良いお年を

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今年も明日で終わりです。
一年間、いろんな出来事がありました。
特に経済では、大波乱が起きました。
もうしばらく不景気が続く、と言われています。
来年は私もリストラ予備軍になりそうです。

将来を悲観してもしかたないので、希望を捨てず、楽観的に生きたいと思います。
そういえば、来年は年男です。

皆様、良いお年をお迎えください。

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来年は丑年

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以前、タイを旅行したとき、ゾウの背中に乗せてもらいました。
貴重な経験でした。

タイでは、昔、林業にゾウが使われていましたが、今は、機械がそれに取って代わり
ゾウが失業している、という話を聞きました。
失業したゾウは、観光資源として、人を乗せたり、見世物になったりしているわけです。

日本でも昔は、田んぼで牛や馬が働いていました。
来年は丑年ですが、私が子供の頃、近所の農家で牛を飼っていました。
肉や牛乳をとるための牛ではなく、働く牛です。
犬は番犬、猫はネズミ捕りとして重宝されました。
つい最近まで、伝書鳩は新聞社において現役だったらしいです。

昔は動物が人間のために働いていたわけです。


それら、動物の職業はほとんどすべて機械にとって代わられました。

居場所をなくした動物たちは愛玩動物になるか、食糧になるか、観光資源になるか、の道しか残されていません。
丑年生まれである私にとってはちょっと残念な状況です。

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吸水性樹脂

私の娘は小学校2年生ですが、未だに紙おむつがとれません。
本当に情けないのですが、どうも遺伝的なものみたいです。

昨日、娘と、紙おむつの中に入っている吸水性樹脂を使って科学実験をしました。
樹脂を取り出して、水をどれくらい吸収するか確かめるのです。
娘も興味を持ち、親も結構、楽しめました。

ところで、この吸水性樹脂、多くの女性にとって必要不可欠のものです。
生理用品に使われているからです。

昭和36年11月、画期的な生理用品「アンネ・ナプキン」が登場しました。
キャッチフレーズは「40年間お待たせしました。」です。
1921年、米国のキンバリー・クラーク社が「コーテックス」を先に発売していたからです。
発売当時、12個入りで100円でした。
このアンネナプキンを開発したのは、坂井泰子という当時、まだ日本女子大を卒業後間もない20代半ばの女性でした。
昭和38年にはユニ・チャーム社ほか他社も参入し、生理用品は一大マーケットを形成しました。
「アンネの登場は、多くの女性たちにとって、月ロケットの打ち上げ以上に画期的なできごとであった。」のだそうです。
月経の出血を衛生的に清潔に処置できるようになったのは、たかだかまだ半世紀ほどの前のことでしかないことがわかります。

新聞の投書に、いつもは「昔は良かった。」と会うたびに言う中年女性のグループが
ことナプキンに関しては、「良い時代に生まれた。」ということで話が一致する、というのがありました。

私は男性ですが気持ちは理解できます。


参考:現代女性の一生

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サントリーホールで行われた約300人の男性たちによるベートーベンの第九の合唱の様子をテレビで放映しています。
「六本木男声合唱団」という働き盛りの男で構成された合唱団です。
みんな忙しい仕事の合間を縫って、練習に励んだそうです。
歌う男たちの顔を見ると、まさに歓喜の表情です。
何が彼らを合唱に引きつけるのでしょうか。
私は、同じ歌をみんなで歌うことによって共通の感情、つまり共感が得られるからだと思います。
共感を感じることにより、自分は孤立せず、周囲の人々とつながっている、という一体感が得られます。
これが人間に安心感をもたらし、心地よく感じるのでしょう。

最近、人間にとって最も重要な能力は、この「共感能力」ではないか、と思っています。
現代社会の大きな問題の一つが「共感能力の欠如」「共感を持つ機会の減少」だと思います。

人々がバラバラに行動し、みんなで一緒に食事したり、歌ったり、踊ったりする機会が減っています。
すると、自分は孤立している、周囲とつながっていない、という感覚に陥り、不安になります。
人間は群れで行動する動物ですから、とても不自然な心理状態です。
これがうつ病の原因になったり、犯罪の温床になったりするのだと思います。

元関東医療少年院の院長である、杉本研士氏が雑誌にこんなことを書いていました。
「最近、青少年による劇場型犯罪が増えている。
 これらの犯罪は、共感能力の不足から生じている。
 親子でも入手する情報の流れが違えば、コミュニケーションが断絶する。」

彼は、数多くの凶悪犯罪を犯した少年たちを治療教育しています。
その治療方法は、少年と教官たちで疑似家族を作り、ともに行動し作業する時間を積み重ねます。
こうして親子のような関係を通して、少年の共感能力を作り出します。

今の社会には、共感能力を身につけたり、経験する環境を整えることが必要だと思います。
家族一緒で食事をする、職場の仲間と飲み会に行く、人々と一緒に歌う、踊る・・
こんなことを心がければ、きっと心理的に安定するでしょう。

特に音楽の効用が大きいのではないでしょうか。
言葉を必要とせず、論理的に考える必要がないからです。
リズムに合わせて、みんなで手をたたくだけでも、ある程度の一体感が得られます。
ということで、我田引水ですが、私はダンスを勧めます。

社交ダンスに限らず、みんなで一緒に踊る盆踊りなんかもいいです。
もちろん合唱もお勧めです。

また、家族で週に何度かはみんな揃って食事することも大事なことだと思います。
これがないことが子供たちの共感能力の発達を妨げ、心理を不安定にしている可能性は高いです。
そういう意味で、男性の長時間労働は早く是正すべきです。


成果主義

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入社二年目の女性が、同期が集まったときに、ボーナスの明細を見せあいっこしたそうです。
支給額が個人によって大幅に違っており、座が一気にしらけたそうです。
給料とかボーナスを見せ合うことは、やってはいけないことを彼女たちは知らなかったのでしょう。
しかし、勤務先が入社2年目から、ボーナスに差をつけることにはちょっと驚きました。
私の若い頃は、そんなに差をつけていなかったと思うのですが。
これも成果主義導入の結果でしょうか。
差をつけられた人はがっかりしたでしょう。
会社を辞めたくなる気分になってもしかたないと思います。

テレビでアイスダンスを見ました。
男女のカップルが氷上で、華麗に舞う姿はなかなか見ごたえがありました。
氷の上の社交ダンスと言えるでしょう。

社交ダンス以外にも世の中にはいろんなダンスがあります。
フラメンコ、フラダンス、ヒップホップ、日本舞踊、インド舞踊・・・等々

それぞれに固有の魅力があって、多くの愛好者がいます。
その中で私が社交ダンスが好きな理由は、なんと言っても、社交ダンスは男女の一体感やエロスを直接、表現するからです。

男女がこれほど接近して、あるいは体をくっつけて踊るダンスは、私の知る限り、社交ダンス以外にはないからです。
そして、音楽に乗って、二人でリズムを刻むと、その一体感がよけいに体感できます。

作家の瀬戸内寂聴さんが「芸術にはエロスがないと魅力がない。」とテレビで言っていました。
人間は潜在的に異性と一緒になりたい、つながりたいという本能を持っています。
広い意味での生殖本能です。
だから男女が絡む芸術に必然的に魅せられるらしいです。
フィギアスケートのペアや社交ダンス、そしてアイスダンスに人々が引き付けられるのも一つにはそれが理由でしょう。


民放で二人の女性キャスターが解説するニュースがあります。
二人とも確かに美人なのですが、私はあまり見る気がしません。
男性二人とか女性二人のニュースよりも、男女のペアの方が自然な感じがします。
これはたぶん小さい頃からの刷り込みもあるでしょう。
ほとんどの子供は父親と母親の二人の異性によって育てられます。
男女は対である、という感覚を知らないうちに身につけるのだと思います。
社交ダンスでも、男女が一体となった踊りは見ていて優雅だし、なんとなく心が落ち着きます。


以前、読んだ婦人公論にこんな文章が載っていました。
「ペアダンスの魅力は自分が女であることを認識させてくれることにある。
 情熱的、かつ開放的な音楽に合わせて、男と女の一瞬のドラマを生きる、
 その時間が女性を女として輝かせる」

夫婦円満の秘訣

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日本亭主関白協会、というのがあるそうです。
この協会の主催で、東京のどこかの駅前で、妻に対する感謝の言葉を大声で叫んでいました。

夫婦生活を円満にする三つの秘訣は、
1.ありがとう、を言う
2.ごめんなさい。
3.愛している、と照れずに言う。

なんだそうです。
ありがとう、と、ごめんなさい、と言う言葉は、私もよく口に出して言います。
しかし、「愛している。」という言葉はいったことがありません。

なぜか、というと「愛する」という言葉がどういう行為を指すのか、よくわからないからです。
理解できない言葉を口に出すのは、抵抗があります。
「好きですよ。」とか「恋している」というのなら理解できます。

おそらく、日本人には「愛する」という言葉はなじんでいないのだと思います。

新しい朝が来た

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表題はラジオ体操の歌です。
朝一番、今日も良い日になりますように、という感じがして好きです。

苫米地氏の「夢実現脳の作り方」という本を読みました。
その中で特に感銘に残ったことです。

私を含めて多くの人が、過去から未来へと時間は流れる、と考えていると思います。
つまり過去の延長上に今がある、という考え方です。
苫米地氏によると、この考えは間違いで、かつ、有害らしいです。
なぜなら、過去の出来事を現在に引きずってしまうからです。
今まで成功続きの人はともかく、一度でも失敗してしまった人にはよくないです。

過去の延長上に未来があるのではなく、未来が私たちに向かって波のように次から次へと押し寄せてくる、と考えるべきなのだそうです。
たとえるなら、私たちは川を上るボートに乗っていて、川の水が時間と考えるのです。
上流からどんどん時間、つまり未来が流れてきます。
そして、下流へと流れ去っていきます。これが過去です。

この二つは時間のとらえ方が根本的に違うわけですが、
後者の考えに立てば、過去を引きずられることなく、今という時間を精一杯に生きよう、という気分になります。
未来に対して、とても明るいイメージを持つことができます。
後ろを見るのではなく、前を見るようになります。

生物学的にもこの考えが正しいと思います。
私の体を構成している約60兆のそれぞれの細胞は、新陳代謝を繰り返します。
人間の体は、5年経過すると、新しい細胞でできていることになるそうです。
つまり5年前の自分と今の自分は物質的には違うわけです。
同じ人間だと思っているのは、脳神経が過去の出来事を記憶しているからです。
この記憶が良いようにも悪いようにも現在に作用します。

もし、過去の出来事にひきずられて今を生きることに支障があるのなら、記憶を抹消したほうが得です。
時間に対する考え方を改めると、生き方も変わります。

豚を育てよう

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日本養豚生産者協議会は、雇用の悪化を受け、業界で100人程度、人を雇うそうです。

経験や知識がなくても大丈夫だそうです。

鉱工業がだめなら、いよいよ農林水産業の出番です。
とても心強い気がします。

この動きが広がってほしいです。

晩嬢という生き方

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「晩嬢という生き方」という本に、30代の女性が、「「結婚は楽しいものだ。」と既婚者に語ってほしい。」と書いていました。
どうも、若い人は結婚はあまり楽しくないものだ、という印象を持っているようです。
なんとなく理解できます。
マスコミの影響もあるのかもしれませんが、日本では結婚にあまり夢がもてません。

その理由の一つは我が国では結婚生活に男女のロマンスが感じられないからだと思います。
日本の場合、家庭に求められるのは、古い言葉ですが、「富国強兵」を実現するための推進装置としての役割です。
戦前、男は戦場に行き、女は家で銃後を守りました。
この効率的な男女の役割分担が戦後もずっと続きました。
今も、男性は長時間労働で夜遅くまで会社にこき使われ、女性は家庭で家事育児に追われます。
男女のロマンスどころか、一緒に食事して家庭の団欒も楽しむ余裕もない状態です。
挙句の果ては単身赴任と称して、夫の仕事のために家族がバラバラにされます。
こんな「生産優先・効率重視」の結婚生活に魅力を見出す人ってあまりいないと思います。
両親のあまり楽しそうでない結婚生活を見て育った子供たちは、大きくなっても結婚しようとしないでしょう。


この傍目から見てあまり幸せそうに見えない結婚生活の象徴が、いつもマスコミに注目されるやんごとなきご夫婦です。
夫は仕事に忙殺され、妻は精神を患いながら孤独に子供を育てる、という二人の姿が国民の目に触れます。
外国の華やかなパーティに招かれたときも、夫の単独参加です。
妻との同伴参加が基本ですから、なんとなく浮き上がっています。
あの二人を見て幸せなカップルだと思う国民はあまりいないのではないでしょうか。
いずれ日本を象徴する地位につかれるご夫婦の家族がこんな風では、庶民も家族に対してあまり良いイメージは持てないような気がします。

暴論ですが、夫は意に沿わない仕事など投げ出して、妻と幸せな家庭を築いて欲しいです。
妻がやりたい仕事があれば、役所の意向など無視してどんどんやってもらえば良いのです
人もうらやむような仲のよさを国民に見せてくれれば、若い人も結婚しようかな、という気になるでしょう。
たまには、二人で一体感のあるダンスを披露して欲しいです。
国を代表する男女の華麗なダンスくらい人々のロマンスをかきたてるものはありません。

今の日本に必要なのは、昔の戦争の影を引きずったような仕事中心の社会環境を改めることです。
戦争や産業振興、国力維持のための家族ではなく、男性と女性がお互いを尊重し、ロマンチックな暖かい家族を持つことができるなら、若い男女も結婚に憧れると思います。