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Heavy WeBlog “Mind Resolve” @ feedburner.com



    これは画期的! 

   
   
おお、スゴイことを思いついたぞ! 
一人でも多くの人類が、この地球上に本来の人類として生息するためには
今ならまだ間に合う人も何人かはいる。
この、“何人か”という言葉は、あまり気にしないでくれ。
要は、心身ともに前向きで、いつも明るく元気に
不平不満を吐いたり誰か他人を憎んだり妬んだりせずに
自分が今生きている場所で自分らしく生きられりゃぁいいんだ。
といっても、既に何らかの病気に冒されていて床に伏せってる人とか
趣味で病気や怪我の後遺症に悩んでる人とか
「こんな身体にしたのは●●●●がワルイ」とか
自分で自分の肉体のコントロールを忘れるほど
いま自分が生きるために必要以上のことに苛んでいるような人には
向いてない。
わるいけど、俺は病気を治す係りではないんだ。
ごめんなさいね。
それ以外の人で、あるいは、そういう人でも
「今のままではいたくない」
という気持ちの切り替えが、わずかでも可能な人にとっては
今からここに書く内容が何かの参考にはなると思うよ。
   
直立二足歩行で大地に立って歩くように創られている霊長類である人間は
膝を曲げれば猫背になる。
猫背になれば呼吸が浅くなる。
呼吸が浅くなれば腹の筋肉が動かなくなる。
腹の筋肉が衰えるとヘソの下に力が入らなくなる。
下っ腹に力が入らなくなると、中にある内臓が支えられず下がる。
すると次第に腹が出る。醜く下腹部が弛む。
その下垂した内臓は、尿道と肛門を圧迫する。
食べた物のカスが出る場所、出口が塞がれると
身体の中に毒が回ることにつながる。
便秘も排尿の異常も、それにまつわるあらゆる症状も
やってるのは、膝を曲げて猫背になってる自分自身。
んでもって、下垂した内臓はすべて、
両足の付け根にある太い静脈と動脈を圧迫する。
上半身と下半身をつなぐ大きなバイパス。その太い血管内に
しっかりとしてあるべきはずの血液循環が妨げられると
全身の筋肉のあらゆる場所の血管と
その路線を総括するターミナルである心臓に負担がかかる。
上半身にばかり血液が循環しても
下半身には思うように血液が回らない。
     
ということで、結果的に
     
    Nips&Japs
     
こういう格好になる。
んまぁ、これは俺が手書きで書いた
“人類のなれの果て”というタイトルの画像なんだけど
全国で、全世界で、惚け老人になっちまった人は
まず99.99%、こんなような体型。こういう格好をしている。
それどころか、自分の手足を何とか動かして
歩き回ったりすることができる人のうち
あらゆる病気・病魔に冒されてる人ってのも
絶対的に、こういう格好で、やっとの思いで生きながらえている。
それは、自分の精神がおかしくないのに
「おかしい」と、現代医学に騙されて精神安定剤を呑んでる人も一緒だ。
世界中のすべての病人は、上の図のような体型の崩し方。
もっと簡単にいうと、老いぼれた格好になっちてる。
年齢には関係ない。
人類のなれの果て。
見事なまでに。
    
んで、ここからが大事だ。
上の図を参考に、自分自身が今、どういう状態なのか? 
「はっ」と気づいた人はシメタもんだ。
そうじゃない人は、素直に姿身か何か大きめの鏡の前に立って
自分自身を横から映して見てみてくれ。
鏡はないけど、たった独りきりじゃなく、
今そこに誰かと一緒にいる人なら、
素直に尋ねて お願いしてみて
自分自身を横から見た格好がどんな状態なのか? 
上の図と見比べてみてくれ。
もしも今、たった独りだけで、街の薄暗いバス停に佇む寒さの中にいて
この内容をケータイ画面の中に覗いてるような人は
目の前のショーウィンドウに映る自分自身を
これまた素直に恐れず、側面から映してみて
今の自分自身の人間らしき格好がどうなっているのかを確認してみてくれ。
   
できたか? 
どうだ? 
まだ判らない人は、今後もひきつづき、俺のページ更新に つきあってくれ。
ほかのページにも、そういうことに関して
今日まで俺は、あなた自身という人間、人類そのものについてを色々と書いてきた。
参考にしてみてね。
読みづらい箇所も多いけど、
きっと何かの役には立つと思うよ。
ただし、インターネットの回線を利用して
何か得しようと思ってるような人は
少し時間がかかるかもな。
生きてる時間よりも生きることの真剣さを捉えた場合
そういうアサハカにもスパムっぽい人には
自分が生かされているという事実を認識しづらいと思う。今はまだ。
だから価値観の相違でもなんでもなく
もうしばらくは他力本願時という寺の檀家のような生き方で
肉体と心が ちぐはぐなまま、科多輪になって、変形させながら 
現代医学とか、肉体と心を奇形化させる教育や 
くだらん世間常識の狭い枠に振り回されているしかない。残念だけど。
   
さて、日頃から、
「自分が儲けるためには他人の儲けが気に入らない」
などという考えを持っていない人のうち
誰かが誰かをワルモノにしないと小さく一つにまとまれないような自分の周囲に
もうウンザリしている人も含め
今こうしてここまでを読んでみて、ちょっとだけでも
「これじゃマズイな…」
という気持ちになれた人。
どうすりゃいいのか? 
   
こっからはすべて、今後の心がけの問題だ。
その肉体では、その心が中に居づらい。
変な格好なので居心地がワルイわけ。
魂が。今の。この瞬間も。…たぶんな。
んで、自分自身の今ある力で
それを克服、改善、解消へ導くためには、
どうすりゃぁいいのか? 
   
まず、立っているとき、
歩いていても、何の仕事や作業をしていても膝を伸ばす。
台所で炊事をしているときも、体育の授業や朝礼で立たされているときも
授業中に、なぜかソワソワしてしまっても
我慢しながら教科書を読んで聞かせてるときも
大人であろうと子供であろうと芸術家であろうと
どこかのステージで自慢のギターをかき鳴らす人であろうと 
選挙で街頭演説してる人であろうと 
台詞を噛んで録画VTRで何度もNGを出してしまう役者さんや舞台女優であろうと 
とくに膝のウラを、なるべく伸ばすことを心がけて生きる。
膝を伸ばすと背筋も伸びる。
膝を曲げると猫背になる。腰も落とす。
それでは何かに悩み苦しむ人とおんなじ格好になっちまう。
だから、膝のウラを伸ばす。
膝のウラの筋肉に流れる血液が
最初に、この地球上に人間が創られたときの取り決め通り
まっすぐになりゃぁ、血液循環も脳味噌まで正常に上昇する。
これは、自然界の道理だ。
雨は上から下へ降って地に降り注いでも、
必ずいつか、大気は上へ上昇する。
その途中に、人間が自然を破壊し尽くそうとするような邪魔立てや滞りがない限りはな。
して、膝を曲げて背筋を伸ばす。
するってぇと、そういう正常な人間の体型で生きて過ごす場合と
     
    red&blue2006
     
このような“人類のなれの果て”であったようなときの自分と他人ではなく
今の自分と、ついさっきまでの過去の自分を比較してみてくれ。
少なからず、膝を伸ばして背筋を伸ばしている自分のほうが
呼吸もスッキリとして身体がラクなはずだ。
その自覚があった人。今この瞬間にあった人は、ラッキーだ。
自分を自分として本来の自分自身へ解放できるチャンス到来!
やったね! 
   
さぁ、ここから先は自分次第でどうにでもなる。
もう俺のページをコンリンザイ読む必要もない。
よかったね。人間でいられるんだ。
   
…あのぉ~。俺は今、ふざけてなんかいねぇよ。
真面目に真剣に これを書いてるんだ。
ふざけていると思い込んでしまう人は
このあと立ち上がって、その次の瞬間から先の時間に
何かが起こる。
何が起こるかは、お楽しみに。
それは自分自身が体験する苦しみであって
俺が用意したもんじゃない。なぁ、お子様の味方くん。
   
ああ、マズイ。
こういうことは書いちゃダメだな。
せっかくここまで素直に読んできた人に失礼だ。
ごめんなさい。
んで、俺のことなんざぁ、どうだっていいんだ。
問題は、今こうしてこの行を読んでいる人の心と身体が
男であろうと女であろうと両生類チックな釜や鍋であろうと
そのヒト自身が自分の力で少しでも元気になってくれりゃぁいいんだ。
そのために俺は今これを書いている。 書いてる奴!忘れんじゃねぇぞ!
んで、膝のウラの筋肉をなるべくキチンと伸ばして
腰も曲げず猫背にはならずに、呼吸もラクにして
そういうこころがけで、今日から今から、今この瞬間から
次の時間を、明日を生きることにしてくれ
しばらくしないうちに必ず、前向きな気持ちになってくるはずだ。
人間は、そういうふうに創られている。
嘘じゃねぇよ。
正常な人間の格好ってもんは、全身の筋肉に対する血液の循環も
その血液の流れと共にある、受胎の瞬間から繰り返されている細胞分裂も
それを活性化させる呼吸。酸素の供給も
すべて、膝のウラを曲げずに、猫背になって腰を落としていない人の姿にある。
一本の棒のように、真っ直ぐに背筋を伸ばして 
生きることにも、何をするにも、自分の足でしっかりと大地に立って
前向きに、前を見て歩くことができる体型。本来の人間の格好。
頭の天辺から足の爪先まで、まんべんなく血液が回ってる状態の全身の筋肉…  
そういう正常な人間の肉体なら
肩こりも今よりはずっとラクになる。目の疲れも変わってくる。
腎臓を守る腰の筋肉も徐々に潤いを取り戻してくることにもつながる。
だから、その肉体の中にある心も決して不自由はせず、ラクに動かせるはずだよ。
死ぬまで。本来の寿命を迎えるまでは。
なんだか話がまどろっこしく感じる人もいるかも知んないけど
あまり深く考えなくていいよ。
たとえば、薬物とかドーピングに頼ることなく、スゲェ記録を出すスポーツ選手とか
ああいう類いの人たちは見るからに健康そのものだろ。
決して、
     
    naizoukasui&yohoro
    
こんな体型の崩し方はしてないし、健康な人に、こういう格好の人はいない。
こんな格好でタップダンス踊れるのは ビートたけし監督のオッサンくらいなもんだ。
画像は判りやすくするために、極端に、人類のなれの果てを表現してるけど
それに、どちらかというと近いかな…という人もアウト! 
残念。今から人間、やり直したほうがいい。
俺も協力するよ。
もう余分なことは考えるな。 おめぇもな。)
今日からはもう、どんな健康法も健康食品も必要ない。
健康がない人ほど、そういうモノに夢中なだけだ。
そんなもんを色々に買い漁り、
「どこかになにかもっといいものはないか」という、
他力本願な気持ちで、くだらんモノを物色するような癖が
病人の気が病人を呼び集めて、慰めあうような場所で召集して
他人と自分の区別もつかなくなっちまうほど、
自分なのか他人の病気なのかも判らなくなるくらいに健康を失っちまうんだ。
そういうことは、人生を半ば諦めた以上に、
人間として前向きに生きることをほとんど投げ出しちまったような爺さんや婆さんとか
老いぼれて先行き短いはずなのに周囲の者に多大なる迷惑をかけてまでも
そのことにまったく自覚もなくしてるような惚け老人にやらせときゃぁいい。
膝のウラを伸ばせば人間はボケない。
これに関しては絶対ではないけど、惚ける率は非常に少なくなるはずだ。
この自然界に生きて生かされて、常に成長する魂を持つ人間は
そういうふうに創られているし、今日までも、そういうふうに創られてきた事実と道理の中に
すべての人類の存在がある。
   http://ameblo.jp/badlife/entry-10025653644.html  February 14, 2007
仕方ないさ。教育っちゅうもんが、産まれる以前からの人間の心と身体を破壊してきた事実は
もうどうにもならない。
これ以上の破壊は、この地球上に人が人として生かされていることに感謝することを
完全に失わせちまうほど、世の中の教育ってもんは、
ほんとうに兇悪なことをやってのけてきた。
学校の先生が悪いわけじゃない。
政治家ばかりがノンキに自分本位な生き方で
自然界に反抗して突っ張って生きてきたわけじゃない。
人類すべての同罪。
戦争も、虐殺も、虐待も、略奪や強盗も、すべての犯罪が
肉体による異常にマッチしない心の変異であり、
形になったあとの出来あがった結果でしかない。
そういう、この世に確実にある地獄。死や犯罪と背中合わせに生きることを
自分自身で防止、制御するためには
自分自身で自分を救うために
まず、自分の肉体と心のバランスを整えることを
常日頃、自分自身で心がけるしかない。
いいか、難しく考えるなよ。
そのためにはまず、とにかく騙されたと思ってでも
膝のウラを伸ばして生きることを心がけてくれ。
それこそ、今これを読んだあとに、ちゃんと布団に入って眠る人も
たとえ、家もなく休む場所も見当たらず
畳の上で寝ることが理想の現実のような人であっても
どっかのビルの屋上で暖房の廃熱が出る埃マミレの空気に曝され
腹に新聞紙を巻いて汚い段ボールにくるまって寝る人であっても
もしもそこで、歩き疲れた足をゆっくりと伸ばせるなら (涙は拭け! 鼻水はかめ!)
伸ばした足の膝のウラの筋肉を伸ばすように
空へ向けて、ゆっくりと息を吐きながら
両方の足首を手前に起こしてみてくれ。
少しは寒さも凌げるかも知れない。
今の時代、こんな暖冬の変な地球上の片隅でもな。
もう一度、書く。
寝ているときも、眠る以前に、
明日また使う自分の身体を少しでも正常に動かし、コントロールするためには
その手入れと保管と準備するこころがけとしても
膝のウラの筋肉を伸ばすように意識して、息を口で吐きながら
徐々に両足首を手前へ引き起こす。
自分の爪先がヘソへ届くほど、(そういう気持ちで)
肺で使った空気を吐き出しながら
そして徐々に、鼻で空気を吸いながら足首を元の自然な位置へ戻す。
4~5回。いや2~3回でもいいよ。
たった独りの力でも、それだけで、誰かがその背中を撫でおろしてくれたかのように
背筋も腰のあたりもスッキリして、
たったこれだけのことで疲れが取れる人もいるはずだ。
人間はそのように、そういうふうに創られてるんだ。俺もあなたも、
現代人が産まれるずっと以前からな。
だから安心してくれ。
そして、今日ここに書いてあることが、よく判らない人は
時間の許す限り、もう一度、最初から、ゆっくりと読んでみてくれ。
それでも、どうしても
「ここのこの部分に書いてあることが判らない」
という人は、どんな小さなことでもいいよ。
下のコメント欄を使ってくれ。 リンクなしでも結構! 
そして、なにか積極的に質問するかしないか、文句を書き殴るかの以前に
どうしても今、今の自分自身が判らない人は
今ならタダで情報を提供するよ。
http://ameblo.jp/badlife/entry-10026826079.html
  このページには必ず、いくつかの答え。あるいは、
その答えになるヒント、気づくためのキッカケ、
あなたという人間として この世に生きて生かされている存在そのものが書かれて在る。
参考にしてみてくれ。
そして、少しでも感謝することの大切さを獲り戻してくれ。
誰もやってくれない。他人ではなく、自分の人生だ。
既に取り戻してる人は、そのまま自分として生きつづけりゃぁいい。誰も文句は言わない。
感謝することを心に失うほど、肉体が、全身が、全身の筋肉にまんべんなく流れるはずの血液が
その流れや在り方に、なんらかの異常がある者が、犯罪を犯したり、病気をやっている。
自ら。己自身でな。
禍福に門なし、すべて己の招くところによる。
忘れないでくれ。
いいことも、わるいことも、すべてが自分で招いた結果でしかない。
この世に、この自然界に、今まだかろうじて、人間が人間らしき格好で生きているうちはな。
それが人類だ。
宗教ではない。思想ではない。学問や学識による常識や教育の教訓やシキタリ、方法や策ではない。
生きることは限りなく義務の遂行でしかない。
だからもう、「リストカットします!」なんて、情けなくもカッコつけた言葉は吐かないでくれ。
誰かにその大変だった想いをアピールするかのごとく、
線路の脇や どっかの岸壁の岩場の片隅に靴を並べ揃えて置くのはよせ。
そこへ靴下も入れておくんじゃねぇ。富士山麓の樹海を汚すな。
ゴムホースとガムテープはクルマの排気口から社内へ伸ばすために開発された物じゃねぇぞ。
刃物も乗り物も、(サリン以外の)どんな化学物質であろうと、クスリにしたって、
道具ってもんは、人が生きるために、この世で命を持って生活するために作られたもんだ。
使い方を間違えるんじゃねぇ
生きることをナメんじゃねぇ。 
自殺は犯罪。
自然界に対して最も重い叛逆行為、重罪だ。
道理に叛して親よりも先に勝手に死ぬなんてことは殺人よりも兇い! 殺人がいいということではない。)
愛の反対側のモノをすべて吐き出してラクになれ。
そして気づけ。
生きるということは素晴らしいことなんだ。
惚けるということは、その素晴らしささえも放棄した連中に
自分が肉体を持たされて、この世に存在していることに有り難味がない証拠だ。 
そういう魂の無駄遣いが、どうして日本人にばかり多いのか?  
生きることをナメルなよ。 
惚けることも自殺することも、自分勝手に安楽だろうけど  
肉体を失ってからでは遅い。何もできはしない。
生きてるうちの後悔なんて、たかが知れてる。
肉体を持って生かされている間の人間の心、魂ってもんは 
その肉体が創られた通りに正常であってこそ 
一日一日を悔いなく生きて成長させることができる。 
自分が自分として堂々とやりたいことをやって 
食べることにも飲むことにも、出すことにも、子孫を繁栄する義務においても 
魂の成長を止めるようなことはするな。足踏みも必要ない。本来はな。 
それなのに、現代人の多くは(俺も含めて)、 
肉体を変形させ、どこかしらかの筋肉にある血液の循環を妨げ、滞らせ、
あのように体型を崩して生きてきてしまった。残念なことに。
そんなことで人間ひとり一人が正常な死を迎えられるはずがない。 
永遠に彷徨う魂の数を増やすと 
正しい人類の繁栄・繁殖の妨げになる。 未来永劫、迷惑なご先祖様になるな! 
今は未だ、あらゆる教育と、一部の戦争カネ儲けを狙うような連中に操られた常識で 
過酷にも生きることが面倒くさく感じても
それを何とか克服して、乗り越えて、その死ぬ間際に (正常な寿命を迎える寸前に)
「人間やっててよかった」
そんなふうに実感できる者の方が 
死んだあとがラクだ。再生も可能。すぐにまた蘇ることが許される。
   
今後はな、年齢を問わず、そういうことも大事にして、生かされていることに感謝してね。
大丈夫だよ。ちょっとくらい周りの誰か特定の奴にイジメられてても
君には俺がいる。独りじゃないんだ。
そして、こんな俺のような馬鹿じゃなくって、もっとマトモな人間と巡り逢えて
そのときは必ず、
「ああ、生きててよかったな」って思える日もくるさ。生きていりゃぁな。人間として。
なぁ、人間に産まれてよかったよな。
そして、昨日一日、西暦2007年3月4日の日曜日をあけたこの夜まで、
俺が仕事に休みを頂いた一日があってよかった。
昨日はねぇ、子供のランドセルを買うことを決めた日で、
一日中、珍しく、ひとつも苛々することもなかったんだ。 ホントかよ?
安かったよ。2万9千円。俺が働いたカネで買ってあげることができたんだ。
「二つ欲しいか?」って訊いたら 
「ひとつでいい」ってさ。
あんなもの、色々なカラーで、一週間ぜんぶ色を替えて登校したっていいじゃないか。
そういう時代なんだろ。モノや情報が必要以上に溢れてて。
でも俺の子供は、「ひとつでいい」って云ってた。
高価なポケットゲームとか、保育園のお友達が持ってるようなオモチャとか
欲しくても買ってやれないんだけど 俺としても買ってあげることを我慢している。)
みんなと同じランドセルは、ひとつありゃぁいいらしい。
朝から親子3人で買いに行くことを楽しみにしててな。
うれしそうだったよ。俺も嬉しかった。
だからこうして、このページを書くこともできた。
ありがとう! 
今日ここに書いたことと、書いた日、書いた内容で約束したことは今後、絶対に忘れない。
だから生きててね。
いつか自分自身の力で幸せになるためにも
絶対に、どんな命も粗末に扱うな。
まずは自分からだ。
常に一年生のときのような気持ちで。
今日から再スタート。完成、完結、偏屈リンなデキアガリはありえない。
短いタバコ、弾く指先、終着駅は始発駅。 ああ、笑わないで。)
終日禁煙でも、心のポケットに灰皿がありゃぁいいんだ。
問題は筋肉だ。そして血液の流れと呼吸。
そういうことが当たり前でない人が今、世の中に実に多いわけ。
申し訳ないけど。神様に対しても。
人間なんて、己に気づくキッカケさえありゃぁ、いつでもやり直しできる。
生きているうちはな。投げ出さずにな。
    
おやすみ。
いや、おやすみなさい。
   
   
世の中の人の気持ちが
いつまでも
きれいでありますように。
安らかに。
明日の朝また目が覚めることができても
そのときはきっと、目覚めもよく
一日が始まることが楽しみでありますように。
俺ばかりじゃなく、俺の子供も、奥さんも 
そして何より、ここまで読んでくれた人にとっても。
   
   
   
   
March 05, 2007 00:49:50
Theme: 生きるために必要な生活の知恵

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1 ■ タイトルの、

 これは画期的! 
    
のあとに入れた、
   
(前略、粗末にも手足・五官の自由な命を投げ出そうとしてしまいそうな人へ…) 
   
この一行はちょっときつかったかもな。
   
削除しました。
でも既に、この3時間あまりの間に見てしまった人もいると思うので
ここへ残しておきます。どのヒトにも公平に。
   
なんでか? 
どうして俺はこんな残酷なことばっかり書いてるのか? 
自分でもよく解んねぇけど、たぶん、
整理整頓。世の中の。自然界の。
必要なモノと必要以上なモノの区別。
あくまでも、区別であって
掃除ではない。
俺に そんな力はない。
あくまでも俺自身、創られた側の存在であるからには…。
神や仏もヒトを救わない時代。
自分自身で自分を救うしかない。

2 ■ 2006-08-22 19:34:28 の時点の決意で…

   
   もう既にはじまっちまったものを
   途中で上映中断はできない。
   誰も解らない結末を
   何人の残された者が
   いつ、どこで、どんなふうに観るのか? 
   少なくとも、第二次大戦の世に生きた世代は
   それを観ることはない。
   この時代はもう決して、模索や試行錯誤ではなく
   覚悟を決めて、腹をくくって
   自分たちで用意した次なる過酷な・・・・
   ああ、暗れぇな。やんなっちまう。
   ただ、今後この地球上を完全に不毛の地にしちまうのか? 
   あるいは天国と地獄の狭間を
   いつまでも幻想のまま存続させられるのか? 
   そういう中で、気づいた者だけは
   本来の人間の生きるべき道筋や道理を
   次の世に残こしてゆく必要もある。
   政治も宗教も秘密結社も大本営の残骸も
   今まで通りにはやってらんなくなる。
   最初に封切られたEpisode1とかの続編。
   そのディレクターズ・カットは
   途中で心ある者によるプロデュースで変えちまえばいい。
   特殊効果やSFX、サンプリングは一切なし。
   人間が産まれたままの姿で営む実像の記録。
   その中で、フレームから切れる有象無象のエキストラに終わるか? 
   もしくは主演の隣で脇役として光り輝くか? 
   俺は音響効果の手伝いに徹するけどね。たぶん。
       以下略 
http://ameblo.jp/badlife/entry-10015745806.html#cbox より
   
   
    この気持ちも まだ忘れてねぇよ。
    

3 ■祈り

みなみさんの祈りだね。
伝わったよ。
不幸にも私は「既になんらかの病気」ではあるけどさ(笑)
でも、自分の姿勢。
自分の体調。
必死でコントロールしてるよ。
だって、まだ誰かに伝えたいこといっぱい
あるんだもんね。
実践してみようと思いました。

生き難い世の中で、
心の耐力のない子供達が、
苦しみに出会うと簡単に死を選択しちゃう
そんなニュースを聞くたびに、
なんで、この手にはこういう子供を、
引っ張れる力がないんだろうと、
悔しく思う。

みなみさんが思うことと同じ。
きちんと「生」や「矛盾」や「社会のまずい部分」
と闘いながら、返り血や傷でぐずぐずに
なっていても、生きて欲しいよ。

更新楽しみにしています。
お互い自分の場所で、
自分が出来る闘い方で、
頑張ろう。
じゃ、行ってきますー。



4 ■ 本日、22時10分40秒、上に書いた内容で、 

生きることをナメんじゃねぇ。 
自殺は犯罪。
自然界に対して最も重い叛逆罪。
道理に反して親よりも先に勝手に死ぬなんてことは殺人よりも兇い! (殺人がいいということではない。)
愛の反対側のモノをすべて吐き出してラクになれ。
そして気づけ。
生きるということは素晴らしいことなんだ。
惚けるということは、その素晴らしささえも放棄した連中に
自分が肉体を持たされて、この世に存在していることに有り難味がない証拠だ。 
そういう魂の無駄遣いが、どうして日本人にばかり多いのか?  
生きることをナメルなよ。 
惚けることも自殺することも、自分勝手に安楽だろうけど 
肉体を失ってからでは遅い。何もできはしない。
生きてるうちの後悔なんてたかが知れてる。 
永遠に彷徨う魂の数を増やすと 
正しい人類の繁栄・繁殖の妨げになる。 未来永劫、迷惑なご先祖様になるな! 
今は未だ、あらゆる教育と、一部の戦争カネ儲けを狙うような連中に操られた常識で 
過酷にも生きることが面倒くさく感じても
それを何とか克服して、乗り越えて、その死ぬ間際に (正常な寿命を迎える寸前に)
「人間やっててよかった」
そんなふうに実感できる者の方が 
死んだあとがラクだ。再生も可能。すぐにまた蘇ることが許される。
   
以上、この部分を補足しました。
   
22時10分40秒。
長針は、Keith Richards。
短針は、Tetsuya I tami 。
秒針は、俺。

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