
最終日。
ようやく晴れてくれたので、海へ。
必ず海には足を運ぶ。それもいつもの場所へ。
波はちょっと高めだけど、陽を浴びて輝く海面が嬉しい。
幼い頃は毎年のように夏に訪れた海。
私の中での海はやっぱりここなんだ。
「帰ってきたよ~」と叫んだら、波が返事をするかのように足元まで

せっかく乾かした靴が~
…まあいいや…。今日はどうしても行っておきたいところがあった。
実家近くの氏神様の神社。
数年前に神主さんが事業に失敗して、持っていた土地やらなにやらを全て取られ、更に火災で本殿が焼けたとのこと。
お社や神様が悪いわけじゃなく、神職たる人の犯した罪によって見放されてしまった神社。
それでも、私が行った時に、詣でているおじさんがいた。
境内の木に触れて、謝って、元気出してほしいと願った。
だって木はなにも悪くないのだし。
お社にも、人の犯した罪を謝り、それでもこの地を見守ってください、と
図々しいかもしれないけれど、お願いしてみた。
本殿はまだちょっと痛々しく見えたけれど、周りを守るように木々の緑が風に揺られて取り囲んでいた。
いつか氏子さん達も、神職がどうこうではなくて、この地を見守ってくれている存在に気がついて、自然に手を合わせる気持ちが戻ってきてくれるといい、と思った。
朝食後、輪島市漆芸美術館へ。
以前にも訪れたことはあるけれど、やっぱり行ったことしか記憶に無く(^-^;)。
今回はしっかりと見学&勉学に励んできました(笑)。
本当は祖父の作品が展示されていればな~と思ったのですが、残念ながら叶わず(;_;)。
輪島塗って、高価で取り扱いが大変、というイメージがあると思う。
私は祖父、伯母が蒔絵師だったこともあり、家にも塗り物がいくつかあるからかもしれないけれど、取り扱いの大変さ、というのは、あまり感じてこなかった。
現代の食器洗浄機や電子レンジなどには確かに使えない。
だけど、洗うにしたって、器に油ものを入れたとしても、ティッシュで余分な油を拭い取って、ぬるま湯で流しながら和手ぬぐいで拭き洗いすればいい。そのくらいの手間なのだけどな。
能登沖地震があったとき、伯母の家の食器棚にあったガラス製品や陶磁器は大分割れてしまったけれど、ぬりものは全く無事だった、という。
あまり知られていないかもしれないけれど、塗り物は塗り直しもできるし、縁が欠けたら修理も出来る。そうやって大切に使っていけば何代でも使用可能なエコな品物なのだ。
軽くて美しくて、長く使える。
そんなことをもっと多くの人に知ってもらえたら、と思う。
次に訪れたのは、門前にある総持寺祖院近くにある「禅の里交流館」。
今は鶴見に移ってしまった曹洞宗の総持寺ですが、かつては門前にあったのです。
我が家は母方が浄土真宗、父方が曹洞宗ということで、輪島に双方揃ってるじゃん(^-^;)。
今行っている会社がお寺にも関係のあることもあるのですが、改めて曹洞宗の学習をしました。
まー今回は両方の家の学習旅行でしたね~(^-^;)。
一度帰宅後、今回の旅の目的であるお墓参りへ。
一人でいけるから、と勢い込んで行ったのですが、真宗のお墓って、「◯◯家之墓」という記名ではなく「南無妙法蓮華経」と掘ってあるものばかりなので、間違えて、隣のお墓をお掃除してしまいました(爆)(^-^;)。
よくよく側面を見てみたら、違うお宅のお名前が

あーやっちまったよ~

きっとじいちゃんやおばばが「やれやれ…
」とあきれ顔で見ていることだろうな~と。改めて自分のところのお墓も綺麗にし、お線香をあげて帰宅。
いろいろあった旅も終わりました。
後日談
母が立川の親戚と会ってきたのですが、現在ものを整理しているところ、ということで、母に関係する昔の写真をいくつかいただいてきました。
見せてもらったのですが、改めて私の祖父が、その当時にしては背が高かったり、母方のルーツは皆顔が濃い~~ということがビジュアル的に確認できたのは収穫でした。
こんな祖先だから自分の家はすごいんだ、とか、由緒ある家柄でどうこう、という自慢の種を探す為ではなく、今の自分にはどんな流れがあったんだろう、どんな人達の思いや出来事があって、現在の自分があるんだろう、ということに思いを馳せる。
自分を再確認し、バトンの最新走者であることを自覚するために、自分のルーツの地を辿ったり、地域を理解することの大切さを感じたゴールデンウィークでした
。





。
俺が行ってたところと違う!」と驚いている。







整備しているみたい。









