日日是好色

日日是好色

日日是好色

用事があったので、早めに踊りを切り上げて、ダンスパーティの会場から出ようとしたら、知り合いの女性に「この方と組んで競技会に出ませんか?」と白人女性を紹介されました。

抜群のプロポーション(当然、八頭身です。)で、たぶん年齢は20代後半から30代前半でしょう。
見るからにバリバリのダンサーって感じです。
競技会に参加したいのだが、相手がいない、ということでした。

聞くと、ウクライナの出身で、元サーカスの団員だそうです。
つまり、身体能力は折り紙つき、と言うことです。
筋肉の盛り上がりがそれを物語っていました。
今のところ、ラテンダンスしかやっていないそうです。
残念ながら、時間がなくて、組んで踊ることができませんでしたが、知り合いによると、かなり上手らしいです。
(だいたい体型を見ればわかりますよね。)

ラテン部門なら、初心者の男性でも、彼女と組めば、ファイナルまで残れるでしょう。
それくらい、圧倒的な存在感があります。
フロアに立っただけで、注目を集めるはずです。

たぶん、地方の競技会では、向かうところ、敵なし、でしょう。
(元サーカスの団員では、ハンディを付けないと勝負にならないですね。)
組んだ男性がかえって惨めになるかな。

時間があれば、踊りたかったなあ~・・
かえすがえす残念です。


追伸

近くの山に登りました。

写真をアップします。
遠くに見えるのが、松任谷由美さんのお気に入りの、黄金山です。
山道がピンクに染まっているのが見えます。

ふもとで見た、紅白の桜です。

花見で食べた、牡蠣弁当です。人気の駅弁で、宮島名物のしゃもじの形をしています。

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先日、読んだ、ソープランドの帝王が書いた「公衆トイレと人生は後ろを向いたらやり直し」の感想です。

最近の若い女性は、「今日は十分に稼いだから。」と言って、客に指名されても、断ることがあるそうです。
昔なら考えられなかったことらしいです。
著者は、「最近の若者はハングリー精神が足りない。若者が勤労意欲をなくしたら、日本は駄目になる。」と言っています。

私はちょっと違うと思います。

お金のために、私生活を犠牲にして一生懸命に働いた昔の日本人が異常だったのです。

私も若い頃、「君にはハングリー精神が足りない。」と上司から言われました。
そこで、一週間、断食しました。
確かに死にそうなくらい腹は減りましたが、ハングリー精神は生まれませんでした。

最初に就職した会社は割に給料が高かったです。
今でも、社員の平均年収が800万円を超えているので、そこそこ高給取りの会社です。
で、仕事嫌いの私は「給料を減らしてもらっていいから、もっと楽な仕事をさせてもらえないか。」と上司に言いました。
そんなことを言う、やる気のない若手は、会社として不必要だったのでしょう。

こう書くと、私が無欲な人間に思えるかもしれませんが、全くそういうことはありません。
食欲も性欲も異常に強い人間です。(下ネタ大好きです。)
ただ、お金を見ても、それほど欲望を刺激されないだけです。
1万円札を見て、食欲や性欲を刺激される人はあまり多くないと思います。
札束を食べてみたいとか、欲情することは普通、ないですよね。

紙切れなのですから当然です。
つまり、お金に対する執着は、本能的なものではなく、後天的に、世間から洗脳された結果です。
(どういうわけか、私はあんまり洗脳されなかった、ということでしょう。)
貨幣経済と言うのは一種の宗教なのです。

この本の著者も、「一生懸命に働いて、たくさんのお金を稼いだけれど、結局は無駄なことだった。」と白状しています。

私はお金を稼ぐよりももっと大切なことがあると思います。
それは、人生を楽しむことです。
周囲の人々と、おいしいものを食べて、歌い、踊り、触れ合って、生きていることの喜びを堪能することです。
もちろん、そのためには、ある程度のお金は必要でしょうが、それほど熱心に働かなくてもいいんじゃないでしょうか
もし、それで、日本の経済成長が伸びなくなって、物質的に豊かでなくなっても、それはそれでしかたないと思います。

話は変わりますが、売春を公認していないのは、日本と米国くらいだそうです。
(米国にも公認の売春宿があります。)
世界的な傾向は、公認して、税収を増やし、衛生的な指導を行った方が良い、と著者は書いています。
アンダーグランドにお金が流れたり、病気が蔓延するよりは、良いことだそうです。
私もこれには賛成です。

また、日本では売春=人身売買だと思っている人が多いですが、これは国家とマスコミによる洗脳だそうです。

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自由と束縛

携帯電話のない生活、快適です。
束縛から解放されて、自由の身になった気分です。
いくら職場が忙しくても仕事関係の電話がかかってくる心配もありません。
道草しても、「今どこにいるの?早く帰ってきなさい。」と催促が入ることもありません。
携帯を持つことで、今まで、どれだけ自分が束縛されていたか、よくわかりました。

練習相手の女性とはPCのメールで連絡を取ることにしました。
今までのように頻繁には踊れないでしょうがそれでいいです。
パートナーがいると、どうしても相手の都合に合わせなければならない場合があります。
結果的に束縛されることになります。
私の場合、どうもそれが性格に合いません。

二人で練習している途中、若くて美しい女性が会場に入ってくると、無意識のうちに目がそちらに行きます。
気持ちがそぞろになって、むしょうにその女性と踊りたくなります。
そういう時は、相手に、「彼女と何曲か、踊ってくるので、見てチェックしてね。」と断って誘いに行きます。
寛容な女性なので、「わかった。楽しんでらっしゃい。」と送りだしてくれます。

競技ダンサーを見ていて感心するのは、「お互いに飽きもせずに、いつも一緒に踊れるなあ~。」ということです。
もし、自分のパートナーより、ルックスが良く、実力も上回る異性が、会場に一人で現れた場合、目移りはしないのでしょうか。
私だったら、適当に言い訳して、迷わず、誘いに行きますけど、相手が嫉妬心の強い人だったら難しいでしょうね。
時々、若い女性をちらちら見ながら、年配のパートナーと練習している男性競技ダンサーを見かけます。
心ここにあらず、って感じです。
男性として、心理的につらい状況です。

社交ダンスの本質はパートナーチェンジにある、というのが私の主張です。
ダンススポーツは、あまりパートナーチェンジしないので、私としては敬遠します。
浮気者には、向かないダンスだと思います。

初対面の女性といかにして楽しく踊るか、これが社交ダンスの楽しみであり、パーティダンサーの腕の見せ所です。

ところで、初対面で踊る女性を「初見の相手」という人がいます。
これって、遊郭の言葉だそうです。
初めて店に上がり、女性と肌をともにすることを「初見」、同じ女性との二度目を「返し」、三度目で「馴染み」となります。
ある意味で、肌をともにするから、ダンスでも使ってもいいのかな。
「馴染みの女性」というのも意味深ですね。
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お金で愛は買えるか?

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安芸の宮島、厳島神社は、女性の神様を祭っています。
ですから、女性が行くと神さまが嫉妬するので良くない、と言われます。
これ、全くのウソです。
かつて、宮島にはたくさんの遊郭があって、奥さんを連れていくと、男性が遊べないので、こんな屁理屈がまことしやかに語られました。
今はもう、遊郭はありませんが、昔は、日本全国の有名な神社仏閣の周辺にはたくさんありました。

明治の初期に日本に来た、英国人女性イザベラ・バードは、伊勢神宮を参った際に、参道に並ぶたくさんの女郎屋を見て
「胸が悪くなりそうだった。」そうです。

江戸時代まで、日本人は売買春に対して全く罪悪感を持っていなかったみたいです。
遊女と結婚した人も多いし、遊郭を舞台にした文化もありました。

キリスト教の世界では、売買春を罪だと考えています。
日本で売春防止法が成立したのも、キリスト教信者の影響が大きいそうです。
(自民党が女性の人気取りに利用したらしいです。)

キリスト教では、夫婦以外のセックスを基本的に禁止しているので、売買春なんか言語道断なんでしょう。
でも、それ以上に深い理由がある、と私は独善的に考えています。

もし、お金で男女の間に親しい関係ができるなら、「愛」でしか人は結ばれないとするキリスト教の教えに反するからではないか、と思います。
そうなると、愛を専売特許にしている、神さまの存在価値がなくなります。
人間は孤独が一番、つらいので、お金で人が親しくなれるのなら、みんなお金を稼ぐことに熱中して、神様を崇めることをやめてしまいます。
(その状態に近いのが今の日本だと思いますが。)
それを避けるために、キリスト教は売買春を厳しく禁じているのではないでしょうか。

先日、退職した私の先輩は風俗で出会ったフィリピン女性と同棲していました。

昨日、元ライブドアの堀江貴文さんが、仮出所しました。
彼は、「お金で愛も買える。」と言って物議をかもしました。
私は、「お金で愛を買うことはできないが、愛をはぐくむきっかけは作ることができる。」が正解だと思います。

タレントの栗山 千明さんが、アルゼンチンタンゴのチャンピオンと踊る番組を放送していました。
発表会に向けて一生懸命に練習していました。
脚力が足りず、足元がふらつく場面がありましたが、若くてスタイルが良いので、それなりに絵になっていました。

http://www.youtube.com/watch?v=9yWN59qMC5g

かっこいいですね。
タンゴは、「言葉ではなく体で交わす愛の語らい」なんだそうです。

いいなあ~、と思う反面、日本人には向かない踊りのような気もします。
顔の位置が近く、密着度が高いです。
「キス」と「抱擁」の文化圏じゃないと、とてもじゃないけど恥ずかしくて踊れません。
恋人か夫婦じゃないと難しいんじゃないでしょうか。
社交ダンスで踊る、コンチネンタル・タンゴの方が日本人向きです。

アルゼンチンタンゴの競技会には、サロン部門とステージ部門があります。
サロン部門はどちらかというパーティ向けのダンス、、ステージ部門は見せるための派手な踊りです。
数年前、日本人のカップルが世界大会で優勝しましたが、それはサロン部門でした。

社交ダンスでも、アル・タンみたいに2種類の競技会をやればいいのです。
そうすれば、あまりに難しくなりすぎた、という、日本の社交ダンス界がかかえる問題はかなり解決します。
ダンススポーツって、見せるためのダンスだから、サロンダンス(パーティダンス)に比べて、とても難しいです。

日本のダンス教室は、ダンススポーツしか教えないので、いろいろ不都合が起きます。


2種類の競技会があれば、パーティダンサーも競技ダンサーもそれぞれが目標を持って、ダンスを楽しめると思います。
米国には、初めて出会う男女が組んで踊る競技会もあるそうです。
これもパーティダンサー向けですね。
楽しいんじゃないでしょうか。

でも、サロンダンスを教えても、ダンス教師はあまりお金にならないので、敬遠するのでしょうね。

今日は桜が満開でした。
昼休み、公園で会社の女性たちが花見をしていました。
今も、会社の花見をやっていますが、ちょっと肌寒いので、私は参加しませんでした。

ロシアのボリショイ・バレエ団に属するダンサーが、「政府の要人のエスコート・サービスをさせられた。」と発言したそうです。
その男性に手を取られて、舞踏会にでも参加したのかな、と思っていたら、どうもセックスの相手をした、ってことみたいです。
バレエダンサーって、男性の羨望の的だから、そういう話があるんですね。
日本でも、バレエ教室を舞台にした秘密のクラブがあるって、聞いたことがあります。

過激なフェミニスト、上野千鶴子さんが書いた「みんなおひとりさま」という本を読んでいます。
彼女によると、年をとると、離婚や死別によって、男も女も一人になる可能性が高いそうです。

女性の一人きりの老後に関して、彼女は何冊か著作がありますが、この本では男の老後に関しても記述がありました。

「男おひとり様で、人生を幸せに生きている人の多くは、女性の友人に恵まれた生活をしている。」という文章です。
「無二の親友とか、男同士の友情もいいけれど、いざ何かあった時に男友達は頼りになりません。
 そういう時、実際に細やかに気を回してくれて、手を貸してくれるのは圧倒的に女性です。
 一人の配偶者よりも、女友達を何人持つか、男おひとりさまにとって、それは大事な資源です。」なんだそうです。

年取ったら、女友達を作らなければいけないなあ、と思いました。

社交ダンスには、「社交」の要素はいらない、という人もいます。
バレエのアダージョのように、二人で美しく踊ればいい、みたいな考えなんでしょう。
でも、それってすごく難しいです。
小学生くらいから、体とダンスの技巧を鍛え上げた男女なら、可能でしょうが、中高年になって踊り始めたダンスファンにはかなりきついです。

中高年男女が友人を作るきっかけとしての社交を目的とした社交ダンスも、これからの社会では必要ではないか、と思います。

プロフェッショナルな女性

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有楽町の東宝ダンスホールでは、お金を出せばプロのダンサーが踊ってくれます。
確か2000円で30分間だったかな。

「お金を払って踊ってもらうなんて~」と何となくビジネスライクな感じで嫌だったんですが、初めてのお客さんは無料で三曲踊ってもらえる、と聞いて、あつかましい私は早速申し込みました。

さすがプロフェッショナルでとってもお上手でした。
絵になるダンスになったんじゃないかな~・・・(うぬぼれですね。)

ある程度、彼女とは心が通じました。(心が通じないとリードできませんからね。)
お金を出してプロと踊るのも悪くない、と思いました。

「公衆トイレと人生は後ろを向いたらやりなおし」という本を読みました。
「ソープの帝王」と呼ばれた鈴木正雄さんの自伝です。
首都圏一円に32店舗のソープランドを展開する「角海老グループ」の元総帥の聞き書きです。

私もこのグループには、若い頃、世話になりました。
この本を読んで、お金に対する考え方がほぼ180度変わりました。
目からうろこが落ちる思いでした。

私はどちらかと言うと、お金、というか貨幣経済に対しては批判的な立場でした。
貨幣経済が人間の社会をダメにした、と思っていました。

ある男性が、ソープランドに行き、お金を払って、女性とセックスしたとします。
この現象に対して、二つの見方があります。
一つは、彼はお金を払って、自分の性欲を満たした、というものです。
もう一つは、彼はお金を払って、女性と親密な関係になった、というものです。

キリスト教的な、あるいは現代的な見方では前者でしょう。
でも、私は、後者の方が正しいと思います。

女性にはわからないと思いますが、私の経験から言えば、ソープランドでは、単に性欲を発散するだけじゃなくて、それなりに親しくなれるのです。
もし、お金がなければ、初めての女性とそんな関係にはなりません。

つまり、お金って、人と人をつなぐ一つの手段なのです。
都市と職業とお金は三つ子の兄弟みたいなもんだそうです。
見知らぬ人々が集まった都市では、相手を信用して、人間関係を作るためにはお金が必要だったのです。
それを象徴しているのが、「世界最古の職業」と呼ばれる売春婦です。
実際、今でもお金を通じて、多くの人がつながっています。

お金を自分の欲望を満たすための手段だと勘違いしている人が多いので、お金の悪い面が出てしまいます。
その結果、お金は偏在し、人々は孤立し、不幸な社会になります。
「お金は人とつながるために使う。」というのが正しいお金の使い方だと思います。

金太郎、という源氏名を持つ売春婦がいました。
「泡踊り」というテクニックを発明したのはその女性だそうです。

タレントのキンタローさんは、それを意識しているのかな。

マンネリ打破の手段

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世界遺産を紹介するテレビ番組で英国のバースを取り上げていました。
「風呂」を意味する「Bath」の語源になった、貴族の保養地です。
英国流社交ダンスの発祥の地でもあります。
ここで、初めてパートナーを取り替えてダンスを踊る、ということが行われたそうです。
おそらく、夫婦生活のマンネリ打破の手段として発明されたのでしょう。
毎年6月には、昔のままの舞踏会が行われているそうです。
カップルで参加して、パートナーチェンジをしながら踊っていました。

雑誌に、都内で行われたスワッピングパーティの様子を紹介していました。
今、中高年夫婦の間で、すごく流行っているそうです。
40代~60代の夫婦が中心ですが、70代の女性が単独で参加したいと申し込んだこともあるそうです。
昔は好事家の間で、ひっそり行われていた秘密のイベントが、インターネットの普及で大々的に人を集めるようになりました。
これも夫婦のマンネリ打破の手段だそうです。

楽しそうですが、やっぱり病気が怖いかな、と思います。
それなりに予防措置は取るんでしょうが、万全は難しいと思います。
性感染症やエイズが蔓延する可能性が高いです。
「おじいちゃんとおばあちゃんが、秘密のパーティで性病に感染したらしい。」と孫に言われるのは、目も当てられません。
それに、中高年女性で、人前で裸をさらす自信のある人は、それほど多くないような気がします。
もし、スタイル抜群の女性が参加したら、その人に男性が殺到して、収拾がつかなくなるんじゃないでしょうか。
性的魅力が不足して、「壁の花」や「壁のシミ」になってしまう女性や男性もいるかもしれません。
すっ裸で、じっと誘いを待つとか、誘っても応じてもらえない、なんて、想像するだけで耐えられません。

中高年男女のマンネリ防止には、スワッピングよりは社交ダンスの方が適していると思います。

詩人の萩原朔太郎が「舞踏会とは、惰性的な夫婦生活に嫉妬という刺激を与え、退屈から逃れるための西洋人の悲しき発明である」と書いているそうです。
彼の娘さんも、ダンスにはまってしまいました。
携帯電話をなくしたので、練習相手と連絡が取れなくなりました。
まあ、しかたないです。

彼女はお金持ちみたいで、個人レッスンにお金をかけてデモンストレーションで踊りを披露しています。
以前は競技会にも出ていたようです。
時々、東京にもレッスンに行っています。
彼女が言うには、「上手になればなるほど、踊る相手がいなくなる。何をしているのかわからない。」そうです。
上手に踊らせてくれる男性が少ないので、パーティにも参加しません。

日本人の国民性なのでしょうが、一つの仕事や趣味を徹底的に追究する傾向があります。
これ、外国人から見ると、驚きらしいです。
剣道、柔道、茶道、華道・・・等々、「道」の思想です。
社交ダンスでも、「ダンス道」を究めたい人が多いです。

でも、ダンスは相手が必要ですから、ダンス道を究めれば究めるほど、踊る相手がいなくなります。
私は、ダンスに日本特有の「道」の思想をもちこむのは間違っていると思います。

社交ダンスの目的って何でしょう?
人によって、いろいろでしょうが、私は「人とつながる手段を手に入れること。」だと思います。
人類学が明らかにしたことは、人間にとって、最も大切な能力は、「人とつながる能力」です。
「人間」とはよく言ったもので、人と人との間に私たちの心が存在するのです。
人とつながるために、私たちは歌い、踊り、触れ合い、言葉を作りだしました。

その中でも踊りが人と人をつなぐ効果は特に大きいです。
社交ダンスは踊りの中でも別格で、男女を容易にくっつけます。
初対面の男女が触れ合って踊ることで、心が通じ合います。
不思議なのですが、音楽と皮膚接触の効用なのでしょう。

美しく踊りたい、という女性は多いですが、それなら遅くとも10代のうちに始めるべきでした。
40歳過ぎて、ダンスを習い始めても、到達できる地点はだいたい予想ができます。
中高年男女が「踊り子」になれる可能性は低いです。

そういう無謀な野心を抱くよりは、ダンスを通じて、いろんな人とつながりを作った方が楽しいと思います。
たぶん、社交ダンスファンなら、日本のどこに行っても、あるいは世界に出ても、それなりに友人ができるはずです。
これって意外にすごいことです。
ダンスを習って良かった、と思う時があります。

最近、人とつながる能力を育てられなかった人が増えています。
そういう人は、とてもつらい人生を送ることになります。

都会に向かない性格

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日日是好色

日日是好色

久しぶりに上京して都会の空気に触れました。
初めて、東京の地に立ったのは、小学校5年生の時でした。
何より驚いたのは、周囲に山が見えないことでした。
関東平野は本当に広いです。
飛行機から、空の上からも見ましたが、異様に広い平野です。

ホテルの近くに愛宕山がありましたので、上りました。
標高25.7mで天然の山としては東京23区内最高峰なんだそうです。

東京スカイツリーに上るつもりでしたが、休日で混みそうだったので、愛宕神社の境内で本を読んでのんびり過ごしました。

どうも山とか森とかが周囲にないと、落ち着きません。
若い頃、1年間ほど、東京に住んだことがありますが、休日は毎週のように多摩や秩父の方に登山に行きました。

朝8時ころ、新橋駅に行ったら、通勤ラッシュにひっかかりました。
大勢の人が、電車から降りてきました。
初めて、本社に出社する日(つまり入社式の日)、混雑のため、山手線の電車から降りることができずに、遅刻してしまいました。
東京は人が多すぎて、私にはストレスがたまります。

都会に向かない性格なんですね。
そういえば、会社の方も、「こいつには都会向きではない。」とういうことで、いきなり地方に赴任させたそうです。
これが裏目に出てしまったのですが。
都会が大好きだけど、都会には住めない困った人間です。

愛宕山神社の写真です。