新しい物が好きで、面倒くさがり屋なわたしに、シャンプー革命が起きております。
ロレアル・泡なしクレンジングクリーム。
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ノーシャンプーというか、トリートメントで髪洗う感じ。これ1本で済むので楽ちんで助かってます。
昔のリンスインシャンプーと違って、髪はきしまず、むしろまとまりが良いし。
値段もお手頃1500円くらい。
これいいよ。気に入った。
みつい まみこ
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今月から、お世話になる会社がひとつ増えます。メンタルヘルス系のサポートをする会社で、あちこちの会社のストレスチェックや相談室のカウンセラーをしたり、ゆくゆくは研修講師もする予定です。

なので今の生活スタイルは、

週3→派遣会社で派遣スタッフさんのカウンセリング
週1〜2→メンタルヘルス系の会社で相談室勤務
不定期→ベビーマッサージ講師、個別カウンセリング、エキサイトお悩み相談室の電話カウンセリング

といった感じです。

この生活を始めてみて思うのは、
このスタイルが今の自分にはぴったり合っているということ。

自営業でもなく、会社員でもなく、
フリーランスとして働くスタイル。

日々、会社から安定したお給料をいただきながら、
個人のご要望にも応えられるスタイル。

事前にスケジュール調整すれば、
誰にも迷惑かけず、
自分の好きなことのために時間を使えるスタイル。

よく、
仕事が好きな人だと誤解されているのですが、
実はあんまり仕事は好きではありません。

本来かなり怠け者なので、
生きるために、
仕方なく働いています。

でもどうせ働くなら、
つまらない時間を過ごしたくないだけなのです。

だから仕事よりも、
生き方が大切。

楽しく生きる道を模索しながら歩いています。

今は、
時間を自由に使いながら、
お金の心配をせずに、
誰かの役に立ちながら、
キャリアアップして、
生きていきたいのです。

仕事が好きじゃないのにどうしてキャリアアップしたいかって?

それは、
1日にもらえるお給料が増えれば、
働く日数を減らせるからだよ!(笑)

さあ、今日もお仕事がんばりまーす!
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11歳娘に指摘されたわたしの欠点2つが、

とても鋭くてハッとさせられたので、

忘れないように心に留めて、直していこうと思っている。

 

でも、あまりにも自分では気付かない視点だったので、

まだ肚に落ち切らない。

噛んで砕くのに時間がかかる。
ーーーーー
ひとつめ。
「おっちょこちょいのせいにしない」

 

わたしはすごく失敗や忘れ物が多いのだけれど、

そんなときにあまり深刻に受け止めず、

「あはは、またやっちゃった。おっちょこちょいで困るなあ」と笑い飛ばしてしまう。

 

この前、娘に頼まれた事を忘れてしまったときに

「ママがおっちょこちょいでごめんね」と謝ってしまった。

 

そしたら言われたのがこれ。
「おっちょこちょいのせいにしないで。ママのせいでしょ」

 

そっか・・・
わたしは自分で責任をとらずに、

おっちょこちょいのせいにして責任転嫁してしまっていたのか・・・。

 

というのが、なかなかどうしても肚落ちしなくて苦労している。

長年の考え方の癖ってこわい。

 

娘の言うことはすごくよくわかる。
わたしはおっちょこちょいのせいにして、自分で責任をとってなかったんだ。

 

でも、どうしてもまだ「だっておっちょこちょいなんだもん」というわたしが抵抗している。

 

素直になるって簡単そうで大変。
きっと大変そうで簡単でもあるのだろうけれども。
ーーーーー
ふたつめ。
「優しくするのと、ふざけて優しそうにするのを間違えてる」

 

これがどういうことを意味するかというと。

娘に「もっと優しくして」と言われることがある。

 

そんなとき、つい「はいはい、これからは優しくするねー!」と、

大げさに振舞ってしまったり、

「大好きだよー」と言って抱きしめたり、
「おーよしよし」と頭をなでたり
わざとらしく愛情表現してしまう。

 

癖というより、
熱湯風呂の前で「落とすなよ」と言われたら落とすお約束のように、パターン化している。

 

優しくしてと言われたら抱きしめる。

これを繰り返してきたから、
「優しくして」というのは、そういう態度を求められている「いつものパターンだ」と思い込んでいた。

 

けれど娘はこれらのわたしの態度に対して「違う」と言った。
長年の習慣に対して「NO」と表明されたのだつまり。

 

これらの大げさの表現は「優しそうな態度をわざと見せているだけ」で「ふざけている」
「本当の優しさにおふざけはいらない」

 

そっか、わたしの態度は表面で誤魔化しているだけだったのか。
気付かなかったよ。

 

たぶん幼い頃はこういうわかりやすい表現でよかったのかも知れない。
もしかするとその頃からよくなかったのかも知れない。

 

過去のことはわからないけれど、
今の娘には、わたしの態度がおふざけにしか見えないみたいだ。

 

「もっと優しくして」と言われるときの、
足りない優しさってなんだろう。

ーーーーー

すぐには直らないわたしの欠点。

 

指摘されて、気付いて、
でも気付いただけだと変わらないから。

忘れずに噛み続けて、
吞み込んで、肚落ちできるまでちゃんと噛み続けたいと思います。

 

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眠れないから書く。

 

最近、友だちに「外こもり」という言葉を教えてもらった。

家に引きこもるのではなく、外に引きこもることを言うらしい。


ちょっとググったら、

日本社会に疲れた人が海外で旅を目的とせずに滞在することを指すらしいけれど、

わたしは勝手に違った解釈をして、自分のことを「外こもり」だと思った。

 

誰も自分のことを知らない土地が、知らない状態が好きだから。
名前なんて要らない世界で、
ただ1人のたまたまそこに居合わせた人として、
そこにいる人と話し、もしくは話さず、ただ過ごす。


それこそが自由で、自分が自分から解き放たれる歓びを感じる「外こもり」だと思った。

 

いかに普段、自分が自分として生活しているか。
の現れだと思う。


それがわるいことだとは思わないけれど、
むしろきっと築き上げてきたアイデンティティそのものであるとも思うのだけれども、
ちょっと疲れるのは確か。

 

 

そうそう、そういえば高校生の頃から献血が好きで、
就職活動の履歴書にも「趣味は献血」

その理由として「わたしではなくてもいい誰か、ただ1人の人間として役に立っている実感があるからです」
と書いていた。

 

あの頃から一貫しているんだな。

 

「死んだなら」という文章を書いたこともあった。


「死んだなら。土葬がいい。もしくは誰かに食べられたい。焼かれて灰になるよりも、誰かの栄養になって、地球の営みに加わりたい。食物連鎖に参加したい」

 

名前とか肩書きとかどうでもよくて、
1人の生き物として生きたい欲。

 

最近またそっちに近付いてるよ。

 

いっとき「認められたい欲」が強くて、
「わたしだからできること」を追求している時期もあったけれど。

 

まあ今も、育児と仕事はそこを追求しながらじゃないとやってられない部分ではあるかな。

 

だからこそ。


育児と仕事で自分と向き合っているからこそ、
育児と仕事だけじゃない自分は、
自分から離れて自由になりたいのかもな。

 

 

人間らしく、
生き物らしく、生きたいよ。

高尾山の頂上でジェリービーンズ(百味ビーンズ)を食べていたら

歯の詰め物が取れたので、歯医者に行ったら虫歯でした。

 

小さいときから不満でした。

どうしてわたしはすぐ虫歯になるんだろう!

毎晩せっせとハミガキして、歯間ブラシまできちんとしているのに。


弟2人はちょろっと適当にハミガキして、

ほとんどハミガキしてないも同然なのに、

1本も虫歯がなくて。

 

一生懸命に磨いているわたしばかり虫歯になって。

 

だから娘がお腹の中にいるとき「この子には虫歯で苦労してほしくない」と思って、

妊娠中に胎児の歯が形成されると言われる時期(12週〜24週、諸説あり)には

せっせとカルシウムを摂りました。

 

その成果があったのか、

娘は11歳になった現在、

弟と同じくテキトーなハミガキしかしないのに、1本も虫歯がありません。

 

「願いが叶ってよかったなー、この子には虫歯の苦労はさせたくなかったんだー」

という温かな気持ちはもちろん根底にあるのですが、

最近どうにも悔しくてなりません。

 

どうしてハミガキしないのに虫歯にならないの!

どうしてわたしはハミガキしてるのに虫歯になるの!

 

高尾山の頂上に行ってまでジェリービーンズ食べてるのは娘も同じなのに!きーっ!

声に出して悔しがっていたら、

娘に「ママはわたしが憎いの?恨んでるの?」と言われてしまいました。

 

いや、あなたが虫歯にならないように願ってカルシウム摂取したんだから、

願いが叶って嬉しいのよ。人の心って複雑ね…。