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続・ZOO STATION ☂ネタ:動物園にいて欲しい動物? だから人間のエゴで見世物にすんなっつーの。 参加中 
    
    
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3. フラミンゴ  
    
さて、2008年 Tetsuya Itami オフィシャル・ウェブサイト トップ へ並べられた12曲のうち 
まだ頭から3曲目なのに、はじめの2曲の紹介で、また随分と堅苦しく長々とした内容になってしまった。 
このぶんでいくと、書くほうも書くほうだけど、読む人も朝になってしまいそう… 
ちょっと駆け足にしてみようか? もっとやわらかく? そのほうがいいかもしれない。 できるのかよ?
 
    
3曲目のFLAMINGO という、タイトルそのまんま、鳥のフラミンゴを題材にして歌っている。 
して、現在のインターネット上には、こんな感じの歌も音声と映像データとして転がっている。 
    
         
                  Duke Ellington Orchestra with Herb Jeffries     
    
おそらく、Tetsuya Itami というシンガーソングライターがFLAMINGO という歌をつくって歌わないかぎり 
今これを書いてる自分自身も、この髭のオジサンが 
今から70年ちかく前にデューク・エリントンのオーケストラをバックに 
このような歌を歌っていた歴史の事実を知ることはなかった。
んで、Tetsuya Itami 2008 フラミンゴ は、この曲にはぜんぜん関係ない…というか、 
俺の中では おおいに関係あってしまう! 
どこがどう関係するのかというと、同名のタイトルでありながら声や楽曲のつくりがまったくちがっても、 
歌うやさしさに限りなく共通するモノがある。 
とくに、ふ~らみんgo~と、のばす部分! 
しかも、一曲目のお辞儀をしましょう と2曲目の歌は白く 心 燃やす を聴いたあとで 
この曲へ静かに ゆっくりと展開される運び。そのぬくもりには 
どうしてこのひとはこんなふうに歌えるんだろうなんて考える以前に
 この歌はもう、このひとじゃないとダメ!」
うちの奥さん曰く。)という女性心をトロケさせるほどの、 
あのなにかが、男が理解できる範囲を超える、歌う男の優しさなのか? 
・・・・ああ、俺は今なにを書いているのか? 
    
それはさておき、以前に、作詞作曲者みずから 自身のサイトの一部で 
この曲と、ほか数曲を日常的表現で紹介するような記述が在った!  
    
    2008年が始まろうとしている。1/3から大阪に一人帰郷する。1/6今 東京に戻った。
    母と二人 水入らずで過ごす正月なんて初めての事だった。よく話をする母なのでうん!うん!と
    聞い手になる。タバコは一本も吸わずに帰ってきた。身体は軽い。東京を出る時に心に決めた。
    母はタバコが嫌いなので吸わずに帰ろう。俺にとっては節煙の旅でもあったわけである。
    今までも節煙の旅をした事があるが守れた試しがなかった。今回は初めて守れたわけである。
    母に感謝である。墓参りに行ったり、とめどない時間を過ごす。別になんら人に自慢する事もない時間。
    しかしそれでいいのである。2008年は良い正月だったよ。帰りに新大阪でチケットを買うと指定席もグリーンも 
    すべて完売であり、自由席で帰る。結局、品川まで立ちんぼだった。しかし“のぞみ”は速いな。
    あっと言う間に品川まで着いた。途上、携帯を見ると
assimilate
からの着信あり、電話をかける。
    あけおめ!今年もよろしくです。とりとめのない会話を交わす。しかしそれでいいのである。
    彼も名古屋に帰郷していたようで こだまで座って帰ったそうだ。その手もあったな。と思ったが 
    2時間半のたちんぼなどはしれたもんである。つま先立ちでもしてみるか? 身体を左右に曲げ、柔軟をし、
    周りの座ったり、立っている人たちを見ると ゲームをしたり、本を読んだり、目をつぶったり、
    指を毛虫のように壁に這わせている。みな明日から通常の日々に戻るのだろう。
    本を読む若い女は器用にハイヒールの片足を脱いで 
    フラミンゴのように片足で立ち 笑ったり真剣な赴きで髪を色っぽく指まで垂らし遊んでいる。
    しばしそれを見ていた。しばしと言っても多分30分以上は見ていたのだろうか? 
    ふと目を上げ俺と目が合う。 その瞬間に焦点を外し、毛虫男を見た。 
    彼の指は今だ尚、壁を這っていた。つまらない顔をしながら 
    サックスでも吹いているのか? 青木功の再来か? 終戦のごった返しのような列車の中で思った。 
    すべては Its all right!何があろうとも、何もなくとも、それでいいのである。
    まずは満足する事だ。感謝する事だ。そこから始めよう。品川駅につき、ドアが開く。
    
自由席のお客様にはご迷惑をかけまして・・とアナウンスが流れる中、
    俺は心ので呟く。
とんでんもない。これでいいのだ!太陽の子供を書き終えタバコに火をつける。
    くら~ときた。
う~ん!これで・・・いいのか?~』『これでいいのだ! 
                                                  2008.1.6 T.I
    
    
旧くは1980年代初頭から Tetsuya Itami を知る熱狂的なファン の方々にとっては 
新春早々の連日にわたるサイトの更新。その、太陽の子供 と題されたコーナーを見逃してしまった場合、
こういう近況が綴られた内容が非常に興味深い…かもしれない。 
更新されるたびに前回のモノは消えて必要以上に言葉を残さないスタイルなので 
2006年の夏から今日まで(今年の1/7を除いては)すべてのデータをバックアップしてある自分としても 
本来ならアーティストの意向に反してるような気がして、公開を控えている“つもり”…なのですが 
やはり、そのアーティストがどんな人物なのか? 
Tetsuya Itami の存在をまだ何も知らない諸外国の人も 
今日はじめてここで出逢ったという感じの人にも、たとえ断片的なモノであっても、
その人間性がどれだけクリアーに伝わるか…というところで 
ご本人以外の勝手な理屈や決めつけで汚れた説明をするより ちゃんと伝わりやすい…と想う。 
とくに…省略  
    
もともと、このような楽曲解説を設けること自体…こういった感じで書いていながら常に 
「ひとつの形に納めてしまう」ということをしてはいけない! 
勝手に決めつけた答えを出してはならない…という想いをめぐらせることもある。 
    
  なんにも期待するな どこにも属すな 心のままに 
    風が吹くときに理由がいるかい? 答えがあるかい?
 
                       
ひゅるりら より。
という歌にもあるように、Tetsuya Itami というアーティスト、シンガーは、
いついかなるときも風の中にいて たとえ消えてしまっても 
自由に風に舞って歌いつづける存在であることが基本線…というふうに認識しているので 
この3年間、正気の沙汰ではないほど色々と書きつづけてきたことにも幾分、負い目を感じていたり 
葛藤している部分…もある。 
う~ん…。 そういった個人的な問題はどうあれ、書きたいように書いてゆけばいい! 
とかなんとか複雑っス! 
    
とにかく、どこにでもあるような感じで
「なつかしのアノひとは今~」の呑んべんダラリとノスタルジック漂わせず、
誰もやってない。巷のショップにはCDは一枚もない。 
なら、インターネット上に実在する珠玉の数々を世の中で一人くらい気合いれて 
今の伊丹哲也として丁寧に解説しても 
もう随分と長い間、雨を降らせてる神様も怒らねぇんじゃねぇのか! 
    
という反骨精神で書いている…わけです。 (いつも失礼な発言の数々、おゆるしください。)
    
てなわけで、『フラミンゴ』 というこの一曲を 
何回か聴いているうちにお判りいただける通り 
朝昼晩に様々に思い悩み耽る人間の、そういうことも歌われている。 
 
 
 
 
    追記) 
 
  かつて、今の人類のそれほど旧くはない時代、
  スペイン人ほか白色人種の私利私欲は海を渡り 
  もともとアメリカの大陸に住んでいた原住民を迫害し 
  土地を奪い、自然を壊し、そこに共存する野生生物の食物連鎖さえも変え 
  アフリカの大陸からは肌の色のちがう人間を何万人も拉致し 
  多くの人間の家系継承と命のつながりを断ち切ってきた。
  その後しばらく、同じ人間を奴隷としていた時期を経て 
  何者かの栄耀栄華の目論みに泳がされるように19世紀から20世紀が過ぎ去った。 
  そして21世紀、今なお、ドル資本で世界経済が支配されている格好で 
  戦争やテロ、侵略、紛争、内乱、暴動ほか、南極や北極の破壊、汚染もふくめ 
  この時期のあらゆる自然災害の要因が、今の人類によって引き起こされていると疑うまでもなく 
  人類の意識向上も、この地球上に本来あるべき人間の姿、在り方は 
  宗教宗派による対立や一部の財団、一部の権力の思想、哲学、科学により
  歪められている。 
  文明がヒトの心と肉体を破壊して変貌する時代へ突入してから何年になるのか? 
  
  時に、JAZZ発祥の地、音楽都市・ニューオーリンズでは 
  いまから数十年以上前に、
  自分たちが生きてゆくために音楽を演奏することを選択した者が 
  今日どんなに貧しくても、自由に歌い、集い、交流し… 
  そのエネルギーは人種、国境を越えて、世界中へ拡がり 
  今やJAZZやブルース、ロック、フォーク、R&B…ジャンルの隔たりも超えて 
  音楽活動をつづけるミュージシャンや映画俳優ほか様々な分野のアーティストも大勢いる。 
  それが白人であろうと黒人であろうと 肌の下の細胞へ張り巡らされた血管に
  鉄を主成分とする赤い血が流れ迸ることだけが共通するように 
  彼らは、過去に自分たちの先祖が受けた恨みや嘆き哀しみ、罪や罰にも拘らず 
  そうしたことを慰めたり反省したり、戒めるばかりか、
  自分たちの世代から人類を立て直す姿勢で生きている。 
  そこに、WHOというバンドが演奏したMy GENERATION があり、
  U2というバンド が今なお、世界へ叩きつける人間の尊厳を訴えるメッセージがあり、
  The Rolling Stones のギタリスト が若い頃に聴いたラジオから流れ出る感動や感激をそのまま 
  世界中へ伝えてきた白人のロックと黒人のリズム&ブルースの共演 があり 
  リトルレッドルースターの一曲を1989年にステージで競演したエリック・クラプトンがいる。
  あるいは、ハリウッド映画 『ターミナル』の中にも、そうした夢や希望の確かさが描かれている。
  ところが、日本の音楽業界・映像業界だけは、一部を除き、
  世界の音楽産業や映画業界のマネゴト、リアルおママゴトは得意なものの 
  この人類の音楽の発展、伝達・伝道・伝承の義務からは何十年も発展途上にある。
  映像芸術など黒澤 明 監督が、白黒映像なのに鮮やかな色彩を表現するほど
  アルフレッド・ヒッチコックやチャールズ・チャップリンに並ぶ作品を撮り納めてから今日まで 
  なにも、どこにも、進歩も向上もないと云って過言ではないほど 
  日本人に秘められた世界発展への役割は今日も、この国の内側から外へ
  確実に発信された様子は見受けられない。 ほとんど。 
  
  それなのに、タイトルフラミンゴ の一曲では 
  70年前(…その後の世では巨匠とされた)大勢のアーティストが夢見た未来…  
  人々が手をつなぐ意識の願い、闇から遠い光り輝きへ辿りつこうとした模索… 
  それらを今ここで、しっかりと受け止め、確実に返事を応え残すように 
  「ありがとう! これからも歌いつづけます!」 
  という作詞作曲者の声が曲の最後に聴こえてしまう。  
  
  それは果たして、俺だけ なのだろうか? 
  
 
 
 
 
 

flamingo

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