環境への耐性

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夏休みを利用して、私の姪や甥が自宅に遊びに来ました。
泊まりで来たのですが、私の家にはエアコンがありません。
「暑くて眠れなかったよ。」と彼らはブーブー文句を言っていました。
彼らの自宅にはエアコンがあるのです。
ところが、私の娘はいつもどおり、汗をかきながらグーグー気持ちよく眠っていました。
小さい頃からエアコンのない我が家で育った娘には暑さに対する耐性がついているのだと思われます。
三歳までは、夏場、クーラーをつけない方がいいと聞きました。
汗腺の数が増えるときに、クーラーで不自然に増やすと、汗腺が足りなくなって夏場、体温が上昇しやすくなるからです。
犬と同じようになってしまうのです。
そういえば、最近は体中からダラダラと大汗をかく子供が昔に比べて減ったような気がします。
そして熱中症も増えています。
地球温暖化により夏が暑くなった、ということもあるのでしょうが、小さい頃からクーラーのある部屋で
育ったために汗腺の数が少ない、ということも原因なのかもしれません。
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終戦の日

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8月は終戦の月です。


日本はどうしてあのような愚かな戦争をしたのだろうか、とよく話題になります。
本を読んだり、テレビの特集番組を見たりして、自分なりに考えると、
軍の統帥権が内閣から独立していたことが一番、大きな原因であるような気がします。
日本は戦前も一応、民主主義国家ではありましたが、武力に関しては独裁国家に近かった、ということじゃないでしょうか。
人間の体にたとえて言えば、闘争本能が脳の前頭葉の支配からはずれている、ということです。
普段は落ち着いた紳士だけど、ひとたびけんかになると手がつけられない暴力をふるう二重人格者みたいなものです。
軍部の暴走に対して、当時の内閣はそれを追認するしかなかった、というのも無理のないことです。
そういうシステムだったのですから。
軍部の暴走を止めるには内閣が、天皇に「軍部に何とか言ってください。」と直訴するしかなかったのではないでしょうか。
会社組織ではありませんから、なかなかそういうことは難しかったと思います。
そう考えると東条英機や私の尊敬する広田弘毅が、東京裁判で絞首刑になったのは気の毒になります。
彼らはヒトラーやムッソリーニのような独裁者ではなく、一応、民主的な手続きに基づいて行動したのですから。

もう一つ、負けるとわかっている戦争を、どうしていつまでも続けようとしたのか、という疑問も残ります。
もっと早く終結させていれば、犠牲者はずっと少なくて済んだはずです。
これもシステムに問題があったのと、もう一つは無責任体制が原因だと思います。
当時の閣僚が腰抜けで、誰も体を張って戦争をやめようと言い出せなかったのでしょう。
2.26事件の惨殺死体の写真を軍部に見せられて、震え上がった閣僚も多いらしいです。

誰かが勇気を出して、もっと早く降伏していれば、犠牲者の数もずっと少なかったはずです。
広島や長崎に原子爆弾を落とす口実をアメリカに与えることもなかったでしょう。
私は戦争を始めた責任より、戦争を止めなかった責任の方が大きいと思います。

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一回戦敗退

久しぶりに競技会に参加しました。
F級のワルツ、タンゴに出ました。
自分としては満足のできる踊りで、私の指導者も「非常に良かった。」と誉めてくれました。
応援に来てくれた人の評価も上々でした。
特にワルツが良かった、という話でした。


しかし、結果は、どちらとも一回戦落ちでした。
がっかりです。力が抜けました。
指導者も唖然としていました。


納得がいかなかったのですが、周囲の人の話を総合すると、こういう結論になりました。


1.基本どおりの踊りではあったが、教科書どおりに踊っても審査員にはアピールしない。
 もっと人目を引く踊りをしないと勝てないだろう。


2.本当に勝ちたいなら、どこかのダンス教室に所属した方がいいのではないか。
 大きな声では言えないが、地方の競技会では、選手の成績に地域のダンス界の「政治」が関与する場合がある。


1.は言われてみれば、そうかな、と思います。
 私たちは無理な力を必要としないナチュラルなダンスを志向していますが(あくまで志向です。)、これだとあまり目立たないのです。
もっと派手な踊りを目指さないといけないのでしょう。


2.はどうなんでしょうねえ。
 私はなんとも言えません。
同じくらいの力量なら若い人が優遇される、とは聞いたことがあるのですが。
 そういうことが本当にあるのかどうか、社交ダンス界の裏事情に詳しい人がいれば、ぜひ、教えて欲しいと思います。


とにかく、3年ぶりの競技会再デビューはかなり不本意な成績に終わりました。
正直に言うと、やる気をなくしました。
自分なりに練習を重ねたので、それが評価されないとなると意気消沈します。
唯一の慰めは、審判をした関西の著名な先生がチェックをいれてくれたらしい、ということです。


私のパートナーは、「万年F級でもいいから、これからも競技会に出よう。たとえ勝てなくてもわかる人にはわかるはずだから。」と言っています。


毎回参加して、一回戦落ちを繰り返すのも疲れるし、どうしたものか、と思案中です。

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この本を読んで、「あの世」つまり死後の世界があることを確信しました。
日本の有名な作家たち(文豪と言われる人も含まれています。)の霊的体験を集めた本です。
背筋がぞっとするような話もあります。
文学を志すような人には繊細な神経の持ち主が多く、霊的能力にも秀でているようです。
作家としてある程度有名になると、自分の名誉を汚すようなことはしたくないはずですので、
彼らの体験談には信憑性があると思われます。
「死後の世界」が存在する、と信じることは悪いことではないと思います。
「死んだらそれで全て終わり」と考えると、どうしても刹那的に生きようとします。
死んでも霊魂は生きつづけるのなら、あんまりいい加減に生きてはいけないなあ、と思います。
向こうで自分の親や親類に会わせる顔がないからです。


それはともかく、こういう暑い夏にはうってつけの一冊です。

仏教徒で良かった

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女子高生の「処女検査」 市民の反発で中止に
 インドネシア西ジャワ州のある地域では、女子高生を対象に処女検査を行う計画があったものの、市民からの抗議の声を受けてこれが中止された。.......... ≪続きを読む≫ [アメーバニュース]


イスラム教は、基本的に禁欲の宗教だと思います。
特に女性の性的放縦は厳しく取り締まります。
キリスト教も以前は、セックスに対してすごく厳しかったようですが、今ではかなり緩和されているようです。
三大宗教の中では仏教が一番、性に対しておおらかではないでしょうか。

どこだったか忘れましたが、イスラム圏の国で、娘に他家に嫁がせて、もしその娘が処女でないとわかったら、
一家の恥をそそぐために、父親はその娘を殺してもいい、なんて話を聞いたことがあります。

そういえば、日本は処女膜再生技術では世界最先端にあり、「過ちをおかした」多くの若いイスラム女性が
手術のために来日するらしいです。
(まじめな本で読みましたが、真偽のほどはわかりません。)


イスラム世界では、男性にとって女性は自分の財産の一つなのでしょう。
夫である自分以外の男に、妻と交わらせることは、財産の価値を大きく減ずることであり
それがたとえ、自分と結婚する前であっても許せないのだと思います。
だから女子高生の処女検査とかいう話になるのでしょう。
要するに女性を一人の人間として認めていないわけです。


仮にセックスまでいかなくても、女性が夫以外の男と抱擁したり、手を握ったりすることにも抵抗があるようです。
ましてや他の男と密着してダンスを踊るなんて言語道断みたいです。

そういう意味では、社交ダンスを踊れるような世界は、文化的に進んでいると思います。
文化的に進んでいるか、遅れているか、という判断は難しいですが、性によって人を差別する社会は、あまり居心地は良くないでしょう。
男女でダンスを楽しむ世界では、男性は女性の人格を認めていると考えて良いのではないでしょうか。

まだまだ男尊女卑の考えが根強い日本ですが、イスラム世界に比べればましです。


最近、イスラム男性と結婚する日本女性が増えているらしいですが、私には彼女たちの考えがよく理解できません。
「蓼食う虫も好き好き。」としか言えません。





教育じいさん

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山口県で孫が祖父を殺したというニュースがありました。
孫の学業の成績に文句を言ったのが原因らしいです。
普通、お爺さんが孫の学校の成績を気にするものでしょうか。
よほど教育熱心なお爺さんだったのでしょう。
教育ママならぬ、教育じいさんです。
テレビ報道によると、孫を医者にしたかったらしいです。
そういえば、昨年、医学部志望の子供が家に放火して母親と兄弟を死なせた事件がありました。
父親が成績にうるさかった、という話でした。
こちらは、教育パパですね。
ある程度の年になれば、いくら学校の成績が良くてもそれで人生、幸せになれるとは限らない、
あるいは、世の中には学校の成績なんかよりもっと大切なことがある、と多くの人が悟ります。
殺人犯の孫はそういうことを祖父に教えてもらいたかったのではないでしょうか。
仮に医者になってもこれからの時代、そんなに良いことはないような気がします。
気の毒ですが、殺されたお爺さんにあまり同情する気が起こりません。

趣味と競技

会社の同僚がスポーツフィッシングをやっています。
簡単に言えば、釣りの競技です。
それなりに楽しいらしいです。
また今朝読んだ新聞には花火の競技会もある、と書いてありました。
お菓子作りの競技会もあれば、ソムリエの競技会もあります。
窓拭きのコンテストもテレビで紹介していました。
どんな分野においても、ある一定のレベルに達したら、他人と競いたい、という欲望が生まれるのかもしれません。
私は今まで、競技ダンスに対していつも距離をおいていたのですが、
上手になろうと思うなら、競技会にも出る必要があるのかな、と思うようになりました。

高校野球

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高校野球、佐賀北高校が優勝しました。
広陵高校が地元なので応援したのですが、残念でした。
奇跡的な逆転優勝だとマスコミは言っています。


しかし、13年前、佐賀商業高校が優勝したときも、今回以上に奇跡だったと思います。
あの時、テレビで見ながら、私は信じられませんでした。
私に限らず、まさか佐賀商業が優勝するなんて、誰も予想しなかったはずです。

確か、あの時も満塁逆転ホームランじゃなかったかな~
土壇場になると実力以上の力を発揮するのは佐賀の県民性でしょうか。


それとも甲子園にはやはり魔物が住んでいるのでしょうか。

阿波踊り

夏休みを利用して、徳島に阿波踊り見物に行きました。
映画「眉山」の影響もあって今年は見物客が例年よりかなり多かったそうです。
阿波踊りを間近に見たのはこれが初めてです。
時間の都合上、夜の総踊りは見ることができませんでしたが、郷土資料館で、いくつかの有名連の踊りを見ました。
勇壮な男踊り、優雅な女踊り、どちらも魅力がありました。
私は男性なので、女踊りに魅せられました。
菅笠(?)をかぶって和服で踊るのですが、なんとも言えず、色っぽいです。
中腰で踊るのでかなりの脚力が必要だと思いました。
また女踊りは、下駄をはいて、かかとを上げて踊ります。
これもかなりきついでしょう。
ずっと頭の上で腕を振りますが、翌日は腕が上がらなくなるらしいです。
400年前に始まったそうで、詳しい歴史は知りませんが、由緒があるようです。
町の中を複数の踊りの団体(連)が踊り進むのですが、日本版リオのカーニバル、と言った感じです。
日本の踊りにも、男踊り、女踊りと、性による違いがあることを知りました。
洋の東西を問わず、舞踊には男女の性を動きによってはっきりさせようとする役割があるのでしょう。
近いうちに「眉山」のDVDを借りて観ようと思います。

英国の競馬場

テレビ番組「世界不思議発見」で英国の競馬場を取り上げていました。
ニューマーケット競馬場は300年前にできた世界でも最も古い競馬場です。
競馬というのはもともと貴族の趣味でした。
産業革命により、蒸気機関に仕事をとられてあぶれた馬を使って新たに庶民向けの競馬がはじまったそうです。
競馬は現金収入が得られるようになった庶民の賭けの対象になり人々は貴族になった気分でレースを楽しみました。
それ以来、競馬は紳士淑女のたしなみとして定着したそうです。
今でも競馬場では人々はレースを楽しむだけでなく正装して集まり会話を楽しむ社交場となっています。
なんとなく日本の競馬場と趣が違うようです。
社交ダンスももともとはヨーロッパの貴族の趣味でした。
それが庶民でも踊れるように変化してきたのでしょう。
そういう意味で競馬と社交ダンスは経緯が似ていると思います。