市場原理の導入

先日、久しぶりにダンスパーティに参加しました。
女性の参加者が多く、壁の花になっていらっしゃる女性、特に高齢の女性が多かったです。
せっかくダンスパーティに来て、一曲も踊れず、帰られるのは本当に酷な話です。
何とか楽しんでもらおうと、次から次へと誘いますが、最低でも二曲は踊る必要があり、私一人ではどうしようもなかったです。
不甲斐ないのは高齢の男性の参加者で、自分と同世代の女性を誘おうとはせず、年下の女性にばかり声をかけます。
それもお世辞にも上手だとは言えない人ばかりで、誘われた女性が迷惑そうでした。
腹が立ちますが、男性が若い女性を好むのはしかたないので、いくら注意しても改まることはないでしょう。
それよりも、「女性から男性を誘ってはいけない。女性は男性からの誘いをじっと待つべきだ。」という不文律をそろそろ改めるべきだと思います。
そんな時代錯誤の考えが未だに幅をきかせていては、若い女性は誰も社交ダンスなどやらなくなるでしょう。
踊って欲しい男性がいれば、女性は自分からどんどん誘うべきです。
当然、踊りが上手な男性には、希望者が殺到し、下手な男性には女性が来なくなるでしょう。
そうすれば、男性は女性に誘ってもらえるようにもっと努力するようになるはずです。
今のように一方的な男性主導では、社交ダンスのレベルは下がるばかりだし、若い人のダンス離れも進みます。
ダンスパーティにもある程度市場原理を持ち込んだ方がいいと思います。


AD

脳内汚染  岡田 尊司著

テーマ:

テレビが世に出たとき「一億総白痴化」という言葉があったらしいです。
今ではどの家庭にもテレビは一台以上あり、誰もそんなことは言いません。
しかし、この本によると、テレビが私たちの脳に何らかの悪い影響を与えたことは間違いないみたいです。
現在、50代男性の自殺者が多いですが、彼らはテレビが家庭に入ってきた最初の世代だそうです。

今は、テレビよりももっと脳に強力な影響を与えるテレビゲームやインターネットが子供たちの手の届くところにあります。
また過激な暴力シーンやセックスシーンを売り物にしたビデオも多いです。
脳が発達する子供たちにそれらの情報が無制限に入ると、とても悪い影響を与えるらしいです。
今の子供たちはよく「きれる」と言われますが、その原因はテレビゲームにあるのではないか、と著者は書いています。
また、多くの若い男性が、アダルトビデオの影響を受けています。
子供の頃から過激なセックスシーンを見るために犯罪や夫婦間の性生活のトラブルをもたらしています。
有害な情報やゲームからいかにして子供たちを守るか、とても深刻な問題だと思いました。

AD

メダルテストのスーパーファイナル級でかなり上手な女性がいました。
基本どおりの踊りで動きもいいのですが、残念なことに太りすぎていて美しくないのです。
スーパーファイナル級まで進んだということは、単に楽しみのために踊るのではなく
将来、人に教えたり、人に見てもらうことを目標にがんばっていらっしゃるのでしょう。
しかし、いくら踊りが上手でも、見た目がダメならダンサーとしては失格だと思います。
ダンサーは見た目も大事です。というより、人に見せるには外観が勝負です。
もちろん、プロポーションとかスタイルはいくら努力してもそう簡単に変わるものではありません。
手足を伸ばしたり、八頭身になろうと思っても無理です。
しかし、努力すれば体重のコントロールくらいならできるはずです。
できるならもっとも理想的なスタイルを保っていた頃(多くの人は20代前半)の体重に近づけるべきだと思います。
ちなみに私の場合、20代前半の体重は57キロで、今は60キロです。
一時は70キロ近くまで体重が増えましたが、なんとか体を絞りました。


AD

医学博士でクリニックの院長をしている石原結実氏は「男はおしりで選びなさい。」という本を世に出しています。
その著書の中で「オトコを選ぶには、尻と太ももに注目しなさい。尻を横から見たときに、キュッと上がり、張っていること、太ももの筋肉に張りがあるのがいい。」と書いています。
性欲や闘争本能をつかさどる男性ホルモン、テストステロンを作るのは下半身だそうです。
だから下半身がしっかりしている男性は、このテストステロンが豊富に分泌されるらしいです。

最近、闘争心にあふれる男らしい男が少なくなったと言われます。
また、セックスレスの夫婦が増えているとも言います。
男性の足腰が弱くなって、テストステロンが欠乏しているのかもしれません。
一般に社交ダンスをやっている男性は下半身が強いです。
足元がふらふらしていては、踊りにならないし、女性をリードすることができないからです。
社交ダンスをやっている男性のテストステロン分泌量が多いかどうか、調べてみないとわかりませんが、
普通の人より、足腰とお尻は鍛えられていると思います。

女性にはぜひ、社交ダンスをやっている男を選んでほしいです。

先日、教室の人がメダルテストを受験するので、見学を兼ねて応援に行きました。
スーパーファイナル級まで見学しました。
感想は「あれじゃあ、パーティでは踊れないだろうなあ~・・・」ということです。
少なくとも今回の受験者の多くはファイナル級、スーパーファイナル級に見合うだけの実力はない、と判断しました。
女性はまだ何とかなりますが、先日受験した男性がダンスパーティに行って、「私はスーパーファイナル級の腕前だ。」と言えば、恥をかくだけでしょう。
実際、せっかくメダルテストの上級レベルまで続けても、それでやめてしまう男性が多いようなのです。
理由は簡単で、いくら上級になってもダンスパーティでうまく踊れないからです。
メダルテストではパートナーになる女性教師がリードなしでも自分で踊ってくれます。
しかし、ダンスパーティでは自分でリードしないと踊りになりません。
そういう訓練を受けていないと、上級のメダル保持者でも踊れないのです。
そうなるとメダルテストの意味がなくなってきます。
ダンス教室は受験料をかせぐために、たとえ力不足でもどんどんテストを受けさせようとします。
これが間違っていると思います。
女性はそれでもいいですが、男性はそれなりの力がつくまでは受験させるべきではありません。
そうでないとメダルテストを受ける人はいなくなってしまうでしょう。

社交ダンスがなかなか盛んにならないもう一つの理由はベテランの女性が初心者の男性にあまり教えようとしないからだと思います。
私の見る範囲で、多くの女性は、男性に一方的に教えてもらうばかりで、自分が男性に教えようという気はないみたいです。
「ダンスは男性に踊らせてもらうもの。」という意識があるのでしょうか。

遠慮しているのかもしれませんが。
言うまでもなく、社交ダンスは男女が一対で踊ります。
上手になろうと思ったら、異性に教えてもらうしかありません。
女足を理解している教師レベルの男性なら、男性を教えることも可能でしょうが、人並み程度の実力の男性が、初心者の男性を教えるのは難しいです。
女性に教えてもらうのが一番良いのです。
教えられる生徒役の男性にとってもその方が気分がいいはずです。
ところがそういう風に教えてくれる女性が少ないので、初心者の男性は苦労します。
いつまでたってもなかなか上手になりません。
男性が踊れないと当然、女性も踊れません。
というわけで、なかなか社交ダンスが普及しないと思います。
女性もある程度経験を積んだら、初心者の男性に教えてやるべきです。
若い初心者の頃は、ベテランの異性に教えてもらい、自分が上手になったら、今度は自分が若い異性を教えてやるのです。
これはフランスで過去に行われていた結婚二回制度の応用です。
とても合理的な制度です。


「男は狼」という言葉があります。
狼を粗暴で残忍な動物として認識した言葉でしょう。
しかし、実際には狼ほど協調性があり家族思いの動物はいないそうです。
「万物の霊長」という言葉もあるように私たちは人間を他の動物とは全く違う創造物だと考える傾向があります。
キリスト教では特にこの傾向が強いです。
しかし、チンパンジーやボノボ、ゴリラなどの霊長類にも人間に似た感情はあります。
進化論では、人類と彼らの祖先は共通、ということになっているので当然です。
この本は、私たちの心の中にある霊長類との共通点、相違点を興味深く解説しています。
人類と霊長類を分ける最大の違いは、われわれ人類が結婚することのようです。
つまり人類は生まれてくる子供の父親を特定し、男女二人で協力して子供を育てることにしたのです。
そのためには、女性の性的自由を制限する必要がありました。

類人猿のメスのように誰とでも交尾してはいては、父親が自分の子供なのかどうか確認できず、育児に協力しないからです。
いかにして、自分の配偶者である女性に他の男性とセックスさせないようにするか、これが男の課題であり、同時に人類の課題でもありました。
今もこの努力は延々と続いています。
男性の浮気と女性の浮気に対する周囲の評価が大きく違うのもそのせいです。
道徳とか倫理という概念で人は浮気を防止しようとしますが、なかなかその努力は実りません。
自由奔放に性の快楽を味わったサル(類人猿)の世界に戻りたいという本能があるのでしょう。
人間の本性を理解するために、とても興味深い一冊です。


http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4152086947/249-2832382-4629151


志と根性

どんな習い事、スポーツ、芸事でもそうですが、ある程度、上手になろうと思ったら、志と根性が必要です。
楽しいだけの趣味というのはないと思います。
もし、あったとしてもそこには達成の喜びは感じられないでしょう。
社交ダンスをマスターしようと思うなら、それなりの努力をしないといけません。
しかし私を含めて多くの人は努力を嫌います。
だから、楽しく踊ることはできても、なかなか上手になりません。
上手になれば、もっと楽しくかっこよく踊れるのになあ、と思うのですが、理解するのは難しいようです。
私も以前は、先生にもっと気合を入れて練習しろ、と言われていました。
でも、そんなに努力して上手になる必要もない、と思っていました。
5年くらいやってから、やっとやる気が出てきました。

だから未だに踊りが今ひとつです。
あまり厳しく言うと、特に若い人は辞めていくでしょう。
サークルとしてダンスの楽しさだけを教えるべきか、それとも上達することを優先すべきか迷うところです。

忙しすぎる若者

私たちのダンスサークルの若者のレッスンへの出席率が低いです。
若い人に聞くと、仕事が本当に忙しいそうです。
どうも私が若い頃よりも、仕事量が格段に増えているような感じです。
ここ数年、企業は正社員を採用するのを控え、アルバイトやパートで人員不足を補っています。
そうなると、仕事が数少ない正社員に集中していきます。
結果的に正社員は、待遇は変わらないのに、どんどん忙しくなって、残業や深夜勤務が増えていきます。
こうして、ダンスのレッスンを受けたいと思っても、参加できなくなるのです。
悪いことに、そういう正社員の苦労を見ている若者は、正社員になることに魅力を感じず、フリーターやニートになっていきます。
まさに悪循環です。
今の状態を改善するには、正社員を増やして、みんなで仕事を分け合うしかありません。
そうじゃないと、正社員もフリーターもニートもみんな不幸です。
若い人にはダンスでも習ってパートナーを見つけ、人生を楽しんでほしいです。
せめて毎日数時間は自分の自由になる時間を持ってほしいな、と思います。

ヤギと結婚した男

テーマ:

スーダンを流れるナイル川上流のある地域で、そこに住む一人の男が夜中にヤギと交わっているところを人に見つかってしまい、長老会議に突き出されたそうです。
協議の結果、「ヤギと結婚させるしかない。」という結論に至り、男はヤギの飼い主に持参金を払ってヤギと結婚しました。
男はヤギと今も幸せに暮らしているらしいです。
獣姦がハッピーエンドに終わった例です。
昔からヤギや羊と交わる男性は多かったようです。
古代ローマの時代には、羊と交わることを禁止した法律もありました。
この法律に違反してつかまった男性の氏名が記録に残っているそうです。
本人にとってはかなり恥ずかしい記録です。
開拓時代の米国では女性が少なく、女性を口説く勇気のなかった男はしかたないので鶏と交わりました。
今でも、米語で「チキン野郎」と言えば、臆病者を指します。
これらの話は男性の性欲を満たすための獣姦ですが、昔はもっと深い意味の獣姦があったようです。
古代エジプトでは女性と聖なる牛との交尾が公衆の面前で行われたらしいです。
どうも昔の人は異種の生き物と交わることによって何か新しい生物が生まれることを期待したようなふしがあります。
ギリシャ神話のミノタウロスの話も獣姦が基本にあります。
確かに異種の生物と交わることは何か神秘的な感じがしないでもありません。
キリスト教においては今でも獣姦は厳しく禁止されているそうです。

道徳以前の問題として病気が怖いと思います。

1980年代にエイズが世界的に流行りだした頃、アフリカのサルから人に感染した、といううわさがささやかれ、アフリカ諸国が強く抗議したことを覚えています。