異性の友人

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日本では孤独な高齢者が多いそうです。
また、日本人は高齢になると、「異性の友人がいない」人が多い、というデータもあるそうです。
配偶者と生き別れて、一人になった場合、
女性は地域の人々と良好な人間関係を作り、趣味も豊富で孤独になることは少ないようですが、
男性はそのまま一人で暮らす傾向が強いです。
結果的に男性老人の孤独死が増えています。

それを避ける方法として、夫婦二人とも元気なうちに
カップルで行動し、他の夫婦と仲良くなっておく、というのがあります。
そうすると、仮に自分の配偶者が先に死んでも、異性の知り合いがいることになります。
配偶者がいなくなっても異性の知り合いがいる、というのは大きなメリットです。
この異性のネットワークを通じて、新しい異性の友人ができる可能性が高いです。

実際、英国ではそうやって老人の孤独化を防いでいるそうです。
つまり日ごろからカップルで行動することにより、老後の不安を取り除いています。
これからの高齢化社会に備えて、日本でもカップル文化を根付かせる必要があると思います。

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中国の性愛術

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20世紀最大の発明はピル(経口避妊薬)である、と言った女性がいました。
女性にとってはそうかもしれません。
では、男性にとってはどうでしょうか。
もちろん、バイアグラです。

「中国の性愛術」という本を読みました。
中国の歴代皇帝が性的に生涯現役であることに対して並々ならぬ情熱を持っていたことを知りました。
彼らは年をとって下半身が役に立たなくなることを何より恐れていました。
そのために、彼らは決して精液を漏らそうとはしませんでした。
つまり射精することによって精液が減ったら、セックスもできなくなると思っていたのです。
医学的な合理性は何もないと思うのですが、そう信じていたのでしょう。

昔の中国の皇帝でさえ、入手することが困難だった精力剤を現代人は容易に手にすることができます。
男も女も薬物を使うドーピングによっていくつになっても、また妊娠の心配をすることなく
セックスをより楽しむことができるようになりました。
現代人は幸せだと思います。

男性の性器のことをなぜ、チ・ポというかわかりました。
「珍宝」が語源のようです。

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ガッツポーズ

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朝青龍が優勝決定戦で勝ったとき、ガッツポーズをやったことに対し、
日本相撲協会では非難が集中しているそうです。
理由は前例がないからです。

何の説得力もない理由です。
前例がないことは何もやってはいけないのでしょうか。

こういう話を聞くと、日本って本当に老人が支配する国だと思います。
そういえば、日本相撲協会は年寄たちが運営しているんですよね。

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日本に来た外国人は「日本で買い物をすると店員さんの態度がすごく親切で気分が良くなる。」と言うそうです。
わが国の美点としてよく取り上げられるようです。

私は、それはどうかな、と思います。
日本のサービス業や販売店で、店員が愛想が良いのは、「お客様は神様」という考えが徹底しているからだと思います。
ものを売ったり、サービスを提供してお金をもらう以上、こちらがへり下るべきだ、という考えです。
でも、よく考えるとおかしいです。
お金を受け取る方は物乞いしているわけではないのです。
お金の価値に見合う、ものなりサービスを提供しているのです。
つまりビジネスなのです。交換、と言い換えてもいいです。
そうであるならば、お互いは対等のはずです。
ところが日本では、お金を支払う人が偉く、もらう人は卑しい、と言う序列ができます。
これが諸悪の根源です。
なぜなら社会は、お金を払ったり、受け取ったりで回るからです。
お金が動くたびに、身分の上下ができると、際限のないことになります。
ある客にわがままな要求をされ、はらわたの煮え繰り返る思いをした店員は、
今度は自分がお金を払う立場になったときに、無理難題を相手に言いつけるでしょう。
これがどんどんエスカレートして、結果的に過剰なサービスや過剰な品質の製品を産むことになります。
働いても働いても、ここで良いという到達点がなく、自分で自分の首を締めるような状況になっていきます。
これが仕事をめぐって今の日本人が置かれている困った状況です。

私が英会話を習っていた英国人の教師が「日本人が一番、嫌われることは、
レストランなどで、ウェイターやウェイトレスに横柄な態度を取ることだ。」と言っていました。
サービスを受けてお金を払う自分が、彼らより偉い、と思っているからです。

このことは、日本における大企業と下請け企業の関係にも言えます。
部品を購入する大企業がそれを作った中小企業に理不尽な要求をするのです。
学歴社会の根本の原因もここにあると思います。
中小の下請け企業に就職したら一生うだつが上がらないからです。
サービス業が今ひとつ人気がないのも、同じ原因かもしれません。

経済評論家の宋文洲氏が「お客さまは神様ではない。」と言っていました。
私もそう思います。

また、大和ハウスの会長、樋口武雄氏のエッセイによると、この会社の創業者、石橋信夫氏も、「人間、仕事を得たいと思うと、卑屈になり勝ちだ。
しかし、商売はあくまで1対1、相手がどんなに大きくても、こちらがちゃんとした仕事をしている以上、
対等である。誇りを忘れたら将来は開けない。」と言っていたそうです。

私たちに必要なのは、ビジネスは対等である、ということを認識することだと思います。
ビジネスに限らず、親子、経営者と従業員、上司と部下、男と女・・・etc、人間は基本的に平等です。


オバマ新大統領は演説がとても上手なのだそうです。
昨年秋に出版された「オバマ演説集」は英会話の教材なのに40万部も売れたそうです。
就任式には200万人が彼の演説を聞くために集まりました。前代未聞だそうです。

政治家は英語でstatesmanと言います。
(politicianという場合もあります。)
stateは、動詞で、「言う、述べる、申し立てる」の意味があります。

つまり政治家とは、「話す人、述べる人」なのです。
無口な政治家とか口下手な政治家、いうのはどんなに人格者で能力があっても
西欧の考え方に従えば、あまり存在価値はないことになります。

「日本の政治家は説明責任を果たしていない。」と外国のジャーナリストが非難していました。
英語で、アカウンタビリティ、というそうです。

おそらく中国の影響なのでしょうが、日本の政治家は国民に対して
言葉で説明したり、納得させたりする必要を感じていません。
国民はお上によって統治される民衆だからです。
黙って政府のやり方に従えばよいのです。

学生時代、論理学、という科目を取りました。
それなりに面白かったのですが、何のためにこんな学問があるのか、当時はわかりませんでした。

古代ギリシャ時代、都市国家の民主政治において、民衆が丁丁発止の討論を繰り広げる中で、この論理学は必須の教養だったみたいです。
今でも欧米の学生たちは、論理による説得力を身につけさせられるそうです。
高校生を対象にしたディベートの競技会なんかもあるみたいです。
相手を納得させて、動いてもらうには、論理的な会話術が必要です。
欧米の政治家の演説は「人を(自発的に)動かす」手段なのでしょう。

力や感情で民衆を強制的に動かしてきた日本の政治家には、論理的な思考力や演説は必要なかったと思われます。
総理大臣の演説を聞くために、大勢の人が集まるなんて、日本じゃ考えられません。


競技会の会場から乗ったタクシーの運転手さんが元競技選手だったそうで、いろいろ話が盛り上がりました。


彼は「昔、女にもてようと思ったら、ダンスを踊るか、バンドを組むしかなかった。」と言いました。
若い男性にとって生殖本能を満たすために女性に好かれることはとても大切なことです。
女性にとっても同じことだと思います。
昔はダンスが異性に近づく役割を果たしていたのでしょう。

男女が交際すれば、当然、いろいろなトラブルも生まれます。
特に日本ではお見合いという婚姻制度が残っていたので、ダンスがきっかけで男女交際に発展することに対して
イメージがあまり良くなかったのではないでしょうか。
そもそも恋愛結婚自体が野合とか言われて、軽蔑されていたようです。
また、昔から日本では盆踊りが乱交の代名詞だったほどで、踊りの場で男女関係になることに抵抗があったのかもしれません。

それやこれやで男女交際のきっかけになりやすい社交ダンスは、分別ある人々に評判が悪かったようです。
独身時代からダンスをやっている私の知り合いの女性は、結婚後、夫に
ダンスをやっていると知っていたなら結婚しなかった、と言われたそうです。
それくらい、ダンスを踊る女性は、不良とか身持ちの悪い女性だと思われていたのです。
実際、昔のダンスホールには男性に体を売る女性ダンサーもたくさんいたらしいです。

そういう背景があって社交ダンスは悪いイメージを払拭すべく、スポーツとして発展させることになりました。
性欲ではなく、闘争心や名誉欲、金銭欲に訴えて、ダンスの健全性をアピールしたわけです。
でも、これって無理があります。
異性との出会いを目的としない社交ダンスなんて、アルコールの入っていないビールのようなものです。
当然、若い人は誰も興味を持たなくなりました。
これが今日の社交ダンスの衰退を招いているのだと思います。

もう一度、昔のようにダンスを普及させたいのなら、広い意味での性欲を刺激する社交ダンスに戻すことです。

自己啓発

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売れっ子の経済アナリストの勝間和代氏によると、
欧米人に比べ、日本人の労働生産性は低く、かつ仕事に関する専門能力も低い、のだそうです。
そこまで言うか、というくらいに、さんざんにけなしています。


もし、それが本当なら、その原因は日本人の長時間労働にあると思います。
会社にいる時間が長すぎて自宅で自己啓発を行う時間がないのです。
かなり昔ですが、こんな経験があります。
就職して、2年くらい経過した頃、どうしても統計学や品質管理の知識が業務上、必要だと気がつきました。
それで、毎日、定時に帰宅して、2時間くらい、それらの勉強をしました。
他の同僚は飲みに行ったり、残業を遅くまでやっていたので、かなり浮いた存在だったでしょう。
勉強し初めて一年くらいたつと、だんだん私の知識が先輩方のそれを上回るようになってきました。
自分で言うのもなんですが、会社の中でもかなり理解が深いレベルに達していたと思います。
すると、先輩の考え方や仕事の進め方が間違っていることに気がつきます。
私も若気の至りで、黙っていれば良いのに、それを指摘するようになります。
そうなると、チームの和が乱れだんだん職場にいづらくなってきます。
やがて周囲から孤立し、うつ病になって、結果的にその職場を辞めるはめになりました。

今、考えると自宅で勉強などせずに、みんなと酒でも飲みに行けばよかったのでしょう。
また、周囲に合わせて夜遅くまで残業していればよかったのかもしれません。
でも、もし日本の多くの会社がこんな風なら、社員の能力はなかなか向上しないと思います。
技術革新の進歩は早く、学生時代に習得した技術や知識はあっという間に陳腐化します。
自分で知識を吸収するなり勉強するなりして、自己啓発しないと置いてけぼりをくらうはめになるでしょう。
ちなみに私が就職した会社は名前を聞けば、誰でも知っているれっきとした一部上場企業でした。


最近、若い人が就職してもすぐ辞める、ということが問題になっています。
最近の若者はまじめな人が多いです。
将来に備えて進んで自己啓発もやっているでしょう。
そうすると、だんだん周囲の人が馬鹿に見えてきます。
意外にこんなところに原因があるのかもしれません。

お持ち帰り

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日本全体で毎日捨てられる食事の量は、3000万人分に及ぶそうです。
供給される食糧のカロリーの四分の一が捨てられている計算になります。
年間で11兆円、これは、日本の農水産業の生産高とほぼ同じらしいです。
つまり国内で作った自給分をそのまま捨てていることになります。

明治初期に来日したイザベラバードは、日本人が宴会や食事を伴う会合で
残った食品をみんなが持ち帰ることに驚いています。
欧米にはそんな習慣がなかったらしいです。

この習慣はつい最近まで残っていました。
私が小さい頃、親が祝儀や宴会の余りものを自宅に持ち帰っていました。
結婚式などでは積極的にお持ち帰りのための料理も用意してありました。
私の親は今でも、料理が残ると、仲居さんに詰めてもらうように頼みます。

いつの頃か、食中毒が心配、だということで、持ち帰りができなくなりました。
その場で食べられない食品は使いまわすか、廃棄するしかありません。
昨年、九州の高級料亭が客の残した食品を使いまわしていたことが発覚して廃業しました。
(私もそこで食事したことがあります。)
マスコミの袋叩きに会いましたが、冷静に考えると、食品の廃棄を減らしたという意味で、
評価できる面もあります。

テレビで、余った食事の持ち帰りができる携帯用の紙箱を紹介していました。
これから、このような取り組みを積極的に進めるべきだと思います。


唐辛子に含まれる「カプサイシン」が老化や生活習慣病の原因となる
「細胞死」(アポトーシス)を抑制することを名古屋市立大学の岡嶋研二教授らのグループが発見したそうです。
「唐辛子を食べることは、アンチエイジングにつながる。」としています。
カプサイシンを肌に塗ると、しわやたるみが取れることもわかっているそうです。
そういえば、キムチをよく食べる韓国人女性の肌は総じて若いような気がします。
カプサイシンには脂肪燃焼を促進する効果も知られています

乱交の誘惑

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NHKの「男と女」という教養番組で、ヒトとチンパンジーの精子の顕微鏡画像を比較していました。
ヒトのそれが元気がなく数も少なく、異常な形態をしたものが多いのに比べ、
チンパンジーのものは、数が多くみんな元気で活発に動き回っていました。
ヒトは一夫一妻の社会を作ったため、精子間の競争が働かず、ひ弱で、異常な精子が淘汰されることがなかったそうです。
精子を甘やかしてしまったわけですね。
このため、人の自然な状態での妊娠率は年々下がっているそうです。
一方、チンパンジーは乱交の社会ですから、精子間の競争が激しく、強くて元気な精子を持つオスしか子孫を残せなかったのです。
チンパンジーの精子は、鍛え抜かれ、選び抜かれた精鋭たちです。

人とチンパンジーはDNAのレベルではわずか1.2%しか、差異がなく、ほとんど同種といってもいい間柄だそうです。
もし、人とチンパンジーがセックス(交尾)したら、子供が生まれる可能性が高いらしいです。

ですから、人間は一夫一妻で暮らしながらも、どこかにチンパンジーのような乱交を欲する遺伝子を
引き継いでいても不思議ではありません。
実際、人間は日頃は夫婦仲良く暮らしていても、時々は乱交を楽しんできたようです。

日本では奈良時代の歌垣が有名です。
万葉集にも、乱交を楽しむ歌が残されています。
夏の盆踊りは、れっきとした乱交の場で、明治政府は「盆踊り禁止令」を何度も出しています。
村の祭りでも乱交が行われたようです。
夜這いもその延長上にあったのでしょう。

ヨーロッパではギリシャ神話に登場するディオニソスという神が乱交の象徴だったみたいです。
別名をバッカスといい、酒の神として有名ですが、酒を飲んで酔っ払って人々は乱交を繰り広げていたのでしょう。

男女が入り乱れて交じり合えば、当然、父親がはっきりしない子供が生まれます。
初めて、ジョンソン、ロビンソンと呼ばれた人たちや、ホブソン、ドブソン
エヴァソンと呼ばれた人たちはみな、父親が誰なのか、誰にもわからないために、そう名付けられたそうです。

中世およびそれ以前には、ミッドサマー・デイの前夜(イヴ)に森に行き、
相当な乱交を含むどんちゃん騒ぎをする慣習がありました。
誰もそれがいけないことだとは思っていなかったが、こうした行為によってできた子供は
ミッドサマー・デイが聖ヨハネ「セント・ジョン」の日であることから
「ジョンソン」すなわち「ジョンの息子」と呼ばれることになりました。
ロビンソンは「ロビン・グッドフェロー」((英国民話に登場ずる妖精)の息子)であり、
ホブ、トビーはロビンの別称、エヴァソンは「イヴの息子」ということです。

ただ、西欧の宗教である、キリスト教は乱交を非常に嫌います。
(この宗教は、獣姦、マスターベーションも嫌います。というか、セックス自体を嫌います。ある意味、禁欲の宗教です。)
キリスト教で言う、「悪魔」とは、ギリシャ神話の乱交の神、ディオニソスのことらしいです。
この宗教の教えのせいで、また、財産を男子が引き継ぐ父系社会となって乱交の風俗はすたれました。

しかし、いくら宗教や社会規範で禁止されても、西洋の人々はなかなか乱交の喜びを忘れることができなかったと思います。
いくら配偶者を愛していると言っても、同じ人とばかりセックスしていては飽きますからね。
それを補うのが社交界のダンスではなかったのでしょうか。
つまり、パートナーチェンジをして踊り、大昔の人々が楽しんだ乱交の気分を味わったのだと思います。

フランス文学者の鹿島茂氏は、フランスの社交は乱交に通じる、と言っています。
妻に美しいドレスを着せて他の男性とパーティで踊らせ、自分の嫉妬心を楽しむらしいです。
3Pプレイは興奮する、と言いますが、そんな感じでしょうかね。

日本人も乱交をイメージできるようなイベントを何か考えた方がいいのかもしれません。
また、人類の男性の精子をもう少し強くたくましく鍛えるには、時々は乱交して、精子競争を行うべきなのかな、と思います。

参考:どんぐりと文明