グチハク。

テーマ:

なにかおかしい、神の作為すら感じる。

確実に全てが上手くいかない。

真黒だ。

まるで呪われている。


また黒い心になってしまった。

どこにも吐き出す場所がないからここをゴミ箱にしてしまおう。

辛い、悲しい。

吐き出したい。

辛い、すごく辛い。

誰にもわかってもらえない。

ずっと辛かった。

立ち直ろうとしたつもりだった。

でも立ち上がればまた同じ目にあうだけ。

みんなすごく幸せそう。

俺は異常者。

辛いんだよ、異常にもなるだろ。

本当に苦しくてしょうがないんだよ。

吐き出させてくれよ。

辛い気持を吐き出すのはいけない事。

子供の頃は誰かが聞いてくれたのに、

ずっと自分の中にため込むだけ。

黒い感情はずっとため込むだけ。

誰にも甘えられない、吐き出すのはいけない事。

ネガティブな事はいっちゃいけない。

だからずっと溜め込むだけ。

だから僕が聞いてあげよう。 

可哀想に、最終的には祈る事しかできない。

世界中の泣いてる人が救われますように。


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ホラー

テーマ:

母親がキレている


日常だ


テレビを異常な音量にしている。

近所迷惑になってないか、窓の外の様子をさぐる。


彼女は僕を悪魔だと思っている。

お祓いのようなことをしてきたりする。


彼女はきっと、わかって欲しいのだ。

だから暴れだす。

ガンガン、ドンドン、音がする。

それは逆効果なんだけれど、


誰もキレいる人と好んで接したいと思う人はいないと思う。


窓を開けて何かうなっている。


そもそもまともな時でさえ、

何も価値のある話し合いはできない。


きっと彼女は自分の世界に人を引き込みたいと思っている。

それは全ての人がもっている感情だ。


最近のアニメは黒いものやグロいもの、病んでるものが多くてイヤになる。

後はオタク向けの女キャラばっかりのキモイアニメか、

銃とか撃ちまくってるやつ・・・


人はいつの時代も、殺伐とした世界を賞賛する。

テレビでは殺人を批判するのに、同時に

暗い小説やサスペンスを芸術だと賞賛する。


ホラーなんて日常だけで十分だ。

現実逃避してる時ぐらい、和やかな世界に行きたい。


結局、暗い記事しか書けなくてイヤになる。





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みんなと同じように、普通にやっているつもり。

それは特別な努力を何もしていないという事、

それは僕が悪い、僕の不足である。

しかし、それは憎まれるほどの悪行でしょうか?


どこかおかしい、納得できない。

いつも思う、過少評価されていると。


小学校の頃は目つきが悪いと言われる事が何度かあった。

中学校の頃は目があっただけで、先輩に「ケンカ売ってるのか」と言われ、

腹痛の時は「なんで怒ってるの?」と言われました。

眠気をこらえている時は「ヤンキーみたいだ」と今でもよく言われます。


服装も地味にするように、髪も染めないようにしています。

それでもダメのようです。


そういえば小学校の頃に「いつも笑ってたほうがいいよ」と言われた事があります。

自分の顔立ちの悪さをカバーするために、いつも笑ってなきゃいけないんですか?

すげぇしんどくないッスか?


僕の顔はみんなを不快にさせるようです。

はたから見ればシュールな悩みですが、

本人からすれば何も悪気はない事ですから・・・

それってつまり人格否定ですよね。


同性愛の人がそれだけで疎まれ、

黒人の人がそれだけで恐がられるのと同じ感覚じゃないですか?


僕は障害者と同じでしょう。

人に理解されにくい病気を持っているのと同じです。


こんなブログは愚痴ですが、訊きたいです。

僕みたいな悩みを持っている人はやっぱり珍しいですか?

周りの人達がそこまで特別に頑張っているようには見えないんです。

またしても、自分だけが世界で一人ぼっちなのかなという感覚です。



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free tibet

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連日報道されている北京五輪に対する抗議、

「free tibet」と書かれた幕に、手錠の五輪。


あの手錠五輪は国境なき記者団の作った物らしいです。

記者団のサイトは日本語に対応していないので、

あれがどういう意味で手錠になっているのか真意は把握できませんし、

残念ながら彼等の主張もいまいち一般の日本人には伝わってきません。


しかし一つ確かに言える事は、チベットに自由がないという事です。

元々チベット高原に住んでいたチベット民族は、隣国である中国に侵略を受け、

今ではチベットという国はなく、中国の下に属しています。


日本人の立場からすると、チベット問題に関する情報はわずかで、

その全容を把握する事はままなりません。

なぜ日本人はここまでこの問題に関して無知なのかというと、

それは中国が自国にとって不利な情報をまかれる事を恐れ、

報道を規制している点が一つと、そして日本が情けない立場にいるため

具体的な報道が実質タブーになっているからです。


今、チベットでなにが起きているのか、信用に値する情報がないんです。

僕は五輪反対派を応援するわけではありませんが、

日本人の立場からしてこの点は由々しきことだと考えます。

この国際社会の時代で、痛みを訴えている人がいるのに、

日本人はなんにも知らないなんて、

上手く言えませんが僕はそれが納得できないのです。

何も知らないはずなのに、チベット人の痛みだけは僕にも伝わってきたんです。


中国は情報規制を開放するべきです。

その気になれば日本の記者がチベットへ行き、

生の声をとってくる事だってできるはずです。


内政干渉なんてするべきじゃないけれど、

だからと言って同じ人として無関心ではいられないでしょう。

中国政府が何も悪い事をしていないと主張するならば、

真実を世界中にあきらかにするべきなんです。

ましてやオリンピックな訳ですから・・・。


中国は情報においてもチベットを隔離しています。

これは恐ろしい事です、だから僕も書きます、チベットに自由を。


以下のURLを参考してください(あくまで参考に)

ダライラマのメッセージ  ・チベット問題


野口健のブログ  


tibetan trad song

手をつないで歩くカップルを見るのが不快だという話をよく聞ききますが、

みなさんはどう思いますか、不快でしょうか?

感覚には個々人、あらゆる場合があると思いますが。


実は僕にはまったく意味がわかりません、どうして不快なんですか?

幅の狭い通路をふさぐようにして横に並んで歩くのはダメだと思うのですが・・・


また、イチャついてるカップルを見るのが不快という人という人は

なぜ不快なんでしょう、「妬み」なんでしょうか。


一度ですが、学校の図書館でイチャついてるカップルと出くわしまして、

彼等の横を通った瞬間に生温かい空気を感じた時には、

さすがにそれはどうかと思いましたが、

そういったものでなければ愛し合う二人が仲睦ましくしている光景は

僕にとっては平和を象徴するものとして歓迎するところであります。


僕のは西洋的な感覚かもしれません。

ヨーロッパなどでは昼間から公園でカップルがイチャついてるのは当たり前と言います。

軽いキスくらいじゃなんとも思いませんし、


手を繋いで歩く恋人を見ると僕は安心するのです。

平和がすぐ目の前に存在することが嬉しいのです。


手を繋いで歩く恋人に、僕は幸せのお裾分けをもらいます。

戦争や殺人のニュースばかり流れている時に、

あんまりその光景が平和なのでつられてこちらまで平和な気持ちになるのです。

方便と恐怖

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世間はいつの時代でも、どの国でも、

多くの場合「方便」を正義とする。


それは恐怖による統治である。


マスコミ、マスメディア、

テレビ、雑誌、新聞。

学校、宗教、法律、会社。


すべての社会が恐怖を人に与えている。


宗教はこう言った。

生前悪しき行いをした者は地獄へ、

善き心にのみ生きた人間の魂は天国へいくと。

これが宗教のいう「方便」という奴だ。

地獄絵図などからも見られる通り、

鬼に体を引き裂かれるなどの作り話で、

人々に恐怖を与えている。

特に現代では「地獄」の解釈はそんな所だ。

それはただの恐怖でしかない。


雑誌はこう言う。

こんな奴はモテない、こういう奴はダサい。


年収の低い男は結婚できない。

あっ、そういえばマイケルムーアの映画の中で、

マリリンマンソンがここら辺の事は言ってましたね。

僕の言いたい事と同じです。


方便とは恐怖だ。

恐怖による心の支配、操作だ。

恐怖による集団の統治だ。

世間はいつの時代でも、どの国でも、

多くの場合「方便」を正義とする。


僕は方便が嫌いだ。

なんで嘘つきが威張ってるの、嘘は嘘じゃない。



07-05-30


いやぁバイクうるさいわ、うるさいってゆうか部屋が振動してます。

勘弁してくださいマジで、ちゃんとコツコツ通報しないとダメですね、

でもあんまりにもこの国ではそれが当たり前すぎるし、

通報ってゆうとあんまりサクッとした気分でできないんですよ、

ゴメンなさいね、なんか愚痴っちゃってww


こういう問題に直面した時に、

人は殺意を覚えます、恐い話をしたいんじゃありません。

そういう感情って実はとても身近なものなんだと言いたいんです。

小さくても殺意は殺意です。


カッとなって頭がドス黒い煙で覆われたとき、

人は前が見えなくなってしまいます。

後になって考えてみれば、そんな事自分がされたらたまんないだろうと省みるのですが、

カッとなっている時には相手の立場が想像できません。


だから、その時僕は「ここがアメリカじゃなくてよかった」と思いました。

もしも身近に銃があったら、やってしまったかもしれないと。

そんな事を考えた次の日に散弾銃の事件が報道されました。

「あぁ、あれはオレがやったんだなぁ」と

そう思ってがっかりしました。


ネット上でもそういう殺意の言葉が溢れています。

ある程度ネットに慣れればそういう場所を避ける事もできるようになりましたが、

使い始めの頃はそういう物もたくさん見てしまいました。


僕の友達にはバイク乗りが多いです。

なんかみんな乗ってます。

そのおかげで通学路で爆音バイクに殺意を感じた時も、

「もしもあれが友達だったら」と思う事でいくらか冷静になります。


しかし僕はまた殺意を生んでしまうのです。


まぁバイク騒音の問題は業界や国の不真面目さだと思いますが、

友達も低騒音でカッコイイマフラーが売ってないというような事を言っていました。

まだまだ時代は売れればそれでいいという世の中です、リサイクルに関してもそうですし、

実にけしからないですね。

「人生は宝探しである」


なんてどっかで聞いた事があるような感じがするけれど、

最近そう思う。


だってそうでしょ、慣れちゃったせいかもしれないけど、

毎日すごい面白い事が起きてたらさすがに疲れるし、

部屋ん中ぜんぶ宝物だらけだったら焦る、そして失う恐怖で眠れません。


まぁにしてもこの世界は灰色で心が寒いよね。

でも宝探しにきたと思えばそれは当たり前

宝探しっていったらそうでなくちゃ。


レコード店に入っても、自分の本当に聴きたい音楽なんて

流行りの物に埋もれてしまっている。

宝探しは骨が折れる。


街には大量生産のガラクタが溢れ、

巨大墓地と見間違えに注意しなければならないビル郡の中でも

目をこらしてよく見れば、そんな所にも花が咲いてるんじゃないか。


楽しい事なんて待ってても起こらない。

仲間を集めて計画を立て、遠足のしおりも作らなきゃいけない。

お菓子は一体何百円までなのか、バナナはお菓子に含まれるのか。

しおりなんて誰が作るのか.....etc


そういった様々な苦難を乗り切ってこそ、

楽しい事もできるのだ。

楽しむのも結構大変だ。

人間は愚かだと

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人間は本当に愚かだ(自分も含めて)


自分の思い通りにならないと気がすまない。


他人の正義に疑問を抱けば、自分の正義も醜く思う。


社会が存在する時、そこにはルールが必要だ。

なぜ必要になるのか、その理由は複数あるのだろうが、

その一つに人間の愚かさがある。

残念だが、法律がなければ今にも国は崩壊するだろう。

全ての人がそうではないが、

法律さえなければやりたい放題やる人はたくさんいる。

法律のある今だって、その目をかいて間違った事をする人はいる。

その素晴らしいビジネスアイデアの一つとして「オレオレ詐欺」は名高い。


残念ながら人間はそんなものだ。

それが途方もなく感じて、痛くて悲しい。

まぁこんな気分になる日もあるよね。