NHKの大河ドラマ「江」を見ています。

織田信長が江に「己を信じよ。」というせりふがあって、考えさせられます。

現代社会では神を信じる人はいますが、自分を信じる人って、そんなに多くはいないんじゃないでしょうか。
(たぶん、そんな人は成功した偉い人です。)

狩猟民族のエスキモー(今はイヌイットと言うのかな?)の社会では、二人連れが氷原で道に迷った時、どちらに進むべきか、二人で協議しますが、意見が合わない時はそれぞれ、自分の信じた方向に進むそうです。
死と隣り合わせの厳しい世界なので、自分を信じるしかないのです。
まさに自己責任で、自分が生き延びるためには、いくら仲良しでも相手の意向に左右されてはいけないのです。

先進国の人々はなかなかこうはなりませんよね。

農耕社会になって、人々は自分を信じるのではなく、指導者や支配者の言うことを信じるようになったそうです。個人ではなく組織で生きるようになったからです。
現代のサラリーマン社会でも同じです。

自分の信じた道を進める人はサラリーマンには多くないと思います。
嫌々でも、上司や組織の価値観に沿って行動しなければなりません。
長くサラリーマン生活を続けているうちに、だんだん自分の信念が揺らいできます。
サラリーマンにうつ病が増えていますが、私は、うつ病とは自分を信じることができない精神の病ではないか、と思っています。

これは私の若い頃の経験からです。

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国税庁

テーマ:
テレビで国税庁を紹介しています。
テレビカメラが入るのは、おそらく初めてだろう、ということです。

「泣く子も黙る。」って感じのお役所ですね。
全国から集まったエリートたちの牙城です。
映画で有名になった「査察部」もありました。

そういえば、以前参加していた交流会に、当時の大蔵省から出向していた国税庁の人が参加していました。
確か、30代前半で税務署長をしていたと思います。
彼もエリートの一人だったんですね。

税金を徴収するのは一生懸命ですが、使い方がいい加減、っていうのが日本という国です。
無駄遣いされるのがわかっているので、誰も納税したくありません。

今は、確定申告の季節です。
日本をはじめとするごく少数の国家だけしかやっていない、源泉徴収はそろそろやめるべきだと思います。
これを改めないと日本の政治は良くならない、らしいです。
国民が税金の使途に無関心になってしまうからです。
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「今」を生きる人々

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世界で一番歩くのが遅い国民は、アフリカのマラウイで、日本人の平均歩行速度が、時速5.05キロに対し、この国民の歩行速度は、時速2.7キロなんだそうです。
(横断歩道を渡る様子を放映していましたが、驚くほど遅かったです。)

800メートル離れた場所で10分後に会うことを約束し、何分後に彼らが到着するか、実験していました。
日本の不動産業界の規定では、「徒歩10分」の距離だそうです。

その結果、最も早い人で、約束より10分遅れの26分、最も遅い人は、約束より38分遅れの48分かかりました。

歩くのも遅いですが、知人と会うと立ち話するなど、道草が多いのです。

彼らの一人が言いました。
「私たちは、今を生きる人種なのだ。」

なるほど~納得です。
私たちの多くが「今」を生きる(楽しむ?)ことができないのは、時計を見ながら、効率的に生きようとしているからなのです。
(テレビに出たマラウイの人々は時計を持っていませんでした。)

目標を定め、できるだけ短時間でそこに到達しようとしているのが、先進国に住む我々で、これでは、「今」を十分に楽しむことができないですね。

人生を楽しむには、結果でなく、過程を重視すべきなのでしょう。
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私は神だ!

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一夫多妻を主張して、妻と離婚した「幸福の科学」の総裁、大川隆法さんの話です。

彼は「エル・カンターレ」という最高神なんだそうです。
「自分は神だ。」と宣言しているわけで、誠に恐れ多い存在です。
自分を神格化できる人って、そんなに多くないんじゃないでしょうか。
だいたいそういう人は、新興宗教の教祖になっています。

でも、よく考えると、彼の言うことは、そんなに間違っていないと思います。

世の中の事象って、それ自体には何の意味もありません。
それに、意味や価値観を与えるのは、人間です。

仮に、災害で、多くの人が死んでも、そのことに意味はありません。
人間が勝手に、それを悲しい、とか不運だ、と嘆くわけです。

つまり、世の中の事象に意味や価値を与え、統一された世界を形作るのは人間、各個人です。ということは、各個人が神、ということになります。

シャーリーマクレーンは、このように書いています。
「この世に現実など本当は存在しない。私たちが現実として見ているものは、すべて、私たちがそれをどうとるか、という認識の問題である。自分がどのように世界を見ているかによって、世界は決まる。」

たぶん、これは科学的にも正しいと思います。

私たちが死んだ時点で、この世の中は終わります。
自分は神であり、この世界は自分のためにある、と思ってもいいんじゃないでしょうか。

問題は、食っていくためには、お金をたくさん持っている、他の神さまの価値観に従わねばならないことだと思います。
これが結構、つらい・・・(笑)

「40代から始めるボケない生活術」という本を読みました。
この本は、40代の方にはぜひ、お勧めします。
(40代に限らず、50代以上の方にも勧めます。)
結構、ためになることが書いてあります。

それで、その本の中に、「40代からボケ予防に始めたい運動」というのが書いてありました。

一人で行うのではなく、テニスやゴルフみたいに他人と一緒に行うスポーツで、競技性のある運動がいいそうです。
そして、競技性はないけど(実際はありますが)異性と楽しむ社交ダンスを勧めています。

さらに、40代からは、聴覚を意識的に鍛えるのが良いそうで、趣味として、楽器演奏と、社交ダンスを勧めています。


社交ダンスは、「音楽性」と「身体性」に加えて、「ときめき」の要素もあるので、前頭葉を刺激するそうです。

40代の皆様、社交ダンス、始めませんか?
確かに踊っている人でボケる人は少ないような気がします。

「40代から始めるボケない生活術」という本を読みました。
この本は、40代の方にはぜひ、お勧めします。
(40代に限らず、50代以上の方にも勧めます。)
結構、ためになることが書いてあります。

それで、その本の中に、「40代からボケ予防に始めたい運動」というのが書いてありました。

一人で行うのではなく、テニスやゴルフみたいに他人と一緒に行うスポーツで、競技性のある運動がいいそうです。
また、異性と楽しむ社交ダンスを勧めています。

また、40代からは、聴覚を意識的に鍛えるのが良いそうで、趣味として、楽器演奏と、社交ダンスを勧めています。

社交ダンスは、「音楽性」と「身体性」に加えて、「ときめき」の要素もあるので、前頭葉を刺激するそうです。

40代の皆様、社交ダンス、始めませんか?
確かに踊っている人でボケる人は少ないような気がします。
昨日の日記の続きですが・・・

社交ダンスの教師が、ホストクラブの元祖になったのは、ダンス界にとって、後の世に禍根を残した、と思います。

ダンスをやる男性は、ホストと同一、あるいは同じ穴のむじな、に見られるようになったんじゃないでしょうか。

これは女性の社交ダンス愛好家が、戦後の米国駐留軍を相手にした売春ダンサーと重なって見られるのと似ています。

どちらにおいても、社交ダンスを踊る男女は、(お金の絡む)性交にも積極的だという認識が社会にはびこったと思います。

社交ダンス界はこの認識を何とか覆したかったのでしょう。

そこで窮余の策として考えられたのが、「社交ダンスは健全なスポーツである。」というアイデアです。

ダンスがスポーツって、言うのが、意味わかりませんが、過去の汚れたイメージを払しょくするにはこれしか思いつかなかったんでしょうね。
でも、これも結局、失敗だったと思います。
ダンスはダンスでしょう。
ダンスはスポーツである、という主張は、「ラーメンはうどんである。」とか「仕事は遊びである。」「犬は猫である。」なんて具合に、論理が破たんしています。

変な詭弁を弄するより、ダンスの健全性を前面に出してアピールすべきだったと思います。

この話は、おいおい書いていきます。
2006年の風営法改正により、新宿歌舞伎町などで営業していたホストクラブが激減しているそうです。

テレビで40年前のホストクラブの様子を放映していました。
当時のホストは女性と踊ることができました。

私の知人で、昔、ホストをやっていた男性がいるのですが、彼もきちんとダンス教室に通って、女性と踊れるように努力したそうです。

今の若いホストのほとんどは踊ることができません。
ただ、しゃべりまくるだけです。
それじゃあ、いくらハンサムでも女性は性的魅力を感じないでしょう。
会話だけで女性にお金を使わせるのは、なかなか難しいと思います。
身体を密着させて、ムードのある音楽で踊って、女性をその気にさせないとねえ~。

ホストクラブの男性はまずは、ダンスを覚えることが商売繁盛のための秘訣だと思います。

ウィキにこんなことが書いてありました。

「東京にホストクラブが誕生したのは1965年に東京駅八重洲口前でオープンしたナイト東京である。前身は「京の花」というグランドキャバレーであったが経営に行き詰まり、大量のダンス講師を雇いその広大なフロアを活かした女性の為のダンスホールとして生まれ変わる。ダンスホールには休憩の為にソファーが置かれたサロンスペースがあり、講師にチップを払う事で一緒に酒を呑む事が出来た。」

要するにダンス教師がホストの元祖なんですね。

踊れないホストなんて、「飛べない鳥」や「泳げない魚」みたいなもんで、何の魅力もないのです。
テレビで若者(若者じゃない人もいましたが)の結婚事情を報道していました。

未婚の女性の多くは年収400万円以上の男性と結婚したいのですが、実際にそれだけもらっているのは、適齢期の未婚男性の4分の一に過ぎないそうです。

4分の3の男性は、女性を養うことが難しい状態です。

二人で働いて家計を支えれば、何とかなるのでしょうが、女性の親がそれを認めないらしいです。

考えが古い、ということになるのでしょうが、日本の社会制度も同じようなもんです。

夫婦が同じ程度に働くと、妻は第3号被保険者からはずれます。その結果、二人が払う掛け金は大幅に増えます。

働いていた妻が早く亡くなった場合、その遺族厚生年金を夫はもらうことはできません。
どう考えても男女不平等です。

日本の社会が、夫の稼ぎで一家を養うことを前提にしている以上、若い女性がそれができない男性を結婚相手の候補からはずしてしまうのは、無理のないことです。

適齢期の男女の結婚難の原因は、国と親が作っているってことでしょうね。

高齢者の交通事故

テーマ:
お隣の山口県では、この5年間に518人が交通事故で死亡し、そのうち、半数以上が、65歳以上の高齢者だそうです。

車を運転していて事故を起こしたり、歩いていて事故に巻き込まれるケースです。

大都会の人にはわかりにくいかもしれませんが、地方の過疎地では高齢者が自動車を手放せません。

バス、電車などの公共交通機関が、ほとんど廃止されているからです。

解決策は、僻地に住む高齢者に、都心に移住してもらうことですが、これがなかなか難しいようです。
お金もかかりますし、心理的な側面もあります。

ただ、日本はこれから、少子高齢化が進みますので、人々を都会に集め、効率的な公共サービスを提供するという方向は、避けられないと思います。

テレビで「ドローイン・ダイエット」というのを紹介していました。

背筋を伸ばして、15秒間、おなかをへこませます。
わき腹と背中の筋肉を使うことによって、下腹が引き締まります。

この状態で歩くと、さらに効果があります。
普通に歩くより、40%消費カロリーが増えるらしいです。


これって社交ダンスの姿勢の訓練と同じです。
私もこれでぽっこり出ていたおなかが引っ込みました。

女性の腰のくびれを作るのにも、たいへん効果があるようです。
(くびれができると、男性の注目を引きますよ。)


無理のないダイエット法(というかシェイプアップ法ですね。)なので、お勧めします。