中谷さんが転勤してしてすぐのこと。

新しい勤務先はお世辞にも治安が良いと言える場所ではなかったが、それよりも問題なのは通勤路の途中にあるお寺の「無縁塚」だった。

朝はまだ良いのだ。
困るのは帰り道。
仕事で疲れているところに塚の横を通ったりすると、もういけない。
残った体力を全部吸い取られるかのようで、疲れは10倍増しだ。
帰宅後も、30分はソファに身を沈めたまま動く事も出来ない。

かと言って、そんな理由で転勤を願い出るわけにもいかないので道を変える事にした。
同僚に別の道はないかと尋ねると、駅前に出られるもう一本の道があるという。
教えられた道は今まで使っていた道よりも街灯が少なくて、遥かに暗い。
それでも、あの無縁塚のある道よりはマシだ。
中谷さんは暗い路地を駅へと急いだ。

ずっ。

頭に何かが突き刺さるような感触に思わずよろめく。
全身を襲う倦怠感と口に広がる苦い唾液の味。
物の焦げる臭いが鼻を突く。
考える間もなく、全身を包む強烈な熱。

あつい!
あつい、あついよー!!

髪が、顔が、手や足が、激しい炎に焼けて崩れていく。
焦げた皮膚がずるりと落ちた。
頭の中に鳴り響く悲鳴。
立っていられなくなって、中谷さんは頭を抱えるようにしてその場に蹲った。

不意に五感が戻る。
恐る恐る目を開ける。
手足は別に何ともない。

思わず顔を上げて辺りを見渡すと、真っ黒に煤けた塀の向こうに焼け焦げた建物が目に入った。
そして気付いた、路地のあちこちに立て掛けられた目撃者を求める警察の看板。

翌日から中谷さんはひとつ先の駅から会社に出勤するようになった。





(原典:超‐1/2008業火の記憶 」)