2010-01-19 20:19:16 posted by babynikkan

江川卓の「空白」ビジネスは2度目

テーマ:ペースボール

小林繁氏急死の報を受けて、関係者の気持ちが少し落ち着く間もなく、「あの空白」の江川卓は、日テレ(やっぱり、実家でショーバイね!)で会見をした。この対応の素早さは一体何だろう? 小林繁氏が存命の時に記者会見を開いて、きちんと謝罪もしないで、だ。それはなぜか? 当事者の一方が死去したとたん、当事者の他方が、精一杯の悲しみ態度を見せつつ、自分を美談仕立てで正当化するというこのちゃっかり便乗会見は、ホント江川らしい汚さと言えよう。


スポーツ紙も問題を蒸し返したくないのか、申し合わせたように美談仕立てのストーリーづくりに協力している。「沈痛な面持ちのまま、約20分小林さんの早すぎる死を悼み、思いを語った」と、あるスポーツ紙はこの会見の江川的作為を的確に指摘するソブリもなし。スポーツ新聞の大事なネタ元の球界人が急死したのだ、少しは提灯表現を控えて、現象学的手法を使ってよ。


同スポーツ紙は「2007年にはテレビCMをきっかけに29年目の“和解”を果たしたが、「小林さんが亡くなったからといって『申し訳ない』という気持ちは一生なくならないと思います」と涙目で話した」と「涙目」という乙女チックな言葉を使っているが、29年目まで会わず、また会ったもののテレビCMの稼ぎ場でのやたらやらせっぽい設定とは、江川らしいし、それ以降面談することもなく、小林氏死去直後のタイミングを測って「空白」なき「間髪ビジネス」は、やはりダーティ江川卓の象徴すべき姿ではないか。


「申し訳ないという気持ちが一生なくならない」というのなら、小林氏が存命中に金儲けついでにお茶を濁す真似などせず、きちんと謝罪をすべきだった。あのまま小林氏が存命なら、ずっと謝罪をおざなりにしてきたと言っているに等しいし、その意味でも、見え透いた会見であったことははっきりと理解できる。


二人が対決した因縁の、1980年8月16日の後楽園。自分が3失点完投勝ちをおさめたことを会見で思い出しながら、江川は「勝つことで小林さんに恩返しができたと思っています」と語ったが、「江川よ、相変わらずお前は自己中解釈が得意だな」と小林氏は苦笑しているだろう。


   「『申し訳ない』という気持ちは、僕の中では終わっていません。
   原因はこちらにある。小林さんが亡くなったからといって、
   『申し訳ない』という気持ちは一生なくならないと思います」。
   江川氏は両目に涙をため、永遠の別れを惜しんだ。(同紙)


大の男が随分といい子ブリっ子で「原因はこちらにある」と言い、「申し訳ないという気持ちは一生なくならない」とは・・・。泣いた者が勝ちの江川が、そこまで認めるひどい仕打ちをした小林氏に対して正式な謝罪もしなかったことをようやく31年後に認めたわけだ。


小林氏に直接会って謝る時間はいくらもあったのに、だ。つまり元気な状況下で会うと言うことは、何をどう弁明したところで、詫びる江川が下で小林氏が上の図式になるのを、嫌ったってことだ。ところが、小林氏の急死を利用した江川の涙目姿は人々にある種の「しょうがない」という感情を芽生えさせてしまった。「江川氏もずっと気にしていたけど、突然謝りに行くのも何だかねえ、決局こういうやり方しかないよね」という具合に・・・。


小林氏の悔しい気持ちを理解しないで、堂々巨人入団会見をした江川と、小林氏訃報をテレビ受けの涙目会見で同情票獲得に成功した江川、どちらも間違いなくあの卑怯者江川卓の姿と言えるだろう。これが江川のDNAだし、江川の生き方だ。


しかし今になっては、どのような言葉を投げかけようとしても、小林氏には届かない。遅すぎ。


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1 ■無題

http://www.youtube.com/watch?v=HS0E6W3UUgw

YOUTUBEの映像です。
これを見てどう感じるかは存じませんが、是非ともご覧下さい。

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