オレンジルーム・HEPHALLの支配人だった福田さんの奥様から、寒中見舞いが届いた。
福田さんは、HEPを引退された後、数年前に、倒れてから、臥せてらしたが、昨年12月に、肺癌でお亡くなりになられたと書いてあった。
私が、この世界に入った時、福田さんは、オレンジルームの支配人だったので、劇団共々、長くお世話になった。思い出がたくさんありすぎて、弱ってしまう。
もう時効だと思うから書くと、内藤の台本執筆が遅かった時(今は、まだ早いのですよ)、私達は、徹夜で、オレンジルームを仕込み、稽古をさせて頂いた。向かいの北極星の階段の下で、作業のない劇団員は、ザコ寝で仮眠をとったこと。
オレンジルームでボヤを出してしまった時も、受付にいた私の前を、今までに見たことないくらいの早さで、モニターで火を見た福田さんが走って行ったこと。
私が、制作チーフになった時、これまた台本が上がらず(今はね、違うのよ)、内藤が「今回は上がらないかもしんないな」と言い出し、公演1週間前に、制作として、中止と続行の可能性を探ることになった。勿論、福田さんにも、連絡をしなければと電話をすると「まだ、1週間あるやないか!何言うとんねん!徹夜で仕込みしろ!中止なんかない!」と、怒鳴られ、電話を一方的に切られた。結果的には、また徹夜で仕込み、稽古をして、公演を無事終えたこと。
引退後も、ウルトラマーケット公演に、必ず現れ、今後のことを心配して聞いて下さった。記憶が定かでないのだけど、最後は、ウルマーで、いつものように冗談をおっしゃったので、「福田さん、またアホなこと言うて。ぼけてきたんちゃう?」と言い、「そや、ぼけてきたわ~」と返されたのが最後。
ここに書き切れないくらいお世話になり、いつも支えて頂きました。
倒れられた後も、福田さんのことを思い出して、悲しくなったが、いや、死んだわけちゃうしと思っていたのだが。
なんとも実感がわかないし、悲しむチャンスを失った気分だ。
とにかく、福田さんは亡くなったのだと、言い聞かすしかない。
内藤さんはホン早く書けるようになったよとか、ウルマーはなくなったよとか、今は、稽古場持てたよとか、「まどかな」観にきてよとか、話したいことは、たくさんあるのだけど。