運動と脳の発達

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脳という組織は、考えたり計算したりするためではなく、運動するために発達した、という話を何度か書きました。
ということは、運動すればするほど、脳は発達することになります。
(実際には単にやみくもに動いてもダメで、何か目的を持った運動が必要ですが。)

ロボットを研究している大阪大学の浅田稔という科学者がテレビに出ていました。

彼の研究しているロボットは労働するためのものではなく、人間の頭脳の発達、認知発達を調べるためのものです。
ロボット工学、というよりは、脳科学に近いです。
CB2(スクエア)という子供みたいなロボットを使って研究されています。

研究を紹介する中で興味深いことを言っておられました。
人間の脳を発達させるものは何か、というテーマです。

「すぐに解決できないことが脳を発達させるトリガー(引き金)になる。」
「運動することにより、身体というものが知能を発達させるトリガーになる。」
「身体が環境から情報を得ることで脳は働く」

まず、身体が情報を得て、何か問題を見つけ、それを解決するために、動くことで脳は発達する、ということです。

私の娘が生まれてすぐの頃、自分の五本指を自由に動かせることを知って
何度も何度も指を動かせて遊んでいました。
そして、しばらくたつと近くのものを握るようになりました。
あの一連の動作を通じて脳が発達していたのでしょう。

まっすぐ二本足で立ち、身体を自由自在に動かして、問題を解決するために、人間の脳は大きく発達しました。
その副産物として人間に自意識や思考能力ができたのだと思います。
精神活動は、問題解決のための一つのプロセスです。
しかし、多くの人が、考えることこそ、人間の本質だと思っています。
これは、白熱電球の本質は周囲を照らすのではなく、暖めることだ、と考えるのと似ています。

現代人はこの副産物としての精神活動に重きをおいて生きており、本来の運動能力や身体能力を軽んじています。
身体はなくしても、脳だけで存在できる、と思っている人もいます。
これは、白熱電球の光は消えても熱は発する、と考えるのと同じです。

脳を健全に保ち、さらに発達させるには運動が欠かせません。
脳トレと称して、計算ドリルを解いたり、ゲームをやるのは、たぶん本質から少しずれていると思います。
実際、認知症を予防するために効果がある、と科学的に証明されているのは、今のところ、運動だけだそうです。
考えてみれば、当然の話です。

パスカルは「人間とは考える葦である。」と言いました。
たぶん、これは間違っています。
正しくは、「人間とは直立して動く足である。」でしょう。

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縁結びのカリスマ

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テレビで、縁結びのカリスマ、と呼ばれる、兵庫の女性(50歳)を紹介していました。
「お見合い塾」という 相談所を開設しています。婚活の駆け込み寺、と言われているそうです。
毎年900組以上のお見合いをさせ、30組以上の男女を結婚させたのだそうです。

一人の女性に男性の釣書を見せていました。
年収1200万円、800万円、600万円・・・と収入別に男性を紹介しながら、
「こんなに高収入の男性なのに、どうして、結婚しようとしないのか。性格なんてどうでも良いではないか。」みたいなことを言っていました。

私と3歳くらいしか違わないのに、よくそんな時代錯誤の考えをもっているものだと感心しました。
彼女は、玉の輿に乗ることが女性にとって最大の幸福だと考えているようです。

三度の食事にも事欠くような貧しい家庭に育った女性なら、そういう価値観も受け入れやすいかもしれませんが、
現代の日本のようなある程度、豊かな環境で育った女性にはピンとこないんじゃないでしょうか。

いくら稼ぎの良い男でも、気に入らない人とは結婚したくない、というのが今の若い女性の考えだと思います。
わがまま、と言えば、わがままですが、人間として当然の望みです。

結婚後の人生は長いから、高収入でも、性格の合わない人とは一緒に暮らせないと思います。
900組、お見合いさせて、30組が成婚、と言っても率は、高くないですね。
カリスマ、というほどでもないような気がします。

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白洲 次郎

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白洲次郎がブームのようで、テレビや雑誌で特集をよく見ます。
今週末には彼を主人公にしたドラマも放映するみたいです。
彼は英国仕込みの紳士だそうで、とてもハンサムでもあるし、女性に好感をもたれています。

終戦直後、彼は民間人として、日本の復興に大きな役割を果たしました。


彼がそのような貢献ができたのは、英国ケンブリッジ大学でエリート教育を受けたおかげです。
もし、彼が日本国内の大学に進学していたら、おそらくあれだけの活躍はできなかったでしょう。
そういう意味では教育は本当に大切で、間違った教育を施すと国が滅びます。
おそらく、今のような詰め込み教育を続けていては日本は沈没していくでしょう。
自分の頭で考えさせる教育じゃないですからね。


ケンブリッジ大学に留学していた頃、ボート部に所属し、ボート競技に青春を賭ける一方、趣味として狩猟やゴルフもたしなんだそうです。
しかし、本場であるゴルフにはそれほどのめりこみませんでした。
彼に言わせると、「その頃、ゴルフをやるのはもてない人だと決まっていた。一人でもできる(趣味だ)から。」だそうです。

カラオケについても同じことを書きましたが、英国人は一人でできる趣味をあまり評価しないようです。
都市計画の専門家が昔に比べて、スキー人口が大きく減少し、その代わりにフィギアの収集やゴルフの人口が増えている現状を見て、
「わが国では、もて系の趣味をやる人が減り、萌え系の趣味をやる人が増えている。」と書いていました。
ゴルフが萌え系かどうかは、議論があるところですが、白洲次郎が言うとおり、もてない男でもできる趣味、というのは、ある面で当たっているかもしれません。
最近は女性のゴルファーも増えているようですから、一概には言えないのですが。

若い頃はそれほどやっていなかったのですが、彼はシングルの腕前だったそうです。

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趣味のサークル

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平田オリザ氏が、人は三つの集団に属するべきだ、ということを著書の中に書いていました。
一つは「利益団体」である、企業なり、官庁です。
もう一つは「地域共同体や血縁共同体」です。
そして、あと一つは地域にある趣味のサークル、彼は「個の共同体」と呼んでいます。
この個の共同体は、いやだったらやめても良いのです。

私は子供の頃、剣道を習っていました。
少年剣道クラブでしたが、一種のスポーツサークルです。
夜の稽古でしたが、学校の先生や、警察官、企業に勤める方などが、仕事を終えて、子供たちに剣道を教えに来ていました。

けっこう、きつい稽古で、大人たちにえらく鍛えられました。
大人たちは、職業人であると同時に、家庭人であり、また趣味人(剣道人?)であり、三つの顔を持っていたわけです。
最近はこの第三の顔を持つ大人が減っているような気がします。


「サラリーマン残酷物語」という本の著者は、
「人は家庭と仕事だけに両足をつけていたのでは、精神的なリスクが高い。
 友人、ボランティア、地域社会など利害と無関係な居場所がぜひ、必要である。
 もっと良いのは、世界の他の民族のように、宗教という居場所を作り、精神の四角形を形作ることだが
 それは日本ではなかなか難しいだろう。 いずれにしろ、自分の拠って立つ場所の一つ、二つが崩れても、どこかにまだ居場所があるならば 人には救いがある。」と言っています。

アメリカの政治学者で、ハーヴァード大学教授のロバート・パットナムによれば、
もし、現在何の集団にも属していないのなら
何かのクラブや団体に参加するだけで、翌年に死亡する危険が半分になるそうです。


不景気のため、残業がなくなって多くのサラリーマンは帰宅が早くなっています。
暇を持て余すなら、何か趣味のサークルに入ってはどうでしょうか。

官庁のサービス残業

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中央官庁に勤務する国家公務員の中には、平均して三時間以上のサービス残業をやり、午前様に帰宅する人がいるそうです。
どれくらいの割合なのかよくわかりませんが、異常な勤務です。
実態はともかく、彼らは日本のエリートです。
将来、日本を背負って立つ、リーダーとなる人もいるかもしれません。
政策を立案する人もいるでしょう。
そういう立場に立つ人は、一般庶民の手本となるような働き方をしてほしいです。
明治の文明開化の頃、庶民に範を示すため、政府のお役人たちは、率先してちょんまげを切り落とし、西洋の風俗を真似ました。
今、時代は大きく変わりつつあります。
昔の猛烈サラリーマンのような働き方は、時代遅れです。
ワークライフバランスを重視し、自分の人生を楽しむような生き方をぜひ見せて欲しいです。

重力との戦い

基本的に女性の立ち姿に興味があります。
どういう女性を魅力的だと感じているのか、自分で分析すると、
どうも、重力に逆らって立っている人に惹かれるようです。

先日、テレビを見ていたら、体育の専門家が片腕で軽く懸垂をやっていました。
それを見た女性タレントが、「惚れるな~。」と言っていました。

男女を問わず、私たちは重力に逆らっている人に魅力を感じるのかもしれません。

作家の椎名誠さんは、毎朝、ヒンズースクワットを300回行うそうです。
またプッシュアップと腹筋を200回、腕立て伏せ200回を朝と夜にやるそうです。

「一日一回、床と勝負しろ。」と言っています。

床と勝負し、重力と戦う体力と気力を維持したいと思います。

森林の崩壊

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学生時代の友人が林野庁で働いています。
今はずいぶんと偉くなっているでしょう。
彼が若い頃、言った言葉が記憶に残っています。
「林野庁の仕事はいいよ。自分の仕事が失敗しても、それが発覚するのは樹木が大きく育った数十年後で、
その頃はもう定年退職して自分はいないはずだから。」
スギの花粉症に悩まされる人が増えるこの季節になると、彼のその言葉を思い出します。

「森林の崩壊」という本を読みました。
今、日本の林業、製材業、木造建築の業界は存亡の危機に瀕しているそうです。
森林や木材の価値を認めてこなかった行政が原因です。
このままだと、日本の木で作った木造の家屋が作れなくなるそうです。
地球の環境を守るため、そして国内産業を盛んにするために、日本人はもっと国内産の材木で作った製品を使ったり、木造の住宅を建てるべきだと思います。

安心社会と信頼社会

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北海道大学の山岸教授がテレビに出ていました。
彼の著作は以前に読んだことがあります。

日本人と米国人で信頼度を計るアンケート調査をやったそうです。
たいていの人は信じられると思うか、という設問に対し、
米国人は、47% 日本人は 26%が はい、と答え
たいていの人は他人の役に立とうとしているか、に対して
米国人は、47% 日本人は19% が、はい、と答えました。

米国人に比べてともに日本人の「はい」が少ないです。
日本人のこの他人への信頼感の低さは、世界中を見ても、驚異的なのだそうです。
つまり日本人は基本的に他人を信頼しない国民だ、といえます。

人間の社会には二つの考え方があるそうです。
一つは、「渡る世間に鬼はない。」というもので、もう一つは、「人を見たら泥棒と思え。」というものです。
どちらが正しいとか間違っている、ということはなく、その人の生き方によります。

従来、日本人の多くは、後者の「人は泥棒」という考え方をしていたそうです。
長い間、閉鎖的なムラ社会で暮らしてきたため、素性の知れている同じムラ社会の人ならともかく、
そうではない、初対面の人に対しては、警戒心を抱くのが普通でした。
これが、今でも日本人には社交性が乏しい、と言われる最大の理由でしょう。


社交術としてのダンスを楽しむ人は、基本的に、前者の見方をする人だと思います。
「今、踊っている相手はひょっとしてストーカーではないかしら?」とか
「私の大切なパートナーを誰かに横取りされるのではないか?」と考える人はダンスパーティには参加できません。

つまるところ、社交の原点は、とりあえず、人を信頼してみることなんでしょうね。


アンドロイド

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テレビで最近のアンドロイド(人型ロボット)を紹介していました。
人にそっくりです。
顔の表情も動きも本物と見分けがつきません。
ロボットの「不気味の谷」を克服しています。

ロボットたちが人のパートナーとして働くシーンもありました。
デパートでお客さんの誘導や案内を行っていました。

こういうのを見ると、「ピグマリオン」を連想する人が多いと思います。
ギリシャ神話で、人形を愛した男性の物語です。

実際、本ものと見まごうばかりの女性の形をした人形が男性に売れています。
ラブ・ドール、と言われています。
購入者の多くが性欲処理に使っているようです。

生身の女性との関係がうまく築けない男性が増えているので、
この分野のロボットの需要は大きいと考えられます。
「男性のセックス相手としての女性」は、このロボットの普及により、失業するのではないでしょうか。

都道府県の年収格差

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都道府県ごとの年収格差が大きくなっています。
東京都と沖縄県では二倍以上の差があります。
(東京都482万円、沖縄県208万9000円)


このまま、差が開いていけば、将来、韓国と北朝鮮、中国沿岸部と内陸部くらいの経済格差になるんじゃないでしょうか。
そうなると、同じ国民として認識しにくくなるでしょう。

マスコミ、新聞や雑誌、テレビを見ていて、経済感覚が違うな、と思う時があります。
だいたい、マスコミの本社は東京にありますからね。

私もかつて東京に本社のある会社で働いていましたが、地元の会社に転職したとき
あまりの給料の安さに驚きました。

あの頃の同期とは、年収でおそらく倍、違うでしょう。
私は彼らの二分の一しかもらっていない、ということです。

時々、当時の同期と一緒に飲むことがあるのですが、確かに彼らはよく働いています。
残業もいといませんし、転勤も頻繁です。
私は納得していますが、同じように仕事量をこなしても、東京や名古屋の人と大幅に年収が違う人は地方には多いです。

この不況でますます差が開くでしょう。
地方の若者は今後もどんどん都会へ流出することが予想されます。