ややこしいこと

テーマ:
子ども嫌いを公言しているAさん→

正直でいい、と思うのである。
(もし嫌いなのが本当なら、の話)

が、しかし。

その「公言」が、少し過剰なのであります。

たとえば。

一緒にいるとき、たまたま子どもや赤ちゃんを見かけたり、
また、そういう話題になったりするたび、

彼女は開口一番、必ず言うのである。

「子どもを育てるなんて私には無理だわー」とか、
「私、子どもをかわいいと思ったことなんてないし」とか、
「私って母性本能が欠落しているのよね」とか。

何も聞いていないのに、です。

そういう文脈で話しているわけじゃないのに、
子ども嫌いをやたらとアピールしてくるのである。

いつも、あまりにも不自然にアピールしてくるので、
違和感さえ覚えます(もう知ってるし…)。

女性で子どもが苦手だと、世間的に肩身が狭いゆえ、
あれこれ言われないための牽制でしょうか。

それとも、過剰なまでに自分で自分に言い聞かせないと、
彼女の中で何かが保てないのでしょうか。

さて先日も、同じことがありました。

何かの流れで「孫はかわいいらしい」という話題になったとき。

いつものように、彼女の子ども嫌いアピールが始まりました。

ああ、またか…と思いつつ、
「へぇ~」とか「そうなんだ」とか、適当に相槌を打っていたとき。

唐突に、彼女は言った。

「あびさんもさぁ、そんなに子どもが好きなら、産めば良かったのに(笑)」

不意打ちだったので、びっくりしました。

「そんなに子どもが好きなら」って、いま私、そんなこと言ってないし…。

びっくりしつつ、
「い、いやぁ…、私も産みたかったけど、縁がなくてねぇ…」と言うと、
(そういうことは、以前も彼女に話している)

今度はこう返ってきた。

「いまからでも頑張れば間に合うかもよ~?(笑)」と。

ああ、なんともステレオタイプなこの言葉…。

子どもがいる人から、悪意なくこのような言われ方をするのは、
もうすっかり「慣れっこ」ですが、

子どもがいない人からも言われるとは —— 盲点でした。

私からは何も話を振っていないのに、
一方的に子ども嫌いをアピールされ、挙げ句の果てに、

「あなたは私と違って子どもが好きなんでしょ。だったら産めば良かったのに」

という、ミラクルな展開に持ち込まれた次第…。

こ…、こういうパターンもあったか(脱力)。

いままで私は彼女に、

「子ども、作らないの?」とか、
「なんで作らないの?」とか、
「子どもいたほうが楽しいよ」とか、

言ったことはありませんが、
「あびさんは子ども好きなの?」と聞かれれば、
「好きだよ」「本当は欲しかった」と正直に答えています。

もしかしたら、「私は子どもが好き」という、その事実だけでもう、
彼女の中の「何か」を刺激してしまうのかもしれません。

好きだろうが、嫌いだろうが、
それは単なる価値観でしかないのに、

そこに優越感やら劣等感やら一般常識やらがくっつくと、
途端に「ややこしいこと」になる。

今回の彼女の、私に対するひと言も、
日頃の彼女の言動(子ども嫌いを過剰にアピールするところ)も、

彼女の中の「ややこしいこと」が行き場を失い、
変な形で漏れ出てしまった…

そんな感じでしょうか。

コンプレックス(のような感情)って、本当に厄介です。

物事をややこしくしないためにも…
変な形で漏れ出させないためにも…

苦かろうが、辛かろうが、酸っぱかろうが、
ちゃんと自分の体内で消化しないといけませぬ。

そうしないと、ゲップとなって出ちゃいます。不意に。
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もたもたしている人間

テーマ:
結婚2年めの知人女性がこぼしていました。

仕事で接するお年寄りたちに、
「子どもはまだか」「早く作れ」と言われてしまうと。

彼女自身、早く子どもが欲しくて、
きちんと基礎体温も計り、婦人科にも通っています。

でも、恵まれずに悩んでいるのです。

言うまでもなく、お年寄りたちに悪意はありません。まったく。
むしろ善意(彼らの中では)。

お年寄りは、彼女のことが好きなのです。
そして彼女も、お年寄りたちのことが好きなのです。

そういう「良好な関係性」の中で展開される、
善意や親しみを込めた、何気ないひと言…。

私が、
「お年寄りだとそういうのあるよね。悪気はないんだろうけどね…」
と言うと、

彼女はこう言った。

「うん。そうなの。わかってる。でも、
“ 子どもの作り方、知ってるの~?(笑) ” とか、
言われたりするんだよ。悲しくなる」と。

それを聞き、私は「うっ…」と黙ってしまいました。
彼女の「やり場のない悲しさ」がわかる気がして。

悪意はない。
むしろ心配したり、親しみを込めて、言っている。

でも。

テーマがテーマなだけに、
その表現はとてつもなく下品だし、

やはりどこかに、
「もたもたしている人間」を茶化すムードが感じられます。

話は変わって、今度は私自身の話。
つい先日のこと。

事業所で仕事中、ピロピロピロ~♪と、一枚のFAXが届きました。

女性スタッフが「ん?何かな?」と、コピー機に歩み寄ります。

吐き出されたFAX用紙をとり、一瞥した彼女。

小さく「あ…」と言ったあと、
「はい、あびちゃん、これ! 行ってみれば~?」と、
笑いながら、手にしたA4用紙を私に突きつけるような形でよこしました。

「え?なになに?」

見るとそこには「恋活パーティー」の文字がありました。

要は、そういう業者が無差別に送ってくるDMのようなものです。

そのような迷惑FAXは、普通、すぐにゴミ箱行きであります。

しかし、彼女(30代、既婚)は私に、笑いながらそれをよこした。

まぁ、私、独身だからね…。

「あは! やっぱり行ったほうがいいかなぁ、こういうの(笑)」と、
適当におちゃらけた反応をしながら、

内心、微妙にしょっぱい気持ちになったのでありました。

ちなみに私の場合も、
前述した「お年寄りにいろいろ言われてしまう知人女性」と同じように、

スタッフの女性との関係性は、とても良好です。

彼女は、私のことが好きです(たぶん)。
そして私も、彼女のことが好きです。

だからこそ、こうなってしまう…。

仲が悪かったら、彼女もそんなことしないゆえ(よほど意地悪でなければ)。

言われた側(知人女性や私)も、
そういうことを言われたからといって、いちいち

「ひどい!」「傷ついた!」「○○さんて嫌な人!」みたいな、

子どもじみた過剰反応は、しない。

だって相手は、自分を好いてくれている。
それはとてもよくわかる…。

だからこそ。

チクッと疼いた心の持っていき場に困り、
一人静かに、シオシオしてしまうのであります。

しかしまぁ、みなさん、
「もたもたしている人間」を放っておいてくれないものですね。

欠落した部分を、ネタにされてしまう。
私も、彼女も、お笑い芸人じゃないのにね。
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若いママ

テーマ:
電車の中で見かけた、
小さな子ども二人を連れた、若いお母さん(たぶん20代)。

下の子に目薬をさしてあげて、
ちゃちゃっとタオルで目元を拭いてあげる様子など、
ママとして、とてもこなれた様子です。

ネオンカラーのカジュアルファッションで、
メイクも、爪も、とてもきれいにしています。

傍らに子どもがいなければ、どこからどう見ても、
いまどきのきれいな若い女の子です。

目薬をポーチにしまった彼女。
同じポーチの中から、今度はリップグロスをとりだし、
ちゃちゃっと自分の唇に塗り、しまいました。

そんな彼女の目元には、アイプチの痕跡がみられます。

それを見て、思った。

「すごいなぁ。
二人の子育てなんて、きっとめちゃくちゃ大変だろうに、
こうやって自分をきれいにしようとするエネルギーが、ちゃんと残っている!」

「ああ、若いうちに子どもを産む、って、こういうことなんだなぁ」

と、

子どももいないのに、
もはや自身の体調管理でいっぱいいっぱいの私は、
感じ入ったのでありました。

かわいい二人の子どもを眺めていると、
自然と笑顔になってしまうのですが、

その微笑みにはもれなく「せつなさ」がくっついているので、
笑いながら、じつは目の奥がじわん…としています。

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子どもおばさん

テーマ:
久しぶりにヒールの高い靴を履いたら、
翌日、太ももが筋肉痛…。

筋力、および、女子力の低下を痛感させられた2013年、初夏。

では、なぜ、久しぶりにヒールの高い靴を履いたのか。

それは、「なんだか最近、ペタンコ靴が似合わなくなってきた!」
と気づいたからです。

以前、丸首Tシャツが似合わなくなってきた、と書いたことがあります→

それと全く同じ流れ。

昔はおかしくなかったのに、今はなんだかおかしい…。
全体的に、なんかしっくりこない…。

つくづく、中年女性のカジュアルは難しいな、と感じます。

カジュアルでも別にいいのだが、
どこかに女性らしいアイテムを入れないと、ビジュアル的に、ちょっと厳しくなってきた。

ぺたんこ靴でも、ロールアップして足首を見せたり、
パンプスやバレエシューズのような、先が細かったり、甲が見えるものはいいが、

足首が見えないロング丈のパンツ(とくにデニム)に、
ぺたんこで、先がまあるくて、足全体が覆われている「歩きやすい靴」や、
いわゆる「スニーカー」的なものを合わせてしまうと…

さらにそこに、首の詰まった丸首Tシャツなんぞ合わせようものなら…

途端に「子どもおばさん(?)」になってしまうあるよ(汗)。

私は背が高く、もともと子どもっぽい服装はあまり似合わないので、
ユニセックスでエイジレスなカジュアルは、かなり要注意だわ…

と、改めて胆に銘じた末の「久しぶりの高いヒール」。

ああ、しんどい。

翌日はビーサンで買い物に行きました。

いいよね、近所だもん(と自分に言い訳中)。

孫づくし

テーマ:
喫茶店でお茶を飲んでいたとき。

隣の席に、ひとりの年配女性。
テーブルの上に、スマートフォンを置いています。

見るともなく見ると、待ち受け画面は小さな子どもの写真でした。

「あ、孫ね。こういうおばあちゃんて多いよね」と思いながら、
視線を自分の席に移そうとした瞬間、

ん?
目の端で、画面が動いたような…???

再度、横目でさりげなく確認すると、数秒おきに画面が変わっていくのである。

そう。
スライドショーに設定してあったのでした。孫の。

次から次へと、孫、孫、孫、孫。
孫のベストショット、オンパレード。

「うわー!こういうパターンは初めてだ」と静かに驚く。

さて。

喫茶店を出て、電車に乗りました。

またまた年配女性と隣り合わせになりました。
携帯をいじっています。

するとこちらも、
待ち受け画面が小さな子どもの写真でありました。

「あ、また孫…」(本当にこういう人多いなぁ、かわいいんだねぇ…)

そう思っていると、彼女のバッグの外ポケットから、
何かがぶら下がっているのが見えました。

それはキーホルダーでした。

Q. どんな?

A. 孫の。

詳しくは、孫の写真を、円い透明プラスチックのケースではさんで作った
オリジナルのキーホルダーです。

直径5cmくらいの(←かなり大きいよ)。

「う、うわー」

先ほどの喫茶店の一件も相まって、
まるで何かに畳み掛けられているよう…。軽い圧迫感さえ。

その昔。
大ヒットした某歌の出だしは、

♪なんでこんなに可愛いのかよぉ~

でありました。

もし、私に子どもがいたら、

私の母も、待ち受け画面を孫のスライドショーにしたり、
かばんにキーホルダーをぶら下げたり、していただろうか。

しんみり。