私は厚生労働省指定の難病(特定疾患)持ちです。
20代のころ、専門外来の待合室で順番待ちをしていたときのこと。
隣の席に座っていた中年女性に、唐突に声をかけられました。
「まぁ、あなた、まだお若いのにかわいそうにねぇ。大丈夫よ、元気出してね」
びっくりしました。
自分では、病気になってしまったことは残念だけど、
社会生活が送れないほど重症ではないし、なっちゃったものは仕方がないと、
さほど悲観していなかったからです。
特定疾患の保険証を発行してもらうために役所に行ったときも、
窓口の人に「お時間まだ大丈夫ですか?」と言われ、「はい?」と思っていたら、
部屋の奥から保健師さんだか社会福祉士さんだかが出てきて、
「気を落とさないでくださいね」と。
これまた困惑。
なぜこのようなことを思い出したかと言えば、
乳がんになった友達が、似たようなことを言っていたからです。
自然にふるまっているだけなのに、
「心配をかけまいと、無理して明るくふるまっている」とか、
手術や治療も、面倒や不安はあれど、何かをすごく耐え忍んでいるわけでもないのに、
「苦しくて辛い治療をけなげに頑張って…」と思われ、困惑すると。
「あの人たちの中では、どうやら私は、急速に死に向かっているらしいよ」と、
彼女は笑っていました。
相手を思いやっているようで、実はそこに相手は存在せず、
むしろ独善的でさえある「かわいそうに」という視線。
悪意がないだけに、厄介です。
人は、物事を自分の見たいようにしか見ない。もちろん私も。
そのことは、常に頭の片隅に置いておきたいな、と思います。
テーマ:つぶやき


