テレビの大罪

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という新書を読みました。
確かにそうだ、と納得することが多かったです。

でも、私がテレビを見ることで、最も弊害がある、と思うのは、全く他人と接していないのに、「自分にはたくさんの友人がいる。」とか「自分は社交的である。」と錯覚する人が多いことだと思います。

テレビに出るタレントを自分の友人だと思っている人(あるいはそう感じている人)は意外に多いです。

以前、読んだ本にこんな内容の文章がありました。

「セント・ヘレナ島は南大西洋に浮かぶ絶海の孤島で、ナポレオン1世が流された地として有名です。
この島にテレビが導入されたのはほんの数年前のことです。
住民にテレビがどう作用するのかに強い関心のある社会科学者たちにとっては絶好の研究の機会になりました
テレビ放映が始まって、毎週開かれていたダンスパーティの人気が衰え、映画館は閉鎖し、人々が自宅にとどまる時間が長くなりました。」

テレビを見ていると、実際には周囲に人はいないのに、なんとなくにぎやかな気分になれます。
私はこのことが、人々の孤独感を薄めているのだと思います。
家にいながらにして、美男美女と会えるし、楽しい話も聞けます。
わざわざ、外出して人と出会う必要もなくなります。。
テレビの普及と、ダンスホール、映画館、あるいはキャバレーなど人の集まる娯楽施設が軒並み閑古鳥がなくようになったことは何か因果関係があるのかもしれません。

テレビに出ている人は、多くの場合、あなたの友人でも知人でもありませんよ、ということをしっかり認識した方がいいと思います。
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馬跳び

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私が小学生の頃、「馬跳び」という遊びが流行りました。
子供たちが一列に並んで、前の人の股に首を突っ込みます。

この人の列に、後ろから力いっぱい飛び乗るのです。
この時、衝撃で列が切れたら、負けです。

子供の頃は、人と人が肉体的に接する遊びが多かったような気がします。
押しくらまんじゅうなんかもそうですね。
今は、どうなんでしょうか。

最近の若い人は、異性に触れることが少ないために、過剰に意識して互いに理解できない存在になっているそうです。
若い人に限らず、日本人は、一般的に異性に触れる機会が少ないみたいです。

欧米人みたいに抱き合ったり、キスしたりしませんからね。

宗教と衛生面から、肌の接触が少ないようです。
これについては後日書きたいと思います。

今はまた、セクハラという概念が普及して、以前にも増して男女の接触が減っています。
精神衛生上、問題があると思います。
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私は趣味で社交ダンスをやっているので、女性とフィジカル・コンタクト(日本語で、スキンシップ)の機会は多いです。

多くの女性と手をつなぐし、女性の背中に腕をまわしてホールドします。

これが精神の健康に役立っているような気がします。

「愛撫・人の心に触れる力」という本を読みました。

人間にとって、自分以外の人と、皮膚と皮膚を接触させることは精神衛生上も、肉体上もとても重要なことなんだそうです。

「日本人の場合、スキンシップの必要量に満たない場合が多い。女性は子供に触るチャンスがあるからまだマシだが、男性の場合は完全に足りない。日本人男性はスキンシップの欲求不満状態に陥るのである。」

もし、スキンシップが足りていないな、と思う人には社交ダンスを勧めます。

それが難しいなら、せめて夫婦でスキンシップの機会を増やした方がいいみたいです。
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ネット・バカ

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電卓を使い始めて、計算能力が衰えたり、ワープロをいつも使っていると、漢字が書けなくなったりした経験はありませんか?

「ネット・バカ」という本を読みました。

インターネットの情報に親しみ過ぎると、人間の脳は、どんどん衰えていくそうです。

注意力散漫になって、集中して思考することができなくなるらしいです。

確かに、ネットに慣れると、本を読むことがめんどくさくなってきます。

新聞の紙面とネット上の新聞社のサイトを比較するとよくわかります。

新聞社のサイトは、わかりやすいですが、飛ばし読みしかしません。
紙面では深く読み込んでいます。(あくまで私は、ですが。)

人類にとって意外に深刻な問題かもしれません。

社交の場

久しぶりに地域のDP(ダンスパーティ)に参加しました。

世話好きな人が、月に一度か二度、ボランティアで催してくれます。
参加費は500円、ワンコインパーティですね。

年齢層が高いのが難点ですが、地域の人々の貴重な社交の場になっています。
会社や親族では会えないような、違う世界の人と、仲良くなることができます。

日本には昔からこのような社交の場って、あったのでしょうか?
閉鎖的な農村社会では、あんまりなかったのではないでしょうか。
日本人が初対面の人となかなか打ち解けられない性格であるのは、(つまり、社交的でないのは)、歴史的な経緯があるのです。

欧米ではそういう社交の場は存在していたみたいです。
男女の出会いの場でもあって、ダンスが縁で結婚するカップルは多かったようです。

よく若い人が「異性との出会いの場がない。」と言います。
昔は職場が出会いの場だったみたいですが、今は、適当ではないようです。二人の間が気まずくなると、どちらかが辞めなければならないからです。
今は多くの女性が生活のためにずっと働かないといけませんからね。
男女関係で辞めるわけにはいかないのです。
現代はネットが出会いの場になっているのかもしれません。

ダンスパーティでなくてもいいのですが、知らない人と出会える社交の場は、今の日本に必要ではないでしょうか。

今日はたぶん私と同世代の女性が参加していました。
私とは初対面です。
二人でがんがん踊って楽しかったです。
話も弾みました。参加して良かったです。

道楽は無報酬で

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先日、日記で、ボランティア活動が、幸福になる活動の第二位になると書きました。

不思議だと思いませんか?
ボランティアで幸せになれるなら、それを仕事にすれば、もっと幸せになれるはずですよね。

ところが仕事になると、幸せの度合いが減るらしいです。

仕事にする、ということは報酬としてお金をもらう、ということです。
これだと駄目みたいです。

報酬をもらわずに、ボランティアで人に奉仕すると、人の脳は、その行動を合理化しようとします。

つまり、「無報酬でやっているのだから、この行為はきっと楽しいに違いない。」と脳は自分を納得させるのです。

報酬を期待せずに、自発的に行動を起こす場合、脳はその行動を合理化するために、「楽しい、幸せだ。」と考えるんですね。

私は、ダンスでも音楽でも、趣味は無報酬で人に教えた方が楽しいと思います。
ビジネスになるとあんまり楽しくないですし。
「道楽ではお金はもらわない。」という人が昔は多かったそうです。

ライフワーク

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今日は敬老の日です。(明日かな?)

100歳を超えても、働いている高齢者がいるんですね。
偉いなあ~と思います。

年金をもらえるようになったら、すぐにでも退職したい私からすれば、理解できない人々でした。

しかし、人は他人のために働くと快楽を感じる、ということを知ってからは、彼らがうらやましくなりました。

お金の授受とは関係なく、何か社会のために貢献しているということがきっと生きがいになっているのでしょう。

死ぬまで自分のライフワークを持つということは、生きる上で大切なことのようです。

私も何かライフワークを探そうと思います。
できたらダンスに関するボランティア活動なんかがいいかな~

ちょっと真剣に考えようと思います。

皆様は何かライフワークをもっていらっしゃいますか?
良かったら教えてください。

老人クラブ

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老人クラブが各地で減っていると新聞に載っています。
12年前に比べ、クラブ数で15000、会員数で150万人減ったそうです。

だいたい、自分は老人です、と胸を張って言う人はあまりいないんじゃないでしょうか。
みんな年を重ねても自分は若い、と思っています。

老人クラブがどういうものかよく知りませんが、あんまりエロスの匂いが感じられません。

もう少しおしゃれで、男女の出会いが期待できるような、社交の場にした方がいいような気がします。

心理学者のミハイ・チクセント・ミハイは、アメリカ人を幸福にさせるものが実際に何であるのかを見極めるために、数十の活動を調査しました。
その結果、社交ダンスが一番高レベルの喜びを生み出すことがわかったそうです。
二位は、ボランティア活動でした。

社交ダンスとボランティア活動、かけ離れた行為に見えますが、共通点があります。
それは、相手を喜ばせることです。

人を喜ばせると、脳の中に神経伝達物質であるドーパミンが放出され、快感を得ることができます。

つまり相手を喜ばせることが自分の喜びになるのです。
人類はそういう風に進化したらしいです。

ダンスがボランティア活動より、さらに楽しいのは、リズム運動を行うことで、セロトニンが分泌されて癒されるからでしょう。

したがって、幸せに生きようと思うなら、ボランティア活動に精を出し、たまには異性と社交ダンスを踊る、というのがベスト、ってことになりますね。

愛と恋

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恋とは異質性の発見、愛とは同質性の発見、なんだそうです。

なるほどなあ~と思いました。

社交ダンスは三分間の恋、という言葉を聞いたことがあります。
確かにダンスパーティで見知らぬ異性と踊るのは楽しいです。
男性も女性も、性ホルモンがたくさん分泌されているんじゃないでしょうか。

そういえば、男性ホルモンを増やすために、男性は初対面の女性と話すと良い、話すのが無理なら、その女性の前に立つだけでも良い、という話を聞きました。
女性にとっても同じかもしれません。

固定したパートナーとしか踊らない人は、二人の愛情を温めているのでしょう。
それはそれで良いことだと思います。