霊魂の存在や生まれ変わりの話をすると、とたんに怪しい宗教に染まってしまった危険な人物としてみなされるような風潮が日本にはあるようです。
でも、人間が生きていく上で、こういう話題は、ある程度、大事な問題じゃないかな、と私は思います。
科学万能の考えでは、なかなかうまくいかないことや納得できないことがあるんじゃないでしょうか。

科学理論に対する言葉として形而上理論というものがあります。
科学理論は人間が経験的に認識できる範囲の世界の中で、その因果関係を示すものです。
それに対して形而上理論は、神とか霊とか天国とか非経験の世界を考える理論です。
この理論を学問として研究するのが、形而上学です。

形而上学は古代ギリシャの時代に発生し、
キリスト教やイスラム教の社会では、今でも神学とか聖書学として研究されているようです。

日本は明治以来、欧米の科学技術を積極的に学び、取り入れてきましたが、
残念ながら、この形而上学に対して、あまり熱心に取り組みませんでした。
実証不可能な、怪しいものとして、学問の対象外としていたようです。

明治の初めに来日したイザベラバードという女性が、
「日本人は西洋人の宗教的な背景を理解することなく、その果実である科学技術だけを学ぼうしている。
 果たしてこれで良いのだろうか。」と疑問を呈しています。

形而上学は人間が生きていく上でとても大切なものだと思います。
神はいるのかいないのか、霊魂は存在するのかしないのか、天国や地獄はどうか・・・
こういう考えが人生に大きな影響を及ぼします。
個人の道徳や信条になったりします。
「宗教を持たない人間は信用できない。」という言葉を聞くことがありますが、
それは、生きる規範を持っていない、ということと同じだからだと思います。

確かに科学理論と形而上理論はお互いに両立しない面もあります。
でも、人間は科学理論だけで満足する存在ではありません。
どうしても精神的な支柱や理論を必要とします。
(そうでない人ももちろんいますが。)

そういうバックグランドを持たない日本人はある意味不幸なのかもしれません。
若い人が容易に新興宗教にはまる理由もこのあたりにあるような気がします。
新興宗教は、割にお手軽な形而上理論を提供するからです。

オーム真理教に優秀な学生たちがはまってしまい悲劇につながりましたが、、
彼らも形而上理論に飢えていたのでしょう。

また、日本人ほど死を恐れる民族はいない、という話を聞いたことがあります。
その割には自殺者が異常に多いです。
これも個人が納得できる宗教や形而上理論をもっていないせいだと思います。
AD

原子力を必要としない生活

テーマ:
今度の地震で原子力発電の危険性が認識されていますが、じゃあ、原発なしで、今のような日本人の生活や産業が成り立つのか、というとこれはかなり難しいと思います。
当面は石油や石炭に頼ることになるのでしょうが、これもいろいろ問題がありそうです。

問題の根っこは、日本人(というか先進国の人々、これからは発展途上国の人々も)がエネルギーを使いすぎることです。

根本的な解決法は、もう少しエネルギーの消費を抑えることでしょう。

と言っても、江戸時代の暮らしをする必要はないと思います。

昭和25年から30年までの一人当たりのエネルギー消費量は、今の10分の一くらいだったそうです。
そして、昭和40年から45年までは、今の半分くらいでした。

私は昭和36年生まれですが、小学校に入学した昭和43年頃は、それほど貧しい生活を送っていたようには思えません。
ただ、あの頃、部屋の掃除は掃除機じゃなくて、ほうきを使っていたと記憶しています。もちろんエアコンは家にはありませんでした。

地球の未来、そして、将来の子供たちのことを考えると、せめて昭和40年代初めくらいの生活で満足すべきなのかもしれません。
AD

福島の被害

テーマ:
福島県の二本松市にある老舗旅館が、震災の影響で廃業するとテレビで報道していました。

若いころ、福島に住んでいたことがあります。
智恵子抄で有名な安達太良山によく登りました。

二本松市にも何度か行きました。
懐かしいと同時に、心配です。
一日も早く復旧してほしいと思います。

さて、話は変わりますが、死後の世界とか生まれ変わりに関して興味深いサイトを見つけました。

時間があれば見てください。

http://www.sol.dti.ne.jp/~sam/realaim/Lifeindex.html
AD

死後の世界

テーマ:

「ヒアアフター」という映画を見て、死後の世界って本当に存在するのかな、と疑問に思うようになりました。
それまでは、人は死んだらすべて終わり、だと思っていました。
(この映画は、東北大震災直後、上映が中止されたようです。
 津波の様子があまりにリアルなので、自主規制したのでしょう。)


いくつか文献を調べましたが、どうも存在するような感じです。
30人に一人くらいは、霊感の強い人がいて、死んだ人の霊魂を見たり感じたりすることができるそうです。
また、ある程度、訓練すれば霊感が強くなくても見えるようになるらしいです。
この霊が見える、というのは、初歩的な段階で、本当の霊媒師は、霊に取り付かれた人に対して、除霊ができるということです。
(これがけっこうたいへんなんだそうです。)

霊魂があるとしたら、生まれ変わりも当然、あるみたいです。
人は早ければ40日くらいで生まれ変わり、平均すると、56年くらいで生まれ変わるらしいです。
全く非科学的で、突拍子もない話ですが、最近は一部の科学者もまじめに取り組んでいるのだとか。
霊魂が存在すると考えないと、理屈に合わないこともあるんだそうです。


でも、不思議ですよね。
死んだら、脳細胞も破壊されるので、意識もなくなるはずなんですけど。
霊魂っていったい何なのでしょう。

ノブレス・オブリージュ

テーマ:
テレビで少年自衛官の訓練の様子を紹介していました。
中学校を卒業したばかりの若者が入隊し、給料をもらいながらの寮生活です。

昔の軍隊生活を彷彿とさせるような厳しい訓練でした。
もし、私が入隊したら三ヶ月も耐えられないだろうな、と思いました。
将来、国家のために生命を賭けて戦う可能性もあるわけで、いざという時に備えて、精神と肉体を鍛え上げておく必要があるのでしょう。

戦前は、普通の子供たちも学校でこういう教育を受けていたのでしょう。
これが戦後、批判されて、今は、国家のために命を捧げるとか、集団のために自分を犠牲する、なんていう道徳教育は行われなくなりました。

確かに戦前の教育は、全体主義に偏り過ぎていたのでしょう。
しかし、ある程度は、自分の属する集団や企業、国家のために個人の欲望を抑えるという考え方を教えるのは必要ではないでしょうか。。

今の教育は、自分が成功し、富や名誉を得ることを目的としているような気がします。
私も集団のために自分を捧げよ、という教育を受けませんでした。
がんばって勉強したら、大企業に入社できて、給料もたくさんもらえるから、みたいな感じで、勉強しました。

結果的に、日本という国家のために働こうとするエリートは育ちにくかったのだと思います。
政治家にしても、高級官僚にしても、自分のことしか考えていないような気がします。
(もちろん、そうでない人もいるでしょうが。)
定年後、天下って、多額の退職金をもらうことをもらうことを目的にしている官僚もいるらしいです。

私が会社に就職した時、役員から、「ノブレス・オブリージュ」という言葉を教えてもらいました。
直訳すると「高貴さは(義務を)強制する」の意味だそうです。
「君たちはうちの会社ではエリートだ。それだけの義務を背負っているのだよ。」ということらしいです。
こういう教育は、就職してからではなく、もっと若いうちに受けた方がいいと思います。

それはともかく、今回の震災で、被災地で大活躍している自衛官を見て、自分も自衛官になりたいと思った若者は多いのではないでしょうか。
私も、ある議員が言うように、自衛隊を「暴力装置」だとは思いませんでしたが、穀つぶしみたいな感じで見ていました。
今は、国家のためにがんばれる立派な職業だと思います。

原子力発電と地球温暖化

テーマ:
広島県と山口県の県境に近い場所に原子力発電所を作る計画があって、そのための準備工事が行われていましたが、福島原発の事故で工事が中止されています。

住民の反対があるので、これから原子力発電所を作ることは難しいでしょう。

二酸化炭素の排出を減らし、地球温暖化を阻止するためには、原子力発電しかない、という主張が世界の大勢でしたが、見直されることは間違いないと思います。

そもそも、地球は本当に温暖化しているのでしょうか?
確かに昨年の夏は、異常に暑かったですが、冬も異常に寒かったです。
3月になっても、昨日、今日、明日と雪が降るくらい寒いです。
地球が温暖化しているというのは、どうも実感しにくいです。

地球が温暖化していると科学的な見地から主張しているのは、IPCCという団体ですが、この団体って、もともと、原子力発電を推進するために英国で設立されたものです。
この団体が提出した地球温暖化のデータも捏造されたことが明らかになっています。

地球温暖化の話は抜きにして、今後のエネルギー問題を検討すべきだと思います。

神の思し召し

テーマ:

大地震による津波で、二歳のわが子を亡くした母親が「何も悪いことはしていないのに。」と泣いていました。

家族を亡くて、自分に原因があるのではないか、と責めている人も多いようです。

こういう自然災害は誰のせいでもありませんし、過去に自分が悪いことをしたからでもありません。

仏教は、因果応報を基本にしているので、私たち日本人は不幸なことがあると、原因を自分に求める傾向があるように思います。
東京都知事は、「今回の地震は天罰だ。」と言ったらしいです。

これは間違っています。
地震の原因は地質学上のことで、人間の行いには関係がありません。
たまたま運悪く、その場所に人がいた、ということです。

それでも納得できない場合は、「神の思し召し」として、思考を停止するしかないと思います。

親しい人を亡くされた方には、一日も早く悲しみを克服して生きる力を取り戻してほしいです。


失って初めてわかること

テーマ:
東北大震災の被災者の様子をテレビで見ていて、
失って初めてわかることってあるなあ~と思いました。

電気、ガス、水道などのライフラインは、あるのが当然だと思っているので、私たちは日ごろ、あまりありがたみは感じません。

なくなって初めて、その重要性がわかります。
文字通り「有り難い」ものなのです。

ライフラインに限らず、自宅、食糧、燃料、衛生用品・・・等々、豊かな日本では有り余っているものが、突然、なくなるとみんなが困ります。

先程、風呂に入りましたが、自宅でゆっくり湯船につかることも考えてみれば、ありがたいことです。

地震で、6人家族のうち、三人の子供と父親を亡くした男性が、遺体を荼毘に付していました。
あまりにかわいそうで、見ていられなかったです。

家族を失うのが一番、つらいでしょうね。

日々感謝して生きよ、と言われますが、確かにそうなのでしょう。

困った時はお互い様

テーマ:
紙おむつや乾電池、カップラーメンやろうそくなどのメーカーが、工場をフル稼働して、生産した支援物資を震災地に送っているそうです。

なんのかんの言っても日本っていい国だな~と思います。

国民の間に、困った時はお互い様、の精神が根付いています。

言うまでもなく、日本は個人主義ではなく、集団主義の国です。

国民は自分の都合よりも、周囲の人々や自分の属する集団のことを考える傾向があります。
稲作を中心にした農耕民族のDNAなのでしょう。

私は若い頃は、この集団主義が嫌いで、欧米流の個人主義に憧れました。
教育もそれを目標にしたので、戦後の世代は、私みたいな人が多いのではないでしょうか。

でも、こういう大災害が起きた時は、やっぱり集団主義の方が良いです。

メーカーの経営者も従業員も、自分や会社の利益を期待しているのではなく、東北地方の人々の窮状を救いたいと思って一生懸命に生産していると思います。

日本はまだまだ捨てたものではないですね。
この試練を乗り越えた時は、また躍進できると思います。
そうやって、日本は発展してきましたから。