2013-05-06 14:43:16
テーマ:叔母の介護記
最近、気付けば「だいじょうぶ。」という言葉を頻繁に口にしている私。 大丈夫・・・本来、危なげがなく、確かで間違いのない様、特に男性が強くてしっかりとして健康である状態を表す言葉らしい。 でも、間違いがない・・・という意味合いで、大丈夫だよと言われるのには安心感があって好きだ。 不安で怯えている人、例えば終末期のホスピスの患者さんが私だけに語る不安感を伴った「私は大丈夫でしょうか?(Am I going to be all right?) 」という問いかけには、「きっと大丈夫ですよ。(I believe you are all right.)」と答える。 何がどう大丈夫なのかという説明はそこには不要だ。 この会話はただ安心への同意を求められているだけのこと。 たとえそれが嘘でもきっとそれは責められたりはしない筈だ。 今しも息を引き取ろうとしている重篤な病人が、息絶え絶えに私は大丈夫か・・・と問うてきた時に、「あなたは今この瞬間に死んでもおかしくありません。」と答える医師や看護士はいないはずだ。 「こんなに●●ちゃんに迷惑をかけて、私は死んでしまいたい」と口癖のように言う叔母に、「大丈夫、大丈夫。」とだけ答えてハグをする。 大丈夫・・・そう、理由や確信なんてないけれど、叔母も私もきっとだいじょうぶ。゚・:,。゚・:,。★゚ ・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚ ・:,。゚・:,。☆ 叔母のオモシロ語録。 本が好きな叔母の為に本屋にでかけ本を購入。 岸恵子が昔から大好きだという叔母が見つけた本。 タイトルは「わりなき恋」 家に帰ってその本をあらためて手にした叔母が一言。 「●●ちゃん、わたしは『お』をずっと探しとるんやけど、見つからへんのよ。 『わりなき恋』って変よね。 正しい日本語やあらへんよね。」 そういって、本を裏返したりしている。 「きっと、『お』が無いのには理由があるのよ。 読んでみたらどこかに『お』が潜んでいるかもしれないし、その理由がわかるかもね。」と返す。 どこまでしっかりして、どこがボケているのかがさっぱり分からない瞬間。 最近はそんな「瞬間」が楽しくさえなっている。