「つくりの回生 V - 森をぬけて - 」
ミナペルホネン + 百草
イベント「チカクのトーク」へ応募して、お邪魔しました.
皆川さんへ、アイデアやデザインについての質問を安藤さんがなげかけながらの座談会.
レストラン大豊軒さんの料理をいただきながらの至福な2時間.
予めメールで、ギャルリももぐさへ送った質問に回答くださいました.
質問その1
筆記具を見せていただきたい.
→デザインには鉛筆とホルダー、letterをしたためるのは万年筆、サインはマッキーと.
ズシリとした重みが、したためる文字をクッキリと際立たせ、その言葉にも重みを与えてくれるかのよう.
メールでletterを受信していると手書きではなくタイピングされたメール本文を読むことになりますが、メッツァで通販した際は商品と一緒にletter と保管用ホルダーが同封されていて、言葉の贈り物をいただいき心温まりました.
万年筆🖋を手にとらせていただき、皆川さんが letter 発行を大切にされているのが更に伝わってきました.
マッキー細字で、さらさらと描いてくださいました.
大切な人を見送る「喪服」、哀しみ・寂しさや感謝といった気持ちをまとう喪服をデザインされる予定はありますか?
→次の秋冬で喪服を発表予定で、ウールで皺にならない、一年中 使える物性の生地づくりから取りかかっている、と.
なぜ喪服について皆川さんへ質問したかといえば、もう18年前になりますが、実父が庭仕事をしていて倒れ、救急搬送されたとき、実家は父と母の二人暮らしで、私を含め子供たちは東京や静岡に暮らしていました.
土曜の夜に、母からではなく伯父からの電話であることが、事態の深刻さを語っていて、脳の血管が切れて市民病院へ救急搬送され手術の準備をしていると.
伯父の電話口の気配から、助かる見込みがないと受け止め、同居していた妹の帰りを待って帰郷.
荷造りしながら、喪服を用意するよう妹へ告げた時の やるせない気持ちが、18年経っても思いだされます.
助かって欲しい気持ちと、喪服を取り出す哀しみとで、涙もでないほどに頭が覚めていたのが忘れられません.
喪服は社会人になってバッグ、靴も併せ自分で誂えたけれど、定番な無難なものから選ぶしかなく、着心地のよいものではなかったし、通夜や葬式、四十九日法要でまとうにつけ、自分の哀しみ、寂しさや故人への感謝の気持ちに寄り添う喪服が欲しいと思うように.
皆川さんが喪服の生地作りから取り組まれているのを伺い、一年後を待ち遠しく感じます.
質問はその場でも沢山あがりました.
12歳の女の子が テキスタイルデザインとは皆川さんにとって何か?と.
→絵を描いている時の自分を思い出せる、一生の絵日記みたい.
恥ずかしくないようにしたい、後悔しないようにしたい、一生懸命になれるもの、と.
女の子が持参したノートを見せてもらったら、テキスタイルのスケッチやデザイナーの写真もスクラップされていて、丁寧で綺麗な文字にも彼女のセンスが溢れていて、素晴らしかった.
将来 素敵なデザイナーになる、かわいい女の子でした.
男性からの質問もありました.
仕事を辞めない理由は?
→振り返りたいから、
自分の満足だけじゃなくて、仕事は簡単に放棄してはいけない社会的な個人の貢献.
生活の糧としての お金と、働いている時間の満足(充実,幸せであること)も報酬.
たくさんの心に響く言葉を伺った夜.
トークの後にギャルリを.
一つとして同じものがない個性的な子たち.
翌日チクチクと手作り.
早速マントにつけて、出かけます.
「ミナを着て旅に出よう」