愛を取り戻す

今日は大阪で競技会が開かれるんですね。
知り合いも何組か参加するみたいです。
がんばってください。

「この人と組んだら、絶対に勝てる。」という女性がいます。(ほぼ同い年です。)
先日、踊ったのですが、本当に上手です。
財団B級のファイナリストです。
「一緒に競技会に出る?」って聞いたら、「携帯電話も持たないような人とは嫌だ。」と断られました。
PCは持っていないそうで、連絡が取れないのだそうです。
しかたないですね。

話は変わって

一度あの世に行ったことがある、鈴木秀子というシスターがテレビに出ていました。
多くの人が、死ぬとき、「(誰かに)会いたい」ではなく、「(誰かと)仲直りしたい。」と言ってあの世に行くそうです。
愛を失った状態のままで、この世を去りたくないのです。

地位も財産もあの世には持って行けませんが、愛は持っていけるらしいです。
愛だけでなく、憎しみや恨みなどの情念も持っていけるそうです。
だから、幽霊は愛した人や恨みを持つ人の前に出るんですね。

死ぬときには、何とかして失った愛を取り戻したくなるんだそうです。
また、あの世には時間がないそうです

 

https://www.youtube.com/watch?v=JaxtOXB_5Fo

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家族の看取りを行った575人へのアンケートで39%が「お迎え」の経験をしたそうです。
先に亡くなった親類とか友人とかが死に臨む人を迎えに来る現象です。
死ぬ直前に脳が混乱する、せん妄と思われていましたが、どうもそうではないみたいです。
周囲の家族も目撃した事例があるからです。
東北大震災の後、タクシーに乗った幽霊をテーマにした論文が話題になっていました。

幽霊って、いるんですかね?
科学的に考えると、いないはずなんですが、断定するのも難しいです。
新聞の「霊の存在を信じますか?」というアンケートによると、49%が信じる、と答えています。
実際に幽霊を見た人は、6%でした。

もう一つ、よくわからないのが、多重人格者です。
どうも他人の霊が乗り移っているとしか考えられないケースが多いそうです。

話は変わって。

昨日はダンス教室が主催するパーティに参加しました。
同年代の女性競技ダンサーが来ていました。
ワンポイントレッスンをしてくれました。
背筋を伸ばして、左右対称を心がけるとかっこよく見えるそうです。
ホールドを維持するのがきついですけど、がんばるしないです。

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死んだ叔父の奥さんは、完全な認知症で、老人介護施設に入っています。
自分の夫が死んだことも理解できないようでしたが、一応、喪主なので、葬儀に連れてきました。

叔父の遺影をじっと見て、
「一昨日の夜、この人が夢に出てきて、泣きながら、ありがとう、と私に言った。」と周囲の人に漏らしていました。
叔父が死んだのは、その夜です。
不思議なことがあるもんですね。
霊魂なんて非科学的だと思っているのですが、そればっかりも言えないようです。
数日前には、NHKの番組で、東日本大震災の後、不思議な話があったことを伝えていました。
脳が作りだした幻覚だろうと思うのですが、よくわからないです。

その話は脇に置いて・・・

さきほど、テレビに岸恵子さんが、出ていました。
高齢者の恋愛を描いた小説を書いたそうで、話題になっています。

彼女によると、「50代、60代は女ざかり。いくつになっても恋した方がいい。」なんだそうです。
確かに異性を好きになると、生きている実感が味わえ、気力も生まれます。
岸さんの小説の中では、濡れなくなった女性が潤滑ゼリーを使う場面があるそうです。
その本を読んで、多くの高齢女性が薬局にその商品を買いに行ったらしいです。

私は、若い頃、その潤滑ゼリーの開発に携わったことがあります。
特許も出願したような記憶があります。

血気盛んで、水気のある若い男女を相手にする場合はともかく、高齢者同士なら、無理して潤滑ゼリーや薬を使う必要もないような気がします。
お互いに触れ合うだけで、満足できるし、若返りの効果はあるらしいです。
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憑依現象

再び、ローマ法王関連です。

バチカンで私が興味があるのが、エクソシストです。
中学生の頃、これを扱った映画がヒットしました。
今でも、要請があれば、世界中に出かけて、悪魔払いするそうです。
2007年に法王が、エクソシストを募集しています。
悪魔憑き、って一種の憑依現象みたいです。

脳科学者によると、「憑依」という症状が、存在することは間違いないそうです。
それが、霊や悪魔によるものかどうかは、まだわからないらしいです。

新聞にインドネシアの黒魔術を報じていました。
黒魔術を使って悪いことをする人が多く、刑法を改正したらしいです。
呪術師によると、霊は存在していて、黒魔術によって呼び出すことができるそうです。
選挙運動や警察の捜査にも霊が利用されるらしいです。
霊の世界は階級社会で、トップに君臨するのが神だとか。

一時期、スピリチュアル関連や霊関連に凝って、いろいろ調べました。
どうも、霊魂は存在するのではないか、と思っています。
そう考えないと説明できない事象が多いのです。

スピリチュアルや霊的な存在を信じるか信じないかは個人の勝手です。
ただ、ひとつ言えることがあります。
それは、死んだら、自分の肉体がなくなる(あるいは動かなくなる)、ということです。
その後のことはわかりませんが、生きている限りは自分の肉体を使って楽しんだ方がいいと思います。
ある霊能者は、私たちはもっと自分の肉体を意識するべきだと言って、踊ることを勧めています。
肉体をなくして、重力の影響を受けなくなったら、ワルツは踊れないんじゃないでしょうか。

体を使って踊ること、触れ合うこと、五感を使って快楽を味わうことこそが、この世の楽しみだと思います。
先日、亡くなった団鬼六氏は、「人生の目的は快楽の追求だ。」と喝破しています。

愛とは何か

以前、サークルで、相手に自分の意思を伝え、相手の意思を読み取る練習をしました。

向き合って両手をつなぎます。
そして前に歩きます。心が通じると相手が下がってくれます。
逆もできるようになります。

心が通う、と言っても、何か、相手が発するサインを読んだり、こちらから発したりしているのでしょうね。
これができないと、なかなか二人が一体となって踊ることができません。

これって「愛」とか「情け」と言われるものの本質だと思います。

愛についての定義はいろいろあります。
ある精神科医の定義は、
「愛とは個人、もしくは複数の人に対して、相手の幸せと成長に心づかいをし、共感的に相手を理解し、優しく扱って、親密感と愛着を抱き、すべてをありのままに受容して許し、無条件で自分を与え、ともに成長すること。」です。

私は、「愛とは心を通じ合わせること」だと思います。

映画「Shall we ダンス?」の中で、草刈民代さん演じるダンス教師が、「男性は自分の体のすべてを使って相手に自分の意思を伝えなければならない。」という場面があります。

社交ダンスは愛の踊りなんですね。
相手に対する愛情がないと踊れません。
妻が多重人格障害を患っている人が書いた本の中で、
その妻が、「私は過去世で太陽が二個輝いている惑星に住んでいたことがある。」という場面があります。

「何を寝ぼけたことを言っているんだろう。」とあきれましたが、
スピリチュアルの世界ではそういうこともありえるらしいです。
ケンタウルス座アルファ(地球から4.4光年の距離)は、二重星で、そこに知的生命体がいるんだそうです。
真偽はともかく、夢のある話です。

お盆から涼をとるために、スピリチュアルや超常現象に関係する本を何冊か読みましたが、どうも死後の世界とか霊魂とか存在するんじゃないかな、って思っています。
理由は目撃者や体験者が多いことです。
みんながみんな、うそをついていたり、幻覚を見た、というには、あまりに事例が多いのです。
霊が見える人は、想像以上に多く存在するようです。
実際、霊の災いを取り除くことで生計を立てている人もいるし、不動産には幽霊が出る「わけあり物件」ってのも現実に存在します。
唯物主義者や科学者は、絶対認めない人が多いですが、庶民感情としては、あってもおかしくないかな、って感じです。

スピリチュアルや霊的な存在を信じるか信じないかは個人の勝手ですから、周囲がとやかく言うことではありません。
ただ、ひとつ言えることがあります。
それは、死んだら、自分の肉体がなくなる(あるいは動かなくなる)、ということです。
その後のことはわかりませんが(無になる、と考える人が多いです。)、生きている限りは自分の肉体を使って楽しんだ方がいいと思います。

私と同世代の超能力者に清田益章という人がいます。
彼は今、踊り(ダンス)にはまっているらしいです。
「祈り」と「踊り」を組み合わせた「おのり」なるものを探求しているそうです。
彼によると、「人間は肉体を持ってこの世に生まれる。その時から重力と付き合う。 つまり、精神だけでなく、肉体ともつきあわなければならない。 でも現代人は思考ばかり先行してあまりにも肉体を軽視している。 意識と体がつながっていない。」のだそうです。

確かに、肉体があって重力の影響を受けるからこそ、ダンスを気分よく踊れます。
特にワルツなんてその典型です。
重力を利用してスウィングをつけます。
無重力の世界ではワルツは踊れません。

体を使って踊ること、触れ合うこと、五感を使って快楽を味わうことこそが、この世の人生の楽しみだと思います。
そういう意味では肉体を使わずに、精神世界に没頭したり、仮想現実の世界にはまるのは、もったいないかな、って感じます。

私の好きな、ヒルトンのワルツです。

http://www.youtube.com/watch?gl=JP&feature=rel..

無宗教のすすめ

自宅の前に新興宗教の集会所があります。
土日になると、多くの若い男女が集まります。
結構、きれいな女性もいて、目が追います。

以前は、宗教は人間にとって、必要なもので、無宗教の人間はあまり信用できないと思っていました。
(と言いながら、私は無宗教です。無宗教の人間を認めないのは欧米やイスラム社会の考え方ですね。)

でも、最近、急激に考えが変わって、宗教なんて必要ないんじゃないか、と思うようになりました。

さっきテレビを見ていたら、サヘル・ローズというイラン生まれの女性がゲストとして出演していました。
彼女によると、自分はイスラム教徒なので、結婚するまでセックスすることができないそうです。

1985年生まれだから、もういい年です。
結婚するまでセックスしないという女性を、多くの男性は誘わないと思います。
あまりに大きな覚悟が必要で、もっと気軽に応じてくれる女性を男性は好みます。

全く余計なお世話ですが、彼女の処女膜が角質化して、入れるに入れらない状況になるんじゃないでしょうか。
今は美人ですが、いつまでも若くはありません。
あちらの女性は、若いうちはきれいですが、老化が早いです。
宗教の教えを守っているうちに、一生、処女で通す可能性が高いです。

日本は処女膜再生技術は世界のトップレベルだそうで、多くのイスラム女性が、日本に来て手術するそうです。
結婚するときに処女でないことは、本人だけでなく、家族にとっても恥だからです。
バングラデシュで、結婚前に処女を喪失した娘を、家の名誉を守るために、父親が銃殺する話を聞いたことがあります。

宗教って一種の洗脳です。
幸いなことに、日本には処女とか純潔に価値を置く文化は江戸時代までありませんでした。
男たちは処女(おぼこ)よりも経験豊富で床上手な女性を好みました。
とても自然で理にかなった考え方です。

というわけで、下ネタから、宗教は必要ない、という結論に至りました。
人は言葉を覚えることにより、創造力を失うことが脳科学でわかっています。

私は、おそらく霊的な能力もなくすと思っています。

なぜ、想像力や霊的能力をなくすのか、私なりに考えてみました。

言葉を覚えることにより、人は他人の知識に頼って生きるようになるからだと思います。
もし、言葉がなければ、人は自分の力で生きなければなりません。
そのためには、自分の能力を最大限に発揮する必要があります。
ところが、言葉を覚えれば、他の人が過去に経験したことを、参考にすることができます。
これが、個人の能力の発揮を妨げるのです。

考えてみると、私たちの知識のほとんどは他人からの借りものです。
それも過去の知識を譲り受けています。
教育や宗教、そしてメディアが私たちに、それらを教えるのです。

結果的に私たちは、本来の自分が持つ創造力や才能を発揮する機会が減っているのです。
そして、今を生きることが難しくなります。
今を生きるためには、過去の知識は邪魔になるからです。
幸せに生きるということは、今を最大に楽しむ、ということですが、それができなくなります。

さらに悪いことに、他人の知識を頼りにすることによって、自分に対する信頼が薄れてきます。
本来、私たちは一人でも生きていけるような直観力や霊感、観察力を持っているのですが、言葉を覚えて、他人の経験に頼るようになると、自分の能力に自信が持てなくなるのです。
そうなると、周囲の人々の言動に振り回され、自分の信念に従って、生きていくことが難しくなります。

情報化が進み、この傾向は最近、さらに強まっています。
他人の知識に頼らず、自分自身の内なる声をしっかり聞いて、創造的に生きていけたらいいな、と思います。

自殺と憑依現象

今朝、近くで中学三年生の女子生徒が、踏切に飛び込んで自殺しました。
おかげで、JRは、数時間、運航休止となりました。

日本で自殺者が多い原因の一つとして、憑依現象があるのではないか、と言われています。
悪霊に憑依されると、その気がなくても自殺してしまうのです。

私の実家の近くに、「米一丸踏切」というJRの踏切がありました。
昔から、自殺者が多いです。
「霊が呼び寄せるから、夜は近付くな。」と私も親から言われました。

叔母が若い頃、ここを通って帰る時に、草むらに人の首が落ちているのを見たそうです。

今はもうこの踏切はないようですが、心霊スポットになっています。

http://scary.jp/supot/fukuoka/yoneichimaru/index.php

科学万能の時代に、憑依現象なんて、と思うのですが、実際にあるみたいです。

原爆ドームの近くに夜行くのはやめたほうがいい、と言われています。
多くの無縁仏がいるからです。
霊感の強い人は、夏、広島の爆心地近くに泊ると、いろいろ見えるみたいです。

幽界と霊界

東日本大震災を扱ったテレビ番組に、夫を津波で失った奥さんのインタビューがありました。
彼女によると、夢に夫が出てきて、「死んでからもう一年たったので、私は向こうの世界に行く。子供たちを頼む。」と言ったそうです。
夢だと言ってしまえば、それまでですが、最近、怪談を読んでいるので、気になりました。

霊能力者によると、死んだ後の世界には、幽界と霊界があって、この二つは全然違うのだそうです。

死んだ直後には、幽界に行きますが、ここでは、この世との接触がまだあるそうです。
幽霊というのは、この幽界にとどまっている霊です。
霊感の強い人が、見ることができるのも、ここでさまよっている霊だそうです。
生きている人に憑依して悪さをする霊もいます。
霊によっては、何百年もここにとどまっているケースもあるらしいです。

そういえば、幽霊の寿命は一般に400~500年だと聞いたことがあります。
幽霊が出る、という場所でも、それくらいの年月がたつと出なくなるからです。
だから、平安時代とか鎌倉時代以前の幽霊を見ることは現代人には難しいです。
例外的に、1000年以上前の幽霊が英国で出たそうで、「最も長生きした幽霊」としてギネスブックに載っているそうです。

この霊能力者によると、人はできるだけ長生きをした方がいい、ということです。
できれば80歳くらいまでです。
早く死ぬと、どうしてもこの世に未練を残すことになり、幽界から霊界へと移ることができないからです。
要するに「成仏」できないわけです。

刑務官が書いた本によると、刑務所の囚人に会いにくる霊が時々いるそうです。
また、殺された人の霊が、加害者のところへ来ることもあるらしいです。

私はこの世に未練はないので、いつ死んでもいいです。