一番能率的かも・・・

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久しぶりの更新。

ほぼ寝たきりになった義父の在宅介護(看護??)が始まって数ヶ月。

私の役割は、食事や薬管理や血糖値などの測定・・・

身体的な部分は表向きは義母が中心。で、その見守り。

この見守りって厄介で、自分でする方が楽だよと思う事多い。

普段の生活の家事の部分も、同じで、、こっそりやり直したり(笑)

 

その結果、私の外出時間が限られるようになった。

毎日3度の食事が自宅なのは正直きついよ。

以前なら雑務も出かけたついでに一度に済ませられた事も途中で一度家に帰らないと行けない事も増えた。

 

行きたいな〜〜と思っていたセミナーはほとんどキャンセル。

でも、在宅時間での隙間の時間が増えた気がする。

自分の曲を練習する時間は取れないわずかな隙間に、生徒が弾いている曲を弾く。

頭で考えるより弾く方が能率的な事がよくわかる。曲の構成、アナリーゼ、、なぜそこに楽語が書かれているか・・・

 

セミナーって有意義な部分も多いけど、聞きながら納得出来る事って思いのほか少ないし、その時にそうか!!と思っても実際に音に出して見ないと自分の中に落ちて来ない事もあるから、、

 

自分で弾くと、たとえば楽語の意味が何だったかな〜〜と思ったらすぐ調べられるし、、こんな風にしたらどうかな?と思ったらすぐに試す事が出来る。

○ちゃんならこんな風に弾いてくるかな〜〜なんて思いながら弾いてみるのも頭の中でなく音にしてるとレッスンがワクワクする。

 

やっぱり、ピアノの指導者は自分で弾いてみる事が一番能率的。そこで必要と感じた部分はその場で試し、その場で調べる。目の前のかわいい自分の生徒のレッスンのために・・

 

介護は大変だけど、そう言う事に改めて気づく事が出来た事はありがたい事だ。

 

たまには、休みたいけどね(笑)

美味しい物も食べにいきたいけどね。

今の息抜きはサッカー観戦が限度。スタジアムが近い(往復で30分)事がありがたいよ。

 

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断捨離

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今までいろんな講座に足を運びました。
そこで頂いた色々なプリント類。思い切って断捨離しました。
ファイルにいくつもあったのが、たったこれだけ??と思える量になりました。
 
処分したほとんどが、ざっと目を通して、必要ないと判断できたもの。
後で見ようと思ってたはずだけど、全く目を通していないもの(笑)
 
音楽の世界って自分が感じ取った音が重要で、、、その目に見えない物を言葉に置き換えても、人の言葉は中々自分にはしっくり来ない。
講座で目の前でしゃべっている人の声のトーンだとか、しゃべり方とかで、
これは大切だ!!とか、そうだったのか!!やってみようかな??
と思える事は、自分の言葉でメモを取ったり、資料にアンダーライン引いたりする。
 
レッスンには先生自身のキャラクターがあり、こんなレッスン出来たらいいな〜〜
と思っても、自分には置き換えられない部分も多い。
いい先生だな〜〜と思える人でも、やっぱり人は人。私とは違う。
その人だから効果があることで、自分が同じような事をやりたいと思っても、
自分流にアレンジしないと出来ない訳で・・・
 
特に関西の先生の講座を聞いて思うのは、内容には共感できても、
土地柄はどうしようもないという点。
関西弁のノリ。生徒への突っ込み方。
それは、マネをしてもここでは空回りするだけ・・・(笑)
この土地にあった方法でなければ使えないし生徒も反応しない。
 
曲のアナリーゼも、、、メロディーの言葉の置き換えも、、、
目の前の生徒に今必要な部分に絞ると、結局自分で考えないと使えない。
人の資料でなく自分で作るというか、、アナリーゼって楽譜に書かなくても、
頭の中でわかってればレッスンで伝えられるし・・・
あの本のあそこを見ればわかるという事がわかってれば直前に準備できる。
 
書き込みは難しい物で、、たとえばこの音で重みを感じて欲しいと思っても、
弾いた音が重すぎるともう少し軽く弾こうと言うから、、重みを感じてと書くわけにはいかない。
フレーズ感も同じで、、その時の演奏に対しての言葉だから、、、
弾いた感覚をいつも持っている事が大切。
曲の中でのカデンツも、、場面場面で扱い方が違う訳で・・・
それは指導者自身が色々な曲を弾いて判断が出来るようにならないといけない事。
だから言葉の資料は必要ない。
 
歌って弾く・・・その歌うという事はどういう事か??
レッスンで生徒の前でどのように歌ったら良いのかと思って歌のレッスンを受けた事がある。童謡を歌う時と、ソルフェージュ的に歌う時は歌い方が違う。
それは身体で覚える事であって、、、言葉にはやっぱりできない。
 
今生徒にレッスンしている曲。生徒が上手く弾けないときどうするか?
先生が弾いて、生徒のマネをして、こういう風に弾くから上手く弾けないんだと言う観察力も必要。
結局ピアノの先生はピアノを弾く事で自分流の指導法を見つける事が大切なんだと思う。生徒が弾いている曲を先生自身がしっかり弾くことでいい。
初見で弾けても、それは表面的な事であって曲の内面的な事まではわかる人は少ないと思う。自分が子供の頃に弾いた曲。今弾くと発見が多い。
自分もレッスンに通う事が出来れば、逆の立場もわかるからより良いんだろうね。
 
という事で、資料的なプリントは断捨離したのです。
すっきりした(笑)
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自分で手に入れる

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与えられる物と自分で手に入れるもの。
 
同じ事を学ぶとき、与えられる物が多いと興味が薄れる。
自分で気づき、手に入れた物は宝物のように感じる。
 
時間を掛けて手に入れるもの。
ピアノの技術も、ダンスも、、、
 
手のかかる子育ての時期が一段落した30代後半から自分の興味のある事への時間を割くようになった。
その頃、ピアノを教えながら色々あった疑問点・・・
奏法について。
子供の頃から音大時代もガムシャラに弾いていた。
音大時代は憧れていた曲もたくさん弾いた。たくさん弾く事で知らなかった曲ともたくさん出会った。毎日練習を中心に回る日々・・・楽しかった。
曲を知る事。憧れていた曲が弾けるようになった頃、何でも弾けるのではないか?
と思った事もある。でも、練習しても練習しても弾けるようにならない曲の数々。
今思うと憧れの曲ってピアノ演奏の入口からちょっと中に入った程度のレベルで、
世界の奥の深さを知らなかっただけ。
その奥の深さを知ると楽しさに引き釣られて、ドンドン奥に入って行った。
奥に行けばいくほど楽しい事、ワクワクする事が増えて行く。
気がつけば人生の折り返しも過ぎ、、これから生涯どんな曲に出会えるのかワクワクする反面、今知っている曲を1曲でも多く自分流に弾きこなしてみたいと思う。
 
与えられた事ではなく、自分で手に入れた事だから楽しい。上手く弾けなくて、色々悩み、試し、、失敗し、、壁に突き当たる事もあるけど、それでもその壁がいつの間にか越えられているのは、ピアノを弾く事が好きだから。その一言に尽きる。
 
ダンスを踊るのも楽しい。最近やっと舞踏譜が少し読めるようになり、時代背景とかにも興味が増えた。だけど、どのくらい練習しているか?と言えばピアノの練習時間のひとつまみ程度。それは私の中での価値感。どちらも好き。だけど、日常の時間をどのくらい割けるか考えると、、、両天秤は掛けられない。
 
音楽以外の趣味もある。
洋裁とサッカー観戦。
 
どれを取ってみても与えられた物でなく自分で手に入れたもの。
 
与えられたもの、、(やらないといけない事)
家事・・・やりたくないときあるんだよね〜〜。
 どうやって手抜きしようかって思うんだよね〜〜〜
家事の中でも、料理は嫌いじゃないけど(好きとは言えない・・)
アイロンがけは、、ついつい貯めてしまって慌ててまとめて、、その方が多いかも。
 
生徒にとってピアノが私の家事のような感覚だったら・・・嫌いじゃなくても練習は好きな事の後回しかもと思ったりする。
 
家事は、ありがとうとか、美味しかったの一言で気持ちが変わるから、、
生徒の練習にも、、、頑張ってるねとかの声かけは大切だろうね。
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