爆弾テロ事件(再)

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こんにちは。
読みに来てくれ、ありがとうございます。

今日は広島に原爆が投下された日ですね。私も今朝、NHKを見ながら、バリから一緒に黙祷させて頂きました。

さてさて実は私、前々回アップしたブログを…
過って消去しちゃったんです…-_-||
一生懸命、書いたのに…
ホントにおバカな私ですが、“もう一度、書きなさい“ と言う事ととらえて、もう一回書く事にしました。
前の文章とは多少異なってだいぶ長くなってしまったけれど、皆さんに伝われば幸いです。
ではでは… ^_^||

それは9.11に話しはさかのぼります。
2001年9月11日、アメリカで大きな同時多発テロ事件が起こりましたよね。ホントに悲惨な出来事でした…。当時の私は既にバリ島に住んでいて、息子のハルキを妊娠中。住まいはまだデンパサール市内だったので、毎日ネットもできていて、事件の一報は友達からのメールで知りました。


それから1年1ヵ月と1日後の2002年10月12日、今度はこのバリ島で爆弾テロ事件が起こったんです…。その頃の私達は、既にネットの繋がらないバトゥブランの新居に引っ越していて、ハルキも生後8ヵ月になっていました。私達は家にいてみんな無事。家から被害の大きかったクタ迄は車で45分位かかるので今でもアリさんは半信半疑だけれど、私は確かにあの音が聞こえたんです。


事件の翌日からはずっとテレビに釘付けです。何にも見せない日本のテレビ局と違って、当時のインドネシアのテレビ局(特にローカルTV)は、“放送してはいけない映像の規定“とかがあるのかないのか、モザイクも何も無しに放送されていて…、だから被害の大きさや悲惨さがもろに伝わったのだけれど、それはもうショックでショックで、ホントに苦しかったです。


当時の我が家には電話回線が引かれていなかったので、知り合いの家の電話(回線)を借りて、日本の家族に電話したり、友達にメールをしたりして自分達の無事を知らせました。ちょうど日本では、北朝鮮に拉致された日本人が戻って来たと言うニュースが大きく報ていたようで、バリの爆弾テロ事件のニュースは小さくなったらしく、お姉ちゃんに、“日本人は直ぐ忘れるから、今は大変だけど、直ぐにまたお客さんが戻って来るよ。“と励まされました。…そう、観光業で成り立っているバリ島にとって、この出来事は大打撃。営業を休止するホテルもあったし、ガイドのアリさんは丸々3ヵ月間は仕事がなく、ガイドにとって仕事がないという事は収入もゼロってこと。ホントにみんな、大変でした。


事件後しばらくして、地区からある通知が届きました。今回の大惨事にと伴って、被害があった場所だけでなく、バリ島全土を浄化する儀式を行うと、そしてそれを各家庭で用意するようにという通知でした。


私もアリさんと一緒に家でお祈り。そして祈る理由、意味を教えて貰いました。こんな時に不謹慎かもしれないけれど、私は物凄く感動して、バリ島が、バリの人達がもっと大好きになりました。真っ暗闇のトンネルの中で、遠くに見える小さな明かり、まさに“希望の光“のようでした。


もしこの事件が、インドネシアの他の島で起きていたら、間違いないなく暴動が起きてたでしょう。バリヒンズーの人達のスゴいとこは、どうしようもない悲しみや苦しみ、憎しみと言う感情を、全て神様にゆだねて、さらに自分の行いを反省して祈った事です。正直言って、普通の人じゃぁ出来ません。現に、最近は前よりもましてテロ事件が起きているし、日本人だって“炎上“と言う事からしても分かります。


バリヒンズーの人達の精神意識の高さにはあっぱれです。だからここはとっても居心地がイイ!“世界平和“と言うと何だか漠然としてしまうけれど、殺伐とした今の世の中だからこそ、自分や自分の身近にいる人を、大切にしていく事こそが大事なんだと、思います。まず“自分平和“→そして“身近な人平和“→→それが“世界平和“に繋がる一番の近道なんだと私は心底、思います。



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