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養蚕の準備に取り掛かる前に、小さなxhibition を企画しました。
このような企画展の場合、だいたい、企画する側の主張の導線、論理の導線というものがありまして、「どのような方向性で観ていただきたいのか。」というような趣旨というものがありますけれど、色々考えた末に、今回は、あえて、そのようなものを設けないことにしました。
山村生活ぎゃらりぃーの告知記事にも記したことですが、
この企画は、・・・
“布”をテーマとした展示の場合、色や模様や技法というところに興味を持つ人が多く訪れますが、企画している側の、私が想うところというのは、そのようのものを成り立たせている“暮らし”という部分について、織物を通して考えて欲しいというようなところなのです。
・・・というようなところから出発しているのですけれど、
同時に、わたしも、いうまでもなく、「一度止まってしまい断絶した文化を隔てる溝」のこちら側の世代なのです。
だから、“溝を隔てた、こちら側からでは、「昔のことを、見直そう。」と、どのようにがんばってみても、文化として連続性を持っていた溝の向こう側のリアリティーに遠く及ばない。”と何時も切実に感じているわけですが、そこの辺りは、それぞれ温度差があるようで、そのような部分を感じない人もいたり、引っ掛かりを感じない人もいたりする訳ですけれど、わたしは、そこを絶対に誤魔化したくないところだと考えます。
そのような位置から、わたしは山村で養蚕を行って、絹を織っているわけなのですが・・・。
その現場には、いろんな矛盾が、ゴロゴロと、いっぱいあるわけですね。
まぁ、伝統と、現代とか、手作りとか、プロダクツとか、
「機械と、手仕事…。」どっちがいいのか。?・・・とか、色々と。
結局、つくるっていうことは、それらの矛盾を乗り越えないと、伝統的なことも、新しいことも始まらないと思いますから、時折、このように愛おしい布を取り出して、眺めながら、いろいろ想いを廻らせるうちに、何か予感が訪れることを待ってみたりするのです・・・。
つまり、今回は、そのような企画です。
わたしは、カタ、カタ、カタ。と座繰器で、糸をひいていたり。
backstrap loomで、なにか織りながら、待っていようと思います。
遠い土地の人々の暮らしと、日本の暮らしの重なり合いが、
織ることや布を通して見えてくるでしょうか。?
そして、わたしたちは、どのような暮らしを求めるのでしょうか。?
「みなさんは、どんな兆しの訪れを待ちますか。?」



