマはありました。

 

それはジュリエッタと言うより、
今にも土に還ろうとしている物体にしか見えませんでした。

スパイダー・ボディの命とも言えるサイドシルは完全に腐り落ち、
車内を覗くと腐ったフロアには大きな穴が開き、地面が丸見え。。
トランクには草が生えていました。

聞けばこれは1600のスパイダーで、しかもヴェローチェだと言う。

幸い、持ち主はエンジンやミッション、ボンネット、ドア等、外せる所は
全て外して保管していましたが、保管と言っても
納屋に放置されていただけでどれもこれも程度は下の下だった。

いくらなんでもこれは酷すぎる。。
バカにされているんじゃないか?とさえ思いましたが、
同時に物悲しい気持ちにもなりました。

とりあえず、残っていた書類と持参した資料でシャシーナンバー
を調べると1965年製であることが分かった。

1965年。。。私と同い年のクルマだった。。
自分が生まれた年に生まれたクルマが今こんな状態にある。。

「何とかならないものか。。」そんな気持ちが芽生えてしまった。

ここからは理性との戦いとなった。

どうせ直すんだ!一からやっても良いじゃないか!

自身をそう奮い立たせると、すぐに理性も働き出す。

こんなのを直すなんて、物理的には可能かも知れないが、
経済的には全くナンセンスな話だ。フェラーリでもあるまいし、
ダメだダメだ!イタリア滞在の限られた時間なのに無駄足だった!

そう思って気楽になりたい自分も居た。

実際、ジュリエッタを探していると言っても自分の目で
現車をみたのはこれが初めてだった。

結局、言葉を濁したままその場を立ち去り、数日後帰国した。

しかし、帰ってからもあのクルマの事が頭から離れなかった。
これが65年製で無ければ、迷う事もなかったのかもしれない。

バカげた考えかも知れないが、今自分が手を出さなかったら、、
あのまま朽ち果ててしまうかもしれない。。。

3ヶ月ほど悩んだ挙句、ついに決断を下し持ち主に伝える事にした

あのクルマ僕が引き取ります!!

今からちょうど10年前、ヴェネトの山には雪が降り始めた頃だった。
(続く)

2005年12月01日

La Mia Macchina. Parte. 2

テーマ:GIULIETTA


私がジュリエッタ・スパイダーを手に入れてから、
この11月でちょうど10年になりました。

ちょとメモリアル的な意味も込めて、
10年前の事を振り返ってみたいと思います

最初はジュリエッタ・スパイダー1300cc(101)のヴェローチェ
を探していました。

どうせならツイン・キャブの高性能版の方がイイですよね。

レストアをするつもりでいましたので、日本のショップで購入する
ことはハナから考えていませんでした。

日本での車歴の無いクルマを完全に直して、国内新規登録
するのが理想だったからです。

レストアをする以上、作業にはそれなりの時間が掛かるだろうし、
そうなると時間あたりの人件費は日本よりイタリアの方が
安いのではないか?パーツにも変なプレミアは付かないだろう。。

修復後の日本への輸送コストを差し引いてもリーズナブルに出来る
はずだ。。

素人ながらそう考えて、まず欧州でレストア・ベースとしての車両を
探しましたが、なかなか思うような個体は見つかりません。


91年のSuper CG 11号でイタリアで見事にレストアされた
ジュリエッタ・スプリントの記事に大いに影響を受ける。


当時はまだインターネットが普及していなかったので
イタリアと英国をメインにあちこちにFAXを流して、
売り情報があれば写真を航空便で送ってもらう。。この繰り返し

今ならEメールに画像を添付すりゃあ一瞬で済む事なんですがねぇ。

イタリアで探し、イタリアで直すのが第一希望でしたが、
レストア・ベースとなると思うようなクルマはすぐには見つからず、

スパイダーなら北米の方が多いのではないか?
と思い、アメリカでもLAを中心に当たりましたが、
どうも気分的にしっくり来ません。

その後もFAXのやりとりが続きましたが、
印象に残っているのがミラノのマルペンサ空港のすぐそばにあると言う
ファクトリーからのオファーで

ウチに任せればあなたがイタリアへ来ても到着すれば
すぐにクルマを見る事が出来る。


と言うものでした。そりゃそうだろう。。ハハハ。。

そうこうしているうちに、95年の夏、イタリアへ渡る機会が出来、
そこで運命(ちょっとオーバー)の出会いをする事になります。(続く)

2005年11月25日

MASERATI ROYAL

テーマ:MACCHINA


昨日は知人が面白いクルマに乗って来てくれました。
クワトロポルテⅢの後釜として88年にデビューした
当時のマセラティのフラッグ・シップ・モデル、「ロイヤル」です。

これはエロいクルマです。
バブルの頃の怪しい雰囲気が漂っています。


4.9リッターのV8に4基のウェーバー・ダウン・ドラフト・キャブで
300馬力だそうですが、車重が2トンもあります。
とにかくエンジンがでかい。。

ヤっちゃんのベンツも一瞬タジろぐであろう、
独特の存在感を醸し出していました。

超高級イタリアン・セダンなのですが、
同じV8ならイタリアの上流階級は
きっとランチア・テーマ・8.32を選んだことでしょう。

やっぱりこんなのマフィアか
アメリカの金持ちぐらいしか乗らないだろうな~

そう言やあ昔、映画「ゴッドファーザー」に
クワトロポルテが出演していましたね。

でも、エンジンはイイ音してました。
エアクリーナーを外してファンネルにすれば、
もっとソソル音がするでしょう。



後ろのドアのアーム・レストにはこんな仕掛けが。。
銀のカップもフロント・シートの横に専用の収納スペース
が設けられています。
 
う~ん、セレブです。。

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