共同体の復活

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詩人・作家の辻井喬さんが、新聞にこんなことを書いていました。彼は西武百貨店の会長でもありました。


「これからの時代は、共同体の再評価されるだろう。
 かと言って、昔の隣組とか村落共同体の復活ではない。
 人間は何らかの共同体を探し求める。最小のものとして家庭の復興、再建がある、
 もう一つはファンクラブ的な集まり 趣味や志向が共同な人たちの集団が
 政党、職場、労働組合などの共同体は魅力と信用をなくしてしまった。
 これらの復活は難しい。」


私も、共同体というのがキーワードになると思っています。
今の日本社会では、共同体が崩壊しつつあります。
かつては、存在した、家庭、地域社会、職場などの共同体が解体され、人々が孤立するようになりました。
このことが、人の精神を荒廃させ、いろいろな社会問題を起こしているのだと思います。
でも、共同体から逃げ出したり、離れようとしたのも私たちです。
かつてのムラ社会に代表される共同体は閉鎖的で、しがらみが多く、個人の自由をあまり認めませんでした。
人々はそういう閉鎖的な共同体を飛び出して都会の新しい共同体、すなわち会社に就職したのだと思います。
会社は、人々の生活を保障し、快適な生活を与え、家庭もこの会社を支える下部組織として統合されました。
社員の家族も、会社という共同体の一員として丸抱えされました。
地域社会は崩壊しましたが、家庭は何とか命脈を保ちました。

しかし、企業という共同体は今、崩壊しつつあります。
それに代わる共同体が求められています。
日本には宗教を核とした共同体はほとんどありません。
したがって地域の共同体を蘇らせるしかないでしょう。

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失業保険

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職を失っても失業保険をもらえない人が日本では77%もいて、
それは世界でもダントツの高さだ、というニュースが流れていました。
格差の激しい米国でさえ、この数字よりましです。
経済弱者に対して、とても厳しい日本の現実が浮き彫りになっています。

理想化するつもりはないのですが、一般にヨーロッパは日本よりも社会福祉が充実しているようです。
相対貧困率も日本よりも低いです。
(日本は米国についで二番目に相対貧困率が高いです。)

どうしてこうなったか、というと、第二次世界大戦後の高度経済成長の果実を
ヨーロッパは、福祉につぎ込み、日本は公共事業につぎ込んだから、らしいです。

公共事業と言っても、住宅や市街地の整備など、人の暮らしに近いところではなく、ダムや道路の建設と言った、
どちらかというと産業の発展を目指したものです。
今でも、先進六カ国の中で日本の公共事業費は突出しています。
日本以外の五ヶ国のものを合わせたより多いらしいです。

社会福祉関係にちっともお金が回ってこなかったので、失業したときや、老後の生活に人々が不安を持ち
みんなお金を貯め込みます。

その結果、お金が社会に回らず、経済は発展しません。
個人金融資産は1500兆円ありますが、宝の持ち腐れです。

福祉にもっとお金を使ってみんなが安心できる社会にして欲しいです。
そうすれば、日本も暮らしやすい国になると思います。

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社交性と孤独死

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賃貸住宅における孤独死は、1999年に207件でしたが、2007年には、589件に激増しています。
社会の高齢化に伴い、急速に増えているそうです。
テレビで、孤独死の予備軍の特徴として、6つの「ない」が挙げられていました。
 
あいさつしない 料理しない 人に関心を示さない
遊びに行くところがない  結婚していない ゴミ出ししない


なんだそうです。


「遺品整理屋は見た。」という本の中に、16歳まで米国で育った米国の帰国子女の学生がこういうことを言うシーンがあります。

「日本に帰ってきて驚いたのが、日本人はコミュニケーションが苦手だと言うことです。
 特にお年寄りがしゃべりませんよね。友達が少ないのですか?」
「私が住んでいた町には高齢者のスポーツチームやコミュニティがとても
 たくさんあって、高齢者のほとんどがなんらかのコミュニティに参加しています。
 だからみんな友達を持っていて、とても明るかったですよ。
 日本でもそんなことはできないのでしょうか。」


日本人は社交性が足りないのだと思います。
身内の中での協調性は、幼い頃から身に付けさせられますが、初めて会う人に対する社交性を身につける機会は少ないです。

数学者の森毅氏が、
「協調性と社交性は、同じようなものだけど、方向が反対だ、」と書いていました。
「一つのコミュニティに忠実になるのが協調性で、変わった人がいろいろいるのがおもしろい」というのが社交性、なんだそうです。

老後、孤独死しなくてすむように、私たちはもっと日ごろから社交性を磨く必要があるのかもしれません。

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広島新球場完成

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広島新球場が完成しました。
大リーグ風で、なかなか良いみたいです。
セリーグでは、唯一の天然芝だそうです。


新幹線で広島を通り過ぎる時に、観てください。
ドーム球場も良いですが、開放型の球場も捨てがたい魅力があります。

ひとり上手

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英国人は、社交的でない、という理由で、カラオケを嫌っているという話を以前書きました。
最近、日本では、一人でカラオケを歌いに来る女性が増えているそうです。
渋谷の大手カラオケでは、ここ2.3年、来客する女性の3割が一人カラオケなんだそうです。
一人でカラオケを歌う人を「ヒトカラー」と言うそうです。
最近は一人デートとか一人テーマパーク、というのも流行っています。
たとえ彼氏がいても、その男性と一緒ではなく、一人で歩き回るらしいです。
「彼氏と一緒にいると、自分のペースで楽しめないから。」だそうです。

日本は予想以上の早さで、一人一人がばらばらな社会になりつつあります。
他人とリズムやペースを合わせることを嫌い、あくまでマイペースで生きることを志向する人が増えています。
確かに個人の自由度は増しますが、そういう社会で人は幸せになれるのでしょうか。

赤ちゃんは生まれて1年もすると、親のしぐさを一生懸命に真似ようとします。
あれは、同じ行為をすることによって、親との共感を得ようとしているらしいです。

私たちが同じリズムにあわせて、歌ったり、踊ったりすると楽しい気分になるのも同じ理由です。
他人との共感を得て、一体感を確かめているのです。
「共感」、これこそが、他の動物とは違う人間の特徴らしいです。

内田樹さんが、このように書いています。
「共-身体の形成、それが共同的に生きるための基本的な生存戦略だと私は信じているのですが、
 このことに対して強い抑制がかかっています。
 隣の人間と共感しないことが集団的な努力目標となっています。」

日本人は人間が持つ本来の性向を無視して、不自然な生き方をしていると思います。
強い孤独感を感じたり、うつ病を患い、挙句の果てに自殺してしまう、日本人の状況はこれに由来するところが大きいのではないでしょうか。

くう・ねる・のぐそ

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明日から高速道路が一律1000円になるそうで、パーキングエリアでは
臨時のトイレを増設していました。

「日本のトイレがハイテクすぎる」と、米国で話題になっているそうです。
米国では温水洗浄便座が一般的ではないようで、便座を温めたりお尻を洗ったりする機能に驚きの声が挙がっているらしいです。

私も日本のトイレは、やりすぎだと思います。
あそこまでハイテクになって、それに慣れると、外国旅行したり、屋外で活動するときに困る人が出てくるんじゃないでしょうか。

「くう・ねる・のぐそ」という本を読みました。

著者は35年にわたり、屋外での排便を続けてきました。
人のうんこは自然に戻してやるのが本筋です。
それが微生物やキノコの栄養源となり、生態系を維持するからです。
ところが、今の日本では、うんこは、下水道へと流され、多大なエネルギーと手間暇をかけて処理され、海へと廃棄されます。
使う水の量も膨大です。
トイレで一回流すごとに、旧式の水洗トイレなら、十数リットル、最新式の節水型でも4~5リットルの水を使います。
エコロジー上、たいへん無駄なことをしています。

そういえば、私の祖父も、家の裏山で野グソをしていた、という話を聞きました。
私も子供の頃、何度かやったことがありますが、とても気持ちの良いものです。

著者のうんこが土に還っていく様子を克明にとらえた写真も袋とじでついています。

おひとりさまの孤独死

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「遺品整理屋は見た」の著者によると、
独身女性からの遺品整理に関する相談や事前見積もりの依頼が多いそうです。
「誰にも迷惑をかけたくない。」
「自分のできることは、できるだけ自分の責任で。」
「死んだあとで恥ずかしい思いは絶対にしたくない。」
「自分の死後、良い人だったよね。」と言われたい。
みんな異口同音にそう言うらしいです。

「人間はいつか死を迎える。その時には誰もが必ず誰かのお世話になる。
それだけは自分ではどうしようもないことなのです。」と著者は書いています。


他人に迷惑をかけず自立して生きることが美徳、みたいな価値観が今の時代の主流です。
でも、人に迷惑をかけずに生きるなんて、現実問題としてできるのでしょうか。
私たちは生まれた時から、周囲に迷惑をかけて、というか世話になって、生きています。
当然、死ぬときも同じです。

自立もいいけど、もっと謙虚な気持ちになることも大切かな、と思います。

効率重視の社会

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ある捕鯨調査団が、調査に協力してくれたイヌイットに用済みになった捕鯨船を譲ったところ、
何度か使って、もういらない、と返したそうです。
理由はその船を使うと鯨が取れすぎ、いずれ鯨がいなくなってしまう心配があるからだそうです。
極めてまっとうな考えですが、こういう思想を持つ人は先進国には少ないと思います。
それは先進国に住む人々は効率重視の考え方に染まっているからです。
短時間で少しでも多くの収穫や生産物を生み出すために、効率を追求する機械を使い、資源を浪費します。

最近読んだ、「哀しみという感情」という本にこんなことが書いてありました。

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「江戸時代の日本人は能率を重視する弊害を知っていた。
河川に橋をかけず、遠洋航海ができる500万石以上の大型船を建造を禁止した。
「新規法度」というお触れを出し、新技術の開発や新発明の応用を処罰することもあった。
反乱を恐れた幕府の保身だと言う見方もあるが、それは一面的過ぎる。

戦国時代、日本の鉄砲の性能は世界最高水準で、人口比の普及率も世界最高だった。
江戸時代の日本人は、能率的に人殺しができる鉄砲を好ましくないとして、事実上、
放棄して蔵の中にしまいこみ、ペリーが来るまでの200年間、何の改良もしなかった。
そして銃器の火薬を、庶民を楽しませる花火に応用した。」

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効率を追い求める社会って、人間にとって優しい社会ではないような気がします。
時間はゆっくり流れるもの、あるいはゆっくり流すものです。
決められた時間の間にどれだけのことを達成するか、みたいなせわしい人生は息が詰まります。
ストレスばかりたまります。
環境のためにも良くないと思います。

イヌイットや江戸時代の人々のように、効率をあえて落とす考え方は重要かもしれません。

仮設住宅みたいな家屋

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日本では銀行がお金を貸すときに、主に土地だけを担保にして
上の家屋は担保にならない、という商慣行があります。

これは、江戸時代、首都の江戸において火事が頻繁に起こり、
いつ焼けても良いように庶民は仮設住宅みたいなものを建てていたからだそうです。

ですから、今でも、いくら立派な家屋を建てて、それを大切に維持管理しても
資産として評価されることはあまりありません。
築20年で評価額はほぼゼロになります。

まだ住めるのに価値がないなんて変な話です。
時代は大きく変わったのですから、商慣行も変えて欲しいです。

地価18年連続下落!

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私の住む県の地価は、18年連続で下落しました。
1990年ころに不動産を買った人は、がっくりきているでしょうね。
三分の一くらいの資産価値になっていると思います。

東京でも、一昨年あたりにマンションを買った人は、かなりきついんじゃないでしょうか。

お気の毒です。

これから地価が上がる可能性ってあるんでしょうか。