父子家庭に至った経緯 21「審判」

 

 

家庭裁判所が下した審判について、その結果が不服であれば「即時抗告」の手続きを取ることができる。

つまり一審に対しての上告審。

通常の裁判と同じように高等裁判所で審理されることになる。

 

私が抗告をした理由は至ってシンプルだ。

子どもの福祉が尊重されるべき面会交流において、当の子どもの意思をまったく無視した審判が下されたことについての異議申立てである。

目の前にいる我が子が裁判所の出した審判結果に苦しみ、体調までを崩している姿を見て、それを放置できる親なんているはずがない。

チビはとにかく宿泊を伴う面会交流だけは絶対に嫌だ!その意志は一貫しており鉛よりも硬いものだった。

 

上告をするにあたり、押田弁護士と対策を講じた。

 

とにかく考えることは「チビの本当の声をどうしたら正確に裁判所に伝えることができるのだろうか」、その一点についてのみだった。

本来なら再度調査官による調査を依頼したいところだが、その判断は裁判所側にあるため却下されたら身も蓋もない。

まずはチビを押田弁護士の事務所に連れて行き、インタビュー形式で動画撮影を行った。

状況はチビも把握しているため、これまで以上にハッキリと強い口調で「お泊まりだけは絶対にいやだ!」と答える。

今度の裁判官には、音声だけではなく真剣に答えるチビの表情もしっかり見て欲しかった。

 

それに加え、客観性のある資料作りのために、プロのカウンセラーにチビからの聞き取りをしてもらい、その結果を報告書としてまとめてもらうこともした。

チビにはその都度自分の思いを語ってもらわなければならず、結構な負担を与えてしまったが、これもチビのためだ。

 

 

人事を尽くした。

 

すべての書類を裁判所に提出し結果を待つ。

 

 

抗告事件についての決定は書面で下されることになっていた。

 

そして運命の書面を受け取る。

 

結果は…

 

 

 

 

「抗告を棄却する」

 

 

 

それを見た瞬間、もう、怒りなどという感情はなく、ただただ呆然と立ち尽くした。

 

 

しかも裁判所の判断理由は、僅かA4の紙っぺら1枚に書かれたのみ。

理由は一審となんら変わらない。

いや、もっと悪質だ。

 

「未成年者は、抗告人代理人らの質問の意図を汲み、抗告人の気持ちを察して回答したことが十分考えられ、未成年者の回答をもって真意であると断定できないから、上記主張は採用できない。

よって、原審判は相当であり、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり決定する」

 

チビの気持ちをなんとか裁判所に伝えようと努力したわれわれの行為は、すべて私の「宿泊させたくない思惑」と捉えられ、またもチビが真意ではない嘘の証言をしたと結論付けられたのだ。

チビが嘘をついたという根拠など当然無く、ただ「そうであろう」と想像しただけの判決。

裁判所は想像で判決を下すのか…。

 

 

押田弁護士が「けいさん、上告しますか?」と聞いてきた。

「次は最高裁です。正直言って判決が覆る可能性は低いですが、やるだけやってみますか?」と。

 

その質問に私はこう答えた。

「いや、もう結構です。

裁判所は今後もチビの声に耳を傾けることはないでしょう。

チビの負担を考えたら、もう限界です。

先生たちのご尽力には本当に感謝しています。

しかしもうこれ以上やる必要はありません…。

 

家に帰ったらチビには私からしっかり説明をします。

そして、本当にチビが嫌なのであれば、ママに直接言いなさい、と言うつもりです。

もしそれが言えないのであれば、我慢をして泊まってきてもらうことにします」

 

ろくに審理を尽くそうともせず、子どもの人権を著しく侵害する無能な裁判所。

やつらがが解決できない問題は、もう自分で何とかするしかないのだ。

 

 

帰宅後、私はチビにすべてを話した。

そして私の力不足を謝罪し、非情とは思ったが、こう言うしかなかった。

「どうしてもお泊まりが嫌だったら、ママに直接嫌だって言いな!」

そう私が伝えるとチビは今にも泣き出しそうな顔を背け、ポツリとひとことだけつぶやいた。

声にならないような小さな声で。

 

「言えない…」

 

 

 

一審判決(審判)が出た後チビはしばらく体調を崩した。

免疫力が下がったこともあり、その後、ウイルス性胃腸炎に罹った。

それが治ったらすぐに上告審の準備のためにチビを何度も都内に連れて行き、打ち合せや収録や聞き取りを行う。

真冬の、しかも夜間にチビを連れ回さなければならなかった。

その結果今度はチビ、インフルエンザに罹り、それが悪化し肺炎を併発。

肺炎がさらに悪化し、結局一週間の入院生活を余儀なくされた。

昨年の12月から今年の2月にかけての話しである。

 

私がこの二審判決の結果説明をしたのは、退院後間もなくのことだった。

 

そんな状況だったにも関わらず、私はチビに厳しい現実を突きつけたのだ。

「〇〇(チビ)がママに、お泊まりは嫌だって言えないんだったら、もう諦めてお泊まりして来るしかないよ」

 

たまらずチビは声を出して泣き崩れた。

 

 

私はチビの手を握り、心の中でつぶやいた。

 

「チビよ、これはいいチャンスなのだ。

人生にはいろんなことが起きる。

こういう時こそ強い心を持とうじゃないか!」

 

 

父子家庭に至った経緯 23「宿泊付き面会交流」 へつづく。

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