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「意外と」

 つい声を零してしまってることに気付いて、慌てて口を結んだ。

 意外と人に刃物を向ける時ってのは、こんな気持ちなのかな。

 足下で転がる缶を軽く小突いてやると、僕の手で黒光りしている柄を更に強く握りしめる。

 空を見上げると未だすっきりしない曇り空、それでも身に纏い付いてくる空気は、今の僕の心情を映しているかのように凛と張りつめていて、どこからか澄んだ音色さえ聞こえてきそうだ。

 先ほどまであった、激情に駆られた僕の浅はかな思惑など雨が全て流してしまったから、大事になりそこねた、つまらない出来事だけが、力つきたボールのように、この胸の中ぽんぽん跳ねている。

 僕は、ずいぶん長いことそれをぼーーーーーっと眺めていた。特に何をするわけでもなく只々それを。

 別に、このままこうしていても良かった。だけど、雨も止み晴れゆこうとする空が僕をせかすから、いいかげん、この延々と跳ねているボールの前から去ることを考えねばならなかった。

「わかったよ」と頷いてから、まずは、辺りを見回した。捨て場所を探した。この傘の。今、僕が持ってるダークグリーンの紳士用の傘。

 錆びついた骨があちらこちらで布地を破り、やたらと重い。あまり役には立たなそうではあるが、この僕の胸の静寂を断つには丁度いい。
 
 目についた手頃な穴めがけ、傘を振り下ろした束の間、君の言葉を思い出していた。

「先を見越せないのは、ううん先を見越そうとしないのは君の悪い癖」



 モモセ トオル

 確か彼女の名前はそういったか。

 苗字については自信はないが、僕が「トオル?」と呼ぶと彼女は返事するので、少なくとも下の名前は確かだと思う。

「ほらね、雨が降ってきたでしょう?」
 
 窓にへばりついてる雨滴をつつきながら、話しかけてきたのがその彼女だ。

「本当だ。君の言った通りだ。スゴイな。」

「何がスゴイのよ。朝の天気予報見て傘を持って来ただけよ?スゴイのは天気予報士さんでしょう?」

「気象予報士だろ?」彼女の言い方が気になったので指摘したら、「どっちでもいいのよ。そんなのは」と言い返されてしまった。ちょっと気になったから言っただけなのに。彼女をみると、懸命に流れる水滴を指で辿ってる。

「本当、由乃君って、みごとなくらい傘持ってこないね?毎回毎回」

「朝、晴れてたからね。ものすごく晴れてたんだ。初夏にしてはカンカン照りで、庭の草木も枯れ果ててしまいそうで、可哀そうなくらい。本当に晴れてたんだよ。それなのに、これから雨が降るなんて想像できるかい?」

「だから、天気予報みなって。降水確率90パーだったよ。学校来る時も、傘持ってる人が多かったでしょう?気付かなかった?」

「知らねー」そろそろ答えるのが面倒臭くなった僕に彼女は溜息をついた。

「由乃君、大丈夫なの?本当に。来年就職だよ?てゆうか卒業できるの?」
 
 溜息をつきたかったのは僕だ。またいつもの彼女の話がはじまる。

 彼女は、見かけいい女なんだが、いつも何か説教臭い。何かにつけて、もっと先のことを考えろだの、行動が遅いだの。確かに、絶対必須のレポートを出してなかったり、その時の気分で講義を出たり出なかったりして単位が危なくなってるのは、この僕だが?それにしても傘を持ってきてないだけでこの言われようは何か。就職まで危ぶまれている。

「今日、何の日か知ってる?」

 彼女の長い話はいつのまにか終わっていたようだ。会話が変わってる。僕は適当に返事したはずだが、正直大半の内容は筒抜けで、彼女と同じように窓にへばりついてる水滴越しに外を眺めるだけだった。

 それでも毎日のように同じ会話が繰り返されてるお蔭で彼女の話していたことはわかるし、彼女だって、僕の適当な返事など聞いてはいない。幾度となく彼女に聞かされた言葉が僕の頭のなかでカラカラと回ってる。いつだって取り出せる。

 もちろん、いつまでも不在でいるわけにもいかないので、ちょくちょく戻ってくるのだが、今、丁度いい頃合いに戻ってきたようだ。

「七夕だろ?」

「うん、七夕」彼女は何故か嬉しそうに微笑み、先を続ける。

「この学校の近くにさあ、大きな公園あるの知ってる?」

「ああ、カレー屋がすぐ傍にあるね。うまそうな匂いを漂わせてる、黄色い看板の、いろんなトッピングがあって…。季節限定ものもあるよな。今の時期だと…、オクラ?茄子?キュウリ?西瓜?」

「うん、カレーはどうでもいいんだけどね。その公園にね、大きな笹が生えてるのよ。せっかくだから、今日、帰りにでも願い事かけてこようかなと思って」

「雨なのに?」

「雨かな?」

「90パーなんだろ?」

「一日中雨でしょうだって」

「じゃあ、雨なんだろう?」

「それどころか、どしゃぶりかもしれないわ。降水量30ミリだったもの」

「だったら、どうするの?」

「雨天決行」次々と流れてくる水滴を追っていた彼女の指が止まる。「願い事ならたくさんあるの」僕に背中を見せたまま言う。
 
 何となく嫌な予感がした。できれば彼女の口を塞ぎたかったが、尚も僕の顔を見ようとせずに続ける。「聞きたい?」

「いや、いいよ。ほら願い事は口に出さない方が、叶いやすいって言うだろ?」

 できるだけ角がたたないように聞きたくないと言ったつもりではあるが、彼女はかまわず続ける。

「由乃君と末永くいいお付き合いができますように」

 耳を塞げば良かった。彼女の口を塞げなくとも。また始まった。先を見ないのが僕の悪い癖なら、先を見すぎるのが彼女の悪い癖。

「私の入る会社がいい会社でありますように。ついでに由乃君の就職も早く決まりますように。卒業もできますように」

「由乃君が甘いもの嫌いを克服して、一緒にケーキバイキングに行けますように。駅の近くの高級ホテルで月一回行われるケーキバイキングに憧れているんです」

「いつまでも健康でいられますように。由乃君もビール腹になりませんように」

「由乃君と大きなへーベルハウスに住めますように。屋上でバーベキューがしたいです」

「一億円の宝くじが当たりますように。由乃君は食あたりにあいませんように」

「由乃君のお母さんと仲良くできますように。子供は3人欲しいです。その為にもお母さんと仲良くしておきたいのです」

 彼女の願い事は、それからも延々と続き、子供が独立し墓へ一緒に入ったところで、ようやく終わった。

 一体どこまで先を見るつもりか。彼女の説教は嫌だが、先のことについて彼女と話すのはもっと嫌だった。

 君だって知っているだろう?僕は先を見越すことなんてできないし、先を見越そうなんて思わない。 先を見てから行動とかってできるわけがない。

 後でずぶ濡れになろうが、この晴れの日に雨が降ることを考えて傘の用意なんてしたくはない。どうせ土砂降りになれば傘なんて意味がないんだから。どうせ濡れるんだから。

 要するに、僕は今が良ければそれでいいわけで、君との二、三年後なんて、どうでもいいんだ。

 でも、今は君とよりよい関係をと思ってる。それだけでは駄目なのだろうか。

「あたしは、ただ願い事を言ってるだけよ?こんな風になれたらいいなって」

 僕は彼女の方を見た。彼女は相変わらず窓を流れる雨粒に夢中になっている。

 何となく彼女と僕の間に気まずい空気が流れてる気がした。ひょっとしたら、僕は思ってることを口に出してしまったのかもしれない。それとも顔に出してしまったか。

「ああ、いや…。ずいぶん、願い事多いなって。ちょっとびっくりして」

「由乃君だってあるでしょう?ひとつくらい。健康な青少年なんだから」

「え…?」しばし考えるふりして「ない」と答えた。そしたら「さよか」と返ってきた。

「じゃあ、今日は公園には行かないんだね?」

「うん雨だしね。別に願い事なんてないし」

「そう…」とだけ彼女は答えたが、その横顔はとてもつまらなさそうだ。彼女はそのまま僕の方は見ようともせずにスタスタとドアの方へと歩いて行く。

 ふと彼女の姿に重ねるようにして、たくさんの短冊が飾られてる笹のイメージが思い浮かんだ。それら全ては彼女がつけた短冊…。

「ちょっと待って」慌てて彼女を呼び止めると、すぐに足を止めてくれた。

「願い事、えと…、願い事は一つだけの方がいいよ。あまり欲張ると叶えてもらえにくいとかって言うし」

 こちらを振り向いた彼女と目が合った。今日初めて目が合ったのかもしれない。

「良かった。一つだけだったらいいんだ?」彼女は微笑んだ。


 
  どういう訳か僕は彼女の言っていた公園に来ていた。

 確かに何本かの笹が植えられており、ひどいどしゃぶりだったにも関わらず、折り紙で作られた短冊や飾り物などが、色とりどりに飾り付けられている。
 けれど、それらは、織姫と彦星の流した大量の涙によって、丁寧に書かれた文字はにじみ、丁寧に飾り細工がほどこされた折り紙はぐしゅぐしゅになり、それらのいくつかは地に落ちぬかるみに浮く舟となっていた。

 実は昨日も僕はこの公園に来ていた。今の僕と同じように、この七夕飾りの前で佇んでいた。ある願いをかけようとしていたからだ。

 目についた短冊を手にとってみる。昨日はそんな余裕はなかったけど、他人のする願いが何となく気になった。その傍にあった短冊もその傍にある短冊も触れてみた。皆、ずいぶんと自分勝手な願い事をするものだな。と折り紙でかたどられている織姫と彦星を撫でてやる。二人は怪訝そうな顔をしていた。それはそうだろう。自分勝手な、なんて他人のことは言えるわけがない、この場では大変不適切とも言える願い事を僕はしようとしていたのだから。

 彼女と別れたい。

 年に一度の逢瀬をお愉しみ中の二人には水をさすようで申し訳ないのだが、これが昨日僕が短冊に書きいれようとしていた願い事。

 こんな馬鹿げた願い事を思いついたのは、昨日、彼女とアノコトがあったから。僕にとっは当然呪いの言葉を思いつくきっかけで、彼女にとっては多分喧嘩とも思ってないほど些細なことにすぎなくて。僕達を知らない他人からみたら、微笑ましいとさえ思われるような出来事で。

 僕が雨の中公園へと出向き七夕伝説に思いを馳せるなど柄にもないことしていたのは、この小さな小さな出来事があったからだ。

 彼女が僕との未来を次々と並べ立てた時、同じ未来を見れない僕は隣にいるべきではないのではないかと思った。彼女の願いが僕との未来とするなら、それを叶えるのは神様や天上の恋人たちではなく僕であって、(そういえば七夕にかける願いって誰が叶えてくれるんだ?あの二人は他人の願いなんて叶えてる場合ではないだろうし)その権利を放棄している僕は、彼女にとってでくの坊しかなれないと思う。このまま彼女に、自分が役立たず者であると隠して傍にいるのもツライし、そんな僕に気付かず、これからも彼女の語る先の話を聞くのもツライ。要するに、簡単に言うと彼女と付き合う自信がなくなったったってことだ。

 僕はただ、天上の織姫と彦星のように今を楽しめればそれでよかったのに。

 びろんっと目の前で垂れ下がった短冊をひいてみる。にんじんが食べられるようになりますようにと可愛らしい文字で書いてある。

「せめてこの、ようにってのがなければなあ…」

 ようにように。何故皆これをつけるんだか。却って願いが叶わなそうな気がするけど。願いというか、ただ夢みてるだけ?と思うし。

 前に彼女とこの話をしたことあるけど、「違うよ、願いは祈りだよ」とか言っていた。意味わからない。同じじゃん。願いも祈りも。

 でも、こんなこと言ってる僕も、昨日自分で叶えるしかない願いを他人に託そうとしていた。結局は短冊に文字を入れることはできなかったけど。一瞬、僕の短冊をみた彼女の姿が頭によぎったんだ。

 そうして今、迷いをふっきれないまま、またここにいる。

 他人の願いなんて何の参考にもなりゃしないけど、手当り次第に短冊に手を伸ばした。ふと手を止める。何を勘違いしたのか神社のおみくじのように括り付けてあるピンクの色紙が目についた。何となく気になって、破けないように丁寧にほどいてみる。名前が書いてあった。百瀬 亨。

「ヒャクセ リョウ…男か?」

 願い事に目をやってみた。こう書いてある。


「明日、晴れますように」


 はっとして、もう一度名前を見てみる。思わず笑ってしまった。トオルか?

 そうだった。忘れていた。

 今日、二人で野球を見に行こうと約束していた。野球と言っても、プロ野球ではなくて、少年達がやる草野球のことで、彼女は何故かそれを見るのが好きで、僕はそんなのどうでもよくって、それでも何度も一緒に行こうとせがんでくる彼女に渋々「わかったよ」と付き合うことにしたんだった。

 彼女が一つだけ選んだ願い。

 初めて愛おしいと思った。彼女が並べ立てたどの願いよりも嬉しかった。

 僕だって、これぐらいなら先を見てもいい。

 時計を見てみる。約束の時間までには、まだ時間がある。

 七夕飾りの傍にあるゴミ箱に目をやった。その網目に挿してあるダークグリーンの傘。飾りこそないけれど、芸術的なまでに挿してある。

 昨日、君が帰る時に貸してくれた傘だ。「どこから拾ってきたんだい?」とは言えなかったけど、本当、芸術的なまでにボロ傘だ。

 綺麗にかざりつけてある七夕飾りと見比べてから、ボロ傘を引き抜いた。キシキシ言って痛そうだったけど、何とか引き抜いた。すると、雨露と一緒に甘い香りがあたりを漂う。どうやら、誰かの飲みかけのジュースが傘にもかかっていたようだ。

「彼女の願い事って、他には何があったろう?」

 僕は修行を積んだ魔法使いではないから、大層な魔法は使えないけれど、このボロ杖一本くらいの魔法ならどうにかできるかもしれない。君のために。

 傘をトンと一回、ついてみる。傘先へとつたう雨露がキラキラと地面に染みをつくった。




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